外伝4 異世界の街
外伝4 異世界の街
港から車で30分ほどの場所。何度か城壁らしき物を潜っていけば、大きな建物が見えてきた。
「おお……」
テレビで見る様な、西洋のお城だ。尖塔が幾つも天に伸びており、高い城壁に囲まれている。
城との間に城壁は1つだけで、周囲を行きかう馬車も屋根付きで模様が描かれた物が増えた。となれば、ここはこの都市の中央なのだろう。
道行く人々に視線を向ければ、港近くは上半身裸の男性も普通にいたのに、ここでは皆きちんと着込んでいた。仕立ても良い。恐らく、経済的な差があるのだろう。
車がゆっくりと進んでいき、3階建ての御屋敷の前に停車。門の横に立つ守衛らしき人物は、恐らくこの国の兵士だ。青を基調としたサーコートを纏っており、手には2メートル前後の槍。顔立ちも彫りが深く、金髪碧眼だ。
そんな彼と丸井さんが二言三言会話した後、鉄で補強された木製の門が手動で開けられる。
車が敷地内に入ると、スーツを着た比較的若い日本人の男性が出てきた。
その男性が扉を開けてくれたので、小さく会釈しながら車を降りる。一応護衛なので、視線を周囲に巡らせた。
屋敷は全体的に木材を使っている様で、いわゆる玄関ポーチというやつか。入口の所はちょっとした小屋かと言いたくなる屋根が覆っている。庇とも、言うのだったか。
庭には木が数本生えているのみで、基本的に土の地面が露出している。誰かが隠れるスペースは見当たらず、窓からこちらを見下ろしている人もいない。
「お待たせしました。さ、中へどうぞ」
先ほどの若い男性に車を預け、丸井さんが柔らかい笑みを向けてくる。
彼に中へと案内され、建物の中に。
「ああ、靴はそのままで大丈夫ですよ。この国は、西洋文化に近い様で家の中でも靴を履いたままな事が多いのです」
「あ、はい。どうも……」
咄嗟に靴を脱ごうとして、慌てて履き直す。
内装はよく手入れこそされているが、全体的に古めかしい。デザインの話ではなく、建物自体が恐らく建てられてから結構経っているのだろう。
板張りの床を進み、応接室と思しき部屋に通された。中央には大きな四角い机があり、それを囲う様に白い椅子が並んでいる。
丸井さんに促され、着席。ゲストという事もあってか、教授が上座に。丸井さんが下座に腰を下ろした。
「改めまして、ようこそおいでくださいました。有栖川教授。矢川京太さん」
「ええ。こうして異世界の土を踏めた事を、心から嬉しく思います。一研究者として、好奇心が大変刺激されます」
「はっは。そう言っていただけると、私まで嬉しくなってしまいますね。それでは、まず」
「まず、市場の調査ですね」
「え?」
教授の言葉に、自分と丸井さんの声が重なる。
「市場にはその都市の生活が詰まっています。彼らが普段どの様な物を食べ、どの様な取引を行っているのか。そこから文化の」
「あの、教授」
「なんですか、婿殿。ああ、なるほど。わかっています。治安について気にしているのですね?護衛に貴方がついている以上、ドラゴンでも出ない限り問題ありません。ですが、言語や法律の違いによるトラブルも」
「教授。丸井さんが、困っていますので……」
「……あっ」
ほとんど息継ぎなしで語っていた教授が、ようやく止まる。
そしてこの場にいる面々の顔を見回して、頬を真っ赤に染めた。
「んんっ!……失礼しました。年甲斐もなく興奮してしまった様です」
「いえいえ。たしかに驚きましたが、学者さんが我を失ってしまうのも無理ありません。なにせ、異世界ですから。我々とは異なる歴史を歩んだ世界。知的好奇心が大変刺激されていると思います」
「はい。我ながら、まるで初めて遊園地に来た童女の様に胸が高鳴っています」
『ここが異世界か~。まるでテーマパークに来たみたいだぜ。テンションあがるなぁ~』
言うと思ったよ。
まるで乙女の様に頬を染める教授を見習え、この残念女子大生。
「教授ほどの方でもそうなるのだと、正直安心しました。それでは、形式ばったやり取りは無しにして、単刀直入にいきましょう」
全体的に四角い顔に曲線を作り、丸井さんは続ける。
「まず教授には、この大使館の一室にマーキングをして頂こうと思っています。それにより、海上のゲートを通過した後は直通でこちらに来て頂いて構いません。エアシャワー等も不要です」
「え?」
予想外の言葉に、思わず疑問の声をあげる。
丸井さんはこちらに視線を向け、苦笑と共に頷いた。
「驚かれるのはわかります。未知の土地に来るのなら、自身がキャリアーになってしまわない様に注意する必要があります。ですが、既にダンジョンのゲートを潜った後ですので」
「……確かに体表の生物は覚醒者以外弾かれますが、体内は別なのでは?」
「我々もそう考えていたのですが、どうにもあのゲートは病原菌に対してより厳しい入場制限を定めている様でしてね。少なくとも、この世界で病気を蔓延させる心配はないと考えて頂いて大丈夫です」
