第百六十九話 有栖川教授が腹を切ってお詫び致します
第百六十九話 有栖川教授が腹を切ってお詫び致します
酒吞童子との戦いを終え、ストアにて自衛隊のオールレンジ筋肉ワッショイを受けた次の日。
放課後、エリナさんと共に雫さんの工房へ来たわけだが。
「お前さぁ」
「本っっ当にすみません……!」
彼女に差し出した『炎馬の腕輪』は、まあ酷い有り様であった。
白銀に赤い模様が描かれていた腕輪は、自分が無理に使ったせいで表面が歪んでしまっている。魔力の過剰供給で、魔道具自体が赤熱してしまったせいだ。
「ツケにしとくって言った物を……どういう使い方したんだよ」
「その、思いっきり、こう……」
「説明書に書いておいた以上の出力を出した、と。リミッター外し癖でもあんのか、お前」
「返す言葉もございません……!」
ただ謝罪しかできない自分に、雫さんがため息をつき頭を掻く。
「戦いで壊れたんだ。お前が謝る必要はねぇ。見た感じ、壊れたのは表面だけだ。重要な部分はまだ使える。つうか、機能そのものは無事だ。この状態でも数戦はもつから、次こうなってもダンジョンから出るまで構わず使え。職人としては、決して推奨できんがな。いつ壊れるかわからんし」
「おお、流石雫さんの作品!」
「おだてるな。外装を直すだけなら、今晩中に出来る。貸せ」
「うっす」
「あと、予備ももうすぐ完成する。それも後日取りに来い」
「はい。ありがとうございます」
「たく……」
雫さんが受け取った腕輪をしげしげと眺めまわし、最後に裏面を見つめる。
「……ここは無事か」
「はい?」
「なんでもねぇ」
「裏面には私と雫さんの名前が彫ってありますからね。それが無事でホッとしたんだと思います」
「うるせぇ」
解説役の愛花さんが教えてくれる。
なるほど、そういう事か。
「銘は作り手の証明。職人としては重要なものですものね」
「……おう。そうだな」
「うぅん、この普段は頼りないヒーロー……」
「え?」
何やら雫さんと愛花さんが呆れた様な視線を向けてくる。
いや、だって人の装備品に名前を刻んで、それを大事にするって……まるで恋人みたいだし。流石にそういう勘違いをするのは失礼かな、と。自分なりに解釈したのだが。
「あ、それとですね」
何となく気まずくなって、話題を変える。
まあ、こちらも心苦しいというか、頼み難い事なのだが。
「なんだよ」
「じつは、『ブラン』の鎧も壊れてしまいまして……新調と予備をお願いしたく」
「……まあ、それも仕方ねぇ。だが、そっちはちゃんと金をとるからな」
「はい。勿論です」
「一応、既に一式作ってある。今日はそいつを持っていけ」
「ありがとうございます」
「今持ってくるから、ちょっと待ってろ。愛花、手伝ってくれ。あとエリナ。見るのは良いが、道具には触れるなよ」
「はい」
「ほーい!」
作業スペースの奥にある、また別の仕切りの向こうへ行く雫さんと愛花さん。
彼女らを待っている間、自分もエリナさん同様壁に飾られている道具や装備を見物する事にした。
ダマスカス鋼の様な模様が浮かんでいる、紋章のないカイトシールド。
近づかねば隙間が見えない程細かく、滑らかなシャツの様な銀色の鎖帷子。
光を吸い込む様な黒さをした、拳大の分銅を鎖で繋げたフレイル。
白い柄の両端に金色の装飾を施し、握り易い様赤い布を巻いた六尺棒。
弦が張られておらず、『C』の様な形で反対側に反っている無骨な複合弓。
その他、様々な武器や防具。刃のついた物は別の場所で保管している様だが、見える物全てに高純度の魔力が籠められている。
それこそ、使い手次第ではファフニールやレイ・クエレブレとも打ち合える様な得物ばかりだ。あの盾など、あるいはケルベロスの爪さえ受け止められるかもしれない。
まさに伝説の武器防具と呼べる物が、ずらりと並んでいるのは壮観である。魔力を感じられない人でも、本能的に畏怖を感じざるを得ない存在感を放っていた。
やはりというか、雫さんの腕は凄い。お父さんや工場の人達に手伝ってもらってだろうが、それでも同い年の少女が作ったとは思えない出来だ。
スキルの影響もあるのだろうが……彼女はきっと、天才の部類である。
冷静に考えると、そんな人を半分専属扱いしているって、かなりアレなのでは?
