第百八十三話 インビジブルニンジャーズ
第百八十三話 インビジブルニンジャーズ
「おっと。京ちゃん、忘れ物だよ!」
「は?」
剣を構えていた所へ、突然エリナさんが何かを投げてくる。
反射的にキャッチすれば、それは表面が僅かに焦げた指輪だった。この魔力、そうか。雫さんの……。
すぐさま後ろに数歩分跳びながら、刀身を口に咥え右の籠手を消す。指輪を嵌めるその隙を、当然の様に竜人はついてきた。
高速の刺突。だが、当然ゆえにこちらもわかっている。
───ガキィィン……!
反響する硬質な音。繰り出された穂先を、交差した戦斧と長剣が正面から受け止めた。
即座に指輪を装着した右手で剣を握り、踏み込む。風を使った跳躍でもって上から斬りかかれば、竜人は尻尾で地面を叩きつけ大きく後ろへ飛び退き回避した。
空を切り石畳を砕く刃。巻き起こった土煙から、左右に白銀のゴーレム達が飛び出す。
弧を描く様な軌道で、まず『ブラン』が斬り込んだ。戦斧の斬撃を柄で受けた竜人が反撃するより先に、『白蓮』の長剣が反対側から振るわれる。
それも首を捻る事で避けた竜人。ゴーレム達は一切足を止める事なく駆け抜け、自分が正面から斬りかかった。
「はあああ!」
『■■■■ッ!』
袈裟懸けの斬撃が槍の穂先で受け流され、カウンターとばかりに逆袈裟の軌道で白金の刃がこちらの顎を狙う。
スウェーで避けた直後、石突による足払い。最低限の跳躍で回避し、空中で風の加速により横回転。首目掛けて横薙ぎに剣を振るった。
だがそれは伸びてきた尾に阻まれる。鱗は割れたが、肉には届いていない。
剣が弾かれ、未だ空中にいる自分へと突き上げる様に穂先が繰り出される。それを鍔で受け、衝撃に逆らわず後退した。
入れ替わりに、左右から襲い掛かるブランと白蓮。戦斧は槍で打ち払われ、長剣は左腕の鱗で受け止められる。
奴め、もう2機の性能差を見切ったのか……!
至近距離から白蓮にブレスが放たれるも、ボロボロの鎧に飛び蹴りを入れる事で強引に避けさせた。自分のすぐ傍を、白い炎が通過していく。
その異様なまでの熱量に肌が焦げるのを感じながら、構わず竜人の鼻先へと剣を振るった。
咄嗟に長い首を後ろにそらした怪物に、刃を翻してもう1度斬りかかる。
奴はすぐさま槍で刀身を受け、そのまま押さえ込んだ。直後、膝蹴りがこちらの脇腹に直撃する。
「ぐぅ……!」
胸甲の再生は間に合っていない。厚手の布越しに、重い衝撃が内臓を襲う。
吹き飛ばされ、数度バウンドする自分に竜人が追撃しようとした。だが、ゴーレム達がそれを阻む。
邪魔だとばかりに繰り出された横薙ぎ。左腕を失ったブランには死角からの攻撃だが、それは白蓮が長剣で上に受け流した。
振り下ろされた戦斧を奴は半身となって躱し、返す刀で振るわれる槍。それもまた、長剣が受け流す。
即席とは思えぬ連携を見せるゴーレム達を横目に、アパートの外壁を走って側面から竜人に飛びかかった。
左目を失った状態の怪物は、死角からの攻撃に反応がコンマ数秒遅れる。
空中で地面と平行になりながら横回転。遠心力と重力、そして炎と風の加速を加えた斬撃を、竜人が両手で握った槍で受けとめた。
奴の足元が爆撃でも受けた様に弾け飛び、土煙と石礫が舞う。
地面に打ちこまれた形の竜人へ戦斧と長剣が迫るが、それらは纏めて尻尾の薙ぎ払いで吹き飛ばされた。
道路脇のアパートへと突っ込んでいく白蓮達。竜人が雄叫びと共に槍を振るい、今度はこちらを地面へと叩き付けようとする。
