閑話 それぞれの
閑話 それぞれの
サイド なし
「生きているって、素晴らしい……!」
「だな……!」
日本、神奈川県。
『ウォーカーズ』本部ロビーにて、山下博と川島省吾が目に涙を浮かべていた。
ボスと幹部が2人して異常なテンションであるが、本部勤務の者達は一切気にしていない。普通に『あ、お疲れ様でーす』と挨拶して去っていく。
幹部達、特に山下がこうなる事は珍しくない。どうせ『錬金同好会』の変態達に絡まれていたのだろうと、職員達は飛び火を恐れて距離をとっていた。
山下博。彼は自分で思っている以上に人望のある男だが、それ以上に『変態ほいほい』として認識されていた。
「まさか、帰国するまでに飛行機がセスナ含めて3回も緊急着陸……船が2回も爆発炎上、車やバスの移動でも5回死にかけるなんて……」
「俺、もう絶対海外には行かねぇ……!」
顔を手で覆いしくしくと泣く山下と、その隣で男泣きする省吾。
そんな彼らに、足早で近づく女性が2人。
「お帰り、兄さん!省吾さん!無事!?」
「明美……」
猫耳兄妹の妹の方こと、山下明美。そしてその友人である喜利子である。
山下が顔をあげ、鼻をすすった。
「うぐ……そんなに心配してくれていたんだな……!お兄ちゃん嬉しい……!」
「え、キモ。死ね」
「ごめん。今のは自分でもちょっとアレだった」
本気でドン引きした妹に、山下がハンカチで自分の涙を拭う。
「まあ、うん。悪いな。帰るのが遅くなって」
「いや、いいよ。かなりヤバい事があったんでしょ?」
「やっぱり、わかるか……」
「同好会の副会長が、わざわざ警告しに来たぐらいだからね」
「は?」
山下が真顔になり、『魔装』を部分展開。
手に鉄槌を持って出入口へと回れ右するのを、省吾が組み付いて止める。
「やめろ博ぃ!お前ぜったい同好会に殴り込みしかける気だろ!?」
「うるせぇ!妹に変態が近づいたらこうもなるわ!今度こそあのアホどもを根絶やしにしてくれるぅ!」
「キャラ変わってんぞ!?」
「兄さん。そういうの良いから、真面目に聞いて」
「あ、はい」
真顔の妹に、山下が鉄槌を消す。省吾がほっと息を吐いた。
ちなみにこの間、密着する野郎2人に喜利子が息を荒げていたが、明美が全力で無視した。
「なぁんか、最近マジで色々きな臭いそうだよ。詳しい話は、アタシの部屋で話すから」
「わかった。……本当に、変な事されていないよな?」
「されているわけないでしょ。もしされてたら、とっくにあの変態の葬式が開かれているっての」
「お、おう」
「はっはっは!いやぁ、明美ちゃんは相変わらず逞しいな!ま、兄妹水入らずってやつだ。俺は家に帰って」
「あ、省吾さんはこっち。たまっている書類がある」
「えっ」
笑いながら立ち去ろうとした省吾の二の腕を、喜利子が両手でガッチリと掴む。
「いや、俺マジで疲れて」
「『簡易魔道具』の生産体制の話し合い、『トゥロホース』被害者の会との会合、例の計画に必要なドロップ品の回収。その他諸々。仕事はたくさんあるから」
「……もしかして、喜利子ちゃん達もかなりお疲れ?」
「うん。具体的に言うと今2徹目」
「……俺も頑張るよ」
「そうして」
ドナドナされていく幼馴染に、山下が敬礼する。
「さらば友よ……俺は話し合いの後に休む」
「何言ってんの兄さん。兄さんもかなり仕事たまっているからね」
「そんな気はしていた」
山下の尻尾がしなしなと垂れる。
「ま、流石に今日の夜ぐらいはゆっくり出来るだろうから、それまで頑張って」
「おう……」
こちらもドナドナされていく『ウォーカーズ』代表。
エレベーターに乗った所で、明美が思い出したとばかりに兄へと問いかける。
「そう言えば、かなり大変な道のりだったぽいけど。やっぱり映画みたいに暗殺者とかと戦ったの?こう、列車の屋根の上で殴り合ったり。船の上で銃撃戦したり」
「まさか」
妹の言葉に、山下は小さく肩をすくめる。
「そもそも、1度もそういう相手とは会わなかったよ。……『幸運のリス』のおかげでな」
「幸運の……リス?」
「今度、赤坂部長にお礼を言いに行くよ。たぶん、あの人の子飼いだろうし。頼めば伝えてくれるだろう」
お土産はどうするかと、山下が少し遠い目をする。
この後彼とその仲間達が自宅へと帰れたのは、時計の針が一周する寸前であった。
