第百七十話 決戦の日取り
第百七十話 決戦の日取り
有栖川教授の切腹騒動から、一夜明けた次の日。
放課後。
『■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!』
「でぇあああああ!」
地下深く、蒼い炎に照らされた空間にてケルベロスへと突撃する。
既に左右の頭を失い、満身創痍の番犬。されどその瞳は冷たく輝き、肉体は焔を帯びて加速し続けていた。
弧を描く様な軌道で駆けていたかと思えば、こちらが側面から斬りかかった途端反転。大蛇の尾を横薙ぎに振るってくる。
それを急上昇で回避し、空中で上下逆さとなって風を蹴り加速。再突撃をしかけた。
相手も予測済みか、既にその顎はこちらに向けられている。ズラリと並んだ、剣の様に鋭い牙の奥。迎撃に開かれた番犬の口腔に魔力が集められ、回避する間もなく放たれた。
蒼の極光が視界を埋め尽くす中、構わず前進。その炎の柱へと剣を叩き込む。
『概念干渉』
「おおおおおおお!」
正面からの衝突。純粋な力比べに、フリューゲルと両足から最大出力で風を放出する。
巻き取り、返す必要はない。ただ、切り開け。
炎と鋼の刃がぶつかり合う事、およそ10秒。ミシミシと刀身が異音を発するも、強引に引き裂いた。蒼炎が左右へと飛び散り、道が開かれる。だがその直後、眼前に見えた番犬は間髪入れずに前足を振るってきた。
切り札さえ囮にした、本命の一撃。自分の位置からは、不可視の一手。されど。炎で加速した爪は既に『視えて』いた。
最低限の、ふわりとした上昇で回避。ほんの数センチ下を、死神の鎌が通り過ぎる。そのまま剣を逆手に持ち替え───ケルベロスの頭へと、全身の力を使い突き立てた。
『■゛■゛■゛■゛───ッ!』
断末魔の声を、否。咆哮を上げ、冥府の番犬はこちらを道連れにしようと纏った蒼炎を膨張させた。
自爆。それを察した瞬間、膨れ上がった炎を刀身に引き寄せながら体の向きを変える。
「しぃ……!」
刃をより深く押し込みながら、眉間に突き刺さった片手半剣を鼻先へと進めながら風で加速する。
頑強な毛皮も骨も引き裂き、力技で剣を振り抜いた。
衝撃と熱で歪んでしまった刃を構えながら、ケルベロスへと振り返る。そこには、傷口から炎を溢れさせる番犬がいた。
自爆の為に練り上げた蒼炎が、指向性をもって上へと燃え上がる。天井近くで解けた魔力が、まるで雨の様に降り注いだ。
数秒ほどで、ケルベロスは内包する魔力を失い倒れ伏した。身に纏っていた炎も消え、力なく横たわる。
その瞳としばし睨み合った末、真っ黒な番犬は白い塩へと変わっていった。
「ふぅぅ……」
破損の激しい剣を部分解除し、鞘に再構築しながら息を吐く。互いの炎が振り撒かれていたせいか、空間そのものがオーブンの様に暑い。
「京ちゃん、お疲れぇ!」
「大丈夫ですか、京太君!」
「はい。問題ありません。2人もお疲れ様でした」
笑顔で駆け寄ってくるエリナさん達に、残心を終え肩の力を抜く。彼女らの後ろから細かな傷こそあれどほぼ無傷な『ブラン』達も続き、ほっと息を吐いた。
『おめでとう。この前まで死闘という感じだったのに、今は安定して倒せる様になったじゃないか』
「ええ。2度目というのもありますが、それ以上にレベルの恩恵を強く感じます」
アイラさんに答えながら、自分の左掌を見る。
自分の目では体を循環する魔力の量と質が上がったぐらいで、どの程度強くなったのかはわからない。
だが、彼女なら数字としてわかる。
『そうだね。なんせ君、今の戦いで『LV:80』の大台にのったぞ。ステータスの伸びも良好だ』
「え、そんなにですか?」
『うむ』
アイラさんが『鑑定』のスキルを使ったらしく、念話越しに肯定する。
