外伝11 女王の歓迎
外伝11 女王の歓迎
自分達の足音が響く洞窟を進み始めて、そろそろ30分。
出口のゲートが近づいてきたというタイミングで、『精霊眼』が反応した。
「止まってください」
立ち止まった自分に、仲間達も一斉に足を止める。
「京ちゃん、例のやつ?」
「うん。今から解除する」
「OK!周囲の警戒は続けておくねー」
「頼んだ」
エリナさんにそう告げた後、ゆっくりと足を進める。
通路の先。ごつごつとした地面は、ランタンに照らされてなお見えづらい。
だがその中で、明確に他より強い魔力を発している箇所を発見する。
紫色に輝いて視える魔法陣。実際は、覚醒者の目でも本来は視認不可能な魔法のトラップであった。
それに剣を突き立て、『概念干渉』で地面ごと引き裂く。ギャリ、という岩肌と刀身が擦れる音と共に、魔法陣は霧散した。
「……解除できました」
「お疲れ様です、京太君」
「いえ」
ミーアさんに短く答えながら、小さく息を吐く。
事前に壊せるタイプの罠だとは見当をつけていたが、きちんと解除できて良かった。
『今後も頼むよ、京ちゃん君。その魔法、『Aランク候補』でも踏めば効果を発揮するらしいからね』
「はい」
この魔法陣を知らず踏んだ者は、まるで縫い付けられた様に動けなくなる……らしい。
自衛隊の精鋭が調査中に踏んでしまい、行動不能になってしまったそうだ。『Aランク』のモンスターを単騎で打倒できる猛者が、自力では脱出できない程の拘束力を持っている。
そうして動けない所を、スフィンクスに襲われたらしい。その隊員はきちんと帰還できたらしいので、恐らく一緒にいた仲間が頑張ったのだろう。
閑話休題。この罠は体内や精神への作用ではなく、体表の魔力を空間と縫合する仕組みだ。
つまり、魔力に干渉する手段を持っていれば解除可能。問題は、察知するのが『精霊眼』のように魔力の流れを読み取る力が必要な事だろう。
魔法関係のスキル持ちでも、これを見抜くには『そこにある』とわかった上で目を凝らして、ようやく見つけられる程のステルス性能があるのだ。何とも嫌らしい罠である。
『それ以外にも、複数の罠が確認されている。くれぐれも気を抜くなよ、3人とも』
「はい」
「おっす!」
「勿論です」
アイラさんに答え、探索を再開。
出口付近い到着したので壁にマーキングを行い、更に奥へと進んでいく。
彼女の言う通り、ここの罠は一種類ではない。
不可視の魔力の糸に引っかかると、落とし穴が作動して毒液のプールに落ちる物。
踏んでしまったら、問答無用でダンジョン内のどこかへ転移させられる魔法陣。しかもスフィンクスはどこに飛ぶのかわかるのか、大抵転移先で待ち構えているとか。
曲がり角の壁に刻まれた術式で、その通路では前後左右の感覚があべこべになる物もあった。それでも無理に進んで術式が刻まれた壁に近づくと、上下の感覚や時間感覚すら曖昧になるのだとか。
まあ、全部『精霊眼』と『概念干渉』によるゴリ押しでどうにかなるから、探索に来たわけなのだけれど。最後のとか、そもそも自分には効かないし。
罠の配置は日ごとにランダムで変わるらしいが、種類までは増えない。最初に入って情報を持ち帰ってくれた自衛隊の人に感謝である。
探索開始から約50分。幾度もスフィンクスと戦い、罠を破壊しながら進んでいくと、開けた場所に出た。
自衛隊から提供された地図によると、広さは体育館およそ20個分。それでいて、ここまでの通路と違い明らかに人の手が入った形跡がある。
岩肌の地面が均され、所々に記号のような文字が彫られていた。エリナさんがアイテムボックスから大型の懐中電灯を取り出して壁を照らすと、そこには壁画が彫り込まれている。
