外伝10 普通じゃない冒険者の日常
外伝10 普通じゃない冒険者の日常
放課後。自衛隊の車に揺られながら、目的地に向かう。
いつものように授業を終えて向かう先は、異世界であって異世界ではない。
教授の研究に付き合うのが、自分の冒険者としての主な仕事だ。しかし、これはより『日常に近い非日常』……あるいは『非日常に近い日常』と、最近では呼ぶべきかもしれない。
まあ、結局のところ。
「数日ぶりのダンジョン探索だね、京ちゃん!」
「そうだね」
いつもの仕事だ。
無人となった街を通り過ぎ、ダンジョンストアに。他の利用者もおらず、いるのは自衛隊のみだ。
これも、近い内に変わるかもしれない。教授曰く、今年中に『Aランク冒険者』が正式に認められるそうだ。
そうなれば、ここのような冒険者に間引きをほとんど委託されているダンジョンは、普通にコンビニやら何やらが設置されるかもしれない。
個人的には、毎回自衛隊の人に駅まで送り迎えしてもらうのも気が引けるので、バスかタクシーが通ってほしいものだ。そうでなければ、せめて徒歩で来させてほしい。
閑話休題。仲間達と別れ、男性更衣室に入る。
もう慣れたもので、手早く着替えを済ませた後、鏡で確認。ついでにトイレで用を済ませて、更衣室近くの壁に寄りかかり彼女らの支度が終わるのを待つ。
『さて、京ちゃん君』
イヤリング越しに、アイラさんが話しかけてくる。
『エリナ君も言っていたが、数日ぶりのダンジョンだ。異世界で犬耳美少女と戯れていた君には、少しハードかな?』
「油断はしないつもりですが、流石に数日でそこまで勘が鈍ったりしませんよ」
『そうかい?よく1日休むとその分を取り戻すのに数日かかると聞くが』
「あんまり脅かさないでくださいよ。不安になってくるので……」
楽観のし過ぎは良くないが、基本的に冒険者はポジティブな精神状態の方が良いとされている。
余計な事を言うなと、口を『へ』の字にした。まあ、イヤリング越しなので彼女には見えていないのだけれど。
『ふっふっふ。それだけ気を引き締めていけという事さ』
「うっす」
『あと人の不安を煽るの楽しい』
「黙ってろカス」
『流石に酷くないかね!?』
「お待たせ京ちゃん!」
「お待たせしました。っと、お話し中でしたか?」
アイラさんとアホな事を話していると、エリナさん達が更衣室から出てくる。
「いえ。残念女子大生が残念だっただけです」
『ちーがーいーまーすー。京ちゃん君が犬耳巨乳美少女を調教してエッチな芸を仕込みてぇ!って言ってたんだ!』
「誰が言うか」
「もう。姉さん、あんまり探索前にふざけないでください。調教しますよ?」
『心の底からごめんなさい。助けて京ちゃん……!』
「哀れな……」
もはや姉妹のパワーバランスが決定してしまっている……世の中、手段を選ばない奴の方が強いのだ。
「駄目だよ先輩!調教なんて!」
『そうだぞ言ってやれエリナ君!』
「あの、もうちょっと声小さくしてもらえますか?」
「そこは忍者の修行だろ!!」
「そういう事じゃねぇのよ」
「はっ……!?つまり、修行という名目でエッチな事を……!」
「そういう事でもねぇんだよ」
「そういう事だな!」
「聞けや馬鹿ども」
『たいへんだなー』
「おうこれから大変なのは貴女ですからね?」
呑気にほざいてんじゃねぇよ。知らんからな?マジで鎖やら首輪やらつけられたとしても。
「もう、京ちゃん!これから探索なんだから、真面目にね?」
『そうわよ!』
「ミーアさん。後でこの馬鹿2名お好きにどうぞ」
「何を言っているんですか京太君。貴方もですよ?」
「え?」
心底不思議そうな顔で、首を傾げるミーアさん。
はたして、それは『探索前だからボケとツッコミは後にしろ』という意味なのか。それとも……。
なんか怖くなってきたので、聞かなかった事にした。人生において、時に目を逸らす事も大事だと思うの……。
『んん!さあ、ダンジョン探索の時間だ、諸君!今はそれだけを考えよう!』
「ですね……!」
アイラさんの言葉に全力で頷き、ゲート室へと向かった。
あと自衛隊の人。『人間関係に疲れたのなら、試してみよう。入隊を』とか謎のプラカード出さないでください。入りませんからよ?知ってんですからね、『覚醒の日』以降の公務員のブラック具合。
いや、一部省庁とかはその前から勤務時間が真っ黒という噂はあるけども。
見なかった事にし、受け付けを済ませ分厚い鉄の扉の先へと向かう。
部屋の中央で僅かに浮かんでいる、白いゲート。それを前に、『魔装』を展開する。
