外伝3 異世界転移?
外伝3 異世界転移?
はたして、これも異世界転移になるのだろうか?
自衛隊の船に揺られながら、ふとそんな疑問が脳裏をよぎった。
11月も下旬に入ろうという頃。夏どころか秋までの暑さが嘘の様に、今は随分と冷たい風が吹いている。海の上というのも、勿論影響しているだろうが。
とうとう、教授に言われていた日がやってきたのである。話を聞いた時は『冒険はもうこりごりだ』と思っていたが、実際に異世界に行くとなると胸が高鳴ってきた。
よくよく考えると、いくら護衛として自分がつくといって、必ず厄介事が起きるとは限らない。自衛隊も事前に調査した範囲以外は、一般人である教授が行くのを許可しないだろう。
となれば、この身はいざという時の保険。滅多な事など起きないだろうし、観光とまでは言わないが、気楽にしていても良いはずだ。何より日帰りだし。
そんな事を考えながら、甲板の手すりに捕まりつつ視線を巡らせる。
「なにか面白いものでもありましたか、婿殿」
「あ、教授」
薄茶色のズボンに、黒いシャツ。その上からライフジャケットを着た教授が話しかけてくる。
海風に少しだけ髪を遊ばせて笑う姿は、とても71歳とは思えない。流石はエルフと言ったところか。
「いえ。ただ、随分と船が多いな……と」
視線を海に戻せば、海上自衛隊の護衛艦以外にも様々な船が近くを航行している。
そのうえ空の方では時折ヘリコプターがバタバタとプロペラを回しているので、かなり賑やかな光景になっていた。
「無理もありません。報道機関としてはどうにかして『異世界と繋がったゲート』をカメラに映したい……あるいは、こっそり中に忍び込んで異世界に行ってみたい。そう考えていますから。無論、それ以外の目的の方もいるでしょうけど」
「ですよねー……」
厳密にはどのダンジョンも異世界には繋がっているのだが、崩落している岩をどかして外へ出るのは困難である。モンスターの邪魔もあるし。
異世界に行ける、というのは。サブカル好き以外にとっても多くの魅力がある。
特ダネが欲しいマスコミ。新しい鉱物や植物が見たい研究者。市場に出来るかと期待する企業。欲しいものを挙げたらキリがない各国政府。
かつて、アメリカの記者がダンジョンを指して『フロンティア』と言ったが、その先こそ本当のフロンティアではないか……と。考えている人は多い。
「おや、見えてきましたね」
教授の言葉に、視線を船が向かう先に向ける。そこには、随分と人工的な島があった。
もとは海底から盛り上がった岩と、薄い魔力の線で繋がっていただけのゲート。それに人や物を入れやすくする為の、人工島である。
まあ、島と言っても学校のグラウンドより狭いのだが。
かつて、死闘を繰り広げた『ミノタウロスのダンジョン』。
それが、再び自分達を出迎えた。
人工島へは、護衛艦からボートに乗り換えて上陸する。その後、軽いボディチェックを受けた。もっとも、持ち物はスマホ含め大半が護衛艦の中だが。
小さなリュックに入ってしまう程度の荷物しかないので、確認もすぐに終わる。戦闘用魔道具の持ち込みは許可が下りているが、カメラや通信機器等は不許可となっていた。
その後、『魔装』を展開してゲートの中に。前回入った時は酷い目にあったので、どうしても緊張する。
硬い唾を飲み込み、教授が自分の肩に手を置いているのを確認してから白い扉を潜ると……。
「おぉぅ……」
思わず、変な声が出た。
石造りの、巨大な迷宮。それが、随分と様変わりしていたのである。
至る所に取り付けられた照明。慌ただしく行き来する人や車。『金剛』とかいう装着型ゴーレムを纏い、警備をしている自衛官。
ダンジョンというよりは、自衛隊の秘密基地みたいな光景である。
1本道と化した空間で、端の方にガラスケースを守る自衛隊の覚醒者達を発見した。銃器で武装した彼らの中央には、毛糸玉みたいな模様が刻まれた水晶がある。
「お待ちしておりました、有栖川教授。矢川京太さん」
前回とは違い過ぎる光景に唖然としていると、1人の女性自衛官が声をかけてきた。
迷彩柄の戦闘服を纏い、こちらに綺麗な敬礼をしてくれている。見た感じ、20代だろうか?黒髪をショートボブにしたその人物の顔に、少しだけ覚えがあった。
