第百六十七話 大江山の主
第百六十七話 大江山の主
偽りの月が照らす中、刃のぶつかる音が木々を揺らす。
『オオオオオッ!!』
雄叫びを上げて斬りかかってくる鬼武者。振り下ろされる大鉈の腹に斬撃をぶつけ横へ逸らし、相対速度を利用して相手の腹へと肩から体当たりをする。
胴丸が罅割れ、吹き飛んでいく鬼の巨体。直後、背後からの攻撃を予知し跳躍。
『グォオ!』
「しぃ……!」
上へ跳んだ状態から反転、Uターンする様に風で急降下。勢いそのまま、背後から斬りかかってきた個体の脳天へと刃を叩き込む。
頭蓋骨を割り首も裂いて、刀身が胴丸の淵に食い込んで止まる。間違いなく致命傷だが、鬼はうめき声と共に刀身とこちらの腕を掴んできた。
「この……っ!」
『ガアアアアッ!』
背後から、先ほど吹き飛ばした個体が走って来る気配を感知。
すぐさま右足を組み付いている個体の肩にかけ、フリューゲルを噴かせて縦に回転する。
鬼の体が浮き上がり、そのまま斬りかかってきた鬼武者の鉈にそいつの背中をぶつけた。
轟音と共に強い衝撃でバランスを崩しながら、どうにか着地する。刀身が僅かに歪んだが、気にしている暇はない。
『ゴオオオオッ!』
仲間の背中を叩き割った鬼武者が、憤怒の形相で大上段から鉈を振り下ろしてくる。
それを後ろに跳んで回避しながら、左手でナイフを抜き間髪入れず投擲。奴の左目を潰した。
苦悶の声こそあげるも、やはり鬼は止まらない。そのまま腰を捻り大袖を盾にしながら突っ込んでくる。
こちらもまた剣を腰だめに構え、突撃。相手の鉈が振りかぶられた直後、死角である左目側に跳びこむ。
鬼武者も自分が左側に回る事は予測しているはず。案の定横薙ぎに振るわれた大鉈が、減速せずに追いかけてきた。
ゆえに、更に回り込んで背後をとる。
軸足を地面にめり込ませながらの回転切りを、速度差で強引に置き去りに。
無防備な後頭部へと、斜め下から剣を突き上げた。
切っ先が脳を抉った感触。うめき声をあげながらなおも動こうとする鬼に、刃を伝って内側に風と炎を叩き込む。
頭部を爆散させたその個体から離れながら、視線を仲間達の方へ。
1体を『ブラン』が、もう1体を『右近と左近』が食い止めている。エリナさんがブランの援護に動くのを見て、自分は右近たちの方へ駆けた。
石と氷で出来たゴーレム達が、盾2枚がかりで大鉈の猛攻を防いでいる。弧を描いて放たれる氷の槍は大袖と籠手で受けるか打ち払われ、大地から突き出した槍は蹴り砕かれていた。
状況は拮抗し、鬼が焦れた様に大きく踏み込む。その無防備な背中へフリューゲルで飛翔し、首を刎ね飛ばした。
傷口を焼く斬撃に、鬼の体は数歩進んで鉈を振り上げるも、右近達の刺又で打ち据えられて倒れ伏す。
視線をブランとエリナさんの方へ向ければ、戦斧が鉈を上から押さえつけ、白銀の背を足場に金髪の少女が跳躍。忍者刀を鬼の喉へと突き込み、抉った。
『ギ、ァァ……!』
それでも止まらず左手で刀の刀身を握った鬼に、彼女は左手の鉤爪を突きつける。
魔力が走り神秘の風が爆ぜ、密着した状態から射出された爪が鬼の顔面を貫いた。
右近達に背中を預けながら首を巡らせ、周囲に立っている敵がいない事を確認。その後再びエリナさんに視線を向ければ、彼女は忍者刀を掲げている。
「敵将、討ち取ったりぃぃ!」
「いや将ではないでしょ」
思わずツッコミを入れながら、構えを解く。彼女がふざけだしたという事は、索敵範囲に他のモンスターはいないという事だ。
「京太君、ありがとうございました」
「いえ。お互い様です。こちらが助けられる事もあるので」
お礼を言ってくるミーアさんに、小さく首を横に振る。
