外伝7 新たなる残念パーティー
外伝7 新たなる残念パーティー
そんなこんなで、冒険者の酒場へ。
途中まで車で送ってもらった事もあり、すぐに到着。その後冒険者になる為の手続きを受けたのだが。
「……随分と、あっさりしていましたね」
カウンターから離れ、渡されたドッグタグをしげしげと眺める。
金属製のそれには自分の名前と、この街の名前。そして不思議な模様が刻まれていた。この模様は割符の一種らしい。
「丸井さんが根回しとかしてくれていたんでしょうか?」
『さて。カタリナ氏も特に驚いてはいなかったから、案外これぐらい簡単なものなのかもしれんな。冒険者の登録は』
『それだけ、異世界でもモンスターやそれに類する存在は脅威という事ですね』
イヤリング越しにアイラさん達と話していれば、カタリナさんと一緒に掲示板を見ていた教授が戻ってきた。
その手には、1枚の紙が握られている。
「手頃な依頼を見つけました。内容はここから馬車で1時間程の位置にある森に、『ボーンコボルト』が出没しているので、その間引きをするというものです」
「了解。しかし、ボーンコボルトですか……名前からおおよその姿は想像できますが、ダンジョンでは聞かないモンスターですね」
「姿に関しては、カタリナさん曰くコボルトとスケルトンを混ぜた様なものの様です。戦闘能力もコボルトと同程度。覚醒者にとっては比較的楽な仕事らしいので、初クエストには丁度良いかと」
「そうですね。影山さんも、それで良いでしょうか?」
「はい。私はお2人の『護衛』ですので。コボルト程度の外敵なら、絶対に守ってみせますよ」
笑顔だが、護衛の部分を強調する影山さん。まだ従者扱いされた事を怒っている彼女の事は気にした様子もなく、カタリナさんは自分と教授の顔色ばかりを窺っている。
……大丈夫かな、このパーティー。
1番の常識人である教授は現在浮かれポンチと成り果てているので、調整役は期待できない。
自分は異世界語とかわからないので、どうしたものか……。
「さ。こちらの世界基準で夕方までには日本に帰らないといけないので、急ぐとしましょう」
「はあ。そう言えば、その森にはどうやって行くんですか?車を出してもらいます?それとも、全員覚醒者だし走っていきますか?」
馬車の速度は知らないが、それでも1時間でつく距離なら徒歩でも問題ない。影山さんやカタリナさんの戦闘能力は未知数だが、何なら途中休憩を挟んでも良いだろう。
なんせ、帰りは教授の転移で大使館に戻ってくれば良い。心配なのは、見知らぬ森で標的をきちんと捕捉できるかだが。
エリナさんがいてくれたら、索敵は楽なんだけどな……。
「足ならば問題ありませんよ、婿殿」
「はい?」
何やらやたら良い笑顔の教授につれられ、酒場を出る。
そして、人通りが少ない事を確認した彼女は。
「どっこいしょ」
黄金の波紋から、人力車を取り出した。
いや、ただの人力車ではない。まず車輪が4つもあり、通常のそれより太い。座席部分も4人乗りとなっており、全体的に並の人力車と比べて大きかった。
「雫さんに作ってもらった人力車です。多少の悪路なら問題なく走破でき、なおかつ婿殿が引っ張っても簡単には壊れない頑丈さもある特別製ですよ!」
「……つまり、僕が動力ですか」
「お嫌でしたら、私が引っ張りますが?」
「いや、教授にやらせるのはちょっと」
義理の祖母に力仕事をやらせて、自分は座っているというのはあまりに居心地が悪い。
グイベル討伐作戦の帰りに使った、あの変な旗がついたリアカーよりはマシか。そう思い、ため息まじりに頷く。
「じゃあ、早速乗ってください」
武装と兜を除き、『魔装』を展開。搭乗を促す。
「あの……私が引きましょうか?」
「いえ。影山さんは、いざという時の対処をお願いします。なのでシートの方に」
「……わかりました」
若干複雑そうだが、影山さんが頷く。なるべく、この人は護衛らしく接しないと。
で、カタリナさんだが。
「……あの、僕が引っ張るんで。貴女も座ってください」
『■■■■■■ッ!■■■■■!』
