最終章 エピローグ 下
最終章 エピローグ 下
『グイベル』討伐作戦から数時間後。ようやく、自室へと戻ってくる事ができた。
自分がダンジョンから脱出した後も色々あった間に、世間は異世界への自衛隊派遣……そして、それによるダンジョン増加防止が見込めるというニュースが流れて、そこら中が大騒ぎだろう。
赤と白の竜が討ち取られた事については、たぶんどこの局も碌に放送していない。一部の事情通を除いて、一般的にアレらはただの強力なドラゴンに過ぎないのだから。
だがまあ、ここまで自分に世間の様子なんて気にしている余裕なんてなかった。
単純な疲労。そして自衛隊とダンジョン庁からの、今回の作戦に関する口止め要請。及び、竜人のドロップ品に関する話し合いで忙しかったのである。
正直、口止めもドロップ品も、自分としては相手の提示した条件にそのまま頷くだけで別に良かった。
グイベル討伐の手柄に関しては、出費に見合った報酬が貰えるのならそれで十分。名誉なんて貰ってもどうせ不要な嫉妬やら何やら受けるだけなので、『全部自衛隊がやった』でも構わない。誰か仲間が戦死したら、別だっただろうが。
ドロップ品に関しても、どう考えても厄ネタだったし。
『竜の呼び笛』
その名の通り、使えば誰でもドラゴンを召喚できる笛である。
ただし、従える事はできないし、竜が勝手に地脈と魔力を繋げるから自動で消える事もない。
その上召喚されるドラゴンはランダムであり、ただのリザードマンから、『Aランク』のドラゴンが出てくる可能性がある。
ハッキリ言って、持っているだけでテロでもやらかすんじゃないかと疑われそうな代物だ。それ以外の使い道なんてレベル上げぐらいだが、安定性が無さ過ぎて信用できない。
潰して何かの材料にしようにも、魔道具とは効果が強いほど精密なものである。下手に弄って、広範囲に無差別召喚なんて事になったら目も当てられない。
強力ではあるが、ビックリするほど使い道がない魔道具である。売るにしても、かなり面倒な代物だ。
そもそも、あの勝利は自分達だけのものではない。ドロップ品の回収こそ自分達が行ったが、その報酬はあの作戦に参加した者全員が受け取るべきものだ。
というわけで。その辺りの山分けもダンジョン庁がやってくれるのなら万々歳。自分はゆっくり休んでこの戦いの疲れを癒そう。そして『あの事』について考えようと思っていたら。
『特別授業です。婿殿』
満面の笑みを浮かべた教授に引きずられ、あの人と赤坂部長の『話し合い』に付き合うはめになった。
いや、うん。そりゃあこれからの事を考えると、得難い経験だとは思う。元外交官?らしい人と、英国貴族出身の教授が舌戦を繰り広げる様を間近で見て、その後には内容の解説までしてもらえるのだから。
自分が、今後『ただの高校生』でいられる期間は短いだろう。あるいは、明日にはとんでもない厄介事が舞い込んでくるかもしれない。
その事を考えると、こういった経験は絶対に将来の財産となる。
でもね?まぁじで疲れてんのよ……。本音を言ったら、話し合いなんてぶっちして布団に寝転がりたい。
だが頑張った。僕はとても頑張った。それは何故か。
『彼女』が!できたからである!!
「……ふっ」
我ながら気色の悪い笑みを浮かべ、自室のベッドに寝転がる。
教授に連れていかれる時も、彼女である……そう。か!の!じょ!であるエリナさんから、『頑張ってね京ちゃん!』とエールを貰ったのだ。
おかげで赤坂部長と教授の交渉中も集中力を保つことが出来たし、頭もいつも以上に回転したものである。途中、部長がもの凄く気持ちの悪いものを見る目をこちらに向けて来た気がするが、きっと気のせいだ。
だって僕は!彼女もちだから!!
