外伝8 初クエスト 上
外伝8 初クエスト 上
「さて」
照れくさそうに自身の頭頂部を撫でながら、有栖川教授が切り出す。
「失礼、少々取り乱してしまいました。あまりにも学術的に興味深い格好でしたので」
『アレはしょうがない。考古学に関心のある人間なら絶対にああなる』
「なるか」
残念女子大生とその祖母に、小さくため息をつく。
「おっほん。それでは、早速ボーンコボルトの捜索をしましょう」
「そうですね」
「はい」
目を泳がせる教授の言葉に、これ以上この話を続けるのもバカらしいと頷く。
被害者であるカタリナさんが許しているのだから、自分にとやかく言う権利はない。
まあ、
『■■■……』
「……怖がらせてしまいましたね」
教授への恐怖が高まった影響か、自分の背後に隠れる様になってしまったが。
残念でもなく当然である。
『■■■■、■■■■■■』
『■■……■■■■、■■……』
何やら異世界語で会話し、先頭に移動するカタリナさん。
彼女は森に顔を向け、ぐるりと首を巡らせた後。
『■■■■■■』
そう言って、足音をほとんどたてずに進んでいく。
『む、彼女は標的を見つけたと言っているぞ』
「え、そうなんですか?」
進行方向に自分も目を凝らすと、少し離れた位置に薄っすらと魔力を感じ取る。
「ああ、アレですかね……魔力の反応があります」
「ふむ。婿殿も感じたという事は間違いありませんね。これが、彼女の感知能力ですか」
「ええ。中々便利な眼を持っている様です」
カタリナさんの後に続きながら、剣を抜く。
木と木の幅は、車がすれ違える程。枝の位置も地上から数メートルの位置なので、切っ先がぶつかる事はなさそうだ。
『……京ちゃん君。もしかしてだが、人に勝手な鑑定はマナー違反と言っておいて、自分だけカタリナ氏を探っていたのかい?』
「いや、偶然というか。見ちゃったというか……」
基本的に、自分は相手の目を見て話す様に心がけている。その上で、『精霊眼』の影響により動体視力は同じ『Aランク候補』達と比べてもかなり高い。
その為、彼女が髪で隠している左目が少し見えてしまったのである。そこから漏れ出る、微かな魔力と共に。
「……隠している様なので、言っていいのかわかりませんが。彼女の左目は『魔眼』です。恐らく攻撃能力はほぼない、純粋な探知系かと」
『ほう!片目が魔眼か。というか、いい加減鑑定して良いよね?魔眼は種類によって危険なものもある。だからこれはしょうがない!』
こちらが止める間もなく、癖で『白蓮』に装着していた鏡からアイラさんが鑑定スキルを発動する。
『ふむ。なるほど、闘気感知の魔眼か』
「闘気?」
『姉さん、愛花さんの漫画に影響を……?』
『失礼な。彼女の持っている漫画は私だって持っている』
そこかよ。
『私の鑑定スキルと違い、アレは相手のステータスを見る事はできない。しかし、闘気という形で可視化する事はできる。ステータスの総合値をね。その上で、射程距離も結構長いのさ』
「へぇ……」
『と、ネットに書いてあった』
「あ、そこネットなんですね」
『私の周囲にこの魔眼を持つ者はいないからね。鑑定スキルも、スキル名はわかるが詳細まではわからないし』
「まあ、それもそうですね」
『それより京ちゃん君。魔眼という事は、彼女は───』
「しっ」
会話を中断し、剣を握る手に力を籠める。
「敵もこちらに気づいた様です。接近してきます」
自分とカタリナさんが足を止めたのを見て、教授と影山さんもそれぞれ得物を構える。
「まずは、白蓮に戦わせて戦力を測りたいと思いますが、良いですか?」
「私は良いと思いますよ」
「……私もです」
『■■■■■■』
『■■■■■■、■■■』
教授の通訳でカタリナさんも頷き、視線を白銀の騎士へと向ける。
「白蓮。初手は相手に譲り、動きを見てから攻撃してみてくれ」
こちらの言葉に頷いた後、ゴーレムは盾を構えて前へ出た。
