第二十話 活路
第二十話 活路
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛───ッ!!」
獣の様な雄叫びが、喉から這い出てきた。
感情のままに突撃する自分に、眉間目掛けて槍が迫る。否、ほぼ同時に『精霊眼』が頭蓋を割られる自分を幻視させていた。
歯を食いしばりながら、首を傾けて回避。兜の側面で火花が散り、衝撃で減速させられる。
直後、間髪入れずに放たれる喉狙いの一突き。それを足さばきで避ければ、追いかける様に横薙ぎが放たれた。
「ぐぅ!!」
すんでの所で剣を間に割り込ませ、受ける。
風の解放で拮抗し、そのまま柄を這うように刀身を滑らせた。指を切り落とさんと踏み込めば、『精霊眼』が再び警告を発する。
慌てて剣を槍の柄から離せば、オークチャンピオンの膝が空を切る。あのまま進んでいれば、膝蹴りのカウンターを受けていた。
勢いのまま側面に回り、すぐさま剣を引き絞って奴の脇腹に突きを放つ。だがそれは肘で打ち落とされ、槍の横薙ぎがアスファルトの地面を砕きながらこちらを狙った。
強引に剣を引き戻し、直撃の寸前で防御。受け止めようとして、しかし自分の身体は軽々と打ち上げられる。
膂力は、風を使えば互角……体格差が……!
身長3メートルはあろうチャンピオンの巨体。宙に放られた事で目線の高さがあった瞬間、高速の三連突きが繰り出される。
当たれば死ぬ。それは、予知しなくとも明白だった。
「お、おおおお!」
身をよじり一撃目を避け、二撃目を柄頭で横から殴り、三撃目をその反動で逃れる。
雨で濡れた地面を滑りながら着地した所に、オークチャンピオンは猛追。ズン、と足音を響かせ、袈裟懸けに槍を振り下ろしてきた。
咄嗟に風も使って横に避ければ、先ほどまで自分がいた地面が弾ける。
容易く砕かれたアスファルトの地面。槍が突き刺さっているのならと、前に出ようとした瞬間穂先が跳ね上げられた。
散弾の様に、道路の破片が飛来する。
「っ……!」
避けられない。風で軽減するも防ぎ切れず、鎧越しに衝撃が襲う。
痛みは無いが、体が『流れた』。その隙を逃さぬと、オークチャンピオンは再び踏み込んでくる。
見上げるしかない巨体から、掬い上げる様に繰り出された左の拳。辛うじてこちらの左手が間に合い、籠手で受けた。
重く響く衝撃。軽々と身体が吹き飛ばされ、たたらを踏みながら着地。四肢から異音が響くも、痛覚がやってくる前にオークチャンピオンが眼前まで迫っていた。
大ぶりの横薙ぎを、屈んで回避。瞬間、奴の鳩尾までの道が開けている事に気づく。
殺せる!母さん達の、仇を!!
片手打ちながら、右手で剣を引き絞り───。
自分の頭蓋が砕かれる未来を、幻視した。
「───」
『精霊眼』が、未来を告げる。
ギチリ、と笑みを浮かべるオークチャンピオンの口元と。
ぐるり、と奴の太い首を基点に回転する大槍を。
ブラフ……!?
踏み込もうとした体を、風の逆噴射で急停止。同時に、後ろへと全力で跳ぶ。
だが、直後に己の判断ミスに気づく。退くべきではなかった。前へ出て、脇を貫けるべきだった。
この距離は、長柄の間合い。
槍の軌道が僅かに変わり、こちらに追いついてきた。予知した未来に抗う為、側頭部に左腕を掲げる。
メキィ……!
何かが砕ける音を聞いた、次の瞬間。野球ボールの様に体が飛んでいく。
ぐるぐると回る視界で、『精霊眼』が動く景色を見せてきた。
車の停まっていない駐車場で自分はバウンドし、割れたガラスを跳び越え、荒れた店内に叩き込まれたのだと。
「が、ぃぃ……!!」
呼吸が定まらない。痛い、痛い、痛い……!!