「それより、大丈夫ですか?顔色が少し悪いですが……魔力切れですか?」
「その少し手前、といった感じですね」
「じゃあちょっと休憩にしよう先輩&京ちゃん!はい、お茶!」
ててて、と。こちらに駆け寄ってきたエリナさんがミーアさんに水筒を差し出す。
「ありがとうございます……右近、ドロップ品の回収を。左近は見張りをお願いします」
「エリナさん、悪いけどバッテリーの方も」
「ほい!」
「ありがとう」
歪んでしまった剣を部分解除し、鞘の中に再構築。ブランのマギバッテリーを手早く交換し、左近とは別の方向を見張る様に指示を出す。
彼女らと並んで、受け取った水筒からスポーツ飲料を1口飲んだ。戦闘で火照った体に、心地よい冷たさが染み渡る。
『お疲れ様、諸君。全員無事な様だね』
「はい。手強くはありますが、十分対処できる範囲です」
「アレだね!ゲームで言ったら、適正レベルって感じ!」
『そうか……その分安全マージンもないという事だから、本当に気を付けてくれよ』
「うっす」
「うん!」
念話越しに頷く自分達の横で、ミーアさんが後ろのポーチから取り出した小瓶の中身を一息に飲み干す。
その美貌を盛大に歪め、彼女は口直しという風に水筒のお茶をあおった。たしか、アレは教授特製の魔法薬。魔力の補給ができたはず。
「それ、やっぱりかなりまずいんですか?」
「……青汁を凄く酸っぱくして、苦さも3割増しにした感じ、でしょうか」
「うわぁ……何というか、ご愁傷様です」
「魔力切れで倒れるよりはマシですから……!」
「良薬は口に苦しってやつだね!」
そう言って自分の分の魔法薬を飲み干したエリナさんが、貼り付けた様な笑みで呪文の様に『これは飢渇丸、これは飢渇丸』とつぶやいていた。
たしか、飢渇丸は兵糧丸の一種だった気がする。兵糧丸、最近の説だと意外と美味しかったと聞くのだが……それと一緒にして良いのだろうか。
『はっはっは。楽しそうで何より。うむ、やはり紅茶とクッキーの組み合わせは最高だな』
「姉さん、後で青汁とお酢とその他諸々を混ぜた物をお持ちしますね」
「パイセン!ワンチーム!私達ワンチームっすよね!」
『嫌だが!?というかその他諸々ってなんだね!?』
「マムシの生き血とか蜂の子をすり潰した物とか」
『どうしてスッとそんな発想が!?』
巻き込まれないよう、そっぽを向く。
辛さには強い覚醒者だが、苦さとかには普通なのだ。お茶の渋みとかきちんと感じられるのは良いが、青汁は勘弁である。
最近はマイルドなやつも出ているだろうが、ミーアさんがそちらを買って帰る可能性は0に近い。だって目が笑ってねぇし。
食べ物の恨みは怖いものだ。いや、飲み物だけれども。
『おっほん!と、とにかくだね。君達も随分山を登った。そろそろ山頂……ボスモンスターの出現位置が近い。恐らくだが、空振りにはならないだろう。覚悟は良いかね?』
「はい。勿論です」
彼女の言葉に、思考を切り替える。
このまま鬼武者だけと戦って安定して経験値を重ねるのも有りだが、主との闘争は経験値とは別に良い経験となるはずだ。
あの白い竜を討つには、強敵との打ち合いが必須である。これがエリナさんみたいな天才なら別だろうが、自分の様にカタログスペック以外……『戦いの上手さ』が足りない者には経験が必要だ。
純粋な技量は訓練で身につくが、『読み』や『流れ』、そして『慣れ』は実戦でしか得られない。
『わかった。私はいつでもストアに救援要請を出せる様にスタンバイしておこう。絶対に、生きて帰ってきてくれよ』
「はい」
「はい、姉さん!」
「押忍!『インビジブルニンジャーズ』の実力、見せてやるっす!」
「いつか改名しましょうね」
「雫さん達も含めれば、多数決でいけますかね」