「大丈夫だよ京ちゃん!たぶんシーちゃん達も同じ事考えているから!」
「ナチュラルに人の心読まないでもらえます?」
「めんご!」
「許す」
そんな事を話していると、雫さん達が台車に鎧一式を載せて戻ってきた。
「なに話してんだ、お前ら」
「シーちゃんは凄い職人さんって話!」
「ええ。いつも本当にありがとうございます」
「……おう」
ほんのり頬を染めながら、ぶっきらぼうにそう言って目を泳がせる雫さん。
その後ろでは、彼女のリアクションに愛花さんが腕を組んで『そうそう。こういうので良いんですこういうので』という顔で頷いていた。
「それより、ほらよ。ブランの鎧だ」
「ありがとうございます……って」
台車の上に載っているのは、間違いなくブランの鎧だ。
しかし、カラーリングが以前までと異なっている。
「いつまでも『白蓮』と同じまま、ってのもややこしいだろう。アイツ専用の装備って事で、勝手かもしれんが色を変えておいた」
鎧ケースと飾り台を使い、座るような姿勢の鎧。
基本的な形状はそのままに、肘から先と膝から下が紺色に染め上げられていた。
更には胴の部分にも、中心より右側に鉄製の華の装飾が縦に3つ施されている。
「余計なお世話ってんなら、元に戻すが」
「……いえ」
彼女の言っている事は正しい。白蓮とまったく同じデザインのままというのは、マギバッテリーのソケット等の変更点がある以上ミスの原因になりうる。
そういったミスは早々起きないだろうが、可能性を減らせるのなら減らした方が良い。
何より……ブランは、ブランなのだから。
「重ね重ね、ありがとうございます」
* * *
『やあ京ちゃん君。今暇かな?暇だね。では私と1戦……やらないか?』
「いや暇じゃないですけど」
『なん……だと……!?私と遊ぶより優先する用事があると言うのかね!?まさかエロゲじゃあるまいな!どういうゲームだ!詳しく説明してくれ!詳しくな!』
「ブランの予備パーツ作ってんだよアホウ」
『AHO!?』
その日の夜、元々保管していた錬成陣に追加で色々書きこんでいると、アイラさんから念話がかかってきた。
『そんな……私と仕事、どっちが大事なんだい!?』
「面倒くさい彼女か」
『忍者は仕事ですか!生き様ですか!!』
「無関係です」
なんか自称忍者まで加わってきやがった。
『よよよ……エリナ君聞いてくれ。京ちゃん君が私と遊んでくれないって言うんだ……!酷いと思わないか』
『ダメだよ京ちゃん!京ちゃんがきちんとお世話するって言ったんでしょ!?』
「言ってねぇよ」
『そうだぞ京ちゃん君!責任、とってよね!!』
「あんたはそんな犬みたいな扱いで良いのか」
『すみません、今姉さんとわんわんプレイって言いましたか?』
「うわ、出た」
ド級の変態まで合流してきて、思わず口を『へ』の字にする。
なんという事だ。ボケの過剰供給である。エリックさんに今から電話した方が良いだろうか。
……だめだ。何故か『こっちも大変なんだけど!?』と、奥さんと妖怪ケツで箸が割れるオジサンにからまれているエリックさんの姿が浮かんだ。
なんだ、妖怪ケツで箸が割れるオジサンって。
「わかりましたよ。休憩するんで、その間ゲームでもしましょう」
『ヒュー!流石京ちゃん君!愛してるぜ☆』
「はいはい」
『告白合戦ゲームか!なら次鋒、エリナ行きます!』
「え、いやそういうのじゃないと思うけど……」
アレか。『愛してるゲーム』というやつか。
エリナさんのおふざけだろうが、少し気になる。ここは強く否定せず、耳に意識を集中した。
『こほん……マイクテス、マイクテス。生麦生米生卵!』
「……」
『隣の客はよく柿食う客だ!東京特許許可局!庭には2羽鶏がいる!』
「…………」
『寿限無寿限無五劫のすり切れ海砂利水魚の水行末、雲来松、風雷松!食う寝るところに住むところ!やぶらこう』
「はよ言えや」
いかん、思わずツッコんでしまった。
『では、いきます!』
「あ、はい」
『ワクワクしますね……!』
『さあ、お手並み拝見といこうか……!』
ミーアさんはともかく、アイラさんはどの立場で言っているんだ。
そんな残念姉妹をよそに、エリナさんが念話越しに決め顔をしたのを雰囲気で察する。
短く、息を吸い込む音がして。
『君の瞳に恋をしちまったんだZEEEEEE!!』
「3点」
予想の斜め下だった。
『なんと!5段階評価か!』
