外伝2 異世界に行く前に
外伝2 異世界に行く前に
『端的に言って、どこも人手不足なのだよ』
アイラさん曰く、自分が護衛する理由はそれらしい。
有栖川教授が異世界に赴き、あちら側の文化を調査するのは国にとっても利となるだろう。
何より政府はあの人にかなりの借りがあるので、断れなかった、というのもあるかもしれない。
だが、教授単独では未知の何かがあった時危ない。かと言って、自衛隊から人員を出そうにも、あの人が危機に陥る様な状況で戦力になれる者は限られている。
『君も知っての通り、令和の時代に再び三国志化した中国は、このままだと共倒れだと一旦各軍閥のトップが手を取り合った。しかし、混乱が消えたわけではない』
「ああ。テレビで言っていましたね。日本海に海賊が増えたとかなんとか」
『トゥロホース』の残党を騙っていた覚醒者達が引き起こした、中国の内乱。
いつまで続くのか不明だったが、ついこの間なにやら偉そうなおじさん達が集まって握手している映像が大々的に取り上げられた。
しかし、最近まで殺し合いをしていた人達がそう簡単に『はいこれで終わり。ラブ&ピース』なんて出来るわけもない。
『うむ。今平和に戻られてはうま味がない連中が、陸に海に海外にと散って暴れていてね。海自はそちらの対応で忙しいらしいのだ』
「そして、陸自は未発見ダンジョンの捜索や間引きで大変と」
『うむ。一応、噂に聞く竜殺し部隊ならババ様の護衛として申し分ないのだが、彼らは自衛隊の中でも特に多忙らしくてね』
「つまり。護衛は自分で用意してくれと言われたんですね」
『そうなんだよ。しかも、同行できる民間人は1人だけ。となれば、京ちゃん君しかいないだろう』
「……まあ、はい。理屈はわかりました」
下手な護衛をつけられても、足手纏いになるかもしれない。相応の実力が必要である。
これでも、腕っぷしだけなら覚醒者界隈でも10本の指に入る……はずだ。たぶん。恐らく。メイビー。
エリナさんは強いけど、ダンジョン外では対多数に向いていない。ミーアさんは逆に強力な個を前にすると、ゴーレム有りでも厳しいだろう。
他に思い浮かぶ冒険者は『赤坂部長子飼いの3人娘』だが、彼女らとはこれといって縁がない。
ほとんど消去法で、知り合い全員からの評価が『雑に強い』となっている自分が適任である。
『それとね京ちゃん君。自衛隊も1人はつく予定だから、何かあったらその人物の護衛も頼むよ』
「え、教授だけじゃないんですか?」
『いくら戦力が足りないとは言え、民間人だけで異世界を探索させるわけにはいかないさ。人の形をした許可証と思って大事にしてくれたまえ』
「いや言い方」
理屈はわかるが、正直言って面倒である。
自衛隊と聞いて浮かぶのは、押し寄せる筋肉の津波しかない。あの陽キャな体育会系ムード、正直苦手なのだが。
ビジネス対応なら多少はマシになった自覚はあるものの、まだまだコミュ強とは言えない身。知らないマッチョメンと一緒に行動するのは、精神的に疲れそうである。
『別に強制ではないが、どうするかね。多少の報酬は出す予定だが』
「勿論、お受けします。教授は将来の家族ですから、責任もって護衛しますよ」
『そ、そうか。……最近、そういう事をストレートに言うよな、君。京ちゃん君のくせに』
「そりゃあ世界一幸せなハーレム男ですので」
『なるほど。これが童貞を捨てて調子にのった男か……』
「うっさいわい」
冷静に分析しないでいただきたい。心は『心核』でも再生しないので。
そんなこんなで、自分の異世界行きは決まったのだった。
「あ、そう言えば学校どうしましょう。こういうのって、授業は」
『何を言っているんだ、君。基本日帰りの予定だぞ?』
「日帰りで異世界ってなんだよ」