彼女は何やらやる気満々な顔で、梶棒……だったか?車夫の人が持つ所を握り、『どうぞ!』と言わんばかりに待ち構えていた。
どうやら、カタリナさんは自分が引っ張る役だと思っているらしい。
「教授、説得をお願いします」
『■■■■■。■■■■■■■■■■』
『■■!?■■■■■■■■!?』
『■■■■■、■■■■■■■■■』
何言ってんのかさっぱりわからんが、カタリナさんが涙目でこちらと座席を交互に見ている。
やがて、教授が笑顔のまま座席に彼女を抱えていった。位置は後部座席……と言って良いのか。後ろ側のシートである。
影山さんは車だったら助手席に当たる位置に座り、教授はその後ろでカタリナさんの隣に。そして自分は梶棒の間に入った。
「じゃ、行きますね」
「ええ。頼みましたよ、婿殿」
女性とは言え3人が乗りなおかつ観光地で見る人力車よりも車体がごついが、重量は気にならない。伊達に『Aランク候補』はやっていないのである。
それより、周囲から向けられる奇異の目が辛い。突然何もない所からこんな物を取り出して、覚醒者が牽き始めたのだから当然である。
……これ、何も酒場の近くでやらずとも城門出てからで良かったのではないか。
やはり今の教授は浮かれ過ぎだと感じながら、ほどほどの速度で門へと向かった。
* * *
1番外側の門を潜る際、門番さん達が検問みたいな事をしていた。恐らく、出入りする人や荷物を確認して治安を守っているのだろう。
不審者を見る目を向けられたものの、教授が笑顔で出した手紙を見た途端愛想笑いを浮かべて通してくれた。当然の様に持ち物チェックは無しである。
……コネって、怖い。
まあ何にせよ、街の外に出て周囲の人も格段に減った。ここからは、もう少し速度を出して良いだろう。
「ちょっとだけ速度を上げます。ご注意ください」
「わかりました。時速は40キロ以内でお願いします」
「メーターがないので自信はありませんが……」
「冗談です、婿殿」
「うっす」
足に少しだけ力を籠め、駆け出す。
気持ち的には小走り程度。スキルは使わず、脚力で軽く人力車を引っ張って進んだ。
「この道なりに走っていけば良いんですよね?」
「はい。お願いします。それと、停車する際は気を付けてくださいね。梶棒をしっかり握っていてくれれば、貴方なら大丈夫でしょうが」
「了解しました」
アスファルトは勿論、石で舗装もされていない土の道。周囲に脛の半ばまで届く雑草が生えている中、踏み固められた地面が見えている。
そこを駆けながら、何の気なしに周囲へと視線を巡らせた。
「平和ですねぇ……」
「ええ。本当に」
見渡す限り、人工物は何もない。あの港町も既に随分と遠くになっており、僅かに潮の臭いが混じった風で草花が揺れている。
ただ、やはりというかあまり『異世界』とは感じない。前に教授やアイラさんも言っていたが、今でもヨーロッパにはこういう景色はありそうだ。いや、日本でも田舎なら普通にあるかもしれない。
そう言えば、生粋の異世界人であるカタリナさんが先ほどから静かである。
どうしたのかと、後ろに視線を向けてみた。この人力車、ひな壇みたいに後ろの座席が高い位置にあるので、ちょっと振り返ると後部座席の様子が確認できる。
いつの間に取り出したのか、教授と一緒に赤い薄手の毛布を膝にかけたカタリナさん。彼女は、真っ青な顔で虚空を見つめていた。
「……あの、カタリナさんの様子が変なんですけど。大丈夫ですか?」
「先ほど体調を尋ねましたが、問題ないそうです。ただ、婿殿に人力車を引かせて自分は座っている状況に恐怖を覚えている様ですね」
「いい加減、慣れて欲しいんですけど……」
どれだけ怖がられているのだ。そろそろ、自分が人畜無害な存在であると察してほしいものである。
『いやぁ、それは無理な相談だろ京ちゃん君。君、腐っても『Aランク候補』だぞ?片手でクエレブレの首を引き千切れる奴を、馬車馬の様に扱うとか怖くて当たり前じゃないか』
「腐ってもは余計では?」
