第百七十六話 白の軍勢
第百七十六話 白の軍勢
上も下も、白い通路。
幅と高さが、それぞれ10メートルはあるだろう。歩き始めて約5分。青と金の装飾以外を白い壁に発見した。
黄色のペイントで描かれた数字とアルファベットを、イヤリング越しの彼女へ読み上げる。
「アイラさん。目印を発見。現在『D-156』です」
『……うむ。ではそのまま直進。十字路を2つ超えた先に丁字路があるから、それを右だ』
「了解しました」
『それと、念のためエリナ君も支給されたスマホの地図を確認してくれ。この天才が間違えるとは思えないが、少々このダンジョンは特殊なのでな』
「OKパイセン!」
アイラさんの受け答えが、いつもより若干遅い。
先ほどまで普通だった辺り、ダンジョンの魔力よりナビをしなければならない人数故か。
そんな事を考えていれば、スマホで地図を確認していたエリナさんの手が止まる。
「右斜め前方……一番近い十字路の右側から敵が向かって来ているっぽい」
「数は」
「飛竜2、サクスが6……いや、騎乗が3いる。全部で10体」
「了解」
エリナさんがスマホをアイテムボックスにしまい、かわりに『大車輪丸』を取り出す。
射線を塞がない様に、『ブラン』とそれぞれ左右の壁に寄った。直後、自分にも敵の接近音が聞こえてくる。
ゆらり、と。エリナさんが左足をあげた。真っすぐ、爪先を天井に向けている。
「必殺ぅ……」
曲がり角から怪物どもが姿を現した。飛竜が咆哮し、白い兵達が雄叫びをあげる。
ワイバーンに乗ったサクスどもは槍を構え突撃を行い、徒歩の者達はファランクスの様に盾を構えた。
距離はおよそ200メートル。自分達の戦闘速度ならば、間合いまであと少し。
だが、剣が、槍が届くより先に。
忍の刃が放たれる。
「『烈風!インビジブルニンジャーズアルティメットアタァァアック!』!」
「だっせ」
思わずそう呟くが、その威力は絶大であった。
投擲された手裏剣が、ぐるり、と。その回転事に大気中の魔力を絡めとる。
本来ダンジョン由来の武器による遠距離攻撃を妨げるはずの、不可視の壁。それらが、ただの『燃料』として消費されていった。
そして、絶大な魔力が循環する白亜の迷宮においては。
───ゴォォォォ……!!
立っている事すら出来ない、竜巻が顕現する。
咄嗟に壁へ剣を突き立て、飛ばされるのを防いだ。視界の端ではブランも同じ様に床へ剣を突き立て、エリナさんは鉤爪で自身を固定している。
竜巻を纏った大車輪丸が、音の壁を飛び越えて直進。ワイバーンどもは回避する隙間もなく、風の刃に飲み込まれて騎手ごと細切れにされた。
その奥。サクスどもが組んだ盾の壁が竜巻を受け止め、しのぎ切る。更には本命として迫る手裏剣の刃を、中央の2体が犠牲になるも止めてみせた。
残る4体が、空中でズタズタにされた仲間を気にした様子もなく走り出す。
『RAAAAAAYYYY!!』
タワーシールドを放棄し、槍や剣を手に疾走するサクスども。その健脚は彼我の距離を文字通り瞬く間に踏み越え、刃の間合いに跳びこむ。
されど、ただでは踏み込ませない。氷の破城槌が砲弾の様に飛来し、1体をひき潰す。残り3体。
『YYYYYYAAAAAA!』
「しぃぃ……!」
突き出された槍を、左足を軸に横回転で回避。フリューゲルをなびかせ、勢いそのまま相手の首を斬り飛ばす。
直後に横から繰り出された剣を刀身で弾き、間髪入れずに顔面へと左拳を打ち込んだ。炎の放出で強引に相手を床へ叩きつける。
すかさずその喉を踵で踏み潰そうとするが、ネコ科の様な俊敏さで避けられた。白い床にクモの巣状の罅が入り、足がめり込む。
舞い上がった土煙の中、サクスが横薙ぎの斬撃を首目掛けて放ってきた。それを『精霊眼』で予知し、左籠手で受け止める。
「はぁ!」