そのタイミングで、敵も木々の隙間から姿を現す。
カチャカチャという、硬さのある軽い物がぶつかる音。小さな足音と共に、それはこちらにやってきた。
僅かに黄色がかった、剥き出しの骨。骨格標本の様な姿だが、その骨格は明らかに普通の生物ではない。
人と犬を混ぜた様な、骨の怪物。
『ボーンコボルト』
鬱蒼とした森の中、暗い眼窩に赤い光を灯した犬の頭。それが、唸り声もなく武器を構える。
武器と言っても、持っているのは農作業で使うピッチフォークだ。干し草を運んだりする、アレである。
身長は150センチから160センチぐらいか。小柄であるが、体格や得物だけでは強さがわからないのがこの業界である。
というわけで、イヤリング越しに仲間の意見へと耳を傾けた。
『ふむ。鑑定した所、通常のスケルトンと変わらないステータスだ。スキルもない』
「了解」
そうアイラさんと話していると、相手が動き出す。
一直線にこちらへ突っ込んできて、ピッチフォークで突きを放ってきた。標的は、先頭に立っている白蓮。
タワーシールドでその攻撃を防げば、金属同士のぶつかる硬質な音が森に響く。
あっさりと攻撃を止められたボーンコボルトは、構う事なくピッチフォークを振り回した。
突きだけでなく、棍棒の様に叩きつけてもいる。技量は見て取れず、回り込むなどの動きもない事からあまり知能は高くなさそうだ。
念のため周囲に視線を巡らせて、他の個体が攻撃してこないかと警戒する。しかし、魔力は他に感じられない。
どうやら、何かの作戦というわけでもなさそうだ。
「白蓮。攻撃」
こちらの言葉に、戦斧を一閃させる白蓮。ピッチフォークを盾で弾かれた直後のボーンコボルトは反応する暇もなく、横薙ぎの刃で粉砕された。
衝撃波で木々が揺れ、葉が宙を舞う。地面もいくらか抉れ、胴体部分が腕ごと砕け散り散弾の様に木の幹や地面に突き刺さった。まるで砲弾でも通った後である。
風圧で天高く舞いあがった頭蓋骨とその他少しの骨。重力に引かれて落ちてくる頭蓋骨を、教授が落下地点に移動してキャッチした。
「っと。言い忘れていましたが、討伐の証に頭蓋骨を集める必要があるそうです。頭は壊さない様にお願いします。必要数は、15個ですね」
「了解」
「……あ、そっか。すみません」
即座に答える影山さんの隣で、少し遅れて頷く。
そうか、これは『モンスター』ではない。
粉砕されたのに塩へと変わる様子のないボーンコボルトの残骸に向けていた剣を、ゆっくりと下ろす。
特殊危険生物……だったか?この世界には、自分達の世界からすると未知の生物が存在する。
いや、この骨の怪物を『生物』と言って良いのかはわからないが……とにかく、そういう存在がいるのだ。
相手が死んだかどうかを、塩への変化以外で見分けないといけない。これは、少し大変そうだ。
「……ん?」
『魔装』の裾が握られ、何事かと振り返る。すると、いつの間にまた後ろに隠れたのか。カタリナさんが涙目で怯えていた。
どうやら白蓮の攻撃に、驚いてしまったらしい。
「えっと……教授」
「はい。『■■■■■■、■■■■■■』」
『■■■■■■■……?■、■■■■■■……!』
やはりというか、何を言っているかさっぱりだ。
自分も、異世界語を覚えた方が良いのかなぁ……。
英語すらまだまだ勉強中だと言うのに、ここから更に他の言語までとなると、大変過ぎる。
出そうになったため息を堪え、カタリナさんを安心させようとどうにか笑顔を浮かべた。『魔装』で兜を被っているが、口元は見えているはずなので。
そうしていると、白蓮が何か拾ってくる。真ん中からへし折れたピッチフォークだ。
「あ、ありがとう白蓮」
こちらの言葉に親指をたてた後、騎士は再び周囲の警戒に戻る。
「教授、一応これもお願いできますか?」
「ええ。森に放置すれば、またボーンコボルトの武器にされるかもしれませんからね」
