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第百六十一話 神代の獣

第百六十一話 神代の獣





 雄叫びと共に、オルトロスが襲い掛かってくる。


『ヴォォッ!』


『ガァアッ!』


 弧を描く様な右からの噛み付きを後退して避ければ、その反動を活かして左側の頭が噛み付きにくる。


 咄嗟に左籠手を牙に合わせ受け流すが、質量差で体が斜め後ろへ流された。たたらを踏む自分に、オルトロスが頭を振り抜いた勢いそのまま横回転。


 丸太の様に太い蛇の尾が、石畳を風圧で穿ちながら迫る。


 それに対し、こちらもバランスを崩した姿勢から強引に横回転。風と炎の加速を得て、刃を翡翠色の蛇に合わせた。


 衝突の瞬間鱗と刀身で硬質な音が鳴り響き、強い衝撃が右腕に伝わってくる。


 だが、それも一瞬。剣は相手の速度も合わさって、一息に鱗も肉も裂き、骨を断ってみせた。


 宙を舞う蛇の頭。オルトロスが悲鳴と共にバランスを崩し、回転の勢いのせいで横腹をこちらに晒す。


 間髪入れず柄を両手で握り、突撃。肋骨の隙間を通り心臓を穿ち、風と炎を送り込んだ。


 内側で荒れ狂う嵐が内臓を引き裂き、熱線が反対側へと通り抜けていく。


 頭が複数あろうが、胴体は1つ。柄を捻って斜め上に振り抜くが、血飛沫は上がらない。代わりに炭化したオルトロスの破片が舞った。


 地響きと共に、巨獣が倒れ伏す。数歩下がって剣を構えながら、視線を周囲に巡らせた。


 あちらで戦っていた3つ首の巨人も、今しがた討たれた所らしい。どちらの怪物も、真っ黒な石畳の上で白い塩に変わっていく。


「皆お疲れー。他に敵はいないよー」


「了解。……ふぅ」


 エリナさんの声に短く答え、息を吐き出す。


 構えを解き軽く首を回せば、彼女が水筒を渡してくれた。


「ほい。水分補給」


「ん、ありがとう」


 剣を鞘に納め、小さく頭を下げる。


 その拍子に、汗が頬を伝って落ちていった。どうやら、自分でも思っていた以上に疲労しているらしい。


「先輩もどぞ!」


「ありがとうございます」


「あ、エリナさん。ついでにマギバッテリーの予備もお願いします」


「あいよ!バッテリーいっちょう!!」


「どうも」


 彼女から交換用のバッテリーを受け取り、『ブラン』の背にまわる。


 元々つけていた物を外し、新しい物を装着。無事魔力が流れている事を確認し、外した方をエリナさんに差し出した。


「お願いします」


「OK!」


「ブラン。休憩中、念のため周囲の警戒を頼んだ」


「『左近』はブランの反対側をお願いします。『右近』も、ドロップ品の回収後見張りに加わってください」


 ブランが前方を、左近が後方を見てくれている中、3人で壁によりかかり小休憩をとる。


 何というか、頭の疲れるダンジョンだ。次々と攻撃が飛んでくるから、常に脳みそ含め全身を酷使しなければならない。


 純粋に相手のスペックが高いのもあるが、手数と1撃ごとの重さが強いプレッシャーとなっていた。


『流石に全員お疲れだね』


「うっすパイセン!忍者にも休憩が必要っす!」


『うむうむ。ゆっくり休んでくれ。一応、私も右近君につけてある鏡から警戒はしておくよ』


「あざっすパイセン!よ、大統領!」


『ふふん。後でたくさん褒めてくれたまえ』


「めんどいから嫌っす!」


『あ、うん』


 シンプルな否定に傷つくアイラさん。どんまい。


 だが、面倒なのは確かである。アイラさんの性格以前に、疲労の問題で。


 ミーアさんが姉のフォローにもセクハラにもいかないのが、その証拠だ。彼女は腰の後ろにあるポーチから小瓶を取り出し、ぐいっと傾けた後に水筒のスポーツ飲料で強引に流し込んでいる。


