第一章 エピローグ 上
第一章 エピローグ 上
『先日発生した3カ所同時のダンジョンの氾濫についてダンジョン対策大臣の記者会見が本日───』
『今回の氾濫で合計3千人以上の死者行方不明者が出ました。これについて、政府は───』
『3カ所の内2カ所は東京と千葉、関東圏でした。人口密集地域だったのですよ!それなのに自衛隊は』
『関東圏の防衛に力を入れ、残り1カ所に自衛隊が派遣されたのは氾濫確認から1時間以上後でした。こんな時でも地方は後回しですか?答えてくださいよ総理!』
『東京の氾濫ではアメリカ大使も巻き込まれたという噂が流れており、アメリカ政府より事態の』
『千葉で発生した氾濫の際にも、3人の少女達がモンスターと戦い人々を助けたという目撃情報がネットに流れており、その献身と活躍について』
『ご覧ください。これが都会から見放された地方の姿です。今も行方不明者の捜索は続いており』
オークチャンピオンとの戦いから、一夜明け翌日。テレビでもネットでも、氾濫に関する話題でもちきりだった。
もっとも、主に語られるのは東京に関してで、次点で千葉。次にうちである。
少し複雑だし、救助が後回しにされた事を怒りたいが、部分的には好都合でもあった。
『賢者の心核』
自分が持つ固有スキル。錬金術の至宝にして、使い方次第では無限の富と命を生み出す『賢者の石』。……それと同じ力を持つ、自分の心臓。
これの存在を知られれば、確実に厄介な事になる。
流石にすぐさま実験動物とか、監禁とかは考えていないけど……その内そういう目にもあうんじゃないかって、不安でもある。
だから普段は適当に誤魔化しているのだが……両親を助け死にかけていたエリナさんに、使わざるを得なかった。
その事に後悔はない。たぶん、ない。ここで断言できないのは情けないのだが、それでも同じ状況になったら自分は同じ事をすると、信じたかった。
とにかく、エリナさんには自分が他者を癒す力を持っていると知られてしまったし、アイラさんにも気づかれた可能性が高い。
一晩経って事の重大さに頭が痛くなった程である。
しかし、当の彼女達は。
「京ちゃん京ちゃん。お砂糖を入れる時はスプーンにのせて入れるといいよ?」
「え、そうなんですか?」
「ふっ。そんなテーブルマナーではモテないぞ京ちゃん君。だから君は童貞なのだ」
「やかましいですね。というか貴女は砂糖入れ過ぎでは……?」
なんか、滅茶苦茶いつも通りであった。
場所は冒険者試験の帰りに寄った喫茶店。どうも、ここのクロワッサンをアイラさんがまた食べたいと言い出したらしい。その上1人じゃ嫌だと、自分達まで呼ばれたのである。
それ自体は別に構わないと言うか、昨日散々迷惑をかけた身としてはむしろこれぐらい行って当然と思っているものの……。
あまりにも、普段通り過ぎて落ち着かない。
「……あの。聞かないんですか?昨日の事」
「ん?ああ、そうそう。例の車、その辺に放置すれば良いと言ったのに君のご両親はわざわざ警察に届けていたね。あの後どうなったんだい?」
「は?いや、普通に『緊急事態だったから』って事でお咎め無しでしたけど。本来の持ち主も気にしていなかったらしいです」
らしい、というのはその場に自分はいなかったからである。
家からここまで、途中の転移を抜いてもかなりの距離爆走したのだ。警察に見つかると、色々と面倒である。
エリナさんはエリナさんで『私は忍者だから!』と言って警察と会うのを嫌がり、2人だけ周囲の安全を確認した後離脱したのだ。
で、両親は借り物の車を放置は悪いと街を包囲していた警察の人達に事情を話しに行ったのである。僕らの事はぼかして、だが。
車の持ち主が警察に保護されていたのも、話がスムーズに終わった一助となったとか。運が良い……とは、氾濫に巻き込まれた段階で言えないので、悪運があると言うべきかもしれない。
