第百六十六話 化生の武者
第百六十六話 化生の武者
放課後、自衛隊の車に揺られ、駅からダンジョンへと向かう。
立ち入り禁止のフェンスを越え、ストアの中に。いつも通りに準備を終え、受け付けを通りゲート室に。
『魔装』を展開し、『ブラン』達の武器や鎧も装着させる。
『諸君。今回は学校が終わってからの探索だ。普段よりコンディションが良いとは言えないだろうが、それでもダンジョン内でくれぐれも気を抜かない様に』
「はい」
「おっす!」
「勿論です」
『よろしい。では無事の帰還を祈るよ』
「ありがとうございます。では、ダンジョンへ入ります」
深呼吸を1回。仲間達の手が肩にのっているのを確認し、迷宮へと足を踏み出す。
一瞬だけ足場が消えた様な感覚を味わった後、すぐに硬いざらりとした感触がブーツ越しに伝わってきた。
踏み固められた土の道に、左右を覆う鬱蒼とした木々。頭上には偽りの星々が煌めき、血の様に紅い満月がこちらを見下ろしている。
ひやり、と。冷たい風が肌を撫でた。ざわざわと枝葉が擦れる音が、まるで誰かが自分を見ている様な錯覚を抱かせる。
「ダンジョンに入りました。マギバッテリー装着後、探索を開始します」
『うむ』
エリナさんにマギバッテリーを出してもらい、ブランの背中に装着。
きちんと魔力が循環しているのを確認し、小さく頷く。
『では、道なりに『山』を登っていってくれ。頂上につくまで、森の方に入ってしまわぬ限り迷う事はない』
「了解」
月と星の明かりだけでは心もとない道を、ランタンとゴーレムにつけたライトを頼りに進む。
曲がりくねった道は徐々に上へと向かっており、アイラさんの言う通り分かれ道などは見受けられない。
ふと、視界の端に木々の間に張られた布を捉える。そこには黄色のペイントで、アルファベットと数字が書かれていた。
「アイラさん、現在『K-12』です」
『運が良い。出口はもう少し進んだ所にある。そこでマーキングを済ませてから、頂上を目指しなさい』
「はい」
短くそう答え、更に山を登っていく。
木々のざわめきを聞きながら、冷たい風を浴びて進む事5分ほど。
遂に、エリナさんが警告を発する。
「10時の方向、こっちに近づいてくる足音が2つ。……それに続く形で1つ。たぶん、合流する少し前に手前の2体がこっちと接敵すると思う」
「了解」
剣を構え彼女が示した方向を向く。そしてすぐに、自分にも何かの足音が聞こえ始めた。
ドスドスという、乱暴だが子気味良く力強い地面を踏みつける音。太く立派に育った木々を邪魔だと、ぶつかって砕くのも厭わぬ重戦車のごとき疾走を感じる。
接敵は、ほんの数秒後だった。
『オオオオオオオオ───ッ!』
偽りの夜に、雄叫びが木霊する。
爆発でもあったかの様に地面が爆ぜ、それを成した巨体が自分達めがけて跳躍していた。
背は2メートル20から30センチ。平安時代の下級武士のような装いで、胴丸と大袖、籠手や脛当て等を身に着けている。
手には刃渡り1メートルを優に超える大鉈。枝どころか木の幹すら一刀両断できる程に、長く、分厚い。
だが、最も目を引くのは着用者自身。
朱色に染まった全身の皮膚は、血のめぐりどうこうの話ではない。深紅と言って良い体表に、黄色く光る両の瞳。口元からは、肉食獣の様な牙が覗く。
そして額。頭髪のない頭部には、1対の角が上に向かって生えていた。
鬼。日本人なら誰もが知る怪物なれど、この化生は通常のそれらとは一線を画す。
『鬼武者』
益荒男のごとき武者を指すものではなく、シンプルにこの怪物を評した名であった。
2体の鬼武者は跳躍の勢いをのせた鉈を両手で握り、自分とブランに斬りかかってくる。
「くっ……!」
轟音が2つ。1つは目の前で発生し、火花と共に押さえ込む。足首まで地面に埋め、風を放出して受け止めた。
もう1つは、ブランと共に遠ざかっていく。高速で突っ込んできた質量に押され、引き離された。
「2人はブランの方に!」
「OK!」
仲間達に告げ、一騎討の状態に。
ウェイト差は歴然。鉈と剣がギチギチと金属の擦れる音をたて、お互いに相手を押しのけようと鎬を削る。
だが。
「おおっ!」
『ガァ!?』
フリューゲルによる後押しで強引に相手の剣を押し込み、そのまま捻る様にかち上げた。
バランスを崩した鬼武者へと、袈裟懸けの斬撃を放つ。
だが、鬼は不安定な姿勢のまま肩をこちらに向け大袖を盾にした。互いの足元が陥没し、奴より後ろの地面が衝撃波で扇状にめくれ上がる。
木々が傾く中、しかし鬼武者は両の足でしっかりと大地を踏みつけていた。
また硬い敵か……!
