外伝9 初クエスト 下
外伝9 初クエスト 下
同士討ちも有り得るかも……なんて不安を抱いての探索であったが、その心配は杞憂だったとすぐに知る事となる。
1回目の戦闘から、約5分後。再びカタリナさんが敵を見つけ出し、接敵した。
白蓮を連れている以上、こちらの足音は当然相手にも気づかれる。今度は3体のボーンコボルトが現れ、武器を手に襲い掛かってきた。
得物はそれぞれ、手斧、鍬、鎌と、農村から盗んできたのかと言いたくなる物ばかり。
だが、それらは十分に凶器だ。声もなく、骨の怪物達は先頭に立つ2人の女性に武器を振り上げる。
「はっ!」
『■■!』
真っ先に飛びかかってきた、手斧持ちのボーンコボルト。それに対し、鋭い槍と小太刀が繰り出される。
一瞬であった。槍が左の肋骨を粉砕し、小太刀が右の肋骨まわりを打ち砕く。
衝撃は背骨や鎖骨等にも伝わり、武器を振り下ろす間もなく手斧持ちは頭蓋骨を地面に転がした。
仲間が瞬殺された事を気にした様子もなく、残る2体は得物を振るった直後の彼女らにそれぞれ鍬と鎌を振るう。
だが、影山さんは穂先を鍬にぶつけて軌道を逸らし、カタリナさんは足捌きで鎌を軽々と避けた。
バランスを崩した鍬持ちの胴体を槍の石突が横から襲い、鎌持ちには袈裟懸けに小太刀が振るわれる。
鎧袖一触。このレベルの相手であれば、彼女らは互いの動きを気にしながらでも敵を圧倒できる様だ。もはや戦闘にもなっていない。
それに胸を撫で下ろしていると、頭蓋骨を2つ拾い上げてカタリナさんが駆け足で近づいてくる。
いかん、動きに合わせて大きなお山が小さく揺れている……!
『■■■■■■■!■■■■■■!』
「え、えっと?」
『褒めてほしいそうだよ、京ちゃん君。頭でも撫でてあげたらどうだね』
『そんな……浮気ですか、京太君?』
「どうしろと……?」
取りあえず頭蓋骨を受け取り、礼を言っておく。感謝の言葉と挨拶ぐらいは、やっぱり覚えた方が良いな。
だが意図は伝わったらしく、カタリナさんは立派なお胸様を張って『ふんす』と鼻から息を出している。
『自分が出来る犬だとアピールできて、安心している様だね』
「犬って」
『いや、だって行動がだね』
『姉さん……獣人の方にとって、そういう表現はかなりデリケートなので……』
『ちぇー。反省してまーす」
『もしも必要なら、私が一晩中どれぐらいデリケートかお教えしますから……』
『心の底から反省します!!』
イヤリング越しに残念2名の話を聞きつつ、頭蓋骨を教授に渡す。
「婿殿」
「え、はい」
真剣な面持ちで、有栖川教授がこちらの肩を叩いてくる。
「……わかっていますね?」
「……はい」
あの目はやばい。マジでやばい。『孫を泣かせたら殺す』と、そう書いてあった。
……今回僕、マジで不可抗力じゃないかなぁ!?
『……■■■■■■』
「ん?」
そんな事を話していたら、影山さんがカタリナさんに話しかける。その表情は、かなり不機嫌そうだ。
『■■■■■■■?■■■■■■』
『ふむ。彼女はカタリナ氏の刀の振るい方はおかしいと、注意しているね。なんか、持ち方?がダメらしい』
「ああ、確かに」
戦闘中、彼女の太刀筋に違和感があったのを思い出す。
何と言うか、全体的に力任せなのだ。刀を振るっているというより、鉈を叩きつける感覚に近い。そんな太刀筋だったので、印象に残っている。
自分も日本刀の扱いに詳しいわけではないが、エリナさんが忍者刀を使う時と握り方からして随分違っていた。
『■■、■■■■■■■?』
『■■■■■、■■■■■■■』
『ふむふむ。どうやらカタリナ氏は我流な様だね。周囲に刀の握り方を教えてくれる人はいなかったらしい』
「これは実に興味深いですよ、婿殿。彼女は刀が身近な物ではない場所で育ったようです。それなのにあんな侍姿……どういう事でしょうね!」
「僕はアレを侍とは認めませんが、次暴走したらもう1回拳骨ですよ?」
「……反省しています。はい。本当に先ほどは、御見苦しい所を……」
『えー。いいじゃないか京ちゃん君。これは調査だよ?君達は異世界を調べる為にそこへ行ったのだろう?ならそれ以上に優先する事など、命以外に何があるというのだね』
耳まで赤くなって顔を覆う教授と、駄々をこねる残念女子大生その1。
であれば、こちらは残念女子大生その2をぶつけるだけである。
「ミーアさん。お願いします」
『もう、姉さんったら……そんなにスケベ探索がしたいんですか?貴女は調査される側でしょうが!このスケベの館!』
『反省するので許してくれまいか!?ちょ、本気で脱がす気かこの愚妹!?』