「そう、なんですか……凄いですね」
「ええ。アトランティス帝国の技術は、想像を絶します。十分に発達した科学は魔法と区別がつかないと言いますが、彼らの魔法技術は我々の科学を圧倒しています」
しみじみと言う丸井さんに、内心で同意する。
異世界と繋がる様なゲートの段階で常識外れだが、それにしても凄まじい術式だ。もしかしたら、アトランティスは世界征服目前だったらしいし、色んな土地に行く関係上こういった技術は不可欠だったのかもしれない。
「では、あのエアシャワーは……」
「建前です」
きっぱりとそう言って、丸井さんの視線が一瞬だけ自分のイヤリングに向けられた。
……大人の世界って。
「ただし、『金剛』を使って行き来する場合はまだ不明な点が多いので、そちらの場合はエアシャワーどころではない入念な対策が行われていますよ」
「な、なるほど」
「感染症を広めてしまう心配がないのは、良い事ですね。気兼ねなく現地調査ができます」
瞳を輝かせる教授の横で、あのエアシャワーや着替えの強制は持ち物検査も兼ねているのではないかと、頭をよぎる。
もっとも、固有スキルの関係で教授には無意味だが。それもあって、こうして胸襟を開いてくれたのかもしれない。
「それが済みましたら、街をご案内しましょう。市場を見て回って、その後各施設をご紹介いたします」
「ぜひお願いします」
食い気味な教授に、その場の全員が苦笑する。普段の落ち着いた様子はどこへやら。本人が言っていた通り、遊園地に来た子供の様だった。
それが見苦しいとはならず、可愛らしいとなるのだから美人って得である。
「では、早速マーキングをしに行きましょう」
「はい!」
瞳をキラキラと輝かせた教授の、元気の良い返事が大使館に響く。
……もしかしたら、この人の護衛は思ったより大変かもしれない。
周囲への警戒だけではなく、彼女がどこかに走っていってしまわないかも、注意する必要がありそうだ。
* * *
大使館の一室に転移のマーキングを済ませた後、自分達は市場へと向かった。
ただし、今度は車ではなく馬車である。こちらの方が、街を回る場合都合が良いのだとか。
木と布で出来た屋台が道の両側にズラリと並び、人々が買い物をしている。
パッと見た感じ、売られている野菜や果物は地球と似た物が多い。だが、偶に極彩色のリンゴみたいな果物や、頭が3つある魚が売られている時は驚いた。
なお、自分は麻袋に鶏や兎が入れられて売られている事にも驚いたのだが、教授曰く現代のヨーロッパでも似た様な市はあるので不思議ではないのだとか。マジか……。
そんな教授が特に興味を持ったのは、取引に使われているお金である。
この国では9種類の硬貨が使われているらしい。基本となる『ベルカ金貨』『ベルカ銀貨』『ベルカ銅貨』の3種。そしてそれぞれ『10,000』『5,000』『1,000』の金貨。『500』『100』『50』の銀貨。『10』『5』『1』の銅貨と別れている。
「これは凄い事ですよ婿殿。この世界でも十進法が使われている事もですが、それにしても現代日本とも共通点が多い。これもモンスターが我々の神話や伝説と似た姿や能力をもっているのと同じ、分析心理学における集合無意識によるものなのか。それともまた別の理由なのか。いえ、そもそもモンスターの件についてもまだ断定がなされたわけではなく、あくまでその可能性が高いという話ですから」
と、もの凄い勢いで何か言っていたのだが、自分には途中からちんぷんかんぷんであった。
しかも。
『個人的には、硬貨の方も気になるが衣服の方も興味深いね。まるで中世ヨーロッパを描いた創作に出てきそうな服装ばかりだ。麻の服に、布や革の靴。そして色のバリエーションが多い。実際の中世における染物は』
アイラさんも何やら早口で考察している様で、脳の負担がやばい。
とりあえず影山さんと一緒に周囲を警戒しつつ、時折相槌をうち、『あっちも見に行きましょう』とか言って路地裏に向かおうとする教授の首根っこを捕まえたりしながら市場を進んでいく。
市場の次に向かったのは、教会であった。
その外観は、これまた地球におけるヨーロッパの教会にそっくりである。白く塗装された石の壁に、尖った屋根。上に突き出した鐘楼。
違うのは、掲げているのが十字架ではなく『先端に太陽と月の装飾が施された杖』である事か。
丸井さんが教えてくれたのだが、アレは世界各地を巡りダンジョンを封印した大賢者なる人物の杖を模しているらしい。
既存の宗教はアトランティス帝国の侵略で破壊され、そのアトランティス帝国で崇められていた神々に対する信仰心も廃れてしまった。
この世界で最も信仰されているのは、唯一神である創造神であり、大賢者はその使いとされている。