大袖は小札を割りながらも、刀身を食い止めている。その状態で、鬼武者は右手1本で握る大鉈を逆袈裟に振るってきた。
風切り音と共に迫るそれを左の籠手で受け止め、剣を引き即座に柄頭で相手の胸を殴りつける。
鎧に阻まれるが、衝撃は伝わった。僅かによろめいた所へ間髪入れずに左の鉄拳をアッパーの要領で叩き込み、続いて仰け反った太い首へと刺突を放つ。
『ギィ……!?』
骨を断ち、切っ先が後ろへ抜ける。その状態でも鉈を振り上げる鬼武者だが、風と炎で刃を横へと振り抜けば流石に膝をついた。
返す刀で完全に首を断ち切った直後、『精霊眼』が予知を発する。
「次から次へと!」
『ガアアア!』
木々を掻き分け突撃してきた後続の1体。両手で振りかぶった大鉈に、こちらから先に刃をぶつける。
甲高くも腹に響く音が山に響いた。大鉈が中ほどでへし折れ、先端が飛んでいく。
『オオッ!』
それでも怯まず右手の爪を振るってきた鬼武者を、足捌きで回避。そのまま背後に回り込み、剣を振りかぶる。
背中を切り裂こうとした刃は、しかし再び大袖に阻まれた。腰を落としてどっしりとこちらの斬撃を受け止めた鬼武者が、そのまま押し込もうと重心をこちらに傾ける。
その瞬間、こちらの左足が奴の足首を刈り取った。太い骨をへし折る感触と共に、鬼武者の巨体が尻もちをつく。
立ち上がる暇は与えない。右手のみで剣を振るい、首に直撃させた。
肉を裂き頸動脈さえ切断し、骨の半ばまで刀身が食い込む。人間であれば十分に致命傷。
されど、化生の類なれば。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!』
首に血の泡を浮かべながら、咆哮と共に鬼が刀身とこちらの手首を両手で握りしめる。
更には巨体に見合わぬ俊敏さで腰を浮かせ、こちらの首に両足を蛇の様に回してきた。柔道の三角固に似た技。首に剣が更にめり込むのも厭わず、その巨体に見合ったリーチを使ってくる。
咄嗟に首と相手の足の間に左手を差し込むが、鬼武者は構わず力を入れ続けた。
こいつ、体術まで……!
「く、ぅぅ……!」
『ギィィ……!』
ミシリという異音が、双方の体から響く。
振りほどけなくはないが、『返し』が予想できない。ならば……!