「魔力の残量は、どれぐらいですか。2人とも」


「私はまだまだいけるよー!そもそも、言うほど消耗する戦い方じゃないしねー」


「私の方も、まだいけます。お婆様からいただいた魔法薬も、まだ2つありますので」


 魔力補給の魔法薬。有栖川教授は『科学的な安全性の保障がされていないから』と、緊急時以外は人に飲ませたがらないが、最近はそうでもなくなってきたらしい。


 自分で色々と試した結果か、あるいは薬の副作用を心配するより、直接の危険が増えたからか。


 たぶん、両方だろう。現在確認できている範囲だが、あの薬のデメリットは味が凄まじくまずいのと、後日強い倦怠感が襲ってくるだけらしい。


 ミーアさんには申し訳ないが、頑張ってもらおう。


『そういえば気になっていたのだが、例の木彫りの牛。どれぐらいの役に立っているのかね?『Aランク』のドロップ品だし、劇的な効果がありそうだが』


 アイラさんが、気を取り直す様にそう聞いてくる。


 ここのモンスターが落とすドロップ品が、戦闘に影響しているか……か。


 嘘をつく理由もないので、正直に感想を述べる。



「たぶん……?」


「めっちゃ役立ってるっす!」


「よくわかりません……」



『んびっくりするほど三者三様だねぇ!?』


 念話越しながらズッコケそうになっているのがわかるアイラさんの声に、エリナさんがカラカラと笑う。


「それはしょうがないと思うな。先輩は効果を実感できる戦い方じゃないし、京ちゃんは元々このダンジョンでも十分な攻撃力だし」


『なるほど……で、あれば。京ちゃん君が魔道具の恩恵を感じるのは、より頑丈で、より強い相手と戦う時というわけか』


「……なら、ある意味ちょうど良いですね」


 エリナさんにドロップ品を渡した後、右近が見張りに加わる。


 それを見ながら、水筒から1口あおった。冷えたスポーツ飲料が、少し茹だっていた頭にちょうど良い。


「ボスモンスターの出現場所は近い……ですよね?」


『……ああ。恐らく、それがそのダンジョンでとる最後の休憩だ』


 探索開始から、1時間と40分ほど。


 幾度もゲーリュオーンやオルトロスと戦い、そして出口辺りにも寄ってだが……それでも、随分と下ってきたはず。


 緩やかな傾斜が主な通路だが、偶に分かり易く階段もあった。こちらはきちんと人間用のサイズだったので、アトランティスの人間も出入りしていたのだろう。


 現在地は、恐らく地下深くだ。ダンジョンなので、実感はもちづらいが。


「そろそろ、行きますか」


「うん!」


「ええ」


 エリナさんに水筒を渡し、アイテムボックスに入れてもらう。そして鞘から剣を抜き、感触を確かめる様に握りしめた。


 そして、深呼吸を1回。意識を切り替える。


「ブラン。僕の斜め後ろにつけ。アイラさん、これより探索を再開します」


『うむ。目的地は近いが、移動中も油断はするなよ』


「はい」


 そうして、再び歩き出して。


 ここまでの道中が嘘の様に、敵と遭遇する事もなく奥へ奥へと進む事ができた。


 辿り着いたのは、荘厳かつ巨大な門。


 壁や天井と同じく黒い謎の石で作られたそれには、青と金の模様が描かれている。血の様に赤い宝石が散らされる様に埋め込まれているが、目立ち過ぎず、されどその存在感を隠す事なく主張していた。