なお、イヤリング越しにアイラさんが『ふむ。これはアレだね。もろに政治が絡んだパターンと見た。大賢者の行いに対して、当時最も力を持っていた国か組織が自分達の都合の良い様に』と語りだしたので、少し肝が冷えた。
教会には神父さんらしき人や、シスターらしき人々がいる。街の人も出入りしている様で、言葉が通じないとわかっていても聞かれたらどうしようと心配になった。
なにせ、神父さんはこっちをいないものとして扱っている雰囲気だし、シスターさん達は時折睨みつけてくる。お世辞にも歓迎されていない。
「……この世界では、ダンジョンへの出入りが固く禁じられています。我々日本から来た者達はどうしてもダンジョンを経由してこちら側に来ますので、宗教関係者からは良く思われていないのですよ……」
彼らの様子に、丸井さんが苦笑と共に解説してくれた。
道中の車内で、帝国崩壊後の事は大雑把に彼から聞いている。それを考えると、ダンジョンを完全封鎖するのは納得しかない。というか、日本でもそれが出来ないか模索されている。
もっとも、自分達までモンスター扱いされている様で面白くないが。
「教会内の見学は現在できませんので、次の施設に行きましょう」
そう言って、丸井さんが案内してくれた先。
中心街から随分と離れた位置に、その建物はあった。
外観は西部劇に出てくる酒場が、1番近いだろう。木製の2階建てで、横に広い。小さな階段を上ると、ウエスタンドア……前後に開閉する扉が出迎えてくれた。
店の外にまで聞こえる、男達の豪快な笑い声。丸井さんに案内されなければ、まず近づかなかっただろう。
だが、ある意味で自分とは縁のある建物であった。
「有栖川教授。それに矢川さん。こちらが、この世界における『冒険者』が集う場所」
店内に入れば、油と酒の臭いが漂ってくる。
板張りの床に、幾つも並んだ丸い机。椅子はなく、立ったまま飲食をする様だ。
昼間から酒を飲む男達がちらほらとおり、彼らも自分達に視線を向けている。その内の結構な割合が、教授を興味深そうに、あるいは色欲に染まった目で見ていた。
奥の方にあるカウンターからは、バーテンダー姿の老人が鋭い視線を向けてきている。ただのお爺さんではない。僅かにだが、魔力を感じる。
「ここは、『冒険者の酒場』と呼ばれる店です。その名の通り、冒険者が集まる酒場であり、舞い込んだ数々の依頼を仲介する斡旋業者でもあるのです」
大仰に両手を広げて紹介する丸井さんに、ついこちらも胸が高鳴ってしまう。
こういったファンタジー作品に出てきそうなお店に、心が躍らないわけがない。ゲームや漫画ではもはや見慣れた存在だが、生で見ると感動すら覚えた。
「マスターには既に話をつけてあります。早速彼から」
丸井さんがそこまで言った辺りで、背後から魔力を感じ振り返った。
ウエスタンドアを開け、入店した1人の女性。腰まで伸びた水色の髪に、赤い瞳と目立つ外見をしている。顔立ちも整っているので、なおさらだ。
胴体に茶色の革鎧を着ているが、それでもスタイルの良さが見て取れる。そんな彼女は、普通の人なら耳がある箇所が水色の体毛に覆われ、代わりに頭の上から犬耳が生えていた。
チラリと腰の後ろに同色の尻尾も見えるので、獣人だろう。
腰から剣を下げている事もあり、恐らくは冒険者。こちらの世界でもイコール覚醒者なのかは知らないが、マスター以上に魔力を感じられた。
入店してきた彼女の邪魔にならないよう、扉の横にずれる。だが、その女性……いや。少女と言った方が正しいかもしれない。彼女はこちらを見たまま、何故か立ち止まっていた。
視線が、自分と教授を何度も見比べている。白い肌に汗がじわじわと浮かんでいき、瞳は限界まで見開かれていた。
頭頂部の犬耳は最初上にピンとたっていたのに、いつの間にか後ろにペタリと倒れている。
「えっと……?」
彼女はどうしたのかと、丸井さんに助けを求める為に視線を彼の方へ向けた。
次の瞬間。
───バッ!
犬耳の少女は、突然床に寝そべってしまった。長い髪が広がり、手足は小さく折り畳まれている。
それでいて、仰向けになってお腹がこちらに見える様な体勢。まるで、犬が服従の意思を表している様だった。
酒場に沈黙が訪れ、少女以外の誰もが口をあんぐりと開けて固まってしまう。
いや、どういう状況?
『なるほど』
そんな状況で、何やら納得した様な声がイヤリングから聞こえてくる。
アイラさんには、何かわかったのだろうか。一縷の望みをかけて、次の言葉を待つ。
『つまり浮気だな?京ちゃん君の裏切り者!』
「違うんです。これは誤解です」
……いや確信犯だなこの残念女子大生?
他人事だと思ってボケに走ったアホに、後で泣かすと心に誓った。
読んでいただきありがとうございます。
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犬耳少女
「店きた瞬間おわったわ」