第一章 エピローグ 下
第一章 エピローグ 下
サイド なし
東京、中央合同庁舎のとあるフロア。
ダンジョン庁が入るそこで、諸々の対応に追われていた職員たちが集まり会議を開いていた。
「それで、被害の正確な情報は出たのか」
「正確とは言い切れませんが、確定情報は纏めておきました。後でパソコンに送ります」
「わかった。だが……死者3100人以上は確実、か……」
部屋の角に作った会議スペースで、部長が眉間に深い皺を刻む。
「千葉で『レイス』タイプが出たのが痛かったですね。通常兵器では効果の薄い相手です」
ノートパソコンを手に、女性職員が淡々と告げる。
『レイス』
その姿、性質は『幽霊』と呼んだ方が日本では伝わるだろう。半透明で足がなく、ボロボロのローブを纏った骸骨……という姿の個体が多い。
霊感的なものがなくとも姿を視認する事は可能だが、触れる事が出来るのは覚醒者か、ダンジョンから出土した『魔道具』のみ。
その上障害物を素通りする事が可能で、簡易的なバリケードだろうとすり抜けてくる。非覚醒者の一般人には身を護る手段すらなく、ただ蹂躙されるしかない。
「まあ、今回も謎の女子高生達が救助に回っていたおかげで、被害は最小限で済んだみたいですが」
その隣で、タブレットを持った職員が呟いた。
「ドラゴンの時に避難誘導をしていた子達と、目撃情報が一致していますね。1人は小柄だけど大剣を片手でぶん回す子で、2人目は神官みたいなエルフ耳。3人目は大鎌を持った灰色の髪の少女だった、と」
「……それより、例の情報に裏は取れたのか」
部長の問いかけに、別の職員が答える。
「いえ。アメリカ大使のクリス・マッケンジー氏ですが、大使館側から彼は持病の悪化により帰国したとだけ返答が。氾濫に巻き込まれたわけではないとの事です。……ただ、彼が病気だったという話は聞いた事がありません」
「そうか……」
部長が口元を手で覆い、もう片方の手で机の上の書類をとる。
「……わかった。後で私の方でも調べよう。次。市民の反応は」
「かなりの不満が出ていますね。関東圏ばかり守って、地方は捨てるのかと各地で問題になっています」
「ネット上でもお祭り騒ぎですよ。まあ当たり前ですけどね」
タブレットを持った男性職員が、苦笑いを浮かべる。
「前回の対応は露骨過ぎましたから。米軍が出動するかどうかだったって噂、本当なんですかね?」
「それ、本当よ。大使館を護る為という名目で、米軍基地からトラックが数台が出たと友人から聞いたわ」
隣の女性、元公安の職員が答える。
「………それで、残る1つの災害地については?」
「こっちもかなりの被害が出たんですが、想定よりも少ないんですよね」
タブレットを持った職員が、ガリガリと頭を掻く。
「モンスター達の行動が不可解と言いますか、妙な証言もあるんですよ」
「どういう事だ」
部下の言葉に、部長が首を傾げる。
「オーク達は最初、3体から5体。場合によっては数十体の群れに分かれ住民を襲っていたんですが、あるタイミングからどこかへ向かい出した様です。避難所を襲っていた個体も、戦うのを止めて移動したとか」
「あるタイミングとは」
「正確な所は不明です。ですが、避難所を防衛していた覚醒者の警官は『角笛の様なものを聞いた』と」
「角笛……確か、オークを始め一部のモンスターは角笛や遠吠え、魔法等で味方を呼ぶ習性があったな」
「はい。『全体で対処しなければならない強敵』と遭遇した場合は、と。推測が立てられている行動です」
「強敵……」
タブレットに表示される、各地で暴れていたオークの移動に関する予測図。
だんだんと駅周辺に動いたかと思えば、また別の方向に。
「最後に目撃されたこの道路。自衛隊のヘリが行ったら道の一角が塩で埋め尽くされていたそうです」
「何が、いや誰が戦ったんだ?」