* * *
「日帰りじゃないと先輩がどうなるかわからないからね!」
「なるほどぉ」
後日。雫さんの工房にてエリナさんの言葉に手を叩いて納得する。
確かにあの人を置いて何日も期間を空けたら、たぶん死人が出る。特にアイラさん。
「失礼過ぎんだろ」
「後は向こうで野宿とか危険が危ないだからね!物理的にも政治的にも!」
「どう考えてもそっちが理由じゃねぇか?あと何だよその頭痛が痛いみたいな言葉は」
雫さんがツッコミを代行してくれるので、こっちは楽だ。最近は例のセクハラもなくなったので、非常に頼もしい。がんば。
冗談はさておき、エリナさんの言う通り異世界にあまり留まるのはリスクが高い。
自分も前より強くなったが、上には上がいるのが世の常だ。『東京事変』で会った宮本さんとか、常軌を逸した強さの覚醒者だっている。彼の様な存在が異世界にいて、何かの間違いで襲ってこないとも限らない。
政治の方は、最近テレビでよく『異世界への対処は国際社会全体で行うべきだ』という意見をよく聞くので、教授の様な民間人が何日も向こうにいたら何を言われるかわからないからだろう。日帰りで通うのも、バレたら色々ありそうだが。
「まあ良い。ほれ、修理したフリューゲルと腕輪だ」
「ありがとうございます」
木製の箱を受け取り、中身を確認する。そこには綺麗に折りたたまれたマントと、白地に金色の模様が描かれた腕輪が入っていた。
グイベルとの戦いで酷使し過ぎたが、こうして無事戻ってきて安心する。
2度とあのような戦いはしたくないが、これらの装備がないのはどうにも不安で仕方がない。
「たしかに。お代はいつもの口座に」
「おう。それと、お前と共同開発したアレ。試作品ができたぞ」
「え、もうですか?」
「共同開発?なにその胸躍るワード!」
アイテムボックスに木の箱をしまってくれたエリナさんが、雫さんの言葉に目を輝かせる。
それに対し、職人は三白眼を細めニヤリと笑った。
「お前も見ていけ。中々に凄いものができたぞ」
雫さんが工房の隅にある台車をこちらに持ってきて、被せてあった布をばさりと外す。
現れたのは、鎧姿のマネキン。白いシンプルなそれが纏うのは、迷彩色を連想させる黒と緑の武装であった。
「覚醒者専用装備、『錬金甲冑』だ」
「おー!……名前がシンプル!」
「うるせぇ。試作品なんだから仕方ねぇだろ」
漫才をする2人をよそに、試作品を観察する。
黒いツナギの肩・肘・膝に、緑のアーマーが縫い付けられている。更に灰色で縁取られた黒い胴鎧を上から着込んでいた。下半身も草摺がついた濃緑の腰鎧に、脛当。ツナギと同じ黒色のブーツと、防御力は十分にある。
上からすっぽりと被るタイプの首鎧も装着され、兜は現代の軍用ヘルメットを後頭部まで守る様にしたデザインのものが採用されている。
なにより、ツナギを含め全体的に魔力を感じられた。
「んんっ!こっちの装備はアタシと愛花が作ったが、『籠手』と『短槍』は事前に伝えた通りお前の技術を使っている」
軽く咳払いした後、雫さんが緑色の籠手を台車から持ち上げた。
作業台に置かれたそれは、まるで前腕部分に小型の盾を張り付けた様なデザインをしている。そして、その盾部分にはひし形になる様4色の魔石が埋め込まれていた。
「結界用の魔道具ですね」
「おう。お前が作ってアタシに納品してくれたやつだ」
「私聞いてないよぉ!?混ぜてよぉ!」
「お前に言うと絶対忍者要素入れようとするだろ」
「私達は『インビジブルニンジャーズ』だからね!忍集団たるもの、だよ!」
「いや忍者ではない」
「!?」
目を見開くエリナさんを無視し、籠手の片方を手に持つ。
「起動しても?」
「構わん」
