最終章 エピローグ 上
最終章 エピローグ 上
サイド なし
「いや~、生きているって素晴らしいねぇ」
『グイベル討伐作戦』から、数日後。
世間では、『自衛隊の異世界派遣成功。及び、地脈の操作によるダンジョン増加の防止が見込める』というニュースで持ち切りであった。
2体の竜退治については、自衛隊が討伐したという、半分正解な情報だけが出回っている。
あの日戦った冒険者達の記録が世に出てくるのは、これから何年も先の事だ。
だが、何年経とうと公開されない記録は存在する。それこそ、この少女達の戦いの様に。
「本当ですよ。あの時はもうダメかと……」
「まさか、回復魔法が決め手になるなんてね」
東京都にあるとあるファミレス。
その一角でのんびりと、まるで普通の女子高生の様に、3人の少女はジュースとポテトに舌鼓を打ちながらだべっていた。
そんな彼女らの輪に、もう1人少女が加わる。
「ここにいたのね、貴女達。退院してすぐファミレスなんて、相変わらずなんだから」
「あ、委員長」
「入院って言っても、ほとんどカウンセリングと事情聴取。あと口止めに関する事だけでしたからねー」
「それより、あんた」
ツーサイドアップの少女がにへら、と笑って右手を振り、エルフ耳の少女が頬に手を当てながら苦笑をして。
灰色の髪をポニーテールにした少女が、会話に加わってきた人物の顔を指さす。
「また画風変わっているわよ」
「ちょっと待ってて」
トイレから『バキ、ゴキ、メキメキ』と、およそ人体から発せられたとは思えない音が響いてきた後。
何食わぬ顔で赤坂勇音が3人のいるテーブルに戻ってきた。
「お待たせ」
「世界一の殺し屋みたいな顔だったねー」
「背中に立ったら蹴られるかと思いました」
「ガンスミスにとんでもない無茶ぶりしそうな顔だったわね」
「ちょっと、色んな所を動き回っていたから見失っていたわ。自分を」
「青春だねー」
絶対違うと通りがかった店員さんは思ったが、先ほどトイレから聞こえて来た音もあって怖いから関わらない事にした。
『覚醒の日』から2年と半年。こういった危機回避能力は接客業に必須である。働くって大変。
「それより聞いたわよ。貴女達、今度はサイボーグと戦ったんだって?」
「んー?まあ、言われてみればサイボーグ……かも?」
勇音の言葉に、ツーサイドアップの少女が右手の人差し指を唇にあてて考える仕草をする。
「そうですねー。アメリカ産サイボーグとどったんばったん大騒ぎでした」
エルフ耳の少女が、一瞬だけ周囲に視線を巡らせる。
勇音の奇行もあって、周囲に人はいない。露骨に距離を取られていた。大声で喋った事以外は、聞こえないだろう。
「……ま、なんでもいいわ。パ……お父さんから、『死者0』って聞いているし」
灰色髪の少女の横に腰かけ、勇音が小さく肩をすくめる。
「正直、あんたらの誰かがやらかすかもって心配していたわ」
「うん。実際、私も『覚悟』決めていたしねー」
軽い調子で笑うツーサイドアップの少女に、勇音は苦虫を100匹ほど噛み潰した様な顔をする。
この少女は、死ぬ気でいた。相手を、人間を殺した段階で、自身が獣にすら劣る怪物に成り果てると察している故に。
敵を討ち取ったら速やかに自害するか、それすら出来ない程に壊れていたら仲間の誰かに手伝ってもらう予定であったのだ。
それを免れたのは。
「私のおかげ、ですね!」
エルフ耳の少女が、その立派なお胸を張りながらドヤ顔を浮かべる。
「ほんとだよー。超ありがとー!」
「まさか、回復魔法で相手の改造が『治る』なんてね。1回かけるごとに、埋め込まれていた物が地面に落ちるんだもの。正直キモかったわ」
「あー……そういう事」
勇音の頭に、とある元駐日大使の顔が浮かぶ。
彼は本国の凶行を知った結果、口封じに殺されかけた。それを回避する為、闇医者に頼み整形手術を受け隠れ潜んでいたのである。
だが、ダンジョンの氾濫に巻き込まれたおり、魔法薬による治療を受けた結果整形前の顔に戻ってしまったのだ。
「つまり、回復魔法を当てまくったら相手がただの人間……非覚醒のオッサンに戻ったと」
「そーだよー。まあ、改造された箇所も一部残っていたし、私達も体力と魔力が尽きて追撃は出来なかったけどねー」
ケラケラと3人組は笑うが、その戦闘の痕跡は凄まじいものであった。
それこそ、爆撃でもあった様な被害規模である。世間にはガス管近くにあった不発弾が爆発したと伝えられているが、隠蔽に色んな人間が走り回ったのは言うまでもない。
勇音もまた、その為に駆けまわった者の1人である。何なら、2徹したばかりであった。