「覚醒者なんでしょうが、詳しい事は不明ですね。ここだけ竜巻が通ったみたいに、窓ガラスや街路樹が傷ついていたそうです」
「監視カメラは?」
「オークが壊しちゃいました。あいつら、カメラや蛍光灯を自衛隊……『敵が持っていた物』として記憶しているのか、優先して破壊するんですよね」
「……そうか」
部長は眉間の皺をもみほぐした後、顔をあげる。
「今回の件で国民は政府への不満と不信。そしてモンスターへの強い恐怖を抱いている。世論に大きな影響が出るだろう。だが我々の仕事は変わらない。今後も、ダンジョンの氾濫を減らす為に活動する必要がある」
「と言っても、どうします?今回も氾濫したダンジョンは未確認の物でした。警察も自衛隊も、人手不足が深刻ですよ」
そう。3カ所で発生したこの氾濫も、それぞれ『書類上人が住んでいるはずだった空き家』『認知症を患った独居老人の家』『放置された雑木林の中』であった。
警察も自衛隊も、地方の役所もゲートの捜索は行っている。だが、それでも手が回らないのが現状であった。
「……まずは出来る事からやる。冒険者の数を増やすんだ」
「それで、自衛隊の負担を減らそうと?」
「そうだ。……場合によっては、一部高ランクの冒険者に『マッピングの完了していないダンジョンの調査』も依頼する事を考慮に入れる」
「それは……上や国民が納得するか置いておいて、まず冒険者が拒否するでしょ」
「ですね。今でさえ、報酬の少なさに不満が出ています」
「ああ。だから、どうにか上に『討伐報酬の増加』と『一部ドロップ品の自由販売許可』を取り付けてくる。冒険者限定で『銃刀法』の一部緩和もだ。この内、最低2つはもぎ取る」
「ええ!?」
タブレットを持った職員が、驚いた様子で部長を二度見した。
「いや、そんな事をしたらただでさえ少ない自衛隊や警察の覚醒者が民間に流れますよ!特に自衛隊!危険が下がるのに収入が増えるってなったら。防衛省がぶち切れますって」
「それに、予算がありません。討伐報酬の増額は難しいかと。何よりドロップ品の中には効果が未知の物もあります。民間に流すのは危険かと」
「すみません。銃刀法の方も待ってください。火器の禁止は続けるとしても、刃物の扱いですら多数の反発が予想されます。政治家先生達の選挙に響くかも……」
「頷かんでしょうね。選挙が全てと思っている人も多い。他にも、犯罪の増加など様々な可能性があります。ダンジョン法すら未だ不完全なのに、更なる法案や改正は時間が……」
口々に問題点をあげる部下達だが、彼らとて冒険者の待遇改善が出来るのならしたい。ダンジョンの管理と監視が仕事だと、ここに集められた。
しかし、下手をして上から睨まれダンジョン庁自体を潰しにかかられては困る。これまでやってきた事が、全て『なかった事』にされかねない。
そうなれば、本格的にダンジョン関連の事業は停滞、あるいは後退するだろう。
「わかっている。だが、それでも冒険者の『数と質』が足りていないんだ。自衛隊の人員流出もあるかもしれないが、それ以上に負担の軽減に繋がる……はず」
「部長。20年後には総理大臣になってやるって飲み会で言っていたじゃないですか」
タブレットを持った職員の言葉に、部長は頷いた。
「そうだな。しかし、まずは10年後もこの国が存在している為にも必要だと私は……いいや。俺は思う」
「……海外も黙っていませんよ。ここまでほぼ無償で手に入っていたダンジョンの品が、滞るかもしれないなんて」
「いや、そこは問題ない」
ノートパソコンを抱えた部下の言葉に、部長が小さく首を横に振る。
「海外にしたって、研究が許されているのはごく一部の研究所だけだ。そろそろそれ以外の研究所……有力企業からの突き上げが無視できなくなっているはず。米国やヨーロッパの政治家達からすれば、ここらが潮時のはずだ。丁度いいと判断……する。いや、させる」