『エリナ君も『75』に到達した。グイベルと遭遇した時と比べ、かなりレベルが上昇している。強くなったよ、本当に』
「そう……ですか」
「『Aランク』に昇格した恩恵ってやつだね!」
エリナさんの言葉に頷く。
覚醒者は、敵を討てばそれだけ強くなるゲームキャラの様な存在だ。その上、強い相手と戦うほどレベルアップも早くなる。
自衛隊規定のランクでは最高位のダンジョンは、覚醒者を強くするのに打ってつけであった。
「でも、少し不安ですね」
ミーアさんが、杖を握る手に力を籠めながら眉を八の字にする。
「自惚れているだけかもしれませんが……私達は、人間兵器と言っても過言ではないように思えます。それも、戦艦や爆撃機の編隊と比較できるほどの」
『だろうね。何なら、もうちょっと前からその領域には達していたと思うよ』
「そして、私達以外の覚醒者もこうなる。……世界の軍事バランスは、どうなるのでしょうか」
『まあ、怪獣が人の姿をして、人の知恵をもっている様なものだからね。めちゃくちゃ危険視されているとも!同じぐらい利用しようとしている輩もいるだろうがね!』
「……そうですね」
ミーアさんの言葉に、思わず考え込む。
元々覚醒者はテロや暗殺に持ってこいなんて言われていたが、高ランクの者なら単独で戦術的に大きな価値を持ちかねない。
それこそ、局地戦であれば覚醒者の有無で勝敗が変わる事もあるだろう。少し前にテレビを賑わせた『覚醒者を擁する傭兵団』も、他の戦闘部隊を圧倒していたらしいし。
ハッキリ言って……自分が今、映画みたいに突然国会議事堂を襲撃したとして。止められる者が、いるのだろうか。
前に東京で会った宮本さんや、3人組の少女達が浮かぶ。しかし、前者はわざわざヘリから飛び降りて来ていた辺り、普段は東京にいないのだろう。例の3人も、恐らく東京に在中しているわけではない。
……流石に色々と飛躍し過ぎな考えだ。
頭を振って、浮かんでしまった光景を追い出す。
「んー、そういうのは、私達が考える事じゃないと思うなー」
『然り。その辺りは政治家や官僚にでも考えさせておきたまえ。選挙権を得たら、その事を考える必要があるがね』
「私と姉さんは、既に選挙へ行けるのですが」
『HAHAHA!私は選挙では取りあえず安牌な党を選ぶ主義だ!深く考える気はない!』
「もう……」
呆れたように頬を膨らませるミーアさんに、苦笑を浮かべる。
アイラさん達の言う通り、今自分達が考える事ではない。今は、すぐ近くに迫った脅威だけを見るべきだ。
よそ見などしていて、勝てる相手ではないのだから。
『さて……2つ、君達に重大なニュースがある』
「それ、帰ってからじゃダメなやつですか?」
『なぁに。すぐに済む。どうせだから聞いてくれ』
『右近』が回収したドロップ品をエリナさんに渡すのを横目に、一応体を出入口の方に向けながらアイラさんの声に耳を傾ける。
彼女は、珍しく少しだけ緊張した雰囲気を発していた。
『1つ目は、エリナ君とミーアがレベル上限に至った。これ以上の強化は、本人の技量や装備、あるいは何らかの手段で上限を突破するしかないだろう』
「おー!やったぜぇい!これで里長へまた1歩前進じゃぁ!」
「遂に……ですか。感慨深いですね。しかし、どうじに『もうなのか』とも思えます……」
「おめでとう……で、良いんですかね」
両手をあげて万歳するエリナさんと、複雑そうな顔で自身の手を眺めるミーアさん。彼女らに小さく拍手する。
冒険者界隈で、上限に到達するのはかなりのステータスだ。強さどうこうではなく、評価される項目として。
それほどまでにダンジョンで戦った証明であり、戦闘経験豊富かつ対モンスター戦に熱心な人という事なのだから。
色んな企業や国が欲しがる人材である。まあ、既に教授専属みたいな自分達には微妙だけど。なんなら、これ以上強くなるのが大変なのでミーアさんが複雑な顔をしているのも当然である。