風と炎で無理矢理払いのけ、右手の剣を脳天に叩き込む。兜に衝突し火花を散らすも、刀身は相手の鼻あたりまでめり込んだ。
だが、これでは終わらない。相手は膝を折りながらも片手半剣を掴んで拘束を狙ってくる。
その前に腹を蹴り飛ばして剣を引き抜き、返す刀で首を刎ねた。
背中を壁に向けながら視線を動かせば、向こうへ行った1体もブランが切り伏せている。
「周囲に敵影なし!大勝利~!」
エリナさんの気の抜けた声に、切っ先を下す。
壁から離れ通路の中央に戻れば、彼女が音もなく駆けて大車輪丸を回収しにいった。
「全員無事ですか?」
「私は大丈夫です」
「同じく!」
杖を軽く掲げながら答えるミーアさんと、すぐに戻ってきてドヤ顔を浮かべるエリナさん。
ブランや『右近・左近』も目立った損傷はない。
「でもアレだね。『烈風!インビジブルニンジャーズアタァック!』はこのダンジョンだとあんまり使わない方が良いかも?」
「名前の事は置いておいて、使い時を選んだ方が良いというのは賛成です」
「このダンジョン、思った以上に魔力量が多いですからね」
2人の言葉に頷き、視線を周囲へ巡らせる。
ケルベロスのダンジョンの何倍だと言いたくなる様な、息苦しさすら感じる魔力濃度。万が一非覚醒者がこれを浴びれば、運が良ければ即座に覚醒。そうでなければ秒と経たずに死ぬ。それ程の濃さだ。
「精霊眼での索敵は、予知以外あてにできない。エリナさん、いつも以上に頼る事になるけど」
「任せんしゃい!」
手裏剣をしまい、腰に手をあてて胸を張るエリナさん。
それに苦笑を浮かべて目を逸らし、右近がドロップ品の回収を終えたのを確認する。
「じゃあ、そろそろ」
「ええ。行きましょう」
「OK!」
アイテムボックスに金貨を入れ、探索を再開。丁字路まで真っすぐ進み、そこを右に曲がった。
「アイラさん。丁字路を右に曲がりました」
『うむ。無事か?無事だな?』
「はい、大丈夫です」
『よろしい。こっちも戦闘中だったが、サナ君とババ様が片付けてくれたので問題ない』
「それは……良かった」
戦闘中だったと聞いて思わず足を止めてしまったが、無事に切り抜けたらしい。
あのゴーレム。『アリアドネ』の性能は自分も良く知っている。純粋な出力だけなら、ブランをも上回る性能だ。
その分かなり希少な素材を使ったし、1回の出撃ごとに部品を総とっかえする必要もある金食い虫だが。今回に限るのなら良い機体と言える。
「……教授も大丈夫ですか?」
『ああ。何やら魔法薬をがぶ飲みしているが、鑑定で見た感じ即時には問題ない。翌日辺り、ゲロ吐いて倒れていそうだが』
「……そうですか」
鬼の角、何に使うのかと思ったが、かなり負荷のあるドーピングだったか。
なんて滅茶苦茶なとは思うが、そもそも無茶は承知の作戦。後で見舞いの品を持って行くぐらいしかできない。
そう。全ては生きて帰ってからだ。
『それで、右に曲がったのだったな。ではそこから暫く直進すると、部屋の様な空間があるはずだ。そこまで横に道はないので、到着したら連絡してくれ』
「了解。ご武運を」
『君達もな』
念話を終え、再び歩き出す。
索敵をエリナさんに丸投げしているとは言え、気は抜けない。神経を尖らせながら進んでいく。
すると、5分ほど歩いた所でエリナさんが足を止めた。
「正面から敵複数。飛竜騎兵2、歩兵6。どんどん近づいているよ」
「わかった」
答えながら飛び上がり、ワイバーンに備える。
遠い通路の先から、彼女の言う通り怪物どもが姿を現した。
「突撃します!」
それだけ告げ、加速。相手方の騎兵どもも速度を上げ、こちらに突っ込んでくる。
牽制とばかりに放たれる火球。それらを難なく躱した、直後。
「っ!?」
予知に従い剣を振るえば、飛んできた長槍と刃が火花を散らす。
なんだ、何かが……!