苦痛に意味の無い声を漏らしながら、膝に手を付いて立ち上がろうとして、左腕に一瞬力が入らずに失敗する。
罅割れた床に手をつけば、ボタボタと赤い何かが落ちた。
これは、血?誰の……僕の?
頭が軽く、軽い音をたてて兜が……兜だった物が血と共に床へと落ちた。左腕も、籠手の装甲が失われ剥き出しの皮膚が見えている。
どうにかふらつきながらも立ち上がるが、膝が震えていた。
ダメージ故ではない。それはもう治った。
これは……恐怖。
「く、そ……!」
仇を前にしてすくむ己に、悪態をつく。なんて情けない。あっさりと罠に嵌ったあげく、こんな……!
店の外で、こちらが出てくるのを待つオークチャンピオン。余裕のつもりかと、歯を食いしばった。
その怒りを燃料に、後退る足を前へと動かす。
『──い!おい!聞こえないのか、京ちゃん君!矢川京太!!』
「アイラ、さん」
『やっと通じたか……状況を説明しろ。君はどこにいる。イヤリングの鏡には、何やら値札つきの衣類が散らばって見えているのだが』
「どこって……古着屋、かと」
剣をオークチャンピオンに向けたまま、視線を一瞬だけ店内に向ける。
そこらに倒れているハンガーラックに、大小様々な衣類。店の天井から吊るされた、『20%セール』と書かれた板。
だが自分が打ち込まれただけでは説明できない程に店内は荒れ、天井の照明は砕けている。セールと書いた板も、片側の紐しか繋がっていない。
ああ、ここは……。
「オークチャンピオンが、出て来た店か」
なら、ここで両親とエリナさんは……。
『そこに何がある。いや、もしやエリナ君は』
「何も、ありません。人の姿は、何も」
散らばる衣類の下に、3人がいるとも思えない。
きっとあの怪物に食い殺されたのだと、剣を握る手に力が籠められる。
とにかく、鎧の再構築をしようと意識をそちらに向けた瞬間。『精霊眼』が警告。
「くっ」
オークチャンピオンが近くの道路標識を引きちぎったかと思えば、投げ込んで来たのだ。
咄嗟に回避すれば、それは店奥にある壊れかけのドアを完全に破壊した。
続けて奴はマンホールを石突で跳ね上げたかと思えば、片手で掴みフリスビーの様に投げてくる。
人の体重ほどもある塊が迫るも、避けきれない。ここでは狭すぎる!
どうにか剣で受けた後、店の外へと飛び出した。
『何も?人の姿は見えなかったんだな?』
「そうです……だから、今すぐこいつを殺します」
頭から血が抜けたおかげか、それとも恐怖が良い様に作用したか。
比較的落ち着いて、仇と相対できる。
ゆったりと槍を構えなおすオークチャンピオンと、雨の下で得物を向け合った。
冷静に、確実に、迅速に。
「ぶっ殺す……!」
『……京ちゃん君』
「止めないで下さい。こいつは、こいつだけは、絶対に……!!」
『エリナ君とご両親は、生きている。……かもしれない』
「───は?」
思わず、こんな時だと言うのに気の抜けた声が出た。いや、声だけではない。肩からまで力が抜け、剣先が落ちる。
それを見逃さずに突きを放ってくるオークチャンピオン。それをバックステップで避けるも、飛び散った瓦礫が頬をかすめた。
兜も左の籠手も失った今、こうした攻撃の余波だけで致命傷になりかねない。
目に当たれば再生するより先に心臓を穿たれ、頭に当たって気絶すれば生きたまま食い殺される。
その危険性を本能で理解しながらも、先の発言に食いつかずにはいられなかった。
「生きているって、どういう事ですか!?まさかまだ腹の中で!?」
『違う。説明している時間は無い。とにかく奴を倒せ。背中を見せれば殺されるぞ』