「出迎えありがとうございます。貴女が、影山3尉ですか?」
「はい。本日より異世界にて教授達の『護衛』をさせていただきます。影山桃子3尉です。よろしくお願いします」
「ええ。よろしくお願いします」
「お願いします……」
はて、どこかで会った事があった気がするのだか。
そう思い、記憶を掘り返して───教授の金髪と、迷宮の壁を見て思い出す。
「あ、もしかして影山さんって、冒険者免許の実技試験の時の……?」
こちらの言葉に、影山さんが大きく目を見開いた。
「……まさか、覚えていらっしゃるとは思いませんでした。お久しぶりです。矢川さん」
「いえ、こちらこそお久しぶりです。初めてダンジョンに入った日でしたので、色々と印象に強く残っていたので……」
会釈してくる影山さんに、こちらも頭を下げ返す。
あの時は、ハイテンションなどこぞの金髪自称忍者の勢いに、この人と揃って軽く引いていたものだ。
知り合いと言うには浅い関係だが、奇妙な再会に思わず苦笑する。
「私も、あの日は印象深いものになりました。まさかあの時担当した少年達が、日本の恩人になるなんて……」
「いえ、その、恩人だなんて」
「ご謙遜なさらないでください。あなた方『Aランク候補』は、間違いなく日本の恩人です」
そこまで言われては、否定するのも失礼だ。この人にも、あの日戦った者達にも。
曖昧な笑みで誤魔化していると、影山さんから妙な視線を感じる。
あまり好意的ではない。かといって、明確な敵意でもない。こちらを見ている様で、しかし実際は別のもっと曖昧なものを見ている様な、そんな魔力の流れ。
前にどこかで似た様な視線を向けられた気がするが、生憎と思い出す事はできなかった。
「さて。そろそろ参りましょうか」
ニッコリと、影山さんが人のよさそうな笑みを浮かべた。
彼女の後ろを歩き、300メートルほど先にある出口のゲートを潜る。
その先は、正真正銘『異世界』。劇的とは言い難い道のりを経て、自分達は異なる世界へと踏み出したのだ。
まあ、ここも人工島なんだけれども。
普通のダンジョンストアとそっくりな、ゲート室。コンクリートの床を踏みしめ、『魔装』を解除する。
警備をしている自衛隊の人に影山さんが敬礼をし、彼女の後ろを会釈しながら続いた。
ゲート室を出れば、真っ白な廊下に出る。通路の先には扉が3つあり、性別でわかれている様だった。
「では、事前に説明があったと思いますが、あの部屋に入り着替えをした後、エアシャワーを済ませていただきます。万が一異世界へこちらの病原菌を持ち込んでしまった場合、大変な事が起きるので……」
「ええ。その様な不幸な事故は、防がねばなりませんからね」
こちらの顔色を窺う様な影山さんに、教授が微笑みを浮かべながら答える。自分も頷き、促されるまま部屋に入った。
入ってすぐの所にいる男性自衛官にリュックを預け、新品らしい衣服に着替え次の部屋に。
エアシャワーやアルコールでの消毒を済ませ、数分ほど待っていると教授達もやってきた。
元々着ていた服とそっくりの装いで、教授と共に消毒された荷物を受け取る。
そうしていよいよ、異世界の土を踏む準備ができた。
影山さんに連れられ、船に。護衛艦ではなく民間船っぽい見た目のそれに乗り込めば、澄み渡った空と青い海が出迎えてくれる。
流れていく白い雲も、肌を撫でていく風も大して珍しいものではないのだが。ここが異世界だと思うと全てが新鮮に思える。
我ながらおのぼりさんみたいに周囲をしきりに見回していると、遠くに自分達がいたのとは別の人工島が見えた。
「影山さん。あれは……」
「はい?この方角は……ああ、アレはアトランティス跡地です。この距離でよく視認できますね」
「えっ」
あっさりと答える影山さんに、思わず変な声が出た。
もう一度視線を人工島に向けると、薄っすら大砲の様な物まで見える。強い魔力も感じるので、かなり厳重な警備が敷かれていそうだ。
「しかし、よくあれだけの物を異世界に持ち込めましたね。まだ自衛隊が派遣されてから、それほど経っていないはずですが」
いつの間にか双眼鏡を持っていた教授の質問に、影山さんが苦笑を浮かべる。