考えている暇はない。相対速度もあって既にすぐ近くまで敵が来ている。
魔力の流れから至近距離で火球を放つかと思った飛竜だが、口腔から放出したブレスの反動で首を上にあげた。
突如放たれた後ろ足による蹴りを、咄嗟に剣で受け流す。直後に後続のもう1体が突進し、こちらも後ろ足の爪を突き立てにきた。
「くぅ!」
左の籠手で受けるも、体格差で押される。衝撃で仰け反った所へ、飛竜の背から飛び降りてくるサクスが見えた。
『WRAAAA!』
「なめるなぁ!」
剣を振り下ろしてくる白い兵士に、体を更に後ろへ傾ける事で回避。ぶつかりに来る敵の横っ面を柄頭で殴り飛ばす。
更に、Uターンして突撃してきたもう1騎のランスチャージを左手で掴む。
押し込まれながらも穂先を握りつぶし、フリューゲルを放出させて前へ。サクスの首を刎ね、即座にワイバーンの背中を鞍ごと貫く。
絶叫を上げる飛竜を内側から焼き尽くし、蹴りつけて離脱。視界の端では、騎手の離れたもう1体のワイバーンが氷の破城槌を回避した所を鉤爪で貫かれていた。
───やはり。
「さっきよりも技量が高い!注意を!」
『WOOOOOO!』
吠えながら、敵歩兵部隊に急降下。突き上げられる槍を切り払い、出来上がった隙間へ強引に体をねじ込む。
勢いそのまま1体の脳天に左の鉄拳を叩き込み、粉砕。隣の個体を蹴りつけて上昇し、敵の剣を置き去りにする。
背中へ投擲される槍を予知で回避し、敵集団の背後へ回った。このまま上からの奇襲で削り切るのは、時間がかかる。
嫌な予感が浮かび、それだけは避けたかった。速攻で潰す。
地面に爪先をつけた直後、最大出力で風を放出。同時に床を蹴りつけ、一瞬でトップスピードへ。
「吶喊!」
『GAAAA!』
3体がこちらへ向き直り、得物を構えて駆けてくる。
足を止めようと突き出された槍を切り払えば、即座に左右から剣が振るわれた。
鍔近くの刀身と左手で受けた直後、穂先を失い棒となった得物で正面の兵士が突いてくる。
それを胸甲で受け流しながら、体を横回転。風と炎も使い、強引に左右からの刃も弾き飛ばした。
僅かにバランスを崩した正面の個体を袈裟懸けに切り捨て、即座に左手側のサクスへと飛びかかる。
剣を頭上に掲げ受け止められるが、間髪入れずに相手の足首を蹴りで刈り取った。体が床と水平になったサクスの首を、空中で両断。
続けて、背後から突き出された剣を予知にて察知。振り返り様に剣腹へと刀身をぶつけ、へし折った。
その勢いのまま顔面を左の籠手で殴り飛ばせば、相手はたたらを踏みながらも折れた剣をナイフの様に構え直す。
『AAAA!』
「らぁ!」
体当たりの様に繰り出された刺突を避けながら、すれ違い様に右腕を切断する。
即座に返す刀でうなじから刃を入れ、首を刎ねた。
数歩離れ剣を構え直しながら、視線を仲間達の方へ。援護が必要かと思ったが、あちらも決着がついた所らしい。
2体のサクスは氷漬けとなり、残る1体も忍者刀で脇から心臓を貫かれ、頭にはブランの両手剣がめり込んでいた。
刀を引き抜き、数秒の残心の後エリナさんが頷く。
「他に敵の音はしないよ。問題なし」
「わかった……ふぅ」
塩に変わっていった飛竜や兵士達を避けて歩き、彼女らと合流する。
「エリナさん。もしかしてだけど」
「うん。技量が上がった、というより。私達の戦い方を『知っている』気がする」
「やっぱり」
自分達の会話に、ミーアさんが慌てた様子でイヤリングに触れた。
「姉さん!敵の動きが変です!私達の動きを学習しています!」
『……ちょっと待て。……ああ。同じ報告が他の冒険者からもきた』
苦々し気な声が、念話越しに聞こえてくる。
『どうやらモンスター同士で知覚を共有しているらしい。戦闘が長引いたパーティーには、確実と言っていい程に敵の増援も来ている』
「厄介ですね」
『ああ。しかも君達の位置だと、他のパーティーとの合流はまだ難しい。下の方に行けば、フロアも狭まる分可能性があるが……』