『たとえ君の人格が色情魔ヘタレコミュ障陰キャだとしても!下半身と脳みそが直結したドスケベ冒険者だとしても!実力は本物だからな!スケベだけど!』
「わかりました。後でしばきます」
『もう!全身ドスケベ遊園地とスケベの移動万博で喧嘩しないでください!』
『ミーア???』
「アイラさん。そっちは頼みました」
『待って!?』
最近ミーアさんの様子がおかしい……いや、わりと元からだったわ。
生贄……もとい、アイラさん。姉として、どうかその残念女子大生その2への対処を頑張ってください。
「どうかしましたか?」
「いえ、問題ありません。様子のおかしい人がいただけです……」
「それは問題なのでは……?」
「あ、本当に大丈夫ですので」
真顔で心配してくる影山さんに、愛想笑いで答える。
「そ、そうですか。もしも疲れたのなら言ってください。いつでも代わりますので」
「ありがとうございます。ですが、この程度なら全然大丈夫ですから。気にしないでください」
「……そう、なんですか。凄いですね」
何やら、自嘲する様に影山さんが笑う。マジか、ここにも地雷が。
気持ち少しだけ速度を上げ、目的地へと向かう。なんかもう、ボーンコボルトとやらの捜索の方が気楽に思えてきた。
そんなこんなで、途中ちょっとスピードを上げた事もあり15分ほどで到着。鬱蒼とした森を前に、人力車を止める。
停止する時に慣性で背後に車体が迫るが、梶棒を握り踏ん張る事で押さえた。風の放出も考えたが、後ろには人が乗っているので控える。
少しだけ足裏が地面にめり込んだが、問題ない。
「到着しました。足元に気をつけて降りてください」
「ありがとうございました、婿殿」
「ありがとうございました」
『■、■■■■、■■■■■……』
車体の後ろから足場を出し、降りやすい様に配置。周囲の警戒をしつつ、『魔装』を再構築。兜や片手半剣、ナイフなどを出し、腕輪も装着する。
さて、ここからは仕事の時間だ。状況はだいぶ違うが、ダンジョン探索と変わらない。気を引き締め直す。
しかし、こうして戦闘態勢に入ったらまたカタリナさんが怯えるのではないか。そう心配になり、彼女へと視線を向ける。
『…………』
だが、意外な程落ち着いた様子だ。露出した右目を見ても、動揺はなさそうである。
なるほど、彼女もきちんとプロな様だ。
「では、私はそこで着替えてきます」
槍を側面に括りつけた大きなリュックを片手に、影山さんが親指で人力車の反対側を指さした。
……はて?あの槍、どこかで見た様な?
「わかりました。そちら側は見ない様にします」
「装備を整えるのでしたら、手伝いましょうか?」
「いえ、1人で着脱可能な装備ですので。問題ありません」
有栖川教授の申し出に首を横に振った後、人力車の影に彼女が行ったので、自分はそちらに背を向けて正面に視線を固定する。
「あ、教授。念のため、『白蓮』を出しておきたいのですが」
「わかりました」
彼女に預けていたゴーレムと、その装備を出してもらう。
手早く起動を済ませ、鎧と武器を装着。白銀の鎧を纏い、長柄の戦斧とタワーシールドを手にした騎士が立ちあがった。勿論、自作のマギバッテリーも忘れていない。
過剰戦力の可能性はあるが、なんせ未知の敵が相手である。過剰なぐらいが丁度いい。
まあ、先ほどまでプロらしく気持ちの切り替えが出来ていたカタリナさんが、再び雨に濡れた子犬みたいになったのは致し方無い犠牲と考えよう。
「お待たせしました」
そのタイミングで、影山さんが戻ってくる。
そちらに視線を向けて、思わず目を見開いた。
「その装備は……」
黒のツナギに、灰色で縁取られた黒と緑の鎧を組み合わせた防具。手には1メートル20センチ程の短槍を握り、左の籠手には小型の盾の様な追加装甲がつけられていた。
『錬金甲冑』……雫さんと愛花さん、そして自分が作り出した、自衛隊に卸す予定の装備。その、試作品である。
「驚きましたか?実は私もです。突然、上司から護衛と一緒にこれのテスターもやれと言われていまして」
苦笑交じりに、影山さんが頬を掻いた。
伝手ならあると聞いていたが、まさかこんな所で見るとは予想外である。