「っ……嘘だったら、一生許しませんから!」
『急がんと真実が嘘になってしまう。腹には誰もいないから、引き裂いても構わん』
「了解!!」
生きている。両親が。エリナさんが。
何故アイラさんがそう思ったのか、わからない。でも信じたい。それが、本当の事だと。
すぐに確かめる為にも。
『ブオオオオオオ!!』
「お前は、邪魔だ!!」
雄叫びをあげ、上から突きを放つオークチャンピオン。それを横に避けながら、構えを変えた。
差し違えるつもりのソレから、刀身の半ばを左手で握るハーフソード……『毒蛇の構え』の基礎形態に。
籠手は壊れているが、手首から先は残っている。刃を握るのに支障はない。
防御重視の構えで、ひたすらに応戦。焦る必要はあるが、確実に仕留めなければ。
繰り出される猛攻に、一つの疑問が浮かんだ。
何故、奴は店の中に入らなかった?吹き飛ばした直後に踏み込んでいれば、こちらを殺せていたのに。
……ああ、そうか。
『ブオ!ブォオオ!!』
荒々しい振り下ろしを受け、そして横に流す。直後、オークチャンピオンが後退しようとした。
それに、追いすがる。
歯を食いしばって槍を引き戻した怪物が、再度こちらを攻撃。また、防戦を続ける。
こいつは、体力がないのだ。
あの脂肪と筋肉を兼ね備えた身体は、相撲取りの様に瞬間的な戦闘が得意な分長期戦に向いていない。
オークチャンピオンは『中に入らなかった』のではなく、『入れなかった』のだ。少しでも、息を整える為に。
更に、あの店はこいつの身体には狭すぎる。
天井まで罅割れていた店内。強引に体をねじ込んでまで追いかけて、誰かに手痛い反撃でも受けたのか?
僅かに赤くなっている、オークチャンピオンの豚鼻を見ながら思考する。
───ああ、本当に。貴女は凄い人ですよ。
『ブアアアアアアアッ!!』
最初の頃の鋭さはない、ただ速いだけの突き。
それに刀身の鍔近くを合わせ、右へ流しながら踏み込んだ。左手で支える事で、正確に剣先を奴の腹へと打ち込める。
だが、それは胴鎧で防がれた。すぐさまチャンピオンが回し蹴りを放って来たので、柄頭で受ける。
衝撃で間合いの外に押し出されながらも、どうにか踏ん張った。
恐らくアドレナリンがどばどばと出ているのだろう。身体が軋むのに、痛みが鈍い。
槍の間合いに押し戻されるも、再度踏み込む。奴に休ませる暇など与えない。
ひたすらに攻撃を受け、流し、避ける。その中で、じりじりと間合いを詰め続けた。
それが、1分か、2分か。3分は経っていないだろう。
オークチャンピオンの息が白くなり、雨ではない水滴が顔にびっしりと浮かんでいた。
『ブ、ガァァアア!!』
力強い石突の一撃が、地面に炸裂した。外したのではない、間違いなく狙って足元を粉砕したのだ。
飛び散る濡れたアスファルトの破片に、顔を腕で庇いながら後退を余儀なくされる。
同時に、オークチャンピオンも後ろへ跳んだ。
撤退?違う。あの目は、こちらへの怒りで満ちている。
『ブゥゥォォォォォ……!!』
ボコリ、と。
大きな吸い込みに合わせてオークチャンピオンの腹が膨れ上がった。
これまで見たオーク達と同じ、火球の構え!
『この音はっ!気を付けろ、広範囲を燃やす気だ!』
アイラさんの忠告が響くのと、『精霊眼』が未来を視せたのがほぼ同時。
それに対し───前へ、踏み込む。
『ブガァァアアアアアアアッッ!!』
奴の口から、扇状に赤い炎が吐き出された。地面をなめ尽くすかのように広がる、猛火。
回避は出来ない。阻止も間に合わない。耐え凌ぐ事も、不可能。
ならば、
『概念干渉』
打ち返す!!