『やっほぉ!きたきたきた!これだよこれ!』
「うるさ」
耳元で響いた大声に、思わず顔をしかめる。視界の端で、ミーアさんも苦笑していた。
『既に政府が調査に入ったらしいが、中々この辺の資料は権利の問題で見せてもらえないからね。間引きのついでなら、と許可が下りたのは幸運だったよ……!』
「はいはい。では、いつも通り自分が警戒をしますので」
「私と先輩が撮影だね!」
「頑張ります!」
そんなわけで、『ブラン』は自分達が来た側の出入口に配置。自分は、向こうに見えるもう1つの出入口に立ち警戒を始めた。
地面をエリナさん、壁をミーアさんが撮影しているらしい。水氷魔法の応用で、水で浮かせた氷に乗って上の方まで記録していた。
……スカートの中が見えそうだと思ったが、今は探索に集中しよう。
視線を通路の向こうへと戻し、剣を握り直した。
『そう言えば京ちゃん君』
「はい?」
記録中にどうしたのかと、首を傾げる。
『素朴な疑問なのだが、今回はブラン君だけなのかね?『白蓮』君と同時運用はしないのかい?』
「ああ、その事ですか。単純に、同時運用は整備が大変なんですよ……」
『なるほど』
白蓮達の整備やら修理用の部品作りは、基本自分1人でやっている。
アイラさんや雫さんも『錬金同好会』の公開資料を見て勉強しているらしいが、前者は興味を持っている部分しか頭に入れていないし、後者は工房で忙しい。
1回の探索で、被弾がなくともほぼ全身の部品を交換しているのだ。2体同時運用とか、よっぽどの事がないとやっていられない。
白蓮もブランも、『Aランク』で通用する性能を出す為に高価な素材と入念なメンテを行っているのだ。
正直、何回か真面目に『心核』で『錬金術が使えるゴーレム』を作ろうか迷ったものである。
流石にそんな物を作ったとどこかから洩れたら、政府も今みたいに見逃してはくれない。そして、恐らく同好会の者達なら白蓮達を見ただけで錬金術が使えるゴーレムの存在に行きつく可能性がある。
彼らは努力家で、頭も良い。そして高い結束力を持つ。なおかつ、今は『ウォーカーズ』と共に自衛隊との関係を深めているらしい。どれだけ警戒しても足りないぐらいだ。
同好会は、『理想のホムンクルス嫁』のためならばどんな手段も選ばない。たぶん、逮捕されていないだけでヤバい実験とか絶対にしている。
「まあ、ブランだけじゃ対処できない相手が出たら白蓮も出しますよ」
『そうかね。ま、その辺の判断は君に任せよう』
「うっす」
アイラさんがエリナさん達の方に集中したらしく、念話がそこで終わる。
20分程で、壁画や床に刻まれた記号の撮影が終了した。
「どうするー?もう帰る?」
「そうですね……特にこれ以上探索を続ける理由はないかと」
「賛成です」
ミーアさんの言葉に、頷く。たしかにここのドロップ品である石膏は高く売れるが、スフィンクスは強敵だ。
安定して勝てるが、事故が起きないとは言い切れない。
『むぅ……致し方ない。本音を言えば別の部屋も見てほしかったのだが、時間も結構──』
「っ、なんだ!?」
イヤリング越しに聞こえてくるアイラさんの声。それを遮り、剣を手に振り返る。
自分が見張っていた、向こう側の通路。ここから数百メートル先で、突如大量の魔力が震えたのだ。
───ここの転移罠を、スフィンクスは掌握している。
「くっ……!」
こちらが撤収を開始するより早く、青い炎が襲い掛かる。
咄嗟に『概念干渉』で受けるも、重い。巻き取って打ち返すことはできないと、上へと受け流した。
逸らしきれなかった炎から逃れ、後ろの2人と『右近・左近』が壁際まで退避。そして、盾を構えたブランが自分と入れ替わりに前へ出る。