続けて、エリナさんが出してくれた『ブラン』を組み立て、起動。そして『フリューゲル』と『炎馬の腕輪』を装着し、ランタンを剣帯に吊るした。
仲間達に視線を向けると、彼女らも準備は完了したようで、小さく頷きが返ってくる。それを見て、ゲートの正面へと移動した。
「アイラさん。これよりダンジョンに入ります」
『うむ。先程は半分冗談で言ったが、今度は100%本気で言おう。気を付けるんだぞ、3人とも』
「はい」
「おっす!」
「勿論です」
『では……行ってこい』
「了解」
仲間達の手が肩に触れている事を確認した後、深呼吸を1回。
白い扉の向こうへと、足を踏み出した。
瞬間、もはや何度目かもわからない、あの足元がなくなる感覚がやってくる。
足場がないのに、浮遊感もない。そして、ブーツ越しに固い地面を踏みしめた。
コンクリートに覆われた、ゲート室ではない。肺を満たす、じっとりと湿気た空気。腰に下げたLEDランタンに照らされる、濡れた岩肌。
薄暗い洞窟の中に立ち、ゆっくりと剣を抜いた。
通路の幅は3車線道路程。天井までの高さは、およそ6メートルとかなり広い。
ここは平均的なダンジョンより広大かつ、幾つもの階層で分かれている。地図なしでは、遭難してしまいそうだ。
もっとも、この迷宮の恐ろしい所は別にあるのだが……。
「アイラさん。ダンジョンに入りました」
『うむ。自衛隊のペイントを発見したら、教えてくれ』
「はい」
「ほい、京ちゃん。ブーちゃんのバッテリー」
「ありがとう」
もはや今更かもしれないが、一応ストアでは……自衛隊の目がある所では、自作のマギバッテリーを使っていない。
あの白いドラゴンとの戦いの後も錬金術に関して何も聞かれなかったのは、自分が大っぴらに『賢者の心核』を使わなければ見逃すという意味も、あるのかもしれないのだ。
余計なトラブルを避けられるのなら、避けた方が良い。今後もこうしていく予定である。
「行きましょう」
「おー!」
「はい」
自分とブランが先頭に立ち、次にエリナさんとミーアさん。殿には、『右近・左近』がついた。
所々に苔が生えた洞窟に、自分達の足音が反響する。腰のランタンやゴーレム達につけたライトで、影がゆらゆらと揺れた。
そうして歩く事、約1分。早速、岩肌に書かれた黄色の文字を発見する。
「アイラさん、ペイントを発見。『G-12』です」
『よろしい。ではそのまま前進し、次のペイントを探してくれ』
「了解」
彼女の言葉に頷き、更に進む事約3分。
自衛隊が壁に描いた目印より先に、別のモノを発見する事となる。
「止まって」
エリナさんの真剣な声に、剣を右手で構える。
「数は2体、11時の方向……ううん、曲がり角から、正面に移動。もうすぐ姿が見えるはずだよ。相手も、もうこっちに気づいているっぽい」
「了解」
短くそう答え、左手でナイフを抜く。
そして、刀身を炎で覆った。その状態のまま、前方に軽く投げる。
岩肌の地面にぶつかり、甲高い音をたてて転がるナイフ。刃を包む火が、曲がり角から現れた怪物達の姿を照らし出した。
背は、3メートルを確実に超えている。幅は約2メートルといったところ。
まず目に入るのは、太く逞しい獅子の足。薄茶色の体毛が炎に照らされて、一瞬金色にも見えた。
強靭な4本の足で岩肌の大地を踏みしめ、胴体もまた獅子のそれ。だが、脇腹から1対の翼が生えている。大きさはそれ程でもなく、どう考えてもあの巨体を飛ばせる程のサイズではない。
だが、それは尋常な生物ならばの話。
この怪物の顔を見て、真っ当な獅子と思う者はいまい。
本来、猛獣の顔があるべき場所。そこには、真っ白な女性の顔がある。ただし、それはまるで石膏像の様であった。
否、材質で言えば、本当に石膏だろう。髪も眉も皮膚と変わらぬ色で、開かれた目玉に黒目はない。特に髪は、彫刻されただけで一体となっている。
だがその口は、獰猛な笑みを浮かべずらりと並んだ鋭い牙を覗かせていた。明らかに無機物の顔面が作る、捕食者の笑み。それに、本能的な恐怖心が刺激される。
『スフィンクス』
エジプトの守護神の方ではなく、ギリシャ神話にてエキドナの子。かのケルベロスの妹にして、姪として語られる怪物。
謎かけを行い、それを解かれれば死ぬという。しかし、これは姿と能力が似ているだけで神話には関係のない。
ただただ、純粋な武力でもってしか殺しえない。物の怪である。
『AAAAAAA───ッ!』
歌う様に高らかに、歓喜さえこめて雄叫びを上げるスフィンクス。片方の個体が、脇腹から生える翼を僅かに開いた。