咄嗟に剣を弾き、槍の振り下ろしを回避。着地すると同時に、顔面狙いで突き出された穂先に首を傾けて対応。
相変わらず凄まじい引き戻しにより繰り出される2撃目と3撃目。だが、いい加減眼も慣れた。
2撃目を刀身で横に弾き、続けて3撃目を柄頭で斜め下に打ち落とす。そこから1歩踏み込み、長柄の内側に潜り込んですれ違い様に腹部へと横一閃。
硬い物が砕けた音と、肉を裂いた感触。遅れて、怪物の腹に赤い線が入る。
『■■■■ッ!』
だが、止まらない。振り向きざまに叩きつけられた槍を横に避け、回し蹴りの様に放たれた尻尾を刀身で受け止めた。
耐えきれず、そのまま吹き飛ばされる。数メートル行った所で左手を地面につき、側転の要領で足を地面につけた。
すぐさま視線を竜人へと向ければ、ゴーレム達の猛攻を受けている。
白蓮は自身の出力ではあの鱗を割るのに足りないと判断したか、ブランの左側にピッタリとつき防御に専念。長剣がいなし、戦斧が襲う。
まるで1つの生命であるかのような連携を、しかし竜人は上回った。
強すぎる踏み込みで足場を崩し、体当たりで振り下ろされた戦斧ごとブランを吹き飛ばす。直後、白蓮が右目狙いで振るった剣を頭に生えた角で弾いた。
繰り出された左の貫手が、罅割れた胴鎧を抉りその下のフレームを穿つ。大型トラックに轢かれたかの様に宙を舞う白蓮と入れ替わりで、自分が竜人へと斬りかかった。
半ば奇襲めいた斬撃に、白金の穂先が対応する。硬質な音と共に刃が弾かれ、石突が側頭部を狙ってきた。
やはり、強い……!
咄嗟に身を屈めて回避すれば、膝蹴りが眼前に迫っていた。それも後退して避ければ、尻尾の薙ぎ払いが既に放たれている。
半壊した左の籠手で受けるも、装甲の欠けた箇所から破損が広がり肉は潰れ骨まで軋んだ。
衝撃を逃そうと自分から跳ぶが、それを察知していた様に長い尾が左腕に巻き付く───のを、予知。
即座に剣で尾を打ち上げ、どうにか難を逃れる。
右手で剣を構えながら後退し、左腕の再生を待とうとした。だが、竜人は更に踏み込んでくる。
白蓮達の復帰は間に合わない。ミーアさんとエリナさんの姿が見えない辺り、何かの準備中。
───きっついなぁ!
「おおおお!」
己を鼓舞する為に雄叫びを上げ、左腕が治るまでの数秒、片手にて防戦する。
突き出された穂先に横から剣をぶつけ、反動で右に回避。続く横薙ぎを屈んで避け、掬い上げる様な尾の攻撃を後ろに飛んで避けた。
直後に繰り出された左の貫手を鍔で受け、衝撃で更に下がりながら奴が片手で放った槍の横薙ぎは足から風を放出して上に避ける。
頭上をとりながら、再生した左腕で柄を握りしめた。
「らぁあああああ!」
全力の唐竹割りは、やはり槍の柄で受け止められる。鋼か、はたまた別の素材か。謎の金属で作られた槍には罅1つ入らない。
だが、衝撃は伝わる。風と炎を纏った一撃が、竜人の巨体を吹き飛ばした。
石畳が衝撃で捲り上がり、奴が通った跡が刻まれる。舞い上がった土煙を、怪物は槍の一薙ぎで打ち払い姿を現した。
健在、されど無傷ではない。
全身の鱗に細かな罅が入り、切り裂かれた腹部からは血が流れ落ちている。
何より、迷宮から供給される魔力が消費に間に合っていない。徐々に、その身を弱らせている。
だが、余裕の無さはこちらが上だ。
チラリと一瞬だけ視線を己が刃に向ければ、刃こぼれが目立つ。幸い歪んではいないが、刃が完全に潰れている箇所もあるはずだ。
幸い未だ鋭い切っ先を敵に向け、再度突撃する。
攻撃の手を緩めてはならない。あの怪物に、回復の隙を与えれば負ける。
「が、ぁぁああああああ!」