数百メートルはあった距離が、文字通り瞬く間に詰められた。
岩の大地を踏み砕き、ジェットエンジンじみた音を両翼から出しながら加速。大型トラックのような巨体が、ブランと衝突する。
無理に受け止めることはせず、白い騎士はタワーシールドで斜めに相手の軌道を逸らした。
だというのに、かなりの重量があるはずのブランが大きく撥ね飛ばされる。
勢いそのまま部屋の中央へと駆け込んだかと思えば、信じられない程緩やかな減速を見せて停止。
怪物が、自分達を睥睨する。
真っ白な、石膏で作られた肌。整った顔立ちの女性の頭部に、ハリウッド女優を連想させるスタイルの上半身。
戦いとは縁遠そうな曲線を描く腕は、しかし全体の大きさもあって丸太のように太い。
腰から下は獅子のそれであるのだが、ここまで見たスフィンクスと違い真っ黒な毛並みをしていた。それでいて爪と翼は鮮やかな黄金の輝きを放っている。
身長はおよそ4メートル。尻尾を除いた長さは、8メートルといったところか。
優美でありながら力強いその怪物が、右手に持った槍をゆらりと構える。
たったそれだけの動作だというのに、自分の全身の血管が不吉にざわめいたような気がした。本能が告げているのだろう。この怪物の危険性を。
大気中の魔力が、まるで女王にひれ伏す民衆のように重たくなった。そのせいか、空気が薄くなったような錯覚さえある。
自分達の眼前にいるのは、この迷宮の守護者にして、スフィンクス達の女主人。
『スフィンクス・ヴァシリサ』
動かないはずの石膏で作られた口が、ゆっくりと開かれた。
『Aaaaaaa───ッ!!』
歌うようなその声は、天然の呪詛。術式などなくとも、人間の体内にある魔力をかき乱す。
非覚醒者であればそれだけで狂い死に、並の覚醒者であってもその場で棒立ちとなるだろう、女王の『死刑宣告』。
だが、生憎とこちらも『並』の覚醒者では───普通の冒険者では、ない。
「すぅぅ……ふぅぅ……!」
深呼吸を1回。空気云々は、所詮錯覚。魔力と酸素濃度は必ずしも比例しない。ただ、この怪物への恐怖がそう思わせたに過ぎない。
このプレッシャーは、間違いなくケルベロスに匹敵する。
だとしたら───なんだと言うのか。
ブランの損傷は軽微。既に右近達と共に、後衛の盾となれる位置に移動している。
『京ちゃん、どうする?撤退?それともびゃっちゃん出す?』
ほぼ部屋の対角線上にいるエリナさんからの問いかけに、視線をヴァシリサに固定しながら答えた。
冒険者のルールに従うのなら、ボスモンスターとの交戦は極力避けるべきである。しかし、自分達は知っている。こういう手合いは、背中を見せた方がよほど怖い。
そして、白蓮の助けが必要か否か。それは……。
「いいえ」
きっぱりと、断った。
出して、組み立てて、起動する。そのような隙はくれまい。なにより。
「こいつはここで、このまま殺します」
『OK!』
ケルベロスと同格であると言うのなら、あの3つ首の獣と同じく狩るだけだ。
重心を僅かに下げ、魔力を全身に循環。腕輪から這い出た魔力が刀身を炎で包み込み、白のマントがふわりと揺れる。
それに対し怪物どもの女王は再び咆哮を上げながら、黄金の槍をこちらに繰り出した。
風と炎を帯びた剣と、金色の穂先が衝突する。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.最初にあの罠くらった自衛官って……。
A.不死川宮子さんですね。あの人が何回も死んでは、固有スキルでリスポーンして道と罠の種類を記録しました。
たぶん、ダンジョンのモンスターからしたら1番理不尽なスキル持ちです。