交渉の後はそのまま家に直帰となり、エリナさんとは話せなかったけど。両親からは熱い抱擁と帰還を喜ぶ声を貰えた。晩御飯はお寿司である。しかもパックではない高いやつ。
まさにこの世の春と言って良い。遂にきちゃったかぁ……僕の時代が。
───しかし、疑問が1つだけある。
赤坂部長との交渉中や、交渉後。教授が何やら妙に時間を気にしていたのだ。
『精霊眼』でなければ、見逃していただろう。恐らく固有スキルを使ってまで、彼女はこっそりと時計を見ていた。
そして、小さく『エリナは上手く纏めたでしょうか……』と。思わずと言った様子で、1度だけ呟いたのである。
エリナさんが、纏める?何を?
考えてもわからなかったので教授に直接尋ねたのだが、『すぐにわかりますよ、婿殿』と誤魔化されてしまった。
まあ?婿殿なんて呼ばれたら?しょうがないかー!という事でスルーしたけども。
ぶっちゃけ、『お付き合い=結婚』みたいな流れは正直引いた。流石は貴族出身である。
でも不満があるかと言えば、まったくと言って良い程ない。
きっと、冷静になったら色々とプレッシャーを感じる事だろう。この歳で結婚生活について考えなきゃいけないなんて、思ってもみなかった。
だが今は、エリナさんとずっと一緒にいられる。その事が嬉しくてたまらない。
そう思うと、やはり自分は彼女にベタ惚れである様だ。
あの人の強さに、笑顔に、何度も助けられた。隣で笑ってくれる彼女がいたから、きっと今も自分はこんな晴れやかな気分で生きている。
ただ恐怖のまま逃げるのではなく、己で選び、戦って勝つ事が出来たのだ。
……それと、これは下世話な話なのだけども。
金髪ツインテ巨乳美少女なのである。大事な事なのでもう1度言うが、金髪!ツインテ!巨乳!美少女!な、彼女が出来たのだ。
この思考が誰かに知られたら、結局顔と体かよと、軽蔑されるかもしれない。自分は決して外見だけで彼女が好きになったわけではないが、無関係かと言ったら嘘になる。
しょうがないじゃないか……!健全な男子高校生がさぁ!距離の近い美少女の巨乳を意識しねぇわけねぇだるぉお!?
誰に対してかわからない言い訳を思い浮かべながら、ベッドの上で無駄にゴロゴロと転がる。
……あ、今の自分。最高に気持ち悪いわ。
ふと冷静になり、ピタリと止まる。恐ろしい。これが戦闘後の高揚……『竜の呪い』とでも言うべきか。
グイベルめ、なんて怪物だ……。二度と戦いたくない。復活とかしないらしいので、そこだけは安心である。
閑話休題。これからのバラ色の、いいやピンク色の青春を前に、かつてないほど浮かれている自覚があった。
「はっ!?」
だが待て、矢川京太……考える事があるはずだ。非常に重要な、最優先事項が……!
『初デート』
これまで、『実質デートじゃね?』という事はあった。だが、ガチのデートは未経験である。
人生初のデートで、失敗などしたくない。出来るだけ甘々ラブラブな1日を過ごしたいものだ。あ、あわよくば……帰りにチューなんて事も……!
「ふっわふぉい!」
こうしてはいられないとベッドから跳び起き、スマホを手に取る。
完璧で究極なデートプランを考えねばならない。いいや、待てよ?こういうのを男側が一方的に決めるのは有りなのか?前時代的と、嫌われてしまわないか不安である。
ど、どうすればいい。本人に直接聞くか?いや。それで『なにこいつ頼りない。やっぱ別れましょう』なんてなるかも……。え、エリナさんに限ってそんな事……で、でも……!
「ぬぅ……!」
何という事だ。まったくと言って良いほど正解がわからない。アレか?取りあえず2人で遊園地に……いや、彼女の場合忍者関連の方が興味をひける?それともB級映画?