「お恥ずかしながら、民間組織に協力をしていただきまして。『錬金同好会』に持ち込んだ資材を繋げ合わせてもらい、『ウォーカーズ』から派遣していただいた結界術師の方に空間を調整してもらったのです」
日本に住んでいれば、必ずと言って良いほど聞く名前が2つとも出てきた。
何でもやっているな、同好会と『ウォーカーズ』……。
「なるほど。やはり、スキルも使い方次第では便利ですね」
「ええ……本当に」
一瞬、先ほど自分が感じたのと似た視線が、彼女から人工島に向けられる。
「凄いですよね。彼らは」
その表情は、やはり影のない爽やかな笑顔であった。
* * *
船に揺られる事、30分ほど。
ずっと甲板にいるのもアレなので、教授と共に中へ入っていたのだが。どうやら遂に陸地へと到着したらしい。
影山さんに先導してもらい、細い廊下を進んでいく。ちらりと窓の外を見れば、そこには中世ヨーロッパを想起させる街並みが広がっていた。
一見して、グリフォンや魔法使いが飛んでいたり、月が2つあるなんて事はない。
だが、アニメで見る『異世界らしい』光景に自然と胸が高鳴る。
船のハッチが開き、折りたたまれていた足場が港に下ろされた。
影山さんが先に降りて行き、それに自分達も続く。石畳の地面に降り立ち、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「これが、異世界……」
石と木で作られた港。麻の布を着た男達が行き来し、停泊している帆船に積み荷を載せたり、逆に降ろしていた。
人力で動かすクレーンもあり、大きな積み荷はそれを使って吊り上げていた。
飛び交う言語は意味不明であり、心なしかイタリア語に近い。目まぐるしく動く男達が、時折自分達や後ろの船へと視線を向けている。
さらに、港の先。そこには石造りの街並みが広がっており、港から何台ものも馬車や荷車が行き来していた。
呆然とする自分の肩を、教授が苦笑を浮かべながら軽く叩く。
「婿殿。感動するのはわかりますが、護衛をよろしく頼みますよ?」
「え、あ、はい!」
慌てて開けっ放しだった口を閉じ、勢いよく頷く。
心なしか、船乗り達の視線は教授に集中していた。彼女が美人だから、というのもあるだろうが。それ以上に『耳』へ向けられる目が多い気がする。
港には普通の人間が大半だが、時折獣人もいた。だが、エルフはいない。
自分はこの世界の文化に詳しくないが、ラノベみたいにエルフを攫って奴隷商人が売りさばく……なんて可能性を警戒すべきだろう。
正直、教授ならそこらの賊ぐらい返り討ちにできそうだが。それでも護衛として呼ばれた以上、仕事は果たさねばならない。
気合を入れ直した所で、白いワイシャツにネクタイとスーツのズボン姿の男性が近づいてくる。
「有栖川教授!お待ちしておりました!」
全体的に四角い顔立ちの、40前後の男性。彼は額に浮かんだ汗をハンカチで拭い、名刺を差し出してくる。
「外務省の丸井辰典と申します。現在はここ、『コールステン王国』の大使館で働いております」
「これはこれは、ご丁寧に」
教授がニッコリと笑いながら、名刺を交換する。
そして、丸井さんは続けてこちらにも名刺を差し出してきた。
「そして、貴方があの有名な矢川さんですね?お噂はかねがね伺っております!ようこそ、コールステンへ!」
「あ、はい。どうも……矢川です。よろしくお願いします」
圧倒的『陽の者』という雰囲気に、頬を引きつらせながら頭をさげこちらも名刺を交換する。良かった。きちんと名刺を作っておいて。
自分の様な『ハーレム主だぜぇ!うぇぇい!』といきがるなんちゃってではない、ガチの陽キャ。その気配に、腰がひける。
すみません、教授。僕、きちんと護衛できる気がしません。
「影山3尉もお疲れ様です。さ、車を停めてあるので、どうぞこちらに。まずは大使館へお立ち寄りください」
丸井さんに案内され、馬車が繋がれている横で停められている黒塗りの車へ。
何というか、大昔のヨーロッパっぽい空間にあるともの凄い違和感がある。いや、それを言い出したら自分達もそうなのだが。
運転席に乗り込んだ丸井さんと、助手席に座る影山さん。自分と教授が後部座席につき、シートベルトをはめると車は発進した。