* * *
「日本よ、私は帰ってきた……!」
「あ、お帰りー委員長。なんか画風かわった?」
「お帰りなさい勇音さん。身長伸びました?」
「お帰り。あんたその体……まさかジョ●サンのボディを奪って……!」
「ごめん。ちょっと待ってて」
千葉県北部のとあるファミレスに集まった、3人娘と赤坂勇音。
化粧室からバキボキという音を店内に響かせた後、勇音が戻ってくる。
「お待たせ。ちょっと自分を見失っていたわ」
「青春だね」
「いや、この人の場合違う気が」
「日光を浴びても平気そうね。……吸血鬼になったわけではないか」
4人で机を囲い、適当に注文した料理を待ちながら彼女らは会話を続ける。
普通の女子高生達の様に。
「それで、どうしたの委員長。急に『バイト』って言って1週間も音信不通だったけど」
「どうせ察しているんでしょ?これ見よがしに山下代表の記事を開いているんだし」
エルフ耳の少女が持つ雑誌に視線をやる赤坂勇音。開かれたページには、数日前山下代表が乗る飛行機にトラブルがあった旨が書かれていた。
「全員無事。死者ゼロ。それ以上、語る事なんてないでしょ?」
「ん~。まあ、実際私達には関係ないんだけどさ。それでも一応聞きたい事が2つあるんだよね」
「なによ。言っておくけど、答えられる事なんてほとんどないわよ」
「委員長さ」
長い髪をツーサイドアップにした少女が、己の両腕を枕にしながら勇音を見上げる。
無害そうな、可憐な笑顔を浮かべて。
「誰か、やっちゃった?」
勇音の背に、するりと。冷たい汗が伝う。
彼女らのいる場所だけ、気温が数度下がった様だった。エルフ耳の少女はニコニコと聖女の様に笑い、灰色髪の少女は興味なさそうな顔で視線だけは勇音に向けている。
何とも言えない圧を感じながら、しかし彼女はツーサイドアップの少女を睨む様に見返した。
「いいえ。死者ゼロ。さっき、そう言ったでしょう」
赤坂勇音は、誰1人として殺していない。
流石に戦った相手がその後別の誰かに狙われでもした場合は知らないが、彼女の手は未だ綺麗なままである。
その事を察して、ツーサイドアップの少女は。
「そっかー。よかったー」
心底安心した顔で、机に突っ伏す様な姿勢から両手で頬杖をついた状態に移行した。
彼女らの席に漂っていたプレッシャーが、消える。
「よーし!じゃあ今日は委員長の帰還祝いだ!私達で奢るから、なんでも頼んでね!」
「あ、そう?じゃあこのページのパフェ全部ね」
「切り替えはや」
灰色髪の少女が、呆れたように勇音を見る。
「うっさいわ3バカ。こっちは日本のスイーツに飢えているのよ……!華の女子高生にレーションとサプリだけの食生活とか、耐えられるか……!」
「勇音さん。学校では絶対にそれを言わないでくださいね。何人か泣き崩れるので」
「ダイエットって、大変らしいねー」
「いや。流石にダイエットでレーション食っている奴はいないでしょ」
瞳孔ガン開きで机に備え付けてあったメニューを眺める勇音に、ツーサイドアップの少女が苦笑する。
「でも良かったよ。委員長が相変わらずで」
「あ?なによ。普段はここまで食い意地はってないわ」
「そうじゃなくって……いや。いいや」
「……パ、お父さんからの命令?」
「ううん。赤坂さんは『信じてる』って言っていたよ。これは私達の独断」
「しっ!流石パパ!私、やったよ!」
「ヤってはないでしょ」
「そういう意味じゃありませんから」
ガッツポーズを決める勇音に、真顔でとんちんかんな事を言う灰色髪の少女。
それに、ツーサイドアップの少女がケラケラと笑う。
「本当に良かったよ。私達の『はじめて』、委員長にあげなきゃかもって思っていたから」
「ふん。不要な心配ね。パ、お父さんの娘である私が、あの程度の相手に手加減を忘れるわけないでしょう?」
「いい加減もうパパって呼んだら?」
「何の事だかわからないわね……!」
「この人、こういう所は絶望的にスパイとかに向いてませんね」
「いいじゃん、委員長らしくて私は好きだよ!」
「赤坂勇音。月のない夜には気を付ける事ですね……!」
「私はノーマルよ」
注文していたフライドポテトが運ばれてきたので、彼女達は一旦会話をやめてパフェ等の注文をする。
その後、ドリンクバーに行こうと席をたった。
「よーし、じゃあ委員長には私特製、ギガント混ぜ混ぜデラックスを進呈しよう……!」