デートの作法。どうやら、思っていた以上に奥が深いらしい。
その事も含めて調べよう。今はネットの時代。取りあえずスマホで検索すれば……。
───チリィィン……。
「っ!?」
机の引き出しから聞こえて来た音に、まるで初めてキュウリを見た猫の様に飛び退る。
これは、念話か。アイラさんかららしい。
未来の従姉からの連絡だと、すぐに引き出しを開けてイヤリングを耳につける。
「はい!矢川京太です!本日はお日柄もよく!」
『あらぁ、京太さん。ご丁寧にどうも♪貴方のお耳の恋人、アイラちゃんでぇす♡』
「うわキッツ」
『はっ倒すぞ君ぃ』
残念女子大生の『きゃるるん♪』とした声に、思わず本音が出る。
見てくれは良いし、声も美麗なのだが。それはそれとして気色悪い。
「すみません。ちょっとさぶいぼが」
『マジで失礼だな!?私のこの声を聞いて、ミーアなんて鼻血を出しながらボイスレコーダーを取り出したのだぞ!?』
「僕にまでそういうリアクションしてほしいんですか?」
『……うん。ごめん。流石にアレがもう1人増えるのはちょっと』
「ですよね」
念話越しに、アイラさんがとても遠い目をしているのがわかる。
まあ、根は良い人だから。ミーアさんも。優しく健気で、愛に溢れた人である。ちょっとその愛が特定の人物限定で決壊したダムみたいな事になっているだけで。
「それで、何の用でしょうか」
『うむ。明日の午前中に祝勝会をしようと思ってね。本当は今日しようかと思っていたが、色々あっただろう?』
「まあ、そうですね」
手に持っているスマホを見れば、既に夜の8時過ぎ。今から集まってというには、流石に遅いだろう。
何より、疲れているのは自分だけではない。他の面々も疲労ではしゃぐどころではないだろう。
……僕の恋人である、エリナさんだけは元気だったが。
あれかな?それは告白が成功したからとか?いや~。可愛いなぁ、僕の彼女は!!
「……ふふっ」
『え、きっしょ』
「すみません。突然言葉のナイフ刺すのやめてもらっていいですか?」
『すまない。突然なんか気持ちの悪い声がしたから、つい』
「2度刺しはおやめください」
『めんご。ま、とにかく明日の予定を開けておいてくれ。どうせ休みだろう?』
「はい。わかりました」
『ではな。……明日のパーティーを楽しみにしておきたまえ』
「?……はあ」
何やら意味深な事を言って、念話を切るアイラさん。どういう事かと首を傾げていると、スマホにメールが届いた。
エリナさんからである。
「!?」
慌てて内容を確認すると、いつもの明るい調子で『今日はお疲れ様!また明日ね!』と短い文章が書かれていた。
ごく普通の内容なのだが、これが恋人からの初メールと思うとテンションが上がる。
そして、返信を考えるのに30分以上かかったのは言うまでもなかった。
* * *
「では、グイベル討伐。及び全員無事に帰還できた事を祝って」
有栖川邸のリビング。そこで、家主である教授がグラスを軽く掲げる。
「乾杯」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
彼女の音頭に、バラバラな声が返ってくる。
ここに集まったのは、教授にアイラさん。ミーアさんに凸凹コンビ。そしてエリナさんと自分である。
リビングにこれだけ集まっても少し狭いで済むのだから、相変わらず広い家だ。
「FOOO!本当に今日はババ様秘蔵のワインを飲んで良いのかい!?」
「ええ、勿論です。アイラも良く頑張りましたからね。たくさん飲みなさい」
「さっすがババ様!そこに痺れる憧れるぅ!」
「さあさあ。もっとどうぞ」
愛花さん達がいても元気な様子で、ワインを楽しむアイラさん。そんな彼女に、今日ばかりは教授も柔らかい笑顔でお酌までしている。
普通のお酒で覚醒者が酔う事はないが、普段から雰囲気で酔ってしまう人だ。べろんべろんになる事は想像に難くない。
「ふふ、姉さんったら」
「やべぇ。アタシ、エリナの家に来てコスプレしない事に違和感覚えはじめてんだけど」
「奇遇ですね、私もです」
そんなアイラさんを微笑まし気に見ているミーアさんや、雫さん達のグラスに入っているのは当然ただの炭酸ジュースである。酔わないと言っても、未成年の飲酒を教授が許すはずもない。