雫さんの了解を得て魔力を流し込めば、4色の魔石が淡く発光し楕円……否。半透明な卵型の障壁が展開された。
「おー……?なんか、前に京ちゃんから貰った卵っぽいやつに似てる?」
「術式はほとんど同じだからね。こっちは出力を絞るかわりに、複数回展開できる様にしてある」
「それでも拳銃程度なら止められるけどな。ライフル弾も数発なら問題ない」
アッサリと言う雫さんにどうやって試したんだと一瞬思ったが、『納品先』を考えれば納得だ。
「そして槍の方は流石に工場の中じゃ起動させられないが、魔力を流し込めば穂先に炎を纏わせる事ができる。こいつも錬金術だな」
鍵が複数かかったアタッシュケースから、長さ1メートル20センチほどの槍が取り出された。
黒い柄に鋼色の穂先とシンプルな見た目だが、よく見れば刃の根本に小指の先程度の赤い魔石がはめ込まれている。
「ただ炎を纏うだけじゃねぇ。一時的に出力を上げる事で横薙ぎや叩きつける時に加速もできる。低ランクの覚醒者でも『D』までなら間違いなく圧倒できる性能のはずだ」
「流石ですね。これが、今後雫さんの工房のメインになるんですか?」
「さあな。他の仕事も勿論やっていくから、何とも言えん。つい最近、面白い注文もあったしな」
「ん~……でもこれ、たくさん作るの大変じゃない?」
エリナさんの言葉に、雫さんが頷く。
「おう。手を抜いた仕事はしたくないからな。材料は予算内におさめたが、どれも全力で打ち鍛えたぞ」
「そもそも、これは大量生産でどうこうって商品ではないので……というか、そういうのは『錬金同好会』がいるから」
「たしかに。大量生産大量消費は同好会の専売特許だね!」
この前見た動画でもある様に、あそこは冒険者向けに様々な装備を販売している。
少し気になって調べたのだが、佐々木さんの装備はほぼほぼローンらしい。
基本的に冒険者は保険やらローンを組むのが難しいのだが、あそこは『ウォーカーズ』を通す事できちんと回収できる様にしている様だ。
最大手の覚醒者組織と、最高の技術系覚醒者組織。その2つが手を組んだからこそできる、インチキじみた荒業である。他の所が真似するのは不可能と言っても過言ではない。
「つうわけで、質で勝負しようってのがこいつだ。愛花みたいに『魔装』が戦闘向けじゃない奴もいるし、アイラさんみたいに本人のレベル上限が低いって場合もある。それでいて上昇志向が高い覚醒者向けに、『錬金甲冑』やいつか作る改良版がささるはずだ」
「ほえー。でも、錬金術だと同好会がもっと凄いの作ってこない?」
「安心しろ。京太の錬金術が負けても、アタシがいる」
「言い方ぁ……まあ実際、僕よりも彼らの方が錬金術師として上なので。あんま言い返せないけど。でも、あそこは大量生産に割り切っているから少なくとも今はこういうのに手は出さないと思うよ」
「そうなんだ。色々考えているんだね」
「まあ、教授にも相談して意見聞いているし」
「知らなかったの私だけぇ!?」
エリナさんがこちらの肩を掴んでがくがくと揺らしてくる。
恨むのなら、その残念なネーミングセンスと忍者癖を恨んでほしい。
「うう、酷いよ皆……このツナギも、アーちゃんが関わっているんでしょ?」
「お、流石にわかるか」
「当たり前だよー。これ、呪いの応用でしょ?」
「その通り。呪う手段を知っているって事は、逆に呪いを防ぐ方法も知っているって事だからな。肌に触れても問題ない呪毒にツナギを浸してある。霊体でもこいつを素通りはできねぇ」
愛花さんも、『バシュムの毒剣』の鞘を作るにあたり多くの事を学んだ様だ。
あの毒剣や冥轟大筒は白い竜討伐後に没収、政府管理下となってしまったが、そこから得られたものは消えていない。
そんな事を考えていると、噂をすれば。