 審美眼など碌にない自分でもわかる、名工が築いた芸術品。それでいて、見る者を圧倒する威圧感を誇っている。


「……では、中に入ります。全員、良いですね」


 振り返り、改めて仲間達に問いかける。


 その答えはわかりきっていたが、それでも言葉にすべきと思ったから。


「うん!もちのろんだよ!」


 ツインテールを揺らし、両手を腰にあてて自信満々に笑うエリナさん。


「……はい。やりましょう。これからの為にも、越えなければならない壁です」


 緊張を声と杖を握る手に滲ませながら、しかし気丈に笑みを浮かべるミーアさん。


 彼女らに、自分も頷く。


『水を差すようで悪いが、それでもあえて言おう。……もしも勝てないと感じたら、即座に撤退するんだ。ゴーレム部隊を捨て石にして、帰ってきたまえ』


 念話越しに、アイラさんの淡々とした声が聞こえてくる。


 それが、優しさからくるものだと言うのが丸わかりだった。だが、もしもそうする時がきたら……それは彼女が背負うべきものではない。


 作り手であり、この場に連れてきた、自分達が背負うべきものだ。『白蓮』達の時と同じく。


 だからこそ、笑みを浮かべてこう答えた。


「はい。ですが、勝ちます」


 剣を握る手に、自然と力が籠る。そして、意識して脱力。


 不必要な力はいらない。自然体でもって、挑むのだ。


『……で、あるならば』


 念話越しに、苦笑まじりの声が響いて。


『行ってこい。そして、帰ってきなさい』


「はい!」


 3人声を揃えて答え、自分とブランがそれぞれ門に片手をつけた。


 得物を持たぬ方とは逆の手で押していけば、漏れ出てくる濃密な魔力。もしも色を付けるのなら、真っ黒な『死』を連想させるものだろう。


 硬い物同士が擦れる音と共に、ゆっくりと開く扉。その厚さ。その感触とは裏腹に、想像以上に軽い。


 自分達の筋力が高いから……ではないだろう。


 きっと、この門は来るものを拒まない。


 しかし、去ろうとすれば見た目以上の重さをもつ。


 分不相応な夢を抱き、この迷宮に足を踏み入れた慮外者を排除するための部屋。


 人が3人通れる隙間が出来上がるが、中は真っ暗なままだ。そこへ、躊躇なく踏み入る。


 ずるり、と。ゲートを潜った時とはまた異なる感覚。転移に似たそれは、門の外からの攻撃を許さぬもの。


 そして、『門番』が起動する合図。



 ───グルルルル……。



 不機嫌そうな、イヌ科の動物の声。それがスイッチだったかの様に、壁に飾られた頭蓋骨が一斉に火を灯す。


 青白い炎で照らされた、広い空間。東京ドーム幾つ分かと思うほどの広大なこの部屋には、しかし何も物が置かれていなかった。


 代わりに、化け物がいる。


 大型トラック程もある巨体。ごわごわとした、毛の1本1本が針の様に鋭く、槍の様に長い黒い体毛。


 石畳の床を踏みしめる四肢は、長い年を重ねた神木の様に太く逞しい。赤黒い色をした爪は、まるで幾千もの血を吸った魔剣に見える。


 だが、何よりも注目すべきはこちらを見つめる3対の瞳。


 鉄すら溶かす炉の炎の様に、赤い眼光。3つの犬の首が自分達を睨みつけ、毒の混じった唾液を垂らす。


 そして、尾の代わりに伸びる鋼色の蛇。眼球はなく、人間など容易く丸のみにできる巨大な口からチロチロと舌を出していた。


 もはや、この怪物が何か語るまでもない。大抵の人間が知る、あまりにも有名な獣。



 地獄の番犬───『ケルベロス』



 曰く、蜂蜜を練り込んだ小麦菓子で注意を引く事ができると言う。


 しかし、この迷宮にいる間。怪物どもは飲食を必要としない。食欲すらもない。


 曰く、見事な音色を響かせる事ができるのなら、この番犬は安らかな眠りに落ちる。


 しかし、この迷宮にいる怪物達は眠らない。一睡もせず、侵入者を今か今かと待っている。


 故に、打倒する手段はただ戦う事のみ。伝説において、それを成したのはただ1人だけ。


 万夫不当。古今無双にしてギリシャ最強の大英雄。ヘラクレスのみ。


 3人がかりではあるが、()の英雄と同じくこの怪物と真っ向から戦わねばならない。それが、『Aランク』。


 ただ静かに、それぞれが得物を構える。今更、ここまで来てただ冥府の番犬に似た怪物に睨まれるだけで腰が引ける者などいない。


 ……いいや。見栄を張った。とても、怖い。


 前言を撤回して、今すぐ逃げ出したくなる程のプレッシャー。目の前の怪物はあくまでケルベロスに似ているからその名で呼ばれているだけだが、神話の中から飛び出してきた様な威容である。


 逃げ出すのなら、今だ。この時をおいて、最良は他にない。


 だが。


「しぃぃ……!」


 口端から、絞る様に息を吐き出し。


 突撃。


 恐怖を置き去りに、迷いを引き千切って。前へ。前へ!前へ!!