「私の『魔装』は戦闘向きではないので、これが正式採用される事を願っていますよ。『インビジブルニンジャーズ』殿」
「あ、はい。でもその名前は勘弁して頂けると……」
「はい?」
『ぬぅぁんでだい京ちゃんくぅん。インビジブルニンジャーズは君達の正式なパーティー名……いいや、組織名じゃぁないか!もっと胸を張って名乗りたまえよ!インンンビィィジブルゥゥ……ニンジャァァァズ!!』
「アイラさん」
『このスケベの違法建築!言って良い事と悪い事の区別もつかないんですか!』
『今しがた私も不本意な呼ばれ方しなかったかな!?』
ここにエリナさんがいなくて良かった。いたら絶対にややこしい事になっている。
我ながら渋い顔をしていると、カタリナさんも『魔装』を展開するらしい。魔力の流れを感じ取る。
彼女の装備でも確認して、例の名前から話題を逸らすか。そう考え、顔を向けて。
「ぶっ!?」
思わず噴き出した。
端的に言おう。カタリナさんのソレは、半分愛花さんみたいな『魔装』であった。
間違えた。痴女に片足突っ込んだような『魔装』であった。
くせ毛が強めの長く青い髪は、ツインテールに結われている。『魔装』状態でも左目が隠れているのは良いとして、ここまではそう気にする事はない。
上が肩出しの黒い着物で、灰色の線が縁取る様に入っている。腰には水色の帯が巻かれ、その下には藍色の袴と、白い足袋に草履を履いていた。
ここまでは、ギリセーフである。肩出しの着物の段階でどうかと思うが、までセーフだ。
どうして、着物の丈がそんなに短いんですか???
そのせいで、袴の側面から肌色が見えてしまっている。どうやら、着物の下は下着だけらしい。何なら袴の中央部の布も少ないせいで、鼠径部が見えそうになっていた。
そして上半身。御立派なお胸様の谷間が上からだと少しだけ露出してしまっている。更には横から見た場合、綺麗な脇の下に白いサラシも把握できてしまっていた。
二の腕から先を覆う黒の長手袋もあって、彼女の肌がより強調されている気がする。
袴の帯に2振りの日本刀が挿されているが、そちらに気を回す余裕はない。なんだ、このエロゲでしか見ない様な似非侍。
「婿殿!」
「す、すみません!見ない様にします!」
「違います!着物です!和装です!侍です!まったくの異世界人な彼女の『魔装』がこれとは、驚きですね!」
「気にする所そこですか!?あと僕はこれを侍とは認めませんよ!?」
『京ちゃん君!顔を寄せろ!イヤリング越しでは見づらいんだ!いいや、手鏡を出せ!全身くまなく撮影する!ふはははは!異世界の文化はどうなっているのだ!実に興味深い!』
「あんたもかい!」
『京太君。帰ったらスケベ和装してもらって良いですか?』
「黙ってろ!」
「ちょ、有栖川教授、困ってますから!その子困ってますから!」
『■■■■■……!』
「ふむふむ……おや。尻尾の付け根はこの様に」
『撮影だ!インタビューだ!彼女の家族構成について聞いてくれ!年齢もだ!』
ハイテンションの教授がカタリナさんをベタベタと触りながら、周囲をグルグルと回っている。結果、犬耳の少女は可愛そうな事に再び何か悟った顔になってしまった。
それを影山さんが引きはがそうとするも、悲しきかな。ステータスの差が大きすぎる。それを実感してか、何やら『やっぱり、私なんかじゃ……』と地雷の起爆スイッチが作動しかけていた。
イヤリング越しには残念その1とその2が好き勝手にわめき、およそ頼りにはならない。
「……白蓮」
こちらの言葉に、騎士は小さく頷く。
「ちょっと、周囲の警戒頼んだ」
もはや致し方なしと、義理の祖母の脳天に拳を叩き込む事にした。
アイラさん達の性格はお祖父さん似との事だが……絶対にこの人の血も影響している。間違いない。
鬱蒼とした森に、重い音が響いた。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
来週もこの時間に投稿したいと思いますので、よろしければまた見にきてください。