それでも体力的には問題なさそうなのは、流石『冒険者』と言った所だろう。
「で、その回復魔法でも……貴女の腕は、治らないわけ?」
眉間に皺をよせながら、勇音はツーサイドアップの少女の左腕を見る。
長袖に隠れたそこには、何もない。二の腕の半ばから先が、丸ごと失われていた。
その事を気にした様子もなく、彼女は笑う。
「うん。なーんか、凄い呪いがかかっていたみたいでねー。その場で切断しなかったら、たぶん死んでいたと思うよ」
「……こんな世界なんだし、もしかしたら治せるかもしれないわよ?お父さんの伝手で、『聖杯』や『賢者の石』の───」
そこまで言って、勇音の唇に少女の人差し指が添えられる。
同年代より小柄な彼女は、年齢不相応に穏やかな笑みを浮かべていた。
「良いんだ。私は、これで良い」
「なんで……」
「んー。言葉にするのは難しいんだけどさ」
ツーサイドアップの少女が、己の失った左腕があった位置を撫でる。
「あの日怪物に堕ちかけた私は、これで死んだ。そう思えたから……かな?」
「……そう」
その穏やかな笑みに、勇音はこれ以上言うまいと肩をすくめながら背もたれに体を預けた。
「ま、貴女がそれで良いなら良いわ」
「あ、でも義手とかは欲しい!なんか隠し武器がついているやつ!」
「ビーム砲!ビーム砲つけましょう!」
「甘いわね。ここはあえてブレードよ。前腕の内側から『シュッ!』と出るのが良いわ。肘でも可」
「男子中学生か」
テンションが跳ね上がる3人組に、勇音が呆れた顔をする。
「実はねー。もう義手を依頼する所は決めているんだー」
「ふーん。そう」
「リアクションうっす!?あのね、私が昔、少しだけ住んでいた町にね?最近有名なドワーフの職人さんがいるんだって!」
「ああ、公園であんたが女子高生だか女子中学生だったかを泣かしたっていう」
「カードゲームで負けたからって、リアルファイトに持ち込んだ……」
「あの時は小学生だったから!ま、まあ。あの時のお姉さんには悪かったと思うけども……!美人さんなのに、凄く残念な人だったなぁ」
「貴女に残念呼ばわりされるとか、そうとうね」
「どういう意味なの委員長!?」
わーぎゃーと騒ぐ3人組と1人に、店員さんが勇気を振り絞って注意しに行ったのは、それから5分後の事であった。
仲良く『ごめんなさい』と頭を下げて、ドリンクバーに向かう少女達。
彼女らがただの女子高生でいられる時間は、きっと長くない。
それでも、この4人は今日を笑顔で過ごしている。
* * *
アメリカ、ワシントン。
ホワイトハウスの大統領執務室にて、ファッジ・ヴァレンタインは眉間に深い皺をよせ己の掌を見つめていた。
「大統領。お体は大丈夫ですか?」
「長官か。ああ、問題ないとも」
机越しに立っているCIA長官に、大統領が視線を向ける。
「それより、会見の準備は?」
「整っております。警備に関しましても、先ほど確認が終わりました」
「よろしい。これから我らは……アメリカの罪を世界に伝えなければならない」
拳を強く握りしめ、ファッジ・ヴァレンタイン大統領は薄っすらと涙を浮かべる。
「私達の手で、アメリカの権威を貶めてしまうかもしれない。だが、それでも……この世界を守る為に、必要な事なのだ」
「世界中に、覚醒者の危険性を今一度周知する……ですな」
「ああ。同時に、ゲートに関する知識も公開する。異世界の脅威に、人類は手を取り合って立ち向かわねばならないのだ」
「───わかりました」
その言葉に感銘を受けたと言った様子で、長官が深く頷く。
「共に地獄へ参りましょう。大統領」
「ああ。ありがとう……君の様な男が忠誠を誓ってくれた事に、心から感謝する」
「それは不要です。私は、貴方が大統領になる前からアメリカに忠誠を誓っている」
「ふ、そうだったな……」
感慨深げに頷き、大統領が椅子から立ち上がった。
「では、行くとしよう」
「ええ。ですがその前に、最終確認です。貴方の身に残っている魔道具は、『1つだけ』なのですね?」
「ああ。肉体強化を施すものだが、今の私の魔力では並の覚醒者と互角といった所だ。『Aランク候補』の様な、魔王と呼ぶべき者達には遠く及ばない。それどころか、『Cランク』相手にすら……」
「承知しました。その事を踏まえたうえで、警備の者達には言い含めておきましょう」
「ははっ。この技術についても、公開が必要だろうな」
「ええ。そうですね。人類の為にも」
「ああ。人類の為に」
そうして、彼らは部屋を出る。
大統領は長官と別れ、秘書達と合流。連邦議会議事堂前へと向かった。