有栖川教授がアイテムボックスに頭蓋骨とピッチフォークの残骸をしまった所で、影山さんが1歩前に出る。
「教授。矢川さん。次の戦闘ですが、私が戦っても良いでしょうか」
「影山さん?」
どうしたのかと、首を傾げる。
「別に、白蓮だけで十分な相手ですが……」
「私は護衛と言う立場で同行しています。ただ立っているだけというのも、申し訳ないですから。それに」
彼女の視線が、その手に握る短槍に向けられる。
「この『錬金甲冑』の性能もチェックしないといけません。戦闘許可を」
教授がこちらに視線を向けてきたので、頷いて返す。
「わかりました。お願いしますね、影山さん」
「はっ」
彼女に影山さんが敬礼し、右手へと槍を持ち替える。
流石は自衛官といったところか、武器を構えた姿に隙はほとんどない。短槍は使い慣れていないだろうが、銃剣術の応用だろうか。
そう感心していると、カタリナさんが2振りの刀を抜いて前へ出てくる。
「カタリナさん?」
『■■、■■■■■■■!』
今のは何となくわかった。自分も戦うと言っているのだろう。
彼女の得物は小太刀らしく、切っ先から柄頭まで50から55センチ程の長さだ。
「えっと、どうしましょう?」
「ふむ……影山さん。彼女の戦いぶりも見てみたいのですが、よろしいですか?」
教授の問いかけに、影山さんは少しだけ考えた後。
「わかりました。問題ありません」
頷いた。
そして、カタリナさんに異世界語で何やら話しかける。だが、犬耳の少女はしれっとした様子で返事をし、影山さんは頬を引きつらせた。
「なんて……?」
『影山氏は同士討ちを避ける互いに注意しようと言ったが、カタリナ氏は邪魔になりそうなら下がっていてくれと言った様だね。いやぁ。あの子、君やババ様以外には結構いい性格しているみたいだよ!』
「あ、はい」
まあ、この世界で少女が1人で冒険者なんてやっているのだから、それぐらい強気でないと生きていけないのだろう。
コミュ力という点では、かなりアレだが。
どうにか笑顔を維持している影山さんに対し、カタリナさんは気にした様子もなく次の敵を探している。
それに対して教授が何かを言うと、必死な様子で首を上下に振った。
……勢いが良すぎて、お胸様も上下に揺れたがそれは見なかった事にしよう。
『ババ様が見かねて注意したね。一応、表面上は影山氏とも仲良くしてくれそうだ』
「……大丈夫ですかね?」
『……やばそうなら京ちゃん君が頑張るから、問題ないな!』
『ですね!ファイトですよ、京太君!』
「頼みましたよ、婿殿。私も手伝いますので」
「……うっす」
2人がフレンドリーファイアしかけたら、割って入ろう。敵だけではなく味方にまで気を付けないといけない探索は、初めてだ。
若干の頭痛がするが、切り替えていく。
そもそも、出会って間もないというのに連携して戦うというのは難しい。しかも、2人とも前衛だ。
エリナさんみたいに飛びぬけた技量や、自分みたいな動体視力がないと本当にうっかりで刃が味方に当たりかねない。注意していこう。
……問題は。
『■■■!■■■■■■!』
小太刀をそれぞれの手に握り、気合を入れているカタリナさん。
彼女の華奢な肩や、着物の下ではサラシのみで固定しているお胸様。そして、何故か側面から素肌が見えてしまっている袴。
痴女に片足突っ込んだこの『魔装』を着た美少女を視界に入れ続けるのは、地味に大変である。
その点、影山さんは露出ゼロだし、体のラインも分かりづらいので助かるのだが……。
時々袴の隙間から白い肌と褌が見えてしまう犬耳美少女に、頬を引きつらせた。
……帰ったら、エリナさん達に色々お願いしよう。
わりと最低な事を考えながら、探索を続行した。
読んでいただきありがとうございます。
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来週もこの時間に投稿する予定ですので、また見にきて頂ければ幸いです。