足でしっかりと地面を踏みしめ、上体を逸らす。覚醒者と人型モンスター共通の強みにして欠点。それは、出力に対して体重が軽い事。
ぶつかり合いならともかく、組み技ではせいぜい200キロ程度の重さ、どうという事はない。
『グゥゥ……!』
三角固に似たものを受けたまま、鬼武者の巨体を上半身の力だけで持ち上げた。
ずるり、と刀身が更に奴の首へと食い込む。それでも拘束は解けないが、関係ない。ようは、相手を逃がさなければ良いのだから。
「弾け、ろぉおお!」
刀身に風と炎を流し込み、解放。傷口が押し広げられ、内側から焼きつくす。
飛び散った血肉を風で吹き飛ばし、死してなお組み付いたままの足を強引に払いのけた。
視線をすぐさま味方の方に向ければ、あちらも決着がつく瞬間らしい。
ブランが戦斧の長い柄を右手は逆手、左手は順手で握っている。その状態で石突の打撃で相手に大袖を構えさせると、続いて斧の振り下ろしを大袖の端に引っ掛けて強引にガードを落とさせた。
そこへ氷の槍が弧を描いて迫り、背中に着弾。背骨を凍らされた鬼の顎を、石突が下から殴り飛ばす。
バキリ、という音を背中から響かせて仰け反った鬼武者にエリナさんが飛びかかり、肩に足をかけ角を左手で握って固定。間髪入れずに忍者刀を眼球に突き入れた。
そのまま脳を穿ち、新体操の様にくるりと体ごと刃を回して内部を破壊する。刀を抜きながら、軽やかに降り立った。
倒れ伏す3体の鬼武者。その全てが塩に変わり始め、エリナさんが忍者刀を掲げる。
「おっしゃあ!武士がなんぼのもんじゃぁ!忍者の方が!強い!!」
「あ、敵はもういないそうです」
「そう、まさに!敵なし!!」
「索敵範囲に異常はないそうです」
「うっす」
ミーアさんの翻訳に頷き、構えを解く。まあ、エリナさんがふざけだした辺りで警戒はだいぶ緩めていたが。
小さく息を吐き、首を撫でる。チョーカー型の首鎧があるが、防刃目的であって締め技には対応していない。
三角固は肘の破壊と頸動脈の圧迫をする技らしいが、あの鬼。腕もろとも首もへし折りにきたぞ。
「2人とも、気を付けて。こいつら、柔道みたいなのを使う」
「組討ちだね!相手にとって不足なし!」
「……なんか、今日エリナさんいつも以上に騒がしくないですか?」
「忍者対武士に、何やら憧れていたそうでして……」
「ああ……」
元々騒がしい人だったが、ダンジョン内ではもう少しわきまえるタイプのはず。それがこうも壊れているのは、そういう事か。
『エリナ君。楽しむ事は悪い事じゃないが、真剣にね。命懸けである事を忘れない様に』
「おっす!真剣勝負っすね!」
『君だけの命ではなく、他2人の命も君の索敵にかかっているんだ。それを忘れてはいけないよ?』
「勿論っす、パイセン!」
大きく頷くエリナさんをよそに、動揺で目を見開く。
何かの間違いかとミーアさんに顔を向ければ、彼女も驚いた様子でこっちを見ていた。
「アイラさんが……!」
「凄くまともです……!」
『待てや』
至極まっとうに『大人』をやっている残念女子大生に、驚きを隠せない。
『なんだね。私は普段からクールビューティーの中のクールビューティー。天から二物も三物も与えられた才女。スーパーアイラちゃんだぞ。その普段はちゃらんぽらんみたいな扱いは不服だね!』
「あ、良かった本物だ」
「偽物ではなさそうです……!」
『そこまで?』
ほっと胸をなでおろしていると、エリナさんがこちらの肩を叩く。
「もう、京ちゃん。先輩も。ダンジョンの中なんだから真面目にね?まったくー」
『そうだぞー。もっと真剣に挑みたまえよー。ちょっと男子ぃ。遊ばないでよねー』
「その通りなんだけどめっちゃ腹立つ」
「誰が男子ですか。姉さんより私の方が女らしいですよ」
『なんだとぅ!私より家事が上手でオッパイが大きくてファッションにも気を遣っているからって、その判断は早計過ぎる!』
「妥当だよ」
「そうだね、くノ一だね!」
「お前はアホウ」
「!?」
弛緩した空気に若干頭痛を覚えるも、エリナさんの視線は油断なく周囲を見回している様なので何も言う事はない。
この人、ふざけながら真面目に索敵もしているからな……。
そんな事を話している間に、『右近』がドロップ品を回収して持ってきてくれる。
真っ白な、骨の様な『角』。2本生えていたうちの片方、というわけではないが。確かに角である。
有栖川教授が、魔法薬に使うらしい。詳しい事はわからないが、あの人なら変な事には使わないだろう。報酬も結構貰えるし。
何より、ここの経験値でのレベルアップも狙える。白い竜への備えの一環として、申し分ない。
「では、探索を再開します」
『ああ。くれぐれも気を付けてな』
「了解」
「はい」
「おっす!天下を取りにいこう!」
刀身の腹を肩に乗せ、再び山を登っていく。
不気味なほど紅い月が見下ろす中、頂上を目指した。
読んでいただきありがとうございます。
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