もはや獣同然の雄叫びをあげながら、肩に刀身を担ぐ様な構えで接近。石畳を踏み砕き、偽りの夜空の下剣を振り下ろした。
衝突する槍の穂先と剣の切っ先。激しい火花が散り、衝撃波が周囲に破壊を振り撒く。
腕が軋みをあげる中、互いに相手の刃を絡めとろうと意識を集中した。
そこへ、自分さえもこの一瞬。忘れていた存在がやってくる。
『だあああああああああ!!』
普段イヤリング越しに聞いていた声が、スピーカー越しに轟いた。
白亜の建造物をぶち抜き、背中から風をスラスター代わりに放出する鋼の巨体。『アリアドネ』。
「アイラさん!?」
『どぉけええええ!』
咄嗟に剣を引き、全力で後退した。竜人も即座に回避行動に移るが、アレを操縦する精霊の『眼』は未来を読む。
軌道を予測した蹴りが、竜人に直撃した。フレームがへし折れ左前脚がへし折れるも、確かに怪物を向かいのアパートへと叩きつける。
バランスを崩し、コックピットブロックと石畳で火花を散らせながら滑走するアリアドネ。その左腕が、ピタリと。竜人が消えた建物へと向けられる。
サブアームも使い固定された『冥轟大筒』。間髪入れずに、引き金が引かれた。最後の1発だっただろうそれが、青い硝煙をまき散らし魔力を帯びた鉄塊を土煙の先に叩き込む。
再び起きた爆炎と衝撃波。飛んでくる石礫から咄嗟に目を庇えば、巻き上がる煙を突き破る白い影があった。
『■■■■───ッ!』
怒りを露にした竜人が、左肩から先を失いながらも槍を横薙ぎに振るう。
一撃にて、アリアドネの上半身が吹き飛んだ。
「なっ」
『ぬぅ!』
コックピットは無事だが、あの機体にもはや迎撃能力はない。
アリアドネの背後に回り込んだ竜人がとどめとばかりに槍を振り上げた瞬間、強引に割って入り受け止める。
「ぐぅ……!」
刀身から嫌な音が断続的に聞こえてきた。罅が広がる刃に、竜人が更に槍を押し込む。
巻き起こる風と炎に物ともせず、大地を踏みしめる怪物。それと睨み合う中、ゆらりと奴の背後で尻尾が持ち上がる。
やばっ……!
『今だ、ミーア!』
直後、先の攻防で半壊したアパートの上から何かが降ってくる。
落下の勢いそのまま、尻尾めがけて振り下ろされる2本の刺又。石と氷で構成されたそれを握るのは、岩のゴーレム。『右近』と『左近』であった。
破損した箇所を強引に白亜の石と氷で繋げ合わせた2機の出力では、拘束などできない。
だが、その背中に括りつけられたドラム缶が内側から弾け飛ぶ。
中に入っていたのは、大量の水。刹那、地面を這うように魔力の糸がゴーレム達に接続された。
青白い光が、炸裂する。
「こぉおおれええええええ!」
悲鳴と雄叫びを混ぜた様な声と共に、2体のゴーレムを、そして竜人の尾を巨大な氷塊が包み込む。
右近達もろとも固定された尻尾。それでも止めていられるのは、2秒とあるまい。
だが、それだけあれば十分。
左右の建物から飛び出す、ボロボロの騎士達。隻腕から繰り出された戦斧が白い尾に叩きつけられ、その上から長剣が打ち込まれる。
2つの得物が砕ける中、凍り付いた竜人の尾もまた───白と赤の破片へとなり果てた。
『■■■■───ッ!!』
絶叫と共に、槍が強引に振り抜かれる。衝撃で無理矢理後退させられ、背中からアリアドネのコックピットに叩きつけられた。
横薙ぎの勢いは止まらず、そのまま騎士達を襲う。白蓮の右腕が切り裂かれ、胴体も大きく抉り飛ばされた。振り抜かれた穂先はブランまでも襲い、その左腕を切り落とす。
戦闘能力を失った2機が、木の葉の様に吹き飛ばされた。大量の血を流しながら、竜人はすぐさまこちらを振り返る。
