第百六十五話 インビジブルニンジャーズ2番隊
第百六十五話 インビジブルニンジャーズ2番隊
放課後、自分達は雫さんの工房にやってきていた。
今日も機械の音が響く中、もはや工場の4分の1を占領している彼女の作業スペース。
前までは分厚いカーテンで仕切りを作るだけだったのが、今は簡易的だがきちんと壁と呼べる物まで出来ていた。
……これ、そのうち工場自体彼女の工房になる気がする。
まあ、工場自体が残るのなら雫さん的には良い……のかな?作る物が変わっても、工員さん達が変わらないのなら同じ工場だろう。
「で、どうしたよ突然。何か注文でもあるのか?」
「うん!まずはシーちゃんにこれを見て欲しいんだよね!」
そう言って、エリナさんがアイテムボックスから大砲を取り出した。
黒と蒼で彩られた、砲身を3つ束ねた回転式大筒。ケルベロスのドロップ品である。
金属製の作業台にずしりと乗せられたそれを見て、愛花さんが目を見開き雫さんが顎に手をやった。
「『冥轟大筒』!私の新しい忍具だよ!」
エリナさんが『ばんばばーん!』と言いながら、両手を大筒に向けて強調する。
「まあ、アタシは1回見たが。これが手に入ってすぐに」
「私は初めてですね。凄い魔力を感じます。……ただ、中に溜まっている魔力は京太君のものでは?」
「はい。これは火薬の代わりに、魔力を使いますので」
愛花さんの言葉に、頷きながら答える。
「ついでに砲弾も『魔装』と同じ感覚で作り、装填してあります」
「なるほど……。しかしこれ、京太君でもないと装填するだけで何日もかかりそうですね」
「うん!たぶん私が装填しようと思ったら、砲身1つでダウンすると思うな!」
「愛花、間違っても魔力を籠めようとするなよ。この魔道具1回装填を始めたら止まらない。本人の意思では、な。満タンまで注ぐか、砲身に触れている腕を切り離すぐらいしないと魔力を吸い尽くされて死ぬ。任意で複数回に分けて注ぐとかできねぇ」
「呪いの武器では?」
「忍者は……非情な世界だからね……!」
真顔になる愛花さんに、曖昧な笑みを浮かべておく。隣の自称忍者はスルーした。
実際、自分みたいに魔力がやたら多い人ではないとかなり危険な代物である。あの番犬、自分の力を使うのなら命を差し出せとでも言いたいのか。
「で、まさかとは思うが」
「シーちゃん!いい感じに改造して!」
「無理に決まってんだろボケ」
「辛辣!?」
口を『へ』の字にした雫さんに、エリナさんが涙目になる。
「あの、弾頭の形状を変えるのとライフリングだけでもお願いできませんか?」
「だから、無理だっての。完成した魔道具に手を加えるのは難しいって、お前も知ってんだろ。こいつが弾頭を別に用意するタイプならダーツ型の砲弾を用意したが、装填手段がない。下手すると戦闘中に砲身が壊れる」
「でも指輪はいけましたし……雫さんならワンチャンあるかなーっと」
「アレとコレを一緒にすんじゃねぇ……!」
大きなため息と共に、雫さんが頭痛を堪える様に眉間を押さえた。
「『炎馬の腕輪』に関しては、市販のパソコンの処理速度を無理矢理上げる改造をして、ついでにタッチパネルをつけた様なもんだとして。その『冥轟大筒』とやらを弄るのは、スパコンを素人がフルメンテナンスするぐらい無茶だ」
「そこまでですか……」
「その魔道具、かなり精密だからな。『格』が違う。アタシの手にはおえん。『錬金同好会』ですら厳しいだろうよ。まったく、つくづくアトランティスってやつは……」
雫さんが憎々し気に『冥轟大筒』を睨みつける。
彼女がここまで言うのなら、諦めるしかないか。それに、こちらは『出来たら』という方。本命は別にある。
「では、ゴーレムが使える様にする事は?」
「難易度むしろ上がってんじゃねぇか。無理だ無理。……ま、ゴーレムには無理だろうが」
ちらり、と。雫さんが別の机の上に視線を向ける。
そこに広げられた図面を一瞥した後、不敵な笑みを浮かべた。
「例のブツでも使えるよう、持ち手を弄るぐらいはしてやるよ」
「さっすがシーちゃん!愛してるー!」
「うるせぇ。暑苦しいから離れろ……!」
エリナさんが満面の笑みで雫さんに抱き着き、頬ずりをする。
押し付けられた巨乳が形をむにむにと変える光景から、そっと目を逸らした。もってくれ、僕のオリハルコンの理性……!