「だーれだ」
白くしなやかで、ひんやりとした手が後ろから目隠ししてくる。
魔力の流れでわかっていたが、それ以上に自分達がここにいるのに彼女が雫さんの工房にいないわけがない。
「この綺麗な手と声は、間違いなく愛花さんですね」
「正解です♪でも少し気障な言い回しなのは減点ですね。お仕置きでーす」
手が離れたかと思えば、左右から軽く耳たぶを引っ張られた。当然痛みはなく、ふにふにと弄ばれるだけ。
「というか、ずっといましたよね。僕らの後ろの方で」
「いつ悪戯しようか、タイミングを窺っていましたから」
「なるほど。ではこちらも悪戯です」
彼女の指から逃れ、振り返りそのほっぺを軽くつつく。
白いもち肌の感触が心地いい。
「きゃー♡」
わざとらしい悲鳴をあげる愛花さんと戯れていると、盛大な舌打ちが聞こえてきた。
「人の仕事場でいちゃつくな。陰キャと金床」
「いけません、京太君。嫉妬です。すぐに雫さんともイチャイチャしてきてください」
「わかりました!」
「は?嫉妬なんてしてねぇし?」
むすっとした様子の雫さんに近づけば、三白眼で睨みつけられる。
……さて。ノリで頷いたが、彼女の頬もつつけば良いのか?
だが、ここで同じことをするのも何か違う気がする。
と、言うわけで。
───むにゅぅ。
「んっ……!」
黒いシャツ越しに、雫さんの巨乳を鷲掴みにしてみた。
薄い布と、恐らくスポーツブラ越しに感じる張り。それでいてしっかりと柔らかさを感じ取り、丸みを確かめる様に指を動かす。
「なっ、こんな時間にサカんな、バカ野郎……!」
「いや。いつの間にかツナギの前が開かれていたので、そういう事かと」
「……ちっ」
顔を真っ赤にして目を逸らす雫さん。彼女は仕事中チャックをしっかり上まであげているのだが、振り返った時にはヘソ辺りまで下げられていたのでそういう事だろう。
まあ、こちらとしても雫さんのロケットオッパイへと自然に目が吸い寄せられた結果なのだが。
もにもにと楽しんでいると、横から頬を指でぐりぐりされる。
「もうっ。あてつけですかー?」
「いえいえ。そういうわけでは」
ふわりと、長い黒髪から良い匂いを漂わせて密着してくる愛花さん。
うん……僕は今、凄くハーレムしています!
「はいそこまでー!ストップだよ全員!」
いつの間にかグラサンをつけてホイッスルを加えたエリナさんが、雫さんと愛花さんを引き離す。
「予定外のエッチな事は許可できないんだよ!協定違反だからね!」
「はい。勿論です」
「べ、別にアタシからいったわけじゃねぇし……!」
「え。なにその協定。僕知らないんだけど」
「これも……忍里の掟なのさ!」
「いやだから忍者ではない」
「!?」
しかし、止めてくれて助かったかもしれない。流石にここでそういう事をするのは、工場の人達に迷惑すぎる。
そう納得していると、エリナさんがこちらの右肩に手をのせて背伸びし、耳元へと唇を近づけてきた。
「そういうのは今日の夜だからね?京ちゃん♪」
「はい!」
むにり、と。二の腕に押し付けられた彼女のお胸様に、力強く頷いた。
父さん……母さん……産んでくれて、ありがとう……!
内心で両親に感謝しているうちに、エリナさんが元の位置に戻ってしまった。離れてしまったお胸様を寂しく思っていると、彼女が不思議そうに首を傾げる。
「そう言えば、この錬金甲冑?っていうの。どこに売る予定なの?」
「あん?そりゃあこの配色の通り」
こん、と。雫さんがマネキンの纏う胴鎧を小突く。
「自衛隊だよ。自衛隊の覚醒者部隊が、こいつを使うのさ」
読んでいただきありがとうございます。
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