だが、スピードはとても遅い。というのも、周囲を進むのは馬車である。
窓から外を眺めれば、2階建てのレンガで出来た建物が並んでいた。更には木と布で出来たお店がずらりと並んでおり、その前を多くの人々が歩いている。
自分達がいるのは、そんな建物や店に挟まれた大通りの中央。馬車が4台ほどすれ違えるだけの広さがあり、途中から土の地面に変わっていた。
向けられる視線は、港よりは少ない。丸井さん達は、既に何度かこうして車を使い移動しているのだろう。
「婿殿、これを」
「あ、はい」
そうしていると、教授が金色の波紋を空中に浮かべ、その中からイヤリングを取り出してきた。
受けとって耳に装着するなり、聞き慣れた声が聞こえてくる。
『突然ですが、貴方はトラックに轢かれた後ヒポポタマスの群れに飲み込まれ死んでしまいました……!しかぁし!実はまだ死ぬ予定ではなかったので、異世界に転生させてあげましょう!!』
「4点」
『辛口ぃ!?バカな、胸躍る出だしだっただろう!?』
『姉さん。ここはやはり、セクシー要素も入れないと』
『なるほど!』
「なるほどじゃねぇのよ、この残念姉妹」
イヤリング越しに聞こえる声に、頬を引きつらせる。
というか。
「あの、教授」
「どうしましたか?」
同じくイヤリングをつけて念話を聞いている隣の人物に、冷や汗を流しながら問いかける。
「通信機器とかカメラとか持ち込み禁止ですけど、アイラさんと念話が繋がるのなら意味が」
「婿殿」
ニッコリと笑みを浮かべて、教授が言葉を被せてくる。
「どこの世界でも、それこそ異世界でも。『建前』というのは大切なのですよ?」
「あ、はい」
咄嗟に運転席と助手席に視線を向けるが、2人とも正面を向いたままだ。
……大人って、汚い。
『まあそう気にするな京ちゃん君。これはアレだよ。老い先短いババ様と、頭お花畑自称ハーレム主が、私の声を聞きたくてしょうがなかった結果起きた『事故』なのさ。しかたないしかたない』
「誰が頭お花畑ですか」
「私の人生は今、バラ色ですよ?」
「……良かったですね、教授」
「はい。ひ孫を楽しみにしていますね、婿殿」
凄く良い笑顔の教授から目を逸らし、イヤリングに触れる。
いや、自分達まだ学生なんで。そこらへん催促されましても、ね?
『それで、どうですか?異世界は。やっぱりビキニアーマーを着た人がいましたか!?』
「すみません、ミーアさん。ビキニアーマーって聞くと最近『Aランク候補』が浮かぶので」
『あ、はい。ごめんなさい。私も今うかんじゃいました』
胸毛とケツ毛の凄いオッサンが脳裏をよぎり、若干吐き気を覚える。
『はっはっは。重傷だな。しかたがない、後で私達がビキニアーマーを着て記憶を上書きしてあげよう』
『本当ですか姉さん!?』
『うん。京ちゃん君より先に食いつくだろうな、とは思っていたよ。我が妹』
何というスピード。流石ミーアさんである。
まあ、自分も思わずガッツポーズしてしまったのだが。教授の生温かい視線が辛い。
「……あっ」
『どうかしましたか?京太君』
「いえ」
ミーアさんの声を聞いて、影山さんがこちらに向けてきた視線が何に似ていたのかを思い出す。
そうだ、アレは。
「ミーアさんが、まだ影のあるクールビューティーだった頃を思い出していました」
コカドリーユを討ち取った時に、この人から向けられた視線に近いのだ。
『いや今もクールビューティーですが!?姉さんと違って!』
『まてや』
「2点」
『ジョークじゃないですけど!?あと採点が厳し過ぎませんか!?』
他愛のない会話の最中も、ゆっくりと車は進んでいく。
ダンジョンの中で見る街並みとそっくりな、異世界の光景。だが、ここには人々の生活があった。
異世界の風は、春の様に温かい。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.影山さんの階級、どういう流れで3尉に?
A.自衛隊の覚醒者は任務の為に昇進したり転属したり色々としているので、『大学を卒業した場合何年で』とか考えないでいただけると幸いです。
Q.丸くて四角いって陸将?
A.の、息子さんですね!