『■゛■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッッ!!!』


 出迎えるのは、血の底から響く様な三重の咆哮。それにこちらも雄叫びで答え、剣を振りかぶる。


 風の放出で最大まで加速し、刀身に纏わせた炎を使って剣速をさらに引き上げた斬撃。それと、身を捻り全身の力をつかった右フックの様な軌道の噛み付きが衝突した。


 ケルベロスの頭の1つから生える牙と、燃え盛る刃がぶつかり合う。猛毒の唾液は一瞬で蒸発し、衝撃波が迷宮全体を揺らした。


 拮抗は数秒。互いに弾かれ、質量差で自分の方がより遠くへ押しやられる。激突した箇所の石畳が粉々に砕け、土煙は衝撃波によって既に散らされていた。


 骨に響く衝突の名残に歯を食い縛りながら、魔道具の力を実感する。なるほど。確かにこれは、あるかないかで大きく違う。


 瞬間、距離を取ったケルベロスの3つ首が顎を開いた。魔力の収束はコンマ1秒前後。ただの速射に過ぎないはずの攻撃は、しかし蒼炎の津波となって押し寄せる。


 この世の命あるモノを全て焼き殺さんという、地獄の業火。オルトロスのソレとは天と地も離れた死の具現に、自分を飛び越えて水の大蛇が挑みかかった。


 家数軒を飲み込む大質量の水と、ケルベロスのブレスがぶつかり合う。爆発でも起きた様な音と水蒸気が巻き起こる中、石畳を蹴って飛び上がった。


 風を放出し跳び上がるブランと並び、水蒸気を突き破って3つ首の獣に強襲する。


 だが、それは高速で鞭の様に放たれた蛇の横薙ぎで打ち払われた。咄嗟に防御が間に合うも、自分とブランは別々の方向へ吹き飛ばされる。


 ケルベロスの動きはそれで止まらない。巻き起こった水蒸気を蹴散らし、全身を使って尾を振り回した。再度の横薙ぎが、今度はミーアさんを襲う。


 それを防いだのは、右近と左近。岩と氷のタワーシールドを斜めに構え、石畳に足で線を引きながらも耐えた。


 だが、ケルベロスは更に回転。勢いを殺さず、今度は上からの叩きつけを放つ。


 フリューゲルから風を最大出力で放出。自分自身が砲弾となり、蛇の尾へと突っ込んだ。狙うは、先端ではなく中間部分。


 加速がのりきる前に剣をぶつけ、どうにか軌道を逸らす。


 硬いし、重い。全力で刃を振り抜こうとしているのに、鋼色の鱗には罅が入るだけでそれ以上は進まなかった。


 弾かれる様にこちらも軌道を変え、尾から離れる。直後に、首の1つが、自分目掛けて火球を撃ってきた。


 寸での所で避けたが、近くを通り過ぎただけで凄まじい高熱が肌を炙る。流れ弾が天井にぶつかり、爆音と衝撃波を生み出した。


「ぐぅ……!」


 爆風に背を押されバランスを崩すが、追撃はこない。再突撃をしたブランと、眼球狙いで苦無を投擲したエリナさんにケルベロスの意識が向かう。


 ならばと、自分も直上から吶喊。剣を肩に担ぐ様に構え、頭から標的に急降下をしかけた。


『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッッッ!!!』


 咆哮と共に、ケルベロスが後ろに跳ぶ。凄まじい脚力によって、瞬間移動じみた機動性を見せつけてきた。


 床に衝突寸前で上体を起こし、切っ先から炎を放出して地面と水平になりながら加速。どうにか墜落を回避する。


 そのまま間合いを詰めようとするが、ケルベロスは横方向への疾走を開始した。


 速い。この広い空間を余さず使うとばかりに、その四肢で疾風となる。弧を描く様な軌道で、首のうち2つをそれぞれ砲台として火球を放ってきた。


 最大加速でケルベロスを追いかけながら、バレルロールと三角飛びを交えて回避。ついでにミーアさんに向けられた火球を『概念干渉』で切り払い、突き進む。


 1撃が重いが、それでも耐えられない程ではない。そのまま間合いを詰めていけば、疾走する獣の正面に氷の槍衾が展開された。


 奴自身の加速もあって、このまま衝突すれば串刺しは必至。瞬間、四肢が鋼より硬いはずの石畳を踏み砕いて脅威の跳躍をする。


 大型トラック並の巨体が、10メートル近くも跳び上がった。咄嗟に顔を向ければ、3対の視線とぶつかり合う。


 やばっ……!