というか、この場でアイラさんと教授以外はそもそも本物のお酒の味とか、お正月の御屠蘇を舐めた程度しか知らんし。
「京ちゃん京ちゃん」
「はい!」
するり、と。エリナさんがこちらに腕を絡めてくる。
桜色の着物越しに感じるお胸様の柔らかさと温もりに、彼女自身の息遣い。ふわりと鼻をくすぐる華の匂いもあって、心臓が早鐘を打ち始めた。
「へへ。なんだか、こうしてくっつくとドキドキするね」
「そ、そうですね……!」
耳が熱い。緊張と興奮で頭がどうにかなりそうである。
だが、ちらりと横を見れば、彼女の白い肌もほんのり朱に染まっていた。
エリナさんも照れてくれているのだと思うと、無性に嬉しくなる。
更に顔が赤くなるのを自覚するが、嫌ではなかった。むしろ、幸福感すらある。
そう、しみじみと喜びをかみしめていると。
「ねえ京ちゃん。私達、恋人同士だよね」
「そ、そうです!ね!」
「でも私、こうして皆と集まるのも好きなんだー」
「そうですね!僕もですよ!」
「だけど、いつか皆も誰かと恋人になって、結婚して、離れていっちゃうのかなー」
「そ、そうですね」
一瞬、胸に黒い感情が渦巻いた。
いけない。これは、身勝手な独占欲である。自分の恋人はエリナさんただ1人だと言うのに、アイラさんやミーアさん。愛花さんや雫さんに、『自分以外の誰かと付き合ってほしくない』なんて少しでも思ってしまった。
その様な思考は、この場の全員に対して失礼である。エリナさんは勿論、他の皆にも。
彼女1人だけでも、この身には過ぎた相手だ。その幸せを噛み締めこそすれ、一方的な嫉妬で歯噛みするなどもっての他である。
だから、教授から前に教わった『一夫多妻が今も続いている国は』とか、『一夫多妻のメリットデメリット』について思い出すのは間違いだ。
己を律し、堅実に、そして一途な愛に生きよう……!
「まあ、そうなったとしても。こうして集まる事は出来るよ。結婚は人生の墓場って言うけど、別に死ぬわけじゃない。それに、これまでの絆が消えるわけじゃないんだから」
「1番!アイラ、飲みまぁす!」
「おー。これアレだな。いっき、いっきって合いの手入れた方がいいやつか?」
「いやいや。今の時代そういうのダメですって。というか、幾らアルコールに強いからって無茶な飲み方はあんまり……」
「そうですよ!酔い過ぎて服が乱れたらどうするんですか!?姉さんのスケベの複合デパートみたいな体を出してしまったら、このタイミングで爆発しますよ!?私の理性が!」
「……一部、結婚できるイメージがわかない人もいるし」
「あっはっはっは!」
いつも通りな人達に、思わず苦笑する。エリナさんも楽しそうに笑っていた。
この時間がいつまでも続けば良いとは思う。でも、自分が彼女らを縛るのは間違いだ。
「で、本音は?」
「正直ハーレムって憧れ……はっ!?」
思考の隙間をついた様な、完璧なタイミングでの問いかけ。それに、気づいたら思わず本音を口に出してしまった。
こちらの腕を抱えるエリナさんの力が、少し強まる。自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。
「いや、ちがくて!?決してエリナさんに不満があるとか、僕が浮気性なわけではなく!」
慌てて弁解するが、いつの間にか全員の視線がこちらに集まっていた。
無言の空気に、背中を冷たい汗が伝う。
心なしか、全員顔が赤い。それだけ怒っているという事だろうか?あのアイラさんまで、凄く真剣な顔である。
あ、これ終わったわ。社会的に。
「おやおや。せっかくのパーティーだと言うのに、何を静まり返っているのですか?」
「きょ、教授……!」
救いの神が現れた。まさに女神である。顔立ちも女神様と言えるぐらいだし、きっとガチの神様である。
教授はワインボトルを机に置くと、代わりにリモコンを手に取った。
「そうだ。何か面白いニュースがやっているかもしれません。もしかしたら、竜退治の事や異世界関連で新しい話が聞けるかもしれませんね」
そう言って、教授がテレビの電源をいれる。
すると、どういうわけか自分以外の視線が一斉に画面へと向けられた。
え、どういう事?なんかおかしくない?