「謹んでお断りするわ。そこの似非聖女にでもあげなさい」
「すみません、流石にアレは無理です」
「あ、あたし今日財布忘れたから。支払いは頼んだわ」
「堂々と言う事ですかこの留年生……!」
「めんご」
「あっはっはっはっは!」
姦しくはしゃぐ少女達。
その中で、勇音は内心でこう思う。
───この3バカの方が、何しでかすかわからなくて怖い。
1秒前まで笑い合っていた相手でも、きっとこの3人組は躊躇なく武器を向けるのだろう。何も感じないわけではなく、悲しみながらも鈍らない。
アメリカから日本までの旅路で経験を積んだ勇音には、それが直感で理解できた。
プロと呼ばれる者達の方が、その手法は恐ろしい。クリス元大使のサポートがなければ、勇音は『任務』を全うできなかった。いかに覚醒者とは言え、所詮人の身。人殺しの専門家からすれば、一部の例外を除いてやりようなど幾らでもある。
しかし、この3人組は別ベクトルで危険な存在だ。
プロなら、いいや。常人の思考や倫理観ならやらない事も平然とやる。しかもそれは自暴自棄や浅慮ではなく、きちんと思考した上での蛮行だ。
彼女らにはきちんと理性がある。だが、その方程式が常人とは明確にずれていた。
勇音がそんな事を考えていると、いつの間にかツーサイドアップの少女が足を止め彼女を見上げている。
「委員長……私達の事、嫌いになっちゃった?」
不安そうな、親の顔を窺う子供の様な顔。
自分より幾分か低い位置にあるクラスメイトの頭を、勇音が雑に撫でる。
「好きとか嫌いとかないわ、バカ。いつも通りよ、この問題児」
「……うん!」
満面の笑みに戻った『友人』に、勇音は小さく鼻を鳴らす。
「もうすぐ、あんたらにも色々頼むかもって、パパが言っていたわ。例の仕事以外でね」
「……そっか」
「でも、そうね」
びしりと、勇音が友人の額に人差し指を突きつける。不敵な笑みと共に。
「あんた達がやらかしたら……私の『はじめて』をあげるわ。独断でね」
「……そっか。ありがとう」
一瞬だけキョトンとした後、ツーサイドアップの少女は朗らかに笑う。
「でも、いらない心配だね!清く正しい、少し可愛いだけの女子高生達ですので!」
「あっそ。ま、私もあんた達なんかとやりたくないしねー」
「ちょっとお2人!来ないと思ったら何をイチャついているんですか!それ以上のお触りは禁止!きーんーしーでーすー!」
「委員長。あたしからの餞別よ。ありがたく飲みなさい」
「うっさいバカ2号と3号!あと3号、これ何まぜたの」
「緑茶とコーラとウーロン茶」
「自分で飲めこの貧乳留年生」
「あんた胸の事はライン越えでしょうが!自分だって大きくはないくせに!」
「平均はある。それが貴女との絶対的な差よ」
「まあまあ。そんなくだらない事で争わないでください。みっともない」
「先にあんたから潰す」
「月夜ばかりと思うなよ……!」
「え、これ私にヘイト向いてます?」
「あっはっはっはっは!!」
この後、店員さんから叱られるまで少女達は騒いでいた。
ただのアホな学生。それが、彼女達である。
世界が、彼女らの周囲だけでも平和であるうちは。
* * *
「それは、確かな情報ですか?」
『ああ』
東京霞ヶ関、中央合同庁舎。
そのトイレの個室にて、小声で赤坂雄介が電話をしている。
相手は、山下らと共に帰国したクリス・マッケンジー元駐日大使であった。
『私が大使館で働く前の上司。それが情報提供者だ。確度はかなり高い』
「……相手の罠である可能性は?」
『こっちでも調べているが、どうにも本当らしい』
「……わかりました」
小声でぼそぼそと会話し、通話を終える。
そして、赤坂部長はスマホのカレンダーを開いた。
「まさか……よりによってこの日とは」
そこに記されているのは、ダンジョン庁職員でもごく一部のみが知っている予定。
赤と白の竜討伐。及び、自衛隊の異世界派遣の日であった。
「ファッジ・ヴァレンタイン大統領……貴方は、いったい何を企んでいる?」
その前日に、米軍のステルス機が飛び立つ。
アメリカ合衆国大統領を乗せ───『日本』へと。
読んでいただきありがとうございます。
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