第百六十二話 この世とあの世の境目で
第百六十二話 この世とあの世の境目で
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッッ!!!』
雄叫びの瞬間、奴を中心に全方位へ蒼炎の津波が発生する。全員纏めて燃やす気か!
「『ブラン』!」
予知で半瞬早く察知し、ゴーレムに叫ぶ。同時に自分も重心を更に落とし、迫る炎に刃を合わせた。
『概念干渉』
片手半剣と戦斧が、蒼炎の波を絡めとり、引きちぎり、上へと跳ね上げる。後衛にはいかせない。
直後、エリナさんが大車輪丸を投擲。風の加速で飛来する手裏剣に、ケルベロスは蒼い残光を宙に描きながら回避した。
速い。あの炎の鎧で加速しているのか。
床を踏み砕きながらこれまで以上のスピードで疾走し、自分達前衛から距離をとる3つ首の獣。かと思えば、蒼炎で包まれた体をぐるりと回す。その動きは、ここまでの戦闘で見たのと同じ。
鋼色、否。今は熱で深紅に染まった蛇の尾が、豪快な横薙ぎとして振るわれた。
対するは青の大氷壁。瞬く間に生成された厚さ十数メートルの氷塊が、生きた鞭に立ちはだかる。
直後、壁が砕け散る轟音が鳴り響いた。人の胴ほどもある残骸が周囲に散らばるが、しかし尾は軌道を変え頭上を通り過ぎる。
それに対し、ケルベロスは止まらず更に回転。だが2度目の薙ぎ払いではなく、今度は跳躍をしてきた。
炎の加速を使い、ミーアさんを踏み潰さんと高速で跳んでいく。大型トラック程もある巨体が、砲弾となって彼女に迫った。
「させるかぁ!」
そこに、真横から吶喊。フリューゲルと両足から風を放出し、刀身をケルベロスの横っ腹に直撃させる。
勢いそのまま、概念干渉で炎の鎧を絡めとり斜め上へと剣を振り抜いた。巨獣の毛皮を裂き、肉が千切れ鮮血が舞う。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛……ッッッ!!』
3つ首が唸り声をあげながら、弾き飛ばされた先で着地。脇腹を切られたというのに、怯む様子すらない。
そのままそれぞれの口から火球が放たれる。1つの首は自分に、残りは仲間達への牽制に。
衝突で減速した状態から、急加速で初撃を回避。そのまま曲線を描きながら高度を上げ2発目、3発目を置き去りにする。
進行方向を予測しての4発目を、バレルロールしながら斜めに飛んで回避。そのまま体の向きを変え、頭をケルベロスへと向けた。
そして、再びの加速。間合いを詰めにいく自分に、巨獣が走り出す。距離を詰めさせまいと四肢を動かし、火球を乱射してきた。
碌な狙いも定められていない弾を避けながら、更に接近。じりじりと距離を詰める。幸い、奴の前方にあるのは壁。いくら広大な空間とは言え、その巨体と速度では───。
「っ!?」
『精霊眼』の予知に、上体を起こし減速。同時に両足で風を踏みしめ踏みとどまる。
瞬間、ケルベロスが壁に跳躍したかと思えば反転。自分目掛けて飛びかかってきた。大木の様な前足が振り上げられ、巨体に見合った爪がギラリと輝く。
蒼い炎を使っての、超スピードでの接近。ギリギリで刀身を差し込み、そのまま斜め下に受け流した。
質量差もあり、反動で自分の体が上へと押し出される。バランスを崩しかけた所へ、蛇の尾が追撃。咄嗟に左手を真横に向け、炎の放出で回避した。
この、でたらめにも程がある……!