かつて見た、同じスキルを持つ人の動きを模倣する。
迫りくる炎に刀身を合わせ、干渉。構成する魔力を刃で『絡めとり』、全力で巻き上げた。
「おおおおおお!」
背負い投げの様に体を捻り、更にもう一回転。
炎を吐き出した怪物へと剣を振り抜いた。
巻き取られた火が、豚頭の化け物に襲い掛かる。
『ピ、ギャアアアアアアアアアッ!!??』
全身が炎に包まれ、オークチャンピオンが絶叫をあげた。
それでも、奴の戦意は折れない。血走った目でこちらを睨み、歯をむき出しにして吠える。
『ガアアアアアアアアアア!!』
疲労困憊な所を炎に巻かれ、残された息も少ないだろうに。放たれる一撃は、正確にこちらの頭蓋を狙っていた。
だからこそ、避け易い。
「っ……!」
髪の毛を数本散らしながら、更に前へ。
燃える奴の身体に足を上げ、膝を蹴りでっぷりとした腹を踏みつけて。
『───突きはね、必殺技だよ!』
怪物の喉へと、両手で握る剣を突き込んだ。
分厚い皮も肉も抉り、骨をかすめながら首を貫通する刃。そのまま肩さえ足場に、全身で回転。
刺さったままの刀身までをも回し、解放された剣を手に着地する。
ぶしゃり、と。そんな音がして、オークチャンピオンの巨体が前のめりに倒れ伏した。
「ふぅぅぅ……」
残心。足元に転がるそれに剣を向け、数秒。白い塩に変わった事で安堵の息を吐き、イヤリングに手を添えた。
「アイラさん、敵は殺しました!両親とエリナさんは!」
『彼女らはあの店の奥から逃げた可能性が高い!死体をわざわざそこらの服で隠すと思えんからな!古着屋に死体がないという事は、そういう事だ!』
「了解!」
アイラさんが『奥から逃げた』と言った段階で、店の方に振り向き走り出そうとした。
だが、近くの路地から2つの影が出てくる。
『ブォ、ブォ』
『ブフゥゥ……』
「こんな時に……!」
槍と斧を持った、2体のオーク。
戦闘音につられて来たか、あるいは自分を追いかけて来たのか。どちらにせよ、こっちには時間が無い。
「そこを……」
言いかけた言葉が、途切れる。
店の屋根から跳び下りた、体表に魔力を流す1人の少女。
彼女が逆手に持った忍者刀で槍持ちの首筋を抉り、勢いよく刀身を引き抜いて血飛沫をもう1体のオークに浴びせた。
短い悲鳴をあげて怯んだその個体に、刃が閃く。首を深く切り裂かれ、そのオークはふらつきながら倒れた。
塩に変わる怪物達を背に、忍者服の少女がこちらを向く。
「やっほ京ちゃん!何か音がしたから戻って来たよ!」
「エリナ、さん……!」
いつもの様に何も考えていなさそうな笑顔を浮かべ、元気よく刀を握った手でピースなんてする彼女は。
左手を、半ばから失っていた。
『この声はエリナ君!ええい、この鏡では見づらい!無事なのか!』
「あ、パイセン。ごめんなさい、持ってた鏡壊しちゃった。左腕と一緒にぐしゃぁ!って」
『左腕!?怪我の深さは!』
「千切れちゃった!」
『千切れ……』
あまりにも軽い様子で語るエリナさんに、何も言えない。
片腕を失った知り合いの姿に、ただ呆然と立ち尽くす。
「あ、京ちゃん。ご両親には今、あの店の後ろで待って貰っているよ。迎えに行ってあげてね!」
「エリナさん、その、腕……」
「うん!これねぇ」
ふらり、と。彼女の身体が揺れたかと思えば、華奢な身体が後ろに倒れそうになる。
「エリナさん!」
咄嗟に受け止めたが、あまりにも軽い。何より、元々白かった肌はより白く、まるで死体の様だった。
雨に濡れた彼女の身体は冷たく、きつく布で縛られた傷口から血がゆっくりと流れ落ちていく。
道路の水たまりを、赤が染めていった。
「血を流し過ぎたみたい。ちょっと、目がよく見えないや」
『くそ!病院、だめだ今機能していると思えない……!京ちゃん君の足で、どこまで運べる……速度は?いや、彼のご両親を連れては間に合わな……!!』
イヤリングごしに慌てるアイラさんの声。
当たり前だ。こんなの、慌てて当然の事なのに。
「どうして、笑っているんですか……?」
エリナさんは、いつもの様に笑みを浮かべていた。