「100点満点だよバカ野郎」
『つまり!文字数に3をかけると!』
「そうはならんやろ」
『京太君×エリナさん……!』
「違う、そうじゃない。あと変な加わり方しないでください残念2号」
『残念じゃないですぅ!?』
残念以外には変態としか言えなくなるのだが、それは流石に可愛そうだと追及はしなかった。
「なんというか、内容がべったべたのベタな事は置いておくにしても、最後の『ZE』ってなんだよ『ZE』って」
『ちがぁぁう!『ZEEEEEEE!』だよ!』
「なお悪いわ」
『ふっ、エリナ君は告白四天王最弱……』
「突然どうした」
『さあ、ミーアよ!いけぇい!』
『ええ!?』
『よ、ミーアの良いとこ見てみたい!』
『先輩!お願いします!』
「なんだこの流れ」
『しょ、しょうがないですねぇ……!』
「本当になんだこの流れ」
『おっほん』
小さく咳払いをし、ミーアさんが深呼吸をした後。
『京太君はまるでスケベのゆうえ゛んんん!』
『噛んだか』
『噛んだね!』
「その、大丈夫ですか?あと何て言いかけたんですかこの残念女子大生2号」
『ち、違うんです……!口が滑って……!』
「あえて言いますね?なお悪いわ」
エリナさんと言いミーアさんと言い、何故やらかした後に追加で事故を起こすのか。それがわからない。
『仕方がないなぁ、ミーアは。さあ、とりは任せたぞ京ちゃん君!』
「え、嫌ですけど」
『さあ、とりは任せたぞ京ちゃん君!』
「いや、だから」
『さあ、とりは任せたぞ京ちゃん君!』
「……あ、これ『はい』って言うまでループするやつか」
『さあ、とりは任せたぞ京ちゃん君!』
「えぇ……わかりましたよ、こんちくしょう」
どうしてこうなったと思いつつ、流石に1人だけ流れに乗らないのも悪い。
いや、アイラさんがいつの間にか『自分の番は終わった』感出しているのはどうかと思うけども。あんた絶対そういう意図はなかっただろう。
「えっと」
『…………』
『…………』
『へいへーい、ピッチャーびびってるぅ』
「あの、なんで残念1号以外無言なんですか?」
『印を結んでいたからだね!』
「なんで?」
『ちょっとイメージトレーニングを』
「なんで???」
『遅延行為など男らしくないぞ京ちゃん君!さっ、ぐいっと!』
「飲ませようとするな。そしてさては飲んでいるな貴様」
『休肝日じゃないからセーフ!』
「くそがよぉ」
『そーれこっくはく!こっくはく!』
「わかりましたよ!やれば良いんでしょやれば!」
こういうのは変に照れるから、余計に恥ずかしくなるのだ。
所詮ゲーム。酔っ払いの悪ふざけに付き合うだけである。
自分が息を吸い込んだ瞬間、アイラさんまで無言になってしまった。それにブレーキをかけてしまいそうになるが、気合で口を動かす。
もしも……もしも、誰かに自分が告白するとしたら。その言葉は。
「たとえ、世界がどうなったとしても。僕は───」
『アイラ。今日提出してくれたレポートの事で聞きたい事があるのですが、今良いですか?』
数秒、静寂が流れた。
『む?……念話中でしたか。邪魔をしてしまったようですね。ちなみに、どんな話を?』
『京ちゃんの告白タイムだったよ、お婆ちゃま!』
「いや、そうだけどそうじゃなくって」
『───なるほど』
教授が、大きく深呼吸をした後。
『腹を切ってお詫びします』
『待ってババ様!?なんで『魔装』を!?え、ガチなの!?』
『あ、これやばいやつだ』
『え、ちょ、本気ですか!?今そっちに向かいます!』
「落ち着いてください教授!遊びです!遊びですから!」
『は?私の孫達とは遊びだったと?』
「なんか違う気がする!?」
『違うのお婆ちゃま!京ちゃんは悪くない、私達が悪いの!』
「言い方ぁ!?」
『あの時……娘もいい歳なのだからと、私が何もしなかったから……あの子は……!』
「やべぇ、トラウマスイッチが!」
『違うんだ、ババ様……あの人の事は……』
「しまった、こっちもだ!」
『ふふ……私は……私だって……どうしてあの時……!』
「地雷原かこの一族!」
この後めちゃくちゃ事情を説明した。
ついでに教授から『参考に』と亡くなった旦那さんとの惚気話を聞かされた。
読んでいただきありがとうございます。
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