左目を、翼を、左腕を、尻尾まで失いながら、その気炎は衰えない。怪物は自分だけを真っすぐに捉え、槍を構える。
そう、残る敵は、この身だけだと誤認した。
音もなく、魔力さえ遮断して。
黒いマントを翻し、透明となって近づく彼女を完全に失念したのだ。
瞬間、蛇の様に波打つ短剣が奴の左肩を撫でる。鱗もなく剥き出しの肉を、浅く切っ先が引き裂いた。
『バシュムの邪剣』
違和感に気づいたのだろう。即座に飛び退いた竜人の白い体が、瞬く間に黒紫の魔力が侵した。
この世のありとあらゆる毒と呪いが体内に入り込み、怪物の身を内側から溶かしていく。
着地した衝撃にすら耐えられず、白い膝が折れ曲がった。ズラリと並んだ牙の隙間から、どす黒い血が流れ落ちる。
『■■、■■■■……ッ!』
「京ちゃん!」
「応っ!」
剣を腰だめに構え、吶喊。卑怯などとは言わせない。
ここで、討ち取る!
肉薄する自分に、しかし竜人は雄叫びをあげた。振り下ろされる刃を片手で握る槍で受け止め、弾いてみせる。
1合、2合、3合と斬り結び、なおも攻めきれない。
打ち合う度に刀身が悲鳴をあげ、限界が近づく。剣を再構築する時間はない。柄から手を離したその瞬間、首を抉られる。
くるりくるりと、円を描く様な軌道で振るわれる槍。遠心力さえ利用した流麗な槍捌きでこちらの攻撃をいなす竜人に、一瞬、隙ができた。
左膝が曲がり、ガクリとバランスを崩す。鱗に包まれた鳩尾への道が出来上がった。
明確なまでの好機。そこへ踏み込む刹那、ギチリ、と。竜人の口元に笑みが浮かんだのを捉える。
───ああ、知っているとも。
怪物は槍の柄を首にかけ、それを支点にぐるりと槍を回転させた。不用意に跳びこんだ獲物の頭蓋を叩き割らんと、白金の穂先が迫りくる。
───だが、それは前に見た。
雨の中、両親と彼女が殺されたと怒り狂う自分に振るわれた『チャンピオン』の一撃。それを、忘れた事など1日たりともない。
迫る死の刃に、もう1歩、前へ。
奴の左側へと駆け抜けながら、一閃。袈裟懸けに白い鱗を切りつける。怪物の分厚い胸板に赤い線が走り、鮮血が飛び散った。
『■■■■───!?』
このモンスターを作った者と、オークチャンピオンを作った者に何か繋がりでもあるのか。いいや、そんな事は今どうでもいい。
思考を置き去りに、反転。返す刀で竜人の背を切りつける。再び舞う血飛沫で軌跡を描きながら、怪物は大地を踏み砕き強引に跳躍。距離をとった。
それを追いかける。フリューゲルを全開にし、全身から風を放出して。最高速度で間合いを詰めた。
着地する瞬間を狙う自分に、空中にて竜人がぼこり、と。胸を膨らませる。
傷口が広がるのも構わず、奴は膨大な魔力を絞り出した。その魔力が、口腔へと押し上げられる。
『■■■■───!!』
放たれる白い炎。通路を飲み込む津波の様な焔に対し、決して怯みはしない。
振り上げた剣を、炎の壁に叩きつける。本来は刃で対処などできないそれを、強引に巻き取る為に。
『概念干渉』
「おおおお!」
雄叫びと共に、白い炎を怪物から奪い去る。刀身に巻きつけられたそれが激しく発光し、同時にありえざる質量でのしかかってきた。
一瞬、この1振りが放てればいい。
白い炎を、腕輪から伸びた紅蓮が上書きする。左手の腕輪が放つ、最後の輝き。赤く染まる刃を、竜人へと振り下ろした。
『■■■■───ッ!?』
絶叫が白亜の都市に響く。『炎馬の腕輪』も上乗せされた火が竜人の体を飲み込み、燃え上がった。