書類の一部を手に、部長が踵を返す。
「俺の古巣にも掛け合って、どうにかする。少なくとも米国が動けば、他の国も対応を変えざるを得ない。きな臭い状況だが……上手くやるさ。各自、それぞれの仕事に戻ってくれ」
そう言って退室した部長の背を見送り、タブレットを持った職員とノートパソコンを持った職員が顔を見合わせた。
「部長の古巣って……どこでしたっけ」
「たしか……外務省だったはずですが」
再び、2人して部長が出て行った扉を見る。
その後、彼らも仕事に戻った。
ダンジョン庁の夜は、今日も長い。
* * *
「……生きてるって、素晴らしいね」
「だな……」
いつかもした様な会話をする、猫耳の兄妹。
身体のあちこちを包帯で巻いた4人組が、居酒屋の一角でそれぞれ酒の入ったジョッキやグラスを手に遠い目をしていた。
「少し前にボスモンスターから逃げ回って、助けられて」
「今度はレイスの群れに追いかけまわされて、また別のパーティーに助けられたんだもんなぁ」
そう。かつて矢川京太に助けられた、冒険者パーティーである。
『ギルド』を新たに立ち上げるにあたって様々な情報収集や人脈づくりに動いていた彼らは、千葉県にまで来ていたのだ。
そこで、運悪く氾濫に巻き込まれたのである。
「まあ、今回は助けられるばかりじゃなかったし良いじゃねえか」
「そうかもしれんがなぁ。生きた心地がしなかったぞ、まったく」
唐揚げを食べる幼馴染に、パーティーリーダーの山下は猫耳をげんなりと伏せた。
彼らは巻き込まれ逃げ惑いながらも、他の逃げ遅れた一般人を護ろうと尽力していたのである。それがただの成り行きか、それともかつて助けられた身としての義務感なのかは本人達にもわからない。
だが、この4人は生きる為だけではなく護る為にも戦った。それは、覆しようのない事実である。
「兄さん、『あの3人組』に感謝されて鼻の下伸ばしていたよねぇ」
「ばっ、そんなわけないだろ!あの子達、高校生ぐらいだぞ!?」
「まさか助けた住民の中に、助けてくれた子達のご家族がいようとは……」
「情けは人の為ならず、ってな!」
ケラケラと笑う幼馴染に、山下は浮かない顔だった。
「……そうだが、結局ほとんどのモンスターを倒したのはあの子達だった。また年下だぞ?悔しい話だぜ、まったく」
「……だからこその、ギルドの設立でしょ」
愚痴を言い出した兄の脛を、妹が軽く蹴る。
「それより、今日は全員五体満足で生き延びた事と、ギルド設立の目処がついた事を祝うんじゃないの?」
「そうだそうだ。早く飲ませろー」
「飲ませろー」
「たく、しょうがねーなー」
山下が自分のビールジョッキを掲げ、音頭を取る。
「じゃあ、諸々を祝して!乾杯!」
「かんぱーい!」
冒険者4人が、それぞれに酒を喉に流し込む。
凄惨な光景を見たし、目の前で死んだ命もあった。無力感を味わいもした。
しかし彼らは生き、明日へと足を進めている。
「あ、言っとくけど割り勘だからな」
「えっ、兄さんのケチ!可愛い女子大生達に奢る甲斐性はないの!?」
「そうだそうだー」
「妹よ。そして喜利子ちゃんよ。お兄ちゃんね、そんな懐に余裕ないの。なんなら交通費と宿泊費でアップアップなの」
「それよか、明後日はアレ……どこと話すんだっけ?」
「もう酔ってんのかよ」
「酔わねえよ。覚醒者が普通の酒で酔おうと思ったら、樽で必要らしいぜ!」
「じゃあただのど忘れじゃねえか」
逞しい胸筋を張る幼馴染の言葉に肩をすくめ、山下が答える。
「『錬金同好会』だ。失礼のないようにしろよ、まったく」
読んでいただきありがとうございます。
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