「『インビジブルニンジャーズ』!出陣!!」
露骨にテンションが下がる自分達を無視し、エリナさんが『えい、えい、おー!』と叫ぶ。
彼女に水筒を預け、深呼吸を1回。
休憩は終わりだ。ここの主の首を、取りに行こう。
「では、行きます」
『ああ。行ってこい』
イヤリング越しにそう告げ、探索を再開。
ここまで何十体と戦ってきた鬼武者達の襲撃がピタリと止み、あっさりと山頂に辿り着いた。
振り返っても、月と星の明かりだけでは景色など見られない。ただ不気味なほど静かになった森が、風で小さくざわざわと音をたてる。
まるでせせら笑う様なそれを背に、視線を前へ。
山頂には、巨大な洞窟の入り口があった。巨大な岩を強引にくり抜いた様な、ごつごつとした壁と天井。
彼女らに最終確認として視線を向ければ、力強い頷きが返ってくる。
それに頷いて返し、洞窟へと足を踏み入れた。
数十メートルほど、緩やかな下り坂が続く。大型トラックが2台は並んで通れる広さの道を進めば、更に広い空間に行きついた。
ドーム状に形成された場所の中央に、木造の綺麗な建物がある。
それは、前にテレビで見た能の舞台に似ていた。
4本の太い柱に支えられた屋根。奥には鮮やかな桜に似た植物が描かれ、横へと伸びる通路。更にその先には小屋の様な物があり、暖簾がかけられていた。
だが、前に見た物より明らかに大きい。観客席は1つもなく、岩が剥き出しの地面にぽつんと建っている姿は、どうにも奇妙に……そして神秘的に思えた。
その舞台に、1体の異形が片膝をたて座っている。楽立膝、という体勢だったか。リラックスした様子で、静かにこちらを見下ろしている。
ごわごわとした長い黒髪。額から伸びる、3本の角。上半身をはだけさせた着物姿で、筋骨隆々とした肉体は灰色に染まっていた。
体の各所に紺色の鱗を浮かび上がらせ、金色の瞳を細めている。笑みを形作る口元からは、鋭い犬歯が覗いていた。
一見して、知性を感じさせる。だが、会話の類は出来ないと自衛隊と事前に聞いていた。
何より、こうして対面する事で知識ではなく本能で理解する。
コレは、人の理など通じぬ怪物だ。魔力も、思考も。
その辺に置いてあった刀を手に、ゆらりと立ち上がった鬼。その身の丈は2メートル10センチ前後と、ここまでの鬼武者達より一回り小さい。
だが、感じ取れる覇気は何倍にも膨れ上がっている。
柄へと手をかけた鬼へ、開幕の挨拶とばかりに巨大な氷柱が飛んでいった。
音速1歩手前の速度で、破城槌もかくやという氷塊が灰色の鬼へと迫る。ライフル弾の様に回転し貫通力をもったそれは、しかし。
───ガシャァァアアアン……ッ!!
一撃でもって、粉々に粉砕。更には空中に舞ったそれらが燃え上がり、能の舞台へぶつかる前に水へと変わる。
鬼の手には、いつ抜いたのか太刀が握られていた。その峰で氷塊を打ち砕いたのだと、理解する。
『カカッ』
3本角の鬼は嗤い、鞘を壇上へと無造作に放り捨てた。
感じられる魔力が、大河の様に荒れ狂う。塔ほどもある大蛇を連想させるその気配に、自然と重心を落としていた。
この鬼は、ここまでの鬼とは格が違う。まさに鬼達の頭領と呼んでいい存在。
だからこそ、自衛隊も奴をこう呼んだ。
『酒吞童子』
日本3大妖怪の1角。中国からインド、そして日本へとやってきた妖狐玉藻の前。天候を操る神通力の使い手である鬼神、大獄丸。それらと並ぶ、大江山の支配者。
あくまで、眼前の怪物は大妖怪と同じ名をつけられたに過ぎない。されど、この圧力は決して名前負けなどしていない事を嫌でも理解させられる。
その妖が、口元を三日月の様につり上げながら重心を前に傾けた。
くる……!