「んー?まあ、人間いつかは死ぬものだし。その前に、助けられたから」
「何を……」
「友達の家族」
忍者を名乗る、この人は。
「家族は仲良く、だよ」
まるで普通の事みたいに、死にかけながらそんな事を言ってきた。
………ああ、くそ。
「お願いです」
そんな事を、言われて。そんな風に、笑われて。
「なぁに?」
友達を見捨てられる程、薄情になどなれるものか。
「これ、秘密にしてくださいよ……!!」
『矢川京太!とにかく止血だ!これ以上の』
「秘密って」
2人の声を無視して、傷口に触れる。
意識するのは、己の心臓。その脈動に合わせる様に、魔力をくみ取る。
胸から、肩に、腕に、そして掌に。深紅の光が溢れ、彼女の千切れた腕に注がれる。
周囲を包む程の眩い光は、数秒ほどでおさまった。その後には、白く華奢な腕が生えている。
失われたはずの手が、元通りとなっていた。
「……はぁぁぁぁ」
我ながら盛大なため息を吐きだし、脱力する。
もう、なんだ。今日1日で色々とあり過ぎた。精神的に限界である。肉体も魔力も万全なのが、唯一の救いか。
「お、おおおおおおお!」
『なんだ今の光は!敵かね!?』
「パイセン!腕治った!!」
『幻覚まで見え始めたのかね!?いかん、すぐに病院へ!!』
「ジャンケン出来るよ!!」
『今か!?』
説明するのすら面倒だと、イヤリングを外してエリナさんに押し付ける。
「傷、大丈夫そうですか?」
「うん!ばっちり!!」
立ち上がってピョンピョンと跳ねたかと思えば、バク転までしだす自称忍者。
元気になり過ぎだと呆れながら、店の奥へと進んでいく。
途中、鼻を刺激する臭いに顔をしかめた。ああ、なるほど。オークチャンピオンの鼻に、何か辛い物でもぶつけたな?
何はともあれ、破壊された扉の奥。短い廊下を抜けてもう1つのドアを潜った先。
「母さん、父さん」
「京太……!?」
両親の姿に、自然と顔がほころんだ。
五体満足な2人に、心底安心した瞬間。
「なんでこんな所にいるの!」
「おおう!?」
「ちょ、母さん!?」
母さんからのビンタをギリギリで躱す。
かと思えば、避けたこちらの肩を掴みがくがくと揺らしてきた。
「こんな危ないとこに来て!どうして家にいないの!」
「え、そりゃ、助けに」
「危ないでしょ!!」
「母さん、落ち着いて」
会話が通じそうにない母さんを、父さんがどうにか宥めようとする。
そして、自分の胸甲に母さんが額を押し当てた。
「ごめん……ごめんね、京太……」
「……帰ろうよ」
何を言っていいのか、自分でもわからない。
無事だった事を喜べばいいのか。怒鳴られた事に怒ればいいのか。それとも謝るべきなのか。
それは、これから考えれば良い。
「家に、帰ろう」
「……そうね」
「ああ」
父さんと拳を合わせた後、2人を連れて店の外に。
「お待たせしました。本当に、エリナさんにはなんてお礼を言えばいいか」
「京ちゃん!今からこの店燃やそう!!」
「何言ってんだこいつ」
ドヤ顔でどっから持って来たのか、ポリタンクを掲げる自称忍者に真顔で返す。
いや本当にどっから出した。
「私の腕が落ちてたら後で困るだろ!!きっとクローン忍者軍団が作られるぞ!!」
「だからって勝手に店を燃やすな」
「ちぇー。じゃあ路上で焼くかー。雨だけど着くかなー」
なに、この、なに。
その辺に自分の腕と血で濡れたタオルを放り、ダバダバとガソリンをかける自称忍者。
「あ、お店の中の京ちゃんの血も拭いておいたよ!一緒に燃やすね!!」
「は、はあ」
「クローン京ちゃん軍団の製造を阻止するんだよ!!!」
「ねえよそんな展開」
どこのSF小説だ。
「着火ぁ!!」
おー、雨の中だというのに良く燃える。
エリナさんが投げたライターがガソリンに火をつけ、腕とタオルを炙っていく。
「よし、帰るか!!凱旋じゃあああ!!!」
「……その、京太。彼女はいつもこういう……?」
「うん……良い人では、あるんだけど」
感動と感謝を返せと言いたいが、大恩人なのでぐっと堪える。
困惑しきった両親をよそに、エリナさんがこっちに身を寄せて来た。
ちょ、顔ちか!?