「緊急時だったからねぇ。後手に回るしかなかった警察としても無暗に追及はしたくなかったのだろう。元の持ち主も許しているのなら、万事問題ないな。私の言った通り!!」
ドヤ顔を浮かべて胸を張るアイラさん。彼女の顔を見たのは、何とも久々に思える。
実際は半月ちょっと前が初対面だったのだが、念話での会話が多いので暫くぶりかつ長い付き合いに思えるのかもしれない。
こうして直に見ると、やはり驚くほど美人である。サラサラとした銀髪に、透き通る様な肌。理知的な美貌。
それでいて出る所は出て引っ込む所は引っ込んだ、グラビアアイドルみたいな体つき。
……いけない。意識すると普段通りに喋れなくなる。
「いや、そうではなく……」
「はい!私京ちゃんが何を言いたいのかわかった!」
「……どうぞ」
クイズ形式と間違えている自称忍者が挙手したので、頷いて答える。
「ずばり、風圧で本当にオッパイの感触がわかったのか聞かないのかって事でしょ!!」
「んなわけねぇだろオタンコナス」
「オタンコナスとか久々に聞いたな……」
「わぁ、外れだったかー」
そんなもん時速70キロで走れると、訓練施設で判明した時に試したわ。
正直よくわからんかった。そもそも本物を知らないので、確認のしようがない。
「……あのですね」
チラリ、と。周囲を確認する。
幸い、他のお客さんの姿はない。店員さんも、特にこちらを見ている様子はなかった。
「……エリナさんの腕を治した事、聞かないんですか?」
「えー。だって秘密にしたいんでしょ?」
「無理に聞く気もないし、他の人に言う気もないのでね」
「えぇ」
あまりにもアッサリとした答えに、拍子抜けする。
そんな自分に、紅茶を一口飲んでからアイラさんがニヒルに笑った。
「正直な話、興味がないと言えば嘘になる。だが、無理に聞き出した場合のメリットとデメリットを考えるとわりに合わんのだよ」
「は、はあ」
「スキルを専門に調べている者ならば、何が何でも聞きだすだろうね。それほど、強力な治癒効果だった。しかし私が知りたいのはダンジョンの事なのだよ」
両肘を机にのせ、指を組みその上にアイラさんは細い顎をのせた。
「京ちゃん君は優秀な戦闘要員だ。それが、先の戦いでも証明された。ここで手放すには惜しい。今後も、仲良くしようじゃないか」
妖し気な微笑みを浮かべるアイラさんに、思わず硬い唾を飲み込む。
思いがけない妖艶な雰囲気と、それでいてこちらの奥底まで見透かす様な瞳。ただならぬ圧力に、背筋を伸ばして答えた。
「……わかりました。今後もよろしくお願いします」
「うむ。頼りにしているよ、京ちゃん君」
ただの善意ではない。だが、理由に筋は通っている。
この人の事をまだあまり知らないが、それでも信じる事は出来そうだ。
「それと今後も一緒にゲームしてね。寂しいと私は泣くぞ」
「……うっす」
「不思議な事に、私と対戦した人は次々とフレンド解除をしてくるのだよ……」
知らんでいい情報ならわりと知っている気がするが。格ゲーでやたら復帰狩りと煽り屈伸してくる所とか。
「私は忍者だからね!味方の忍者の秘伝を無理に暴く気はないよ!!」
「いや、僕は忍者じゃないんで」
「!?」
その思考停止した様な驚き顔やめなさい。周知の事実だから。冒険者と忍者は別の職業だよ。
「そんな、でも私達『インビジブルニンジャーズ』なのに……」
「その団体名まだ使っているのか……」
「昨日色んな人にそう名乗ってご両親探したのに……」
「本当に何してくれてんだ」
いや、落ち着け。流石に顔写真片手に、そんなトンチキな名前を名乗って回ってはいないはず。
まだ軽傷だ。軽傷か?たぶん軽傷だろう。
「学校の友達にも『パーティー名』はそう名乗っているのに」
「致命傷じゃねぇか」
嘘じゃん。もしかして僕、裏でアタオカ忍者の1人だと思われてる?