内臓がGで悲鳴をあげる中、視線だけはケルベロスに向け続けた。奴は着地を狙っていた氷の槍を身に纏う炎だけで防ぎ、疾走。進路上にいたブランを撥ね飛ばしていく。
白銀の騎士が破片を散らしながら、どうにか五体満足のまま空中で姿勢を整えた。だが、そこへ急カーブしたケルベロスが戻ってくる。
その背中目掛けて、こちらも急降下。切っ先から風と炎を放出し、自分で制御できる限界の加速で突撃した。
フリューゲルも使っての加速で、ケルベロスに追いつく。その勢いのまま首を狙うが、奴は尻尾を床に叩きつける事で強引に上体を逸らして回避してきた。
直後、振り上げられる形になった3つ首が顎を開きこちらを狙う。加速に使っていた剣の向きを変え、斜め後ろに後退。眼前を蒼い頭が通り過ぎたかと思えば、蛇行する様に開かれた牙が追いかけてきた。
回避は間に合わない。即座に剣を盾にすれば、牙と刀身がぶつかり火花を散らす。
肩が外れたかと思う程の衝撃の後、景色が切り替わった。天井近くまで打ち上げられて、ようやく撥ねられたのだと理解する。
運よく激痛まで置き去りにする加速だったおかげで、気絶は免れた。天井に衝突する直前で身を捻り、強引に沿うような形で飛行。
背後で黒い天井に蒼い光が突き刺さり、そのまま横に薙ぎ払われた。振り返らずともそれを察知し、体を横に傾ける事で回避。
熱せられた空気の膨張で押しやられ、それに逆らわず滑る様に移動。合わせて高度を下げ、緩やかな軌道で、しかし高速で旋回する。
ケルベロスは再び体を捻り、尻尾による薙ぎ払いを地上の面々へと放っていた。氷の壁で1撃目の軌道を逸らし、2撃目は『右近・左近』が盾を斜めに構え上へ逸らす。
だが、衝撃で2体のゴーレムが盾を落とした。見れば左腕の関節が壊れている。
好機と判断したか、3度蛇の尾による薙ぎ払いが行われる直前。いつの間に回収したのか、大車輪丸が投擲された。
尾を振りかぶった衝撃で跳躍し、ケルベロスは刃を避ける。そこへ自分が斬りかかれば、爪によるカウンターが放たれた。
刀身と爪が衝突し、甲高い音と共に衝撃波が空間を揺らす。
こちらの鼓膜まで破きかねないそれに歯を食いしばり、斜め下へと降下した。
減速すれば殺される。加速したまま石畳に突っ込み、両足で着地。そのまま横方向に滑走すれば、黒い破片が火花を纏って舞い散った。
尾の顎で床を掴み、即座の着地を行ったケルベロス。盛大な粉塵を巻き上げるも、それを置き去りにして自分目掛けて駆けてくる。
1歩ごとに床を踏み砕きながらの、突撃。左右の首が連続して弧を描く様な軌道で迫るのを、刀身で必死に受け流した。
腕が持っていかれそうになり、反撃に移れない。直後、僅かに踵が浮いてしまった自分に中央の頭が振り下ろされる。
蒼炎の加速さえ使った、頭突き。フリューゲルを使い後退すれば、迷宮全体が揺れる程の地震が発生した。
発生した衝撃波に、想定以上後ろへ下がる事になる。反撃に移れない。
だが、奴の狙いはこちらの攻め手を止める事ではない。ここは、『蛇の間合い』だ。
中央の頭を巨大なクレーターの中に埋めたケルベロスが、間髪入れずに前転。その巨体ごと、長い蛇の尾が振り下ろされる。
避けられない。音速を超えた叩きつけに、しかし割り込んだ白銀の騎士が戦斧を横からぶつけてみせた。
体当たりの様な斬撃は、柄がへし折れる代わりに尾の1撃を横へずらす。石畳の破片が散弾の様に飛び、自分の兜と胸甲を割った。
だが、動ける。兜は犠牲になったが頭部はかすり傷であり、胴体は僅かに石くれが刺さった程度。
兜が吹き飛んで開けた視界の中、ブランの横を駆け抜け巨獣に突撃。頭を引き抜いて牙を剥く地獄の番犬に、こちらも雄叫びをあげて剣を振りかぶる。
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛───ッ!」
先ほど同様に弧を描いて迫る右の頭に、体全体を下に振るう様な斬撃を放った。牙は頭上を通り過ぎ、刀身が蒼炎に包まれた太い首を捉える。
瞬間、概念干渉にて奴の炎を絡めとり、燃料に変え加速。更には風で斬撃を膨らませ、骨を間合いにおさめた。
そのまま、振り抜く。両腕が軋みをあげ、地面に肩から衝突。激痛に視界が明滅する中、気合で受け身をとり顔と体を敵へと向けた。
───■゛■゛■゛■゛■゛ッッ!!
嘆く様な雄叫び。そして、人よりもでかい頭が1つ、重い音と共に床を転がった。
ようやく、1本。剣を構えた自分に、残された2つの首が視線を向けた。瞬間、濃密な殺気を纏った巨獣が飛びかかる。
しかし、その軌道はあまりに直線的過ぎた。
『■゛■゛■゛■゛───ッッ!!??』
飛来した巨大手裏剣がケルベロスの右後ろ脚に命中し、炎を絡み取って更に回転。蒼い旋風となって、神木のごとき足を引き千切った。
バランスを崩した所に、自分も斬りかかる。右側に回り込み、脇腹を切りつけた。概念干渉で巻き込んだ炎もあり、斬撃は内臓にまで達する。
追撃は、しかし予知により中断。飛び退いた直後に振り下ろされた左前脚が先ほどまでいた場所を踏み砕いた。
更にケルベロスは雄叫びを上げ、全方位に蒼炎を放出する。ギリギリで自分自身はフリューゲルを盾にして耐えたが、味方が……!