しかし、上限の突破か……『覚醒の日』から2年と半年。上限まで到達した人は少ないがこれまでもいた。しかし、そこから先へ行けたという話はあまり聞かない。
上限を突破する手段なんてないのか、はたまた余程特殊な条件があるのか。覚醒者も生物なので、前者が妥当に思える。
『そして、2つ目。ある意味こちらが本命だ』
アイラさんが、小さく深呼吸してから。
『『グイベル討伐作戦』の日程が決まった』
そう、告げてきた。
* * *
10月31日。
それが、グイベル……白い竜との決戦の日。
いわゆるハロウィンの日に竜退治とは、とんだ西洋式お盆である。赤坂部長もまさかそれを狙ったわけではあるまい。この偶然に運命を感じてしまうのは、流石にこじつけが過ぎるか。
現在は、10月の下旬に入ったばかり。あと1週間と少しで、自分達は竜の巣へと飛びこむ事になる。
まあ、何というか。
「実感がわかねぇ……」
自室のベッドに腰かけ、すぐに後ろへ倒れ込む。勢いで少しスプリングが軋み、視界が揺れた。
ぼんやりと少し染みのついた天井を見上げ、小さくため息を吐く。
奴の脳天をかち割る事を決意し、それに備えて数々の強敵と戦ってきた。
ケルベロス。バシュム。酒吞童子。どれも、神話に名を轟かせた怪物ばかりである。自分がおとぎ話の英雄にでもなったと、錯覚してしまいそうだ。
だが、自分はただの人間に過ぎない。戦艦と戦える力があろうと、心臓が抉り出されれば死ぬし、頭蓋を砕かれても死ぬ。
───勝てるか?あの竜に。
思い出すのは、あの白い極光。白銀の騎士が、自分達の盾となって消えてしまった光景。
自然と、右の拳を強く握りしめていた。ギチギチと音が鳴って、ようやくそれに気づく。
意識して指を解きながら……どうにも、起きあがる気にはなれなかった。
そうしてただ無為に時間を過ごす事、10分か、20分か。スマホの着信音に、ようやく意識を現実に戻す。
枕元にあったソレを手に取れば、画面にはアイラさんの名前が表示されていた。
何の用かと思いながら、ノロノロと上体を起こし電話に出る。
『やあやあ京ちゃん君!元気にしているかね!』
「うるさっ」
いつも以上にハイテンションな残念女子大生に、思わず口を『へ』の字にする。
「元気ではあります、たぶん。それで、何ですか突然。ゲームですか?」
『ふぅー。美人なお姉さんからの電話だと言うのに、なんだねその面倒そうな声は。もっと知的でクールな私と話せる事に、感謝してくれたまえ』
「残念でアホの間違いでしょう」
『面と向かって会うと高頻度で胸や太腿を見る京ちゃん君。そんな事を言って良いと思っているのかね?』
「アイラさんはクールビューティーに手足が生えた様な美女でございます!」
『よろしい!』
くっ、彼女の動体視力ならば、『精霊眼』でのチラ見には気づけないと思っていたが……!いや、出会ってすぐの頃から見抜かれていたわ。鏡の位置のせいで。
その程度が、精霊眼。やっぱり覚醒者など大した存在ではないのでは?
『そんな私と話せて嬉しいよなぁ京ちゃん君!』
「はい!」
『私と会えて良かったよなぁ京ちゃん君!』
「勿論です!」
『私からの誘いならどこへでも来てくれるよなぁ京ちゃん君!』
「たとえ火の中水の中!」
『では───』
そこで、アイラさんは一呼吸おいてから。
『少し、話そうか。2人で』
どこまでも優しい声で、そう告げた。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.どうして『Aランク候補』にこんなギリギリで日程を教えるの?
A.各人のスマホや家等のセキュリティを考えると、どこから情報が洩れるかわからないから。