多くの人が集まる中、スーツを着こなしたファッジ・ヴァレンタイン大統領が壇上へと上っていく。
そして───。
赤い花が咲き、僅かに遅れて銃声と悲鳴が響いた。
* * *
「ハートショット、ヒット。膝をつく。停止。ヘッドショット、エイム」
議事堂前から、約1.5キロ。建設中のビル内部。
「ファイア」
淡々とした声に従い、再び銃声が響いた。
魔法陣の刻まれた双眼鏡を構えた男、クリス・マッケンジー元大使が静かに呟く。
「ヒット。対象、起きあがりません。魔力反応なし」
「……よろしい。では、撤収の準備に移れ」
「はい」
クリス元大使が双眼鏡から顔を離し、近くにあった台車に向かう。
その上にある本来セメントを入れておく容器に双眼鏡を入れ、タートルネックのセーターにジーンズという格好の上から作業員のベストを着た。
ヘルメットを手にし、彼は背後の人物に振り返る。
「お見事でした、長官。腕は鈍っていないようですね」
「ふん。褒められるような事はしていない」
対物ライフルを分解し終えた人物、CIA長官が鼻を鳴らす。
そして、手の中の空薬莢を一瞥した。
「しかし、対覚醒者用弾頭……凄まじい破壊力だな」
「ええ。日本で手に入れました」
「良いコネを得たらしい」
長官は着替えず、黒コートのままライフルの入ったケースをクリスに顎で示す。
「こいつの処理を頼むぞ。私はこれから忙しい」
「……この後は、どうするおつもりで?」
「人に聞く前に、自分の予定を言いたまえ。君は現在、墓地で安らかに眠っている身だぞ」
鷹の様に鋭い視線に、クリスは小さく肩をすくめる。
「とりあえず、生きていた事を明らかにするつもりです。日本ではダンジョン災害により、その辺のストーリーが作り易いので」
「その後は、また大使館で働くのかね」
「ええ。ですが数年後、選挙に出ようと思います」
「……政治家になるのか?」
驚いた様子で眼鏡の奥の瞳を見開く長官に、珍しいものを見たとクリスが小さく笑う。
「はい。20年後には大統領になる予定です」
「……随分と、大きく出たな」
「これまでの経験と伝手。そして日本で得たものを活用しようと思います。アメリカの為に」
「……そうか。まあ、君は私と違い器用な男だ。ただの絵空事ではないだろう」
それだけ言って、長官は歩き出す。
「まだ、貴方の予定を聞いていませんが」
「……言っただろう。私は忙しい。既に例の『いかれた研究』に関するモノは全て封印し、『なかった事』にした。だが、今後いざという時に開封できるようにもせねばならん」
「完全には抹消しないのですね」
「世の中、何が起きるかわからんからな。将来、あの技術が日の目を見ない事を祈っているよ」
「……その後は?」
「随分と食い下がるな。盗聴器の類はないと確認したが、それでも長居はできんぞ」
「では、これだけ聞かせてください。貴方はこれからも、その地位にいてくれますか?」
クリス元大使が、かつての上司を、師とも呼ぶべき人間をじっと見つめる。
それに対し、彼は小さくため息をついた。
「どの様な理由であれ、選挙で選ばれた大統領が暗殺されたのだ。犯人は薬中の元グリーンベレーを用意しているが、私には責任を取る義務がある」
「しかし、貴方は敵を作り過ぎた。CIA長官の座を辞したら……」
「狙われるだろうな。だがリンボに堕ちる覚悟なくして、この職にはつけん」
何でもない事の様に告げる長官に、クリスは歯を食いしばった。
「……覚悟は、もう済んでいるのですね」
「あそこで転がる若造にも言ったがな」
長官はかつての部下であり、弟子とも呼ぶべき人間に背を向けて歩き出す。
「私は、とっくの昔にこの国への忠誠を誓った身だ」
この後、クリスと長官は別々にビルを出た。
そして、以降彼らが直接顔を合わせる事はない。
これから半年後、事後処理と引継ぎを終えた『元』CIA長官が通り魔に殺された。
何故、彼が夜中に人通りのない路地にいたのか。何故、犯人は飯も薬も買えない金欠の薬中だったのに真新しいサブマシンガンを持っていたのか。
大統領暗殺事件からそう間もない事件であった事もあり、ファッジ・ヴァレンタイン大統領の件とセットで、ケネディ大統領暗殺事件に並ぶミステリーとして語り継がれる事となる。
だが、最も不可解な謎として語られるのは。
亡くなった元長官が、穏やかな笑みを浮かべていた事だろう。
読んでいただきありがとうございます。
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明日は『エピローグ 中』を投稿すると思います。もう暫く、今作にお付き合いいただければ幸いです。