黒く染まり、罅割れた剣を引き絞る。勝負を決めるのなら、今しかない。
『京ちゃん。突きはね』
あの日聞いた、彼女の言葉が脳裏によぎる。
『必殺技なんだよ!』
「はあああああ!!」
足がへし折れるほどの踏み込みで、切っ先を放つ。
狙うは竜人の首。刃は迷うことなく鱗を突き破り、そして。
『■■■■───ッ!』
槍を手放した怪物の右手に、掴まれた。
止められた剣。ミシミシと刀身が軋みをあげ、勢いが止まる。
これ以上は進まない。風を放出し、全身の力を籠めようとも。
───自分だけの、力では。
石畳に突き刺さる鉤爪。そこから伸びたワイヤーが勢いよく縮んでいき、金色の髪をなびかせた少女が引き寄せられる。
同時に、右腕の指輪へと魔力を叩き込んだ。
「これでぇ!」
「終わりだぁあ!」
瞬間的に強化された力と、彼女が柄頭へと放った飛び膝蹴り。
押し込まれた黒く焦げた刃が、白い首を貫いた。
『───』
血と炎が吹き上がる中、柄を強引に捻る。風で肉を掻き分け、刀身を斜め上へと全力で振り抜いた。
べきり、と。内側から竜人の首を裂いて出て来た剣がへし折れる。随分と短くなった片手半剣を手に、膝から血を流し地面に転がったエリナさんの前に立った。
油断なく睨みつける先。炎も消え、固まった血と焦げた鱗で汚れた竜人が立っている。
青い隻眼は、もはやこちらを見ていない。指の骨が剥き出しとなった手は、偽りの月へと伸ばされた。
『───、──────……』
何かを言おうとしても、喉に空いた穴から空気が漏れるだけ。そもそも、奴の言葉などわからない。
それでも……それは、何かを願う子供の様であった。
足先から、天へと向けられた指先までが、白く変わる。塩へと変わり、強大なる竜人はただの粉となって地面に広がった。
その光景を見て、息を吐きだした後。
「エリナさん!」
「いぇーい!やったね京ちゃん!」
呑気に片手をあげる自称忍者に、剣を放り捨てながら駆け寄った。
明らかに左膝が千切れかけている。どういう力で柄頭を蹴ったのか。
今にも足が分かれてしまいそうな彼女の姿に血の気が引きながら、『心核』の力で治療する。
赤い輝きが消えた後、エリナさんは傷1つない足ですっくと立ちあがった。
「おー!さっすがぁ。完璧だね!」
「無茶し過ぎですよ、ほんと……」
その場でバク転までしだしたエリナさんに、ため息を吐きだした。
「……終わった、んですよね?」
「うん!まあ、あちこちで戦闘音はしているけどね。それでも……これで終わりだと思う」
彼女の言葉に胸を撫で下ろし、そのままへたり込みそうになるのを気合で耐え立ち上がった。
そしてイヤリングに触れ、アイラさんへと念話を送ろうとする。
「アイラさん。遂に竜人を」
「あ、ちょっと待って」
「はい?」
突然エリナさんがこちらの手をとり、イヤリングから離させる。
いったいどうしたというのか。この状況で、戦闘報告以上に優先される事などないだろうに。
そう疑問に抱くも……口には、出せなかった。
彼女が、あまりにも静かに、そして綺麗な笑みを浮かべていたから。
「矢川京太さん」
「は、い……」
穏やかに、まるでその発音を舌で楽しむかの様に告げられた、自分の名前。
エリナさんがこちらの手を両手で握ったまま、上目遣いに告げてくる。
「貴方の瞳に恋をしました。私の一生を、もらってはくれませんか?」
「───」
それは、かつて聞いた『冗談』と似た様な文面で。
しかし、明らかに『愛の告白』であった。
思考が追い付かない。エリナさんが、自分に?なんで?