困惑する自分の耳に、妙な言葉が聞こえてきた。
『日本に一夫多妻制度が復活すると、厚生労働大臣から正式な発表がありました』
「……はい?」
どういう事かと、視線をテレビの方に向ける。
そこでは、どこか見覚えのあるダークエルフの女性アナウンサーが、真面目くさった顔で原稿を読んでいた。
『昨日国会で可決された一夫多妻制度。幾つかの条件があるそうですが、現代に再びこういった制度が復活するのは非常に稀であり、厚生労働大臣は記者会見で』
「まあ。驚きましたね」
ニコニコと笑いながら、頬に手をあてる教授。
……んん?
精霊眼が『この魔力、嘘をついている波長!』って言っているんですけど。教授、本当に驚いていますか?
何事もなかったかの様にリモコンを置いて、時計を見やる有栖川教授。
「おっといけません。これから自衛隊と異世界の事で会議があるのでした。帰りは夕方になりますが、タクシーを使うので迎えは必要ありませんからね」
「あの、教授?」
「それでは『婿殿』。そして我が愛する『家族』達。たっぷりとパーティーを楽しんでください」
「いや、まっ」
「おほほほほほほ」
露骨過ぎる笑い声と共に、それはもう『我が世の春』という様子で部屋を出て玄関へと向かう有栖川教授。
咄嗟に追いかけようとしたが、こちらの手をガッチリと抱くエリナさんからは逃れられない。
「あ、いや。その。か、変わった法案?です……ね?」
「京ちゃん。ハーレム願望があるんだよね?」
「え、あの、男は全員そういうもので。でも、一夫多妻が合法になったからって!僕はきちんと貴女を」
「あのね?」
ニッコリと、エリナさんが満面の笑みをこちらに向けてきた。
「もう、逃げられないんだZE!」
「うそん」
まさか、そういう事……なのか?
自分の都合の良い妄想と言うには、この気配。この雰囲気はおかしい。
アイラさんがいつの間にかテレビの電源を消し、ミーアさんが扉に鍵をかけている。雫さんがきっちりと窓のカーテンが閉じている事を確認し、愛花さんが顔から火が出るんじゃないかという様子で深呼吸を繰り返していた。
「え、いや。まさか」
「京ちゃん君」
「は、はい!?」
「君が好きだ」
唐突に、そんな事を言ってくるアイラさん。
いつになく真剣な面持ちで、切れ長のその眼をこちらに向けてくる。
「誰からも愛されないといじけていた私に、家族以外からの『好き』をくれた君と。ずっと、一緒にいたい。一生、君を愛したいし、愛されたい」
「私も、です」
ミーアさんが、柔らかい笑みを浮かべている。
「私を特別にしてくれた人。私の特別になってくれた人。貴方と一緒に、これからの人生を歩みたい。私とも、結婚してくれませんか?」
「こ、この流れで言うのかよ……」
ぼそぼそとそう言った後、雫さんがその髪の毛と同じぐらい顔を赤くしながらこちらを睨みつけてきた。
「い、1度しか言わないからな!お前の事、正直憧れていた!でも、ただ凄い奴ってわけじゃないって事も知っている。格好いい所も、バカでスケベな所も……その……ああもう!好きな事を言葉で説明できるか!一緒にいろ!見てわかれ!以上!」
「もう。相変わらずですねぇ、雫さんは」
そういつもみたいに微笑む愛花さんだが、その顔は負けず劣らず真っ赤である。
彼女は自身の胸に手を当て、もう1度深呼吸をした後。その潤んだ瞳をこちらに向けてきた。
「もう言うまでもないですけど……それでも、言葉にさせてください。矢川京太さん。私も、貴方の事を愛しています。貴方の色んな姿を、これからも見ていたい。そして、私の事も見ていてほしい。共に、いさせてください。友として。そして女として」
次々と発せられた告白に、脳の処理が追い付かない。
言うべき事や言いたい事が頭に浮かんでは消え、何を口に出せば良いのかわからなかった
だからか、理性ではなく本音があふれ出てくる。
「僕も……貴女達の事を愛しています」
我ながら、最低の返事だと思う。なんだ、この一括返信。僕は今世紀最低の男なのではないか?