もしや学校で僕に友達が出来ないのはそういう理由が!?
……はい。違いますね。他人に何を話しかけて良いのかわからず、受け身を続けている自分のせいです。わかってんだよ畜生。
「せめて、せめて名前は変えよう。忍者なのはもうこの際いいから。名前だけでも!」
「嫌だ!私はこの名前と一緒に忍者の道を究める!!」
「なんだその決意。もしや何か思い入れが……」
「5秒も考えた、努力の結晶なんだ!!」
「薄っぺらいな努力の結晶」
せめて三日三晩使え。カップ麺もできねぇぞ5秒じゃ。
「じゃあ京ちゃんはどんな名前がいいの?」
「え、いやそんな突然言われても」
「真剣に考えてよ!!私達の将来の話なんだよ!!!」
「声がでかい上に誤解を振り撒くな」
ほら店員さん達が驚いた顔でこっちを見ている。あ、続けてゴミを見る様な目を僕に向けてきた。
違うんです。痴情のもつれとかじゃないんです。
「はっはっは。君の負けだね、京ちゃん君」
「今のどこに勝ち負けの要素が?」
「では、『インビジブルニンジャーズ』の正式な結成を祝って」
アイラさんが指を鳴らすと、店員さんがシャンパンを持って来た。
……シャンパン!?
「乾杯といこうか!!」
「ちょっと待って。一度、今が何時で僕らの年齢がいくつか思い出してください」
「真っ昼間に未成年の前で酒を飲むのが罪だと言うのか!!」
「罪じゃねぇけどTPOを考えろ」
具体的に言うとお店の人の目を考えろ。
「うるさい!昨日ババ様にしこたま怒られて私の繊細なハートは傷ついているんだ!!」
「いや、昨日の事は本当に申し訳なかったと思うのですが。それはそれとして」
「買い溜めてあったストゼ▢全部没収されてしまったんだぞぅ!肝臓を労われって!!」
「それはマジで労わってください。作れ、休肝日を」
「覚醒者が酒ごときで死ぬものか!夢だったんだ!真っ昼間に酒が飲めない相手の前でラッパ飲み!」
「シャンパンをラッパはやめてください。あとそんなしょうもない夢は捨てろ」
「いいや、捨てるのは常識という名の偏見だ!いざ、かいふ」
「パイセン」
エリナさんが、笑顔でスマホを持ちながらアイラさんを見つめる。
「お婆ちゃんに電話するよ?」
「ふっ……店員さん。これお持ち帰りでもいいですか?」
今、覆しようのない力関係を見た気がする。
「あ、だめ?じゃあキープという形で……はい……」
シャンパンを店員さんが持って行くのを見送り、アイラさんが優雅に足を組みかえた。
「さて……では、未成年もいる事だし紅茶で乾杯といこうか。カップをぶつけないようにね?」
「おっすパイセン!!」
「あ、はい」
アイラさんが涙目になっている事に、指摘しない情けは僕にもあった。
「では、『インビジブルニンジャーズ』の結成を祝って。乾杯」
「かんぱーい!!」
「くっ……わかりました。乾杯」
軽く紅茶のカップを掲げ、同意する。
心底そのだっっっっっさい名前は嫌だが、アイラさんは恩人でエリナさんは大恩人かつ友人だ。
ここは譲歩するとしよう。
だが舐めるなよ。絶対に、その名前をいつか否定してやるからな……!
「あ、ここの支払いは僕が……昨日のお詫びとお礼には足りないですけど、せめて」
「おや。未成年の金でシャンパンをお持ち帰りか。いいね!」
「そう言われると途端に払うの嫌になるのですが」
「ねえねえ!それより京ちゃん炎を剣でギュン!ってやってバァ!ってしたんだよね!忍術だね!火遁の術!?それとも風遁!?」
「忍術ではないかなぁ」
「…………抜け忍!?」
「それも違う」
……まあ、何はともあれ。
この新しい『日常』と『非日常』は、もう暫く続きそうである。
読んでいただきありがとうございます。
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