踏み込みは、同時。舞台の一部を踏み砕きながら突っ込んできた酒吞童子と、フリューゲルを全開にして突撃した自分がぶつかり合う。
轟音が洞窟を揺らし、岩の大地が衝撃波で罅割れた。太刀と片手半剣が拮抗し、火花を散らす。
そう、両手で柄を握る自分と、『片手』で振るわれた刀が。
『カァ!』
「ぐ……!?」
繰り出された左フックに反応が間に合わず、脇腹を殴りつけられた。
胸甲が拳型にへこみ、木の葉の様に体が吹き飛ばされる。洞窟の壁に衝突寸前で、どうにか急停止。
再び斬りかかる自分に合わせてブランも戦斧を手に駆け出し、氷の槍が上から奴を狙った。
左右から同時に振るわれた刃に、剣は太刀が受け止め戦斧は柄の部分を掴まれる。
そして、頭上から迫る槍は奴から膨れ上がった鬼火でもって溶かされた。咄嗟に自分は後退するも、ブランが巻き込まれる。
白い鎧が焼け焦げ、動きが鈍った所を酒吞童子が強引に引き寄せた。
『カカカッ!』
笑い声と共に柄頭でブランの顔面が殴りつけられ、前蹴りが腹部に突き刺さる。
吹き飛ばされるブランと入れ替わりに斬りかかれば、瞬時に太刀で受けられた。
だが、今度は止まらない。刀身が噛みあった瞬間、ぐるりと回しバインドにて顎を狙う。
それを軽く上体を反らす事で避けた酒吞童子の胴へと剣を振るうが、今度は柄で止められた。
続いて左の拳がこちらの側頭部を狙うも、膝を曲げて回避。体を横回転させ、脇腹へと横薙ぎの斬撃を放つ。
飛び退いて避けた酒吞童子の足にワイヤーが絡みつき、宙に浮いた奴をぶん回した。
能の舞台へと投げられた鬼は体を反転させ、左手と両足を地面につけて減速する。
そこへブランが飛びかかり、大上段から戦斧を振り下ろした。
風の加速と重力が加わった刃が、岩の大地にクモの巣状の罅をいれる。半瞬遅れて爆撃でもあった様に土煙が舞うが、直後に酒吞童子の剣圧で吹き散らされた。ブランの刃が受けられ、そのまま振り払われたのだと状況から判断する。
既に走り出していた事もあって、ほぼ同時に酒吞童子の背後に。無防備な背中を狙うも、振り返りもせず背後へ掲げた太刀で受け止められた。
放たれた裏拳をこちらの左アッパーで腕を強引にかち上げ、剣を引き今度は首へと振るう。
だが、酒吞童子は体を前に傾けて避けると共に後ろ蹴りを放ってきた。咄嗟に跳んで衝撃を逃すも、胴鎧が大きく軋みをあげる。
「ぐぅ……!」
吹き飛ばされる自分へ、酒吞童子が追撃。太刀を両手で構え、笑みを浮かべながら突っ込んできた。
唐竹割り、袈裟懸け、逆袈裟、横薙ぎ。それらの斬撃を、吹き飛ばされたまま捌く。減速もできずに壁が迫り、咄嗟に風で姿勢を変え足裏から衝突。
全身に凄まじい激痛が襲うも、構ってはいられない。既に酒吞童子がそこまで来ている。
「おおおおおお!」
壁走りをしながら、奴の刀を受け流していく。岩の壁に足をめり込ませ、斬撃の衝撃も利用し体が落ちるのを避け、巻き起こす風は全て防御に回した。
100メートルを2秒弱で走りながらの、斬撃の応酬。壁に足跡を刻みながら受け続け、大振りの横薙ぎがくる瞬間に跳躍する。
自分が先ほどまでいた位置に、大きな切れ込みが入った。それを見下ろしながら、酒吞童子の頭へと斬撃を放つ。
それを角で弾いた酒吞童子が、オーバーヘッドシュートの様に蹴りを放ってきた。
回避が間に合わないと思った瞬間、ワイヤーで引っ張られ難を逃れる。同時に水の竜が飛来し、鬼を飲み込んだ。
だがそれも一瞬。鬼火によって竜は爆散し、雨の様に降る水の中を灰色の鬼は悠然と歩いていた。
『カカカ……!』
何が楽しいのか、笑う酒吞童子。いいや、そもそもそういう風に『作られた』だけか。
腰に巻き付いたワイヤーを解き、剣を構え直す。呼吸を整える間もなく、鬼が太刀を手に突っ込んできていた。
右手を引き絞り、左掌を刀身に沿わせた構え。突き?違う!