呆然とするこちらを、彼女はただ待っている。なんて返せば良いのか、必死に思考を巡らせて。
やがて、ただ思った事だけを言葉にした。
「はい。僕も、貴女を愛しています」
すんなりと出て来た言葉に、エリナさんは満面の笑みを浮かべて。
「やったー!告白大成こー!!」
「うわっ」
思いっきり抱き着いてきた。
ちょ、胸が!今鎧着ていないから、お胸様がくっついて!?
『あー、京ちゃん君』
そこへ、何やら気まずそうな声が聞こえてきた。
「あ、アイラさん!?えっと、あのですね!竜人はですね!」
『いや、それはこっちでも観測した。問題ない。それより、伝えねばならない事が3つある』
「はい!?」
『まず1つ目。吹き飛ばされた『Aランク候補』全員の無事が確認された』
「そ、それは良かったです」
『そしてな。───全員と、チャンネルが繋がっている』
「……は?」
思わず絶句する自分の耳に、イヤリングから多種多様な声が聞こえて来た。
『ヒュー!おめでとう!これで日米同盟だけじゃなく、日米英同盟だぜぃ!』
『おめでとう。むしろ、まだ貴殿ら付き合っていなかったのか』
『おめでとうございますわ!』
『おめでとうございます。お祝いの品として、後日荒縄と専用のロウソクをお送りします』
『おめでとー!』
『おめでとうございます!』
『おめっとさん!』
『うっぐ……!ひっぐ……!遂に、遂にこの時か……!』
「 」
言葉を失う。いや、うそ、え?
「こ……この残念女子大せぇええええ!?」
『ごめんて。わざとじゃないんよ。それより、もう1つ伝えないといけない事があってだな』
「なんですか!これ以上!」
『そろそろ、このダンジョンが崩れる』
「……はい?」
聞き返した直後、強い地震が襲ってきた。
立っているのがやっとの横揺れに、異音と共に罅が広がる天井。そして、ダンジョンの壁。
「それを先に言えぇええ!?」
『めんご!』
叫ぶ自分の元に、ブランに白蓮、そして応急修理された右近達とミーアさんがやってくる。
白蓮は胸から上しかない様子で、ブランの首に腕を回して連れてきてもらった様だ。
「姉さん!竜人のドロップ品確保しました!」
『でかした!』
遅れてやってくる、3本足となったアリアドネ。そのコックピットが開き、アイラさんとサナさんが顔を出す。
「ババ様は自力で脱出する!サナ君、鳥籠に戻って。我々もすぐに脱出だ!」
「はい、京ちゃん!リアカー!」
でん、と。アイテムボックスから取り出されるリアカー。それは、何やら『無駄な装飾』がされていた。
「あ、はい。これを僕が牽けと。でも待って。僕もかなり疲れて」
「さあ行け京ちゃん君!馬車馬の様に!!」
「京太君が馬……破廉恥ですね!!」
「黙っとれ残念姉妹!?」
「さあ、『インビジブルニンジャーズ』出っぱーつ!」
「待って。せめて、せめてこの荷台につけられた旗だけでもとらせて。なんだ『インビジブルニンジャーズ凱旋』とか『合同里長京太&エリナ』って。いつから用意していた」
「さあさあ京ちゃん君。時間がないぞ?」
「そうだぞ京ちゃん!」
「あ……後で覚えてろぉおおおおお!!」
何ともふざけたリアカーに全員乗せて、出口がある方向に走り出す。他の冒険者達も満身創痍の様子ながら、無駄にハイテンションでゲートへと駆けていた。中にはこちらに口笛を吹いてくるアホもいる。
あまりにも締まらない、日本を救ったらしい戦い。
脱出した自分達を出迎えたのは、ゲートに入る前見た今にも泣きだしそうな空でも、取り繕った星空でもなく。
呆れるぐらい綺麗な、彼女の笑顔を彷彿とさせる晴天だった。
読んでいただきありがとうございます。
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