『■゛■゛■゛■゛ッッッ!!!』


 3つの顎から放たれる蒼い炎。それは熱線となり自分へ殺到する。


 回避は間に合わない。刀身を掲げ、概念干渉でもって強引に受け止めた。


「っ、ぁぁあ……!」


 刀身が赤熱し、全身から熱と衝撃で悲鳴が上がる。


 受けきれない。どうにか斜めに逸らせば、束ねられた熱線は床を貫いた。氷にバーナーを突きつけた様に一瞬で溶解し、熱線が石畳を引き裂いていく。


 ケルベロスはそのまま首を横に動かし、こちらを追いかけてきた。このブレスが、奴の剣だとでも言うのか!


 溶けかけた剣を放棄し、最大加速で退避する。味方を巻き込まない位置を必死に探しながら、飛翔。蒼い線が床に、天上に線を引いた。


 両足で風を踏みつけ、急停止で熱線をやり過ごす。内臓がひっくり返った様な衝撃に、全身の骨がきしむ音。歯を食いしばりながら、自分自身を蹴りだす。ケルベロスより高い位置を目指して。


 だが、読まれている。進路を遮る様に蛇の尾が伸びてきて、その大口を開けてきた。


「おおおおお!」


 意味のない雄叫びが喉から漏れ出る。ぶつかる寸前でバレルロール。肩をかすめながらも避ければ、眼前に熱線が迫っていた。


 だが、それが自分を襲う寸前で巨大な手裏剣が飛来する。


 ブレスを巻き込み、その場で巨大な炎の竜巻へと変わるそれに、左の拳を構えて突撃。


 タイミングを誤れば腕が切り落とされる刃の回転に、中央の輪へ迷わず鉄拳を叩き込んだ。


 2つ分の『概念干渉』と『魔力変換』。押し負けかけていた大車輪丸が、ケルベロス目掛けて飛んでいく。


 ブレスを引き裂きながら、しかしむしろ沿う様に飛翔した手裏剣。それが、左の頭をかち割った。


 音響兵器と評しても過言ではない絶叫が響く中、鞘の中に剣を再構築。即座に抜剣し、落ちていくケルベロスへと急降下する。


 だが、怪物の瞳は小指の甘皮分も陰っていない。それどころか、遭遇時を上回る眼光でこちらを射抜いていた。


『精霊眼』の予知に従い軌道を変えれば、自分がとっていた進路上に蛇の尾が通り過ぎていく。


 ズン、と。地響きと共に着地した獣。それと相対する様に、数十メートルの距離を開けてこちらも石畳の上に降りた。


 勢いを足裏で火花を散らしながら殺し、剣を構える。


 左側の頭は、確かに叩き割られていた。しかし、その頭も残った片目でこちらを睨みつけている。


 未だ、3つ首は健在。尋常な生物とは『規格』が違う。


『■゛■゛■゛■゛■゛■゛…………ッッッ!!!』


 低い唸り声と共に、ケルベロスは改めてその前足で石畳を踏みしめた。


 自分もまた、腰だめに剣を構え直す。


 ブランが、エリナさんが、右近達が、ミーアさんが。やはり再び得物を構え直した。


 全員が感じ取る。本来そこまでの思考ができないゴーレム達ですらば、理解したのだ。



 ここからが、本番。ケルベロスの()()()()()()()()()が、終了したのだと。



 3つ首の獣の咆哮が、世界を揺らす。口端から漏れ出た蒼い炎が黒い全身を包み込み、鎧にして武器として揺らめいた。


 この怪物こそが地獄の一丁目。罪人達を逃さぬ鎖。この世とあの世の境界線。


 冥府の番犬の、狩りが始まる。





読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
アレだね アイラさんは生真面目よりもふざけてる方が可愛いよ オルトロス→ケルベロスときたらフィールドは冥界かな?もしかしたら白蓮と出会えるかも?
純粋な戦闘回、痺れます。 強敵に挑むその姿はまさに英雄、勇者の類。 顔面半分潰されても全く戦意が衰えないのはさすがの強敵と言わざるを得ません。 遥かな高みのドラゴン討伐の前哨戦として、申し分なしッ! …
一瞬ボスがソルレオンかと思った(流石に古すぎるか?) Bランクダンジョンくらい散歩感覚でクリアしねえと白黒には勝てないのでファイトだ京ちゃん
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