エリナさんは、鉤爪を壁に飛ばし上に逃れている。ブランは跳躍で同様に。しかし、ミーアさんは───ッ。
瞬間、8本の黒い石で出来た塔……否。槍がケルベロスを囲う様に展開。一斉に巨獣へと飛来する。
立っているのも厳しい衝撃と揺れの中、風でホバー移動しながら一瞬だけ後方に視線をやった。
そこには、溶けていく氷の壁とその裏に盾を構える右近達の姿がある。
半壊した盾を、壊れた左腕を凍らせる事で強引に保持していたのだ。その背後には、無傷のミーアさんが立っている。
「京太君!」
「っ!」
彼女の凛とした声に、答えず応える。
『■゛■゛■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッ!!』
2つの頭が血反吐を吐きながら、その強靭な足と尾で自身に突き立てられた石槍を薙ぎ払った。
全身から血を流し、蒼炎の鎧すら失った状態。されどその炎の残骸を、刀身にかき集める。
爆発的に膨張する風と炎の刃。それを振りかぶりながら、ケルベロスへと吶喊した。
「ぜ、ぁあああああ!!」
一閃。巨獣の胴体を引き裂かんと放った渾身の斬撃に、獣の首が割り込んでくる。
命あるモノ全てを噛み砕く牙を、この世ならざる魔力の塊が粉砕。元々半分にまで削れていた頭部が、完全に消失した。
最後の、中央の頭を残して。
『───ッッ!!』
盾として使い潰した2本目の頭。その奥で、中央の頭部が口腔をこちらに向けている。
膨大な魔力の収束は、空間そのものを取り込んでいる様だった。コマ落ちした様な視界の中で、ピタリ、と。その顎がこちらを捉える。
肉を切らせ、骨を断たせ、その上で、こちらを道連れにする捨て身の1撃。
回避は不可能。防御も間に合わない。まさに必殺。地獄の番犬が放つ、全力の業火。漏れ出た熱だけでも大地は溶け落ち溶岩と化し、巻き起こる魔力の渦が他の人間を寄せ付けない。
されど。
「ブラン!」
溶け落ちる大地を駆け抜けたゴーレムの鉄拳が、番犬の顎を殴りつけた。
最大出力で跳躍しながらのアッパー。中央の頭は強制的に口を閉ざされ、発射が僅かに遅れる。
だが、止まらない。ケルベロスは強引に顎を開き、蒼い熱線を剣として振り下ろす。
それはもう必殺足り得ない。奴にとっても賭けの斬撃だ。だからこそ、それは脅威である。
こちらもまた、ブランの肩を蹴りつけ跳んだ。
フリューゲルを限界まで酷使し、剣を振りかぶりながら突撃。あまりの加速に視界が一瞬赤く染まるが、構わない。
この一刀がもてば十分。その気合と共に、腕を振るう。
2振りの剣が、ぶつかった。天井まで届く炎の刃と荒れ狂う風の刃が互いを飲み込まんと押し合い、膨れ上がる。
概念干渉で相手の炎を絡めとろうとするが、重い。この異能はあくまで『干渉』するだけであり、自由を奪うには力比べで勝つ必要がある。
混ざりあう炎と風が、1本の柱となり。自分達の間で唸りをあげた。
勝敗は、ほんの僅かな差で作られる。
「オオオオオオオ───ッ!」
『■゛■゛■゛■゛───ッ!』
白銀の腕輪から、自分の左腕を焼く程の炎が放出。更に、フリューゲルが骨に罅を入れる程に背をおしてきた。
更に、木彫りの牛から魔力を吸い上げ、遂に。
「───ッ!!」
剣を、振り抜いた。
無音になった世界。それは自分の耳がイカレたのか、はたまた大気を吹き飛ばし過ぎたのか。
されど確かに、両目で左右に分かたれた巨獣の体を視認する。
直後に爆発でも起きた様な衝撃が全身を襲い、木の葉の様に吹き飛ばされた。景色がぐるぐると回る中、腰に何かが巻き付く。
それに引き寄せられ、壁近くまで来ていた体は停止。どうにか風を放出し、地上に着地する。
「が、ごほっ……!」
腰に巻き付いていたワイヤーが解け、片膝をつき剣を杖にする。
駆け寄ってくる仲間達の向こう側。そこに、7割程度しか残っていないケルベロスの頭があった。
首から下はなく、いかに怪物とは言え生きているはずがない。
だが、自分は……その炉の様な瞳としばし睨み合う。そうすべきだと、思ったから。
やがて、その瞳は閉じ。眠るような顔で、白く染まった。
「っ……はぁぁ」
いつの間にか、息を止めていたらしい。盛大に吐き出した瞬間、べきり、と。剣がへし折れた。
今度こそ、顔面からうつ伏せに倒れる。受け身をとる力も、まだ回復していない。
「京ちゃん!」
「京太君!」
『おい!起きろ!死ぬな!』
「しに……ませんよ……ぜったい……」
イヤリングから聞こえてくる声に答え、どうにか仰向けに体を転がした。
ガシャガシャと音をたてて近づいてきた、黒く焦げた足。差し出されたボロボロの籠手をとり、立ち上がる。
「……お疲れ。ブラン」
肩を貸してくれた白銀の騎士は、こちらの言葉に。
ゆっくりと。だが確かに、頷いた。
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