「わかりました。出来るだけ短期決戦でいきます」
『そうしてくれ。君達の実力なら、多少動きを知られても上から押しつぶせるはずだ』
「……はい」
出てきそうになった弱音を飲み込み、頷く。
冒険者はポジティブでなければならない。気合で負ければ、勝てる戦いも勝てなくなる。
くだらない精神論に思えるが、その実。心の持ちようというのは戦いの場でバカにならない。
「それより、姉さん達は大丈夫ですか?私達か、そうでなくとも他の冒険者に護衛へ……」
『いらんよ、ミーア。君達は君達の敵だけを見据えれば良い。なぁに。ババ様のおかげで、この大筒も面白い使い方が出来る。簡単には負けないし、いざとなったらそこら中転移して逃げるさ』
「……わかりました」
ミーアさんが一度目を強くつぶった後に、その瞳を開ける。
「信じます。私の姉は、肝心な時だけは頼りになる人ですから!」
『応とも。……うん?』
くすりと笑ってから、念話を終える。
「行きましょう。一刻も早く、グイベルを討ちます」
「はい」
「おー!」
ミーアさんの言葉に頷き、再び歩き出した。ドロップ品の回収は、もうこの際しなくて良い。
とにかく時間との勝負だ。やたらでかい金貨に後ろ髪を引かれるが、命には代えられない。
そうして、一直線の道を進んでいく。
10分も歩けば、巨大な部屋の入口が見えてきた。扉がなく、内部の様子がよく見える。
柱がやたら多い空間で、十数メートル間隔で青と金で装飾された太い柱が建っていた。どことなく、前にテレビで見た東京の地下にある神殿めいた放水路に似ている。
あれでは空を飛びづらいからか、見えている範囲には歩兵しかいない。
10体のサクスが待ち構えている光景に、この距離ならエリナさんに大車輪丸で先制を頼もうかと、口を開いた。
その瞬間、ぞわり、と。背筋に悪寒が走る。
盾をこちらに向けたサクス達が、ギチギチと密集し始めたのだ。盾の淵まで擦り合わせ、まるで巨大な繭の様に。
その奥で、魔力がうねる。溶ける様に、そして、混ざる様に。
「嘘だろ……!?」
「京ちゃん!?」
咄嗟に全速力で吶喊。
彼我の距離は500メートル前後。自分なら、間に合うかもしれない。
最大出力で、石畳を削り飛ばしながら駆ける。踏みつけた端から砕け、背後では風に蹂躙され破片が飛び散っていった。
4秒弱で詰められた間合い。白い盾の繭へと、炎を纏わせた剣を叩き込む。
盾は、あっさりと。卵の殻でも割る様に砕け散った。
しかし、その下の、身の丈ほどもある大剣に受け止められる。
「っ……!」
轟音が広大な空間に響き渡る。ここまでの通路が狭く感じるほどの、巨大な部屋。神殿の様に柱が並ぶこの場所で、ボロボロと崩れる盾の繭から1体の怪物が姿を現した。
ギリギリと、噛みあった刃が押されていく。
立ち上がった白い戦士は、2メートルを軽く超える巨体であった。手足は丸太の様に太く、毛皮と厚手の布を組み合わせた様な防具には心なしか装飾も多い。
そして、兜を被った頭部。その顔面には、4っつの瞳がぎょろぎょろと動いていた。
剣を押しあいながら忙しなく動かしていた瞳が、ピタリ、と。一斉にこちらを向く。
その目玉に、白目も黒目もない。ただ真っ白なだけだというのに、わかった。
焦点が合い、この身を捉えたのだと。
『■■■……!』
「くっ……!」
奴が片手で振るった刃に、吹き飛ばされる。無理に踏ん張らず飛び退き、剣を構え直した。
「まったくもって、嫌になる……!」
長期戦はできないと思った端から、これか。
かつて、ファフニールがそうした様に───融合したサクスども。
豊かな口ひげの下で、歯を剥き出しにする4つ目の剣士。その構えは、これまで戦ってきた猛者どもに引けをとらない程に洗練されていた。
読んでいただきありがとうございます。
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