「ミーアさん、ストップ。ストップですよ」
『そんな……ここでお預けだなんて、私は何のために姉さんの所へ来たのですか!?』
『私の手伝いじゃなかったのかね!?』
「アイラさん。次アレな発言したら、わかりますね?」
『さてはこの為にミーアを呼んだなババ様!?』
「はて、何の事やら」
しれっとした顔で聞き流し、視線をカタリナさんに固定している有栖川教授。
それをよそに、影山さんがカタリナさんの手を取って正しい刀の握り方を教えている。
自衛隊って、剣道も教えるのだろうか……その辺はわからないが、犬耳の少女は感心した様子で話を聞いていた。
影山さんは案外面倒見が良いらしい。だが意外なのは、カタリナさんが素直に彼女の話を聞いている事である。
てっきり『必要ない』と突っぱねるかと思ったが、時折不思議そうに影山さんを見つつも、真剣に刀の握り方を教わっていた。
何にせよ、仲良くなってくれるのならそれに越したことはない。
少しほっこりとした気分になっていると、森の中をしっとりとした風が吹いた。
それに乗って漂ってきた臭いが鼻腔をくすぐり────即座に剣を握り直す。
「なんだ、これ……」
兜の下で眉間の皺を深くする。今のは間違いなく腐臭だ。
それも、ただの腐臭ではない。どこかで嗅いだ覚えがある。詳しくはすぐに思い出せないが、言い様のない不快感が胸を満たした。
「婿殿?どうかしたのですか?」
「矢川さん……?」
疑問符を浮かべる2人をよそに、カタリナさんが臭いのした方角を指さす。
不思議な事に、嬉しそうな顔で。
『■■、■■■■■■■!』
『んん?なにやら、お宝があるかもと言っているが……』
「……行ってみましょう。念のため、皆さん警戒を。白蓮、最後尾を頼んだ」
自分が先頭に立ち、進んでいく。
近づくにつれ、腐臭はだんだんと強くなっていった。森の中という事もあり、土の臭いに混ざっている。
正直、なんの臭いかわかりづらい。それでも、自分は知っている。この臭いの正体を。
「……やっぱりか」
凹凸の激しい森の地面の中でも、少し大きめの穴があった。
ボーンコボルトが作ったのか、浅く広く掘られている。直径は10メートル程。深さは2メートルあるかどうか。
その穴の中に、幾つもの骸が無造作に転がっている。
鹿の死体。兎の死体。鳥の死体。そして、『人の死体』。
1人や2人ではない。間違いなく、2桁を超えている。十数人から、二十数人。肉を腐らせ、虫にたかられている遺体が、小さな山となっていた。
ボロボロの衣服を纏った骸を指さし、カタリナさんが何か言っている。
「……彼女は、なんと」
『……金目の物を持っているか、探してくるかと提案している。農民の死体だろうが、運が良ければ指輪なんかがあるかも、だそうだ』
「教授。断っておいてください」
「……ええ」
思い出すのは、ミーアさんとキャンプに行った際に遭遇した遊園地跡を根城にしていた人形共。あの時は椅子に被害者が縛り付けられていたが、こちらは殺害する事で魔力を吸い上げているらしい。
何故この臭いがわかったのか。それは単に、演劇用の天幕で嗅いだあの腐臭と似ていたから、自分は───。
「ふぅぅ……」
『京太君』
「問題ありません。大丈夫です……ミーアさんは?」
『私は、鏡越しですので……』
「そうですか。なら、良かった。辛かったら、すぐに休んでください」
大きく息を吐いて、思考を切り替えた。
死体の山というのは、やはり慣れない。慣れたくもない。散々ダンジョンの氾濫で人が死ぬのを見てきたが、気分のいい物ではなかった。
つい柄に力を籠めてしまい、カタリナさんが怯えた様子でこちらを見てくる。
それに、どうにか愛想笑いを浮かべた。彼女は悪くない。見ず知らずの他人の亡骸を見つけたら、持ち物を漁るのがこちらの冒険者の『普通』なのだろう。なんなら、地球の方でも地域によっては当たり前の事だ。
故に、この正統性のない怒りを向けるべきは、彼女に対してではない。
「教授、どうしますか?」
「……遺族にご遺体を届けるのも、難しいでしょうね。この世界では戸籍管理が曖昧だそうなので。だからせめて、埋めてあげましょう」
「わかりました。ですが、その前に」
「ええ」
微かに、骨の鳴る音が近づいている。
『■■、■■■■!』
『群れが近づいてきていると、言っているね』
「ええ。好都合です」
依頼された間引きは、確か15体だったか。
20以上のボーンコボルトが、こちらに向かって来ている。ここが奴らにとっての『ゴミ捨て場』なのだとしたら、当然の対応だ。
カタリナさんと影山さんが前に出るが、自分は更にその前へと踏み出す。