瞬間、猛烈な加速を得てこちらに突っ込んでくる。
振り上げられた右前足。それに対し、ブランがタワーシールドを掲げて受け止めた。
たった1撃で足元の地面が砕け、衝撃波が洞窟を揺らす。
ブランが攻撃を受け止めると同時に、前傾姿勢となりながら疾走。すれ違い様にスフィンクスの脇腹を切り裂いていく。
絶叫と鮮血を背後に、立ち止まらずに加速。もう1体のスフィンクスが、口腔に魔力を集束させていた。
爆発的に膨れ上がる魔力の渦と、岩肌を溶かす熱量。
眼前にいるのは『Aランクモンスター』。自分達にとっては、ただ討伐するだけならば半分作業であり───もう半分は、死も有り得る強敵だ。
放たれる熱線。それに対し、刀身を合わせる。
『概念干渉』
ぐるり、と。柄を捻り刃に炎を巻き付かせる。そのまま体を横回転させ、風の放出により突撃。
スフィンクスの眼前へと跳び上がり、純白の顔を縦に切り裂いた。
『AAAAAA───ッ!?』
絶叫を上げながら、飛びすさる怪物。脳天から顎にかけて両断され、傷口は己が吐いた炎で焼かれているというのに倒れる気配はない。
着地と同時に構え直した自分を、瞳孔などないはずの瞳が睨みつけ、強靭な四肢が跳ねた。
左右から挟み込む様に振るわれる両の前足。その爪は装甲車すら引き裂き、叩き潰す剛力をもつ。
だが───今更、その程度。
自前のスキルと、フリューゲルによって風を放出。高速で横に1回転しながら、剣を振るう。たった1合でもって、爪を叩き割り前足を引き裂いた。
悲鳴をあげる暇すら与えない。剣を振り抜いた姿勢から、倒れ込む様に前進。岩肌の地面を蹴りつけると共に風の後押しを得て加速し、スフィンクスの足の間に入り込みながら剣を縦に振るった。
首の付け根から、腹の中程までを引き裂く。血のシャワーを吹き飛ばしながら、そのまま背後へと回り込んだ。
半回転して剣を構え直し、壁に跳躍。地面を赤く染めながらも、怪物はこちらへと振り返り牙を剥いた。
割れた頭であろうと、なおも鋭く、そして強靭な牙と顎。侵入者を噛み砕かんとするその顔面に、左の拳を叩き込んだ。
無骨な籠手を纏った左腕が、手首まで奴の右目に突き刺さる。そのまま、内側で強引に指を開いた。
「爆ぜろ」
『魔力変換・風』
『炎馬の腕輪』
掌で風と炎を混ぜ合わせ、熱線へと変えて放出。スフィンクスの頭蓋を貫通し、衝撃で石膏の頭部が四散する。
崩れ落ちる巨体に視線を向けつつ、フリューゲルで浮遊しながら移動。曲がり角に戻り、もう1体も視界に入れられる位置で着地しながら剣を構えた。
だが、杞憂であったらしい。
あちら側に任せた個体も、四肢を地面から伸びた岩の腕で拘束され、頭は戦斧で叩き割られていた。
2体とも塩へと変わるのを確認し、小さく息を吐く。すぐに仲間達と合流し、互いの無事を確認した。
「2人とも、お疲れ様です。怪我は?」
「一切ないね!」
「私もです。京太君も、大丈夫そうですね」
「はい。問題ありません」
右近が、塩の山の中に手を突っ込んでドロップ品の回収を始めてくれる。
それを横目に、念のため周囲を見回しながらイヤリング越しにアイラさんへ話しかけた。
「モンスターと交戦しましたが、戦闘は終了しました」
『うむ。聞こえていたよ。腕は鈍っていない様だね』
「ええ、正直安心しました」
『おや、怖がらせ過ぎたかな?』
「いい刺激だったと、受け取っておきます」
「すみません、エッチな意味ですか?」
「真面目な意味です」
「なら忍者な意味か!」
「忍者ではないです」
「!?」
残念その2と自称忍者を黙らせた後、右近が回収してくれたドロップ品を確認する。
無骨な手に抱えられているのは、人の頭程もある石膏の塊であった。
ただの石膏ではない。どういう技術で作られたのか、非常に多くの魔力を内包している。
高く売れるのだ、これが。利用法は研究中だが、『使い魔の作成』に使えると聞いた事がある。
それらがエリナさんのアイテムボックスに仕舞われたのを確認し、彼女らに目配せをした。
色々と残念な人達ではあるが、頼れる仲間達でもある。切り替えは済んでいるようなので、剣の腹を肩にのせ正面へと向き直った。
「では、探索を再開します」
『ああ。だが気を付けてくれたまえよ。そのダンジョンで最も怖いのは、モンスターではないのだからね』
「はい」
ここは、『Aランクダンジョン』。
当然の様に、一筋縄ではいかない迷宮だ。
読んでいただきありがとうございます。
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