「でね。もう1つお願いというか、見てもらいたい物があるんだけど」
「なんだよ。言っておくが、これ以上の仕事はアタシのキャパ超えてるからな」
「ううん。これはどっちかというと、アーちゃんの方」
「私ですか?」
長い黒髪を揺らして首を傾げる愛花さんに、エリナさんが頷く。
そして雫さんから数歩離れ、アイテムボックスから金属製の箱を取り出した。
大きさは人の胴体が入ってしまいそうなほどで、厳重に鍵がかけられている。更には表面に幾つもの警告文が書いてあった。
「おい。なんだその見るからに危険物は」
「実際危険物だからね!うっかりすると覚醒者でもお陀仏だよ!」
「マジかよ」
「マジです。それ、この前戦った『Aランクボスモンスター』のドロップ品ですので」
「……つまり、そっちの大砲と同じぐらいの物で、なおかつ」
「毒と呪いに関するもの、ですか。私にという事ですし」
雫さんが思いっきり顔を歪め、愛花さんの頬を汗が伝う。
「そんなもんをうちに持ってくんな……と、言いたいが。流石に気化はしないんだな?」
「はい。刃に触れさえしなければ、問題ありません。そうでなければ、流石に自衛隊の人達に没収されているので」
「今開けるから、ちょっと待ってね!」
大筒をしまい、エリナさんが作業台の上に箱を置く。
そして2つある鍵をどちらも外し、蓋をゆっくりと開けた。
「うっ……」
放たれた禍々しい魔力に、エリナさん以外の面々が小さくうめく。何度見ても、おぞましい。
そこにあったのは、蛇行する様な刀身をもつ短剣であった。
ケースに比べて小さいが、その存在感は作業スペースを飲み込んであまりある。濃緑の刃が、工場の明かりでギラリと輝いた。
「バシュムってモンスターからのドロップ品。本当は一般人が持っちゃ駄目なんだけど、特別に許可が下りたんだ!」
「まあ、それを言ったら大筒の方もですけどね」
『Aランク』に上がる際、赤坂部長から『ある程度の事は全力で見なかった事にする』と言われているが、これらもその範囲というわけだ。
たぶん白い竜を討伐するまでの事だろうが、こちらとしても奴を倒した後ならば特に惜しくはない。
大筒もこの短剣も使い潰すつもりで、あのトカゲにぶつけてやる。
「凄い、というより恐ろしいですね……何を思ったら、こんなにも毒と呪いを混ぜようと思うのでしょうか。しかもお互いに弱めてしまわないよう、計算されつくされた配合を……」
今にも吐き出しそうな顔で、愛花さんが短剣を見つめている。
アトランティス帝国も、初めからこれ程の物が作れたとは思えない。作れるのなら、もっと低ランクのダンジョンでもモンスターが装備している。
恐らく、帝国が滅亡する少し前か、少し後。様々な、想像するだけで吐き気をもよおす『試行錯誤』が行われたのだろう。
一般人もいただろうから、不謹慎だと自覚するが……帝国が滅んでくれて、本当に良かった。
「これは、覚醒者どうこう以前に人が触れて良いものではありません。生きとし生けるもの全てを蝕み、苦しみの果てに殺す。そういうものです……!」
「ちなみに、これと同じぐらいのブレスを京ちゃんはもろに浴びていたよ」
「そこは京太君なので」
「いやその納得の仕方はいったい?」
思わずツッコミを入れるが、スルーされた。貴女の中で僕はどういう存在なんですか……。
「『Aランクボス』を続けざまに2体も、ねぇ。1体目と比べて、どうだったんだ?」
「強かったですが、相性のおかげで戦闘時間は短く済みましたね」
「それでも、余裕はなかったけどねー」
エリナさんと顔を見合わせ、思わず遠い目をする。
結果だけ見れば、こちらは無傷で相手を一方的に封殺できた。しかし、『バシュムがしたい事を1つでもさせたら、ひっくり返される可能性があった』のである。
自分達に奴の巨体を殺しきれるほどの火力があり、なおかつ自分とミーアさんというガンメタな人員がいた。そうでなければ、ムシュフシュのお守りでも防ぎきれない毒のブレスや、大量の眷属召喚で飲み込まれていたかもしれない。
本当に、相性が良かったとしか言えない相手である。
「それで、私にいったい何をさせたいので……?」
「これを納める鞘が欲しいなーって」
「ずっとケースに入れておくと、使いたい時にすぐ出せないので」
「……なるほど。確かに、普通の鞘では内側から毒がしみ込んでしまいますね」
この金属ケース、内側には幾つもの魔法陣が刻んである。自衛隊が危険な魔道具を運ぶ際に使う物を、現在は借りているのだ。