「あの、何でそんな傍に……」
「だってこうしないと一緒にパイセンの声聞こえないじゃん」
「そ、そうかもしれないけど……」
『やあ京ちゃん君!童貞らしいリアクションの所すまないが、情報共有と行こう!!』
「あ、お願いします。あと後で殴りますね」
『酷くないかい!?おほん。エリナ君が謎のパワーで全快したらしいが、魔力切れでね。転移は使えないらしい。だから徒歩で帰って来てくれ』
「はあ。あの、自衛隊とか警察は?」
『今、関東で発生していた氾濫が沈静化し始めたと報道があった。警察で包囲しているだけのそこにも、じきに自衛隊が来るだろう。だが、すぐとはいかない』
「わかりました」
『魔装』に意識を集中し、兜と籠手を再構築。ついでに歪みと刃こぼれだらけの剣も一度消し、真新しい状態にする。
『あ、それとね』
「はい」
『君、派手に道を突っ走っていただろう』
「おかげで私は途中敵に出くわさなかったけどな!オークチャンピオン以外!」
『そのオークチャンピオンとの戦いで結構派手な音も出てだね』
イヤリングから、乾いた笑いが聞こえる。
『そこ、たぶんオークの集団が向かっていると思うぞ』
「最初に言ってくれます!!??」
呑気に話している場合かなぁ!?
『えー、君を追って来た団体様だぞぅ?』
「責任とってよねー京ちゃーん」
「く、誠に申し訳ございません……!!」
戦っている時間がないと強引に突破したのも、そもそも両親を助けたいと言い出したのも自分だ。
もう謝るしかない。この2人、今回の一件と本来無関係だし。
「というわけで逃げるぞ京ちゃん!車ならその辺のがあるから!」
「いいのかな、それ……」
『なぁに、緊急避難だよ。このままここに置いておいても、どうせダメになるんだ。それでも怒られたら、後で持ち主にうちの大学から謝るとも!』
「はあ……父さーん!運転免許証、ちゃんと持ってるー!?」
母さんのバッグを拾い上げながら、両親に駆け寄る。
───あまりにも、色々な事が起こり過ぎた1日。
焦って、走って、戦って、戦って、戦って、治して。
激動過ぎて頭がおかしくなりそうな中、引き攣った顔で他人の車のハンドルを握る父さんから目を逸らした後。
そっと、空を見上げた。
「何してんのさ京ちゃん!時はマネーだよ!ずらかるぞぉ!!」
「はいはい……」
黒煙がのぼり、雨が降り注いでいた空は。
少しずつ、青空を見せ始めていた。
「しゃあ!パパさん、アクセル全開!風になりましょうぞ!!」
『チャンスだぞ京ちゃん君。高速で走る車で手を外に出すと、オッパイの感触がわかるとか!』
「あの、外に出す以前に僕らだけ屋根にいるんですけど……迎撃の為?はいそうですね。でもエリナさん近いです!!」
騒がしい帰り道。途中で化け物相手に剣を投げたりナイフを投げたりして、結局かなりの数と戦う事になったけど。
自分達は、全員で無事に帰宅した。
読んでいただきありがとうございます。
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