「すみません。少しだけ……暴れさせてください」
「……わかりました。ほら、下がって」
『■■■■■■……?』
影山さんが頷き、カタリナさんの腕を掴んで後退してくれる。
ありがたい。この程度の敵、たとえ20や30いても彼女らなら問題ないだろうに。
深呼吸を、1回。肺に腐臭が流れ込んでくるのを感じる。だが、最低限の理性は保たねばならない。
剣ではやり過ぎると、鞘に戻す。スキルも、使ってしまうのは過剰だ。
そう。頭蓋骨は、残さねば。
「首から下は、いらないな……」
こちらに向かってくるボーンコボルトの集団。そこへ、一足で跳びこむ。
踏み込んだ勢いのまま、前傾姿勢から右の裏拳で骨を砕いた。首から下が、破片となって吹き飛んでいく。
続けて、左の拳でもう1体を粉砕。更に踏み込んで、横回転して左右の腕で2体を薙ぎ払った。
事前に確保した4つの頭蓋骨もあるので、多少『雑』でも問題ないだろう。
相手もこの世界では自然界の存在。骨だけとは言え、獣と同じ。この怒りはお門違いなのかもしれないが、それはそれ。
害獣駆除の名目で、多少の八つ当たりはさせてもらう。
骨の怪物どもは、ようやく自分が突撃してきた事に気づいたらしい。まるで普通の生き物の様に、慌ててこちらに武器を構えてくる。
だが、得物を向けた先に自分は既にいない。とっくに移動して、また別のボーンコボルトを打ち砕いている。
手足のみで破壊して回り、約15秒。
散らばった骨の残骸を見回し、精霊眼にて残敵がいない事を確認する。
「……お待たせしました」
少しだけスッキリした頭で、教授達に振り返る。
「いいえ、問題ありませんよ。婿殿」
静かに頷く教授とは裏腹に、残り2名は何か言いたそうにしている。
戸惑いと嫉妬が混ざった様な視線の、影山さん。
顔を真っ青にして、直立不動になっているカタリナさん。
彼女らに一応会釈をした後、足元へと視線を向けた。
「……すみません。頭蓋骨の回収、手伝ってもらって良いですか?」
一応、壊してはいないと思うのだが……少し、派手にやり過ぎたかもしれない。
皆でボーンコボルトの頭蓋骨を集めた後、人の亡骸と獣の死体を分けて埋葬した。といっても、錬金術で開けた穴に入れて埋めただけだが。
最後に、教授が取り出した霊薬を墓にかける。カタリナさん曰く、死体を放置すると偶にだがアンデッド化するらしい。これで彼らは、動く死体になどならないで済むはずだ。
こっちの世界の祈り方はわからないので、カタリナさんの動きに合わせる。どうやら、教会で祈る様に両手の指を組むらしい。
戦闘以外の事で疲れる内容になったが……こうして、異世界での初クエストは無事に完了した。
気分よくとはいかないが、何かを成し遂げたというのは良い事である。
───なお。
指定されていた15体分以上の頭蓋骨を持ち帰ったが、特に報酬に色をつけてもらえる事もなく。
若干、こっちでもお役所仕事な空気を感じた依頼でもあった。
『ババ様!納品しなくて済む頭蓋骨についてだが!』
「勿論です、アイラ。きちんと確保しています。なんなら、頭蓋骨以外も……!」
『ひゃっほう!さぁいこうだぜぇ!』
切り替えはぇぇな……この祖母と孫。
当然ながら、この世界の骨を日本に持ち帰る事は衛生面やら何やらの問題で許可されていない。
なので、大使館から転移用として借りている部屋に色んな物が置かれる様になったのだが……良いのかな、これ。丸井さんの全体的に四角い顔が、若干引きつっていたのだけど。
今度、大使館の人達に菓子折りでも持ってこよう。教授の金で。
そう誓いながら、嬉々として実験器具をアイテムボックスから取り出す彼女の姿に、冒険者になったばかりの頃を思い出す。あの頃は、ダンジョンで手に入れた品は家に持って帰る事が出来なかったっけ。
……そのうち、異世界から日本に何か持ち帰る事が許される日がくるのだろうか?
ゲートを通っての貿易が出来る様になったとして……異世界という市場が開放された時、世界はどうなってしまうのだろう。景気は良くなるのか、それとも悪くなるのか。大きな混乱が起きるのだけは、間違いない。
まあ、その辺りを考えるのは政治家さん達の仕事である。投票権もない身としては、自分や周囲の人達の生活だけを考えるとしよう。
具体的には。
「ミーアさん」
『ええ、京太君』
帰ったら───絶対エッチな事をしよう。
今は、それが個人的に最も重要な事であった。
読んでいただきありがとうございます。
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