まだだ。まだ、オリハルコンの理性は砕けていない。今からでも、知性を取り戻せ!
「で、でもですね?あの、幾らあんな法律が国会を通ったからって、そんな」
「往生せいやぁああ!」
「のわあああああ!?」
突然エリナさんに投げ飛ばされた。いや本当に突然すぎない!?
毛の長いフカフカのカーペットに叩きつけられるも、妙に衝撃がなかった。上手い人が投げると痛くないと聞くが、それかもしれない。
咄嗟に受け身をとり、片膝をついた姿勢で彼女らを振り返る。
いつの間にか、エリナさんを中心に包囲されていた。
「年貢の納め時ですぜ、京ちゃんよぉ!」
「その年貢今日初めて知ったんですが!?」
「人生とは突然の連続なのだよ。大事だぞ、かもしれない運転」
「こんな『かもしれない』考える奴は教習所の前に病院だよ!」
「 抱 け 」
「貴女は本当にどうしたの!?送りますか!?病院!」
「そ、その……うるせぇばーか!」
「あ、可愛い」
「京太君。その……いや、ですか?」
「いやじゃないですけども……!嫌じゃないですけど、こう、倫理とかそういう問題が」
「うるせぇ!皆でこれからも一生一緒でいるんだよ!!」
「くっそ、勢いに負けそう!つうか声がでけぇこの自称忍者!」
いつものハイテンションなエリナさんに、顔真っ赤な状態で意味不明な事を言うアイラさん。アイラさんに対するみたいな状態のミーアさん。可愛い生物になっている雫さん。あざとい生物になっている愛花さん。
ダメだ、ツッコミが間に合わん!
「京ちゃん」
またも突然、エリナさんが目の前に正座して、静かな声で問いかけてくる。
「本当に嫌?絶対に無理って言うのなら、私達ちゃんと話し合うよ?」
「…………」
我ながら、ここで即答できないのが答えである。
でも、きちんと言葉にはするべきだと思い、どうにか深呼吸をして。
覚悟を、決めた。
「全員、大好きです!」
最低最悪の告白もあったものだ。先ほどのワースト記録を更新である。発言の内容も。うだうだ悩んでいる所もあれば、勢いしかない所も。
ただ、まあ。
「ようし、言質はとったからな!録音もしたからな、京ちゃん君!そ、その、責任、とりたまえよ!?」
「そういう所も大好きですよ、京太君。この破廉恥モンスターが!成敗、これは成敗です!」
「うう……は、恥ずい……!」
「ふふ。賑やかなのは良い事です」
自分達には、これぐらいグダグダな方が、丁度良いのかもしれない。
エリナさんが、ニッコリと笑う。太陽の様な、満面の笑顔。
「皆で忍の里を作ろうね!京ちゃん!」
その笑顔に見惚れて何も言えなくなってしまったのだから───僕の負けである。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。おかげさまで、ここまで来ることが出来ました。
本編はここまでですが、明日の『最終章設定+おまけ』を投稿してから次のシリーズに移りたいと思います。
改めて、ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。もう少しだけ、お付き合いのほどお願いいたします。