ぐるりと刃が向きを変え、巨体を沈み込ませた酒吞童子が下からこちらの顎めがけて刀を振り上げた。予知により後ろへ避けたが、間に合わず右頬を切り裂かれる。
「づぅ……!」
『カカカァ!』
そこから繰り出される猛攻をひたすら剣と籠手で受けていれば、ブランが横合いから突撃。戦斧を酒吞童子に振り上げる。
灰色の蹴りが機先を制する様に繰り出されるが、白銀の騎士は柄で受け止めてみせた。
長い柄を逆手と順手で握ったブランが、拳のラッシュを放つように穂先と石突を左右から小刻みに放つ。
それを左手で捌く酒吞童子に、自分も攻撃に回った。太刀で受け止められればバインドをし、受け流されて距離が縮まれば柄頭で殴りにいく。
立ち替わり入れ替わりに攻撃をしかけ、休む間は与えない。飲食も睡眠も不要な迷宮の怪物どもも、『疲労』はするのだ。
呼吸をする故に肺は酸素を欲し、迷宮から送られる魔力を消費が上回れば動きが鈍る。
何より、こちらは自分とブランだけではない。
「大地よ!」
押し込まれ始めた酒吞童子の背後に石の壁が現れ、後退を止めさせた。
直後、『精霊眼』で魔力を読みブランの脇腹を蹴り飛ばしながら横へ跳ぶ。刹那、轟音と共に蒼い炎が爆ぜた。
石壁が粉砕され、酒吞童子が背中側に『く』の字となって吹き飛んでいく。エリナさんが壁越しに『冥轟大筒』を発射したのだ。
間に障害物があったとは言え、直撃を受けた鬼。舞台へと頭から突っ込んだ怪物によって、威風堂々と建っていた柱はへし折れ屋根が崩れてくる。
一瞬で倒壊する舞台の下敷きとなった酒吞童子に、重心を落とし大きく剣を振りかぶった。
「おおっ……!」
刀身に魔力を集中。洞窟の中に嵐が巻き起こり、そこへ紅蓮の炎が加わる。
足元が溶け出す程の業火。それを斬撃として、崩れ去った舞台へと放った。
これであの怪物が死んでくれるわけがない。押し切る……!
必殺の気合を込めて放った一太刀が、舞台だった物へと直撃。空気が膨張し、爆発する。
仕留め───て、いない。
魔力の流れでそれを理解し、即座に気配のする方向へと構え直す。
舞台から数十メートル離れた位置に、音もなく灰色の鬼は降り立った。
左半身は黒く焼け焦げ、足元には赤い血だまりを作っている。
『カカ……カカカ……!』
三日月の様に口角をつり上げ、黄金の瞳を輝かせる酒吞童子。
奴は己が余裕を見せつける様に、背筋を伸ばし両手を左右へ広げた。それがただの強がりではないと、荒ぶる魔力で理解する。
瞬間、その魔力が奴の背中へと集中した。
傷の治療ではない。それどころか傷口から更に血が噴き出すと共に、4本の『なにか』が飛び出してくる。
それは、腕だった。
右手側に伸びる、青い肌の腕。白い肌の腕。
左手側に伸びる、薄橙の肌の腕。赤い肌の腕。
どれもが筋骨隆々とした逞しい腕で、長さはそれぞれ3メートルもある。指先には鋭い爪が生え、禍々しい魔力を宿していた。
大江山四天王……伝説で酒吞童子に付き従っていたという鬼達を連想させる、4本の腕。
茨木童子がいない事が、せめてもの救いか。などと、己を慰める。
酒吞童子の気配は、未だ健在。無造作に太刀を構えた鬼は、真っ直ぐにこちらを見据えている。
まるで、酔いが醒めるどころか酒がようやく回り切ったかの様に。
妖怪は、楽しそうに笑っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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