この短剣は刃にさえ触れなければ何も起きないが、逆に言えば刀身に触れたら何であれ呪いと毒が襲い掛かる。
よく見れば魔法陣により短刀は常に浮遊した状態であり、ケースに敷き詰められた綿にも触れない様になっていた。
ちなみに、あの綿の方は魔法薬をたっぷり染み込ませてある。流石に中和は無理だが、多少の時間稼ぎになるはずだ。
「わかりました。どうにか作ってみます」
「おねがーい。報酬はちゃんと払うからねー」
「いえ。色々お世話になっているので……あっ」
彼女が、手をぽんと叩いて自分と雫さんを見比べる。
そして、ニッコリと笑みを浮かべた。
「では、『ツケ』という事にいたします。絶対に返してくださいね?エリナさん。京太君」
「パクリだ!パクリだよ京ちゃん!」
「リスペクトと言ってください」
「は?アタシは別にこんな媚び媚びに言ってないが?ただのツケだが?」
今日も姦しい3人に、苦笑を浮かべる。依頼内容は、十分物騒な事なのだが。
それはそれとして。
「愛花さん、鞘の作成にあたっては、これを」
「これは……?」
差し出した小瓶に、彼女が首を傾げる。
「解毒薬です。有栖川教授に頼み、僕の一部を素材にして作ってもらいました。万が一作成中に事故があったら、これを使ってください。毒の特性状、即死はしないはずですので」
「待て、京太。おい」
友人に危険な仕事を依頼したからか、雫さんがその三白眼を限界までつり上げてこちらを睨みつけてくる。
「お前、アタシには使わせなかったのに……エリナの婆さんには精液を渡したってのか……!?」
「血液だよセクハラドワーフ」
全然違ったわ。
「だとしても……!お前、お前の血をアタシが使える様になるまでどれだけの……!」
「いや、そこは単に秘密の共有というか。別に雫さんと教授で扱いに差はないんですけど」
「っ……!この浮気者!」
「人聞きが悪い」
なんか、遠くで大きな金属が落ちた音がしたのだが。大丈夫だろうか。
妙に殺気を感じる。はて、なにか嫌な予感が……。
「まあ、とにかく。かなり危険な事をお願いするので、心苦しいのですが……」
「いいえ。私は同じ戦場に立つ事はできませんが、それでも貴方達の仲間であると自負しています」
小瓶を、僕の手ごと包み込む様に愛花さんが受け取る。
彼女の冷たくも柔らかい手に、少しだけ心臓がドキリと跳ねた。
「だから、頼ってくれてとても嬉しいのです。任せてください。きっちり、仕上げてみせます」
「お、お願いします」
「見ろ、エリナ。愛花の色仕掛けだ」
「いやしか女ばい!!」
「い、色仕掛けじゃありません!あと、エリナさんはどこでそんな言葉を覚えたんですか!」
「パイセンから借りた漫画!」
「……アイラさんには、後で僕から言っておくので」
「お願いします……!」
耳まで真っ赤になった愛花さんが、小瓶を大事そうに胸の前で抱える。
「確かにお預かりしました。雫さんにも手伝ってもらうので、安心してください」
「えっ。アタシ他の仕事で忙しい……」
「手伝ってもらうので、安心してください」
「……おう」
雫さんが、まるで尻に敷かれた旦那さんみたいになっている。仲良いな、この凸凹コンビ。
まあ、普段は勉強やら何やら愛花さんに手伝ってもらっているそうなので、頭が上がらないのかもしれない。
「じゃ、2人とも頼んだよ!『インビジブルニンジャーズ』の技術力は世界1ってところを見せてやろう!」
「あ、仲間ではあっても『インビジブルニンジャーズ』ではないので」
「同じく」
「なんでぇ!?」
「ネーミングでしょ」
そんなアホな会話をしながら、家路につく。
……この備えが、無駄に終わってくれるのが1番ではあるのだが。
今後も、準備を進めよう。あのクソトカゲを殺す、用意を。
拳を固く握りしめ、バス停へと向かった。
なお、工場を出る際スパナを持った三白眼の中年男性が他の工員さん達に取り押さえられ、大山さんのお母さんに怒られていたのだが……あの人物が誰で、どういう誤解をしているかについて。今は考えない事にした。
なんか、雫さんが上手い事誤解を解いてくれる事を祈ろう!
読んでいただきありがとうございます。
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Q.あの、取り押さえられていた人って……。
A.ヒント。雫さんの目元は父親似。