第百五十八話 確固たる1ではなく
第百五十八話 確固たる1ではなく
ダンジョン庁での説明会が終わったのは、もうとっくに日が暮れた頃だった。
赤坂部長の『依頼』は到底即決で頷けるものではなかったのだから、当然である。
ダンジョンの外壁を撃ち抜くブレス。自衛隊による威力偵察の結果、携行可能な火器では鱗にまともなダメージすら入らない程の頑強さ。
魔道具を使っての呪いや毒は効果こそあったものの、致命傷には程遠く。スピード等に関しては不明ながら、鱗から生み出した多数の兵士や配下であるワイバーンがいる為懐に飛び込んで、というのも難しい。
道幅は十分なので大軍を送る事は不可能ではないが、ある程度の『質』がなければ的が増えるだけだ。実力があっても、互いの動きが邪魔になるリスクも無視できない。
つまり、少数精鋭。多くとも小隊規模での攻略が望ましい……のだそうだ。
この依頼は、明らかに冒険者に出すものの領分を超えている。参加者達から反発の声も多数でたが……赤坂部長に文句を言っても、状況は好転しない。
いいや。誰に何を言ったとしても、良くなる事はないだろう。
部長曰く、世界は既に『核攻撃による対処』を考えているらしい。この世界中が疲弊と混乱の中にある状況では、どこも自国の軍隊や武器弾薬を極力消費したくないのだ。
ゆえに、合同で核を落とす事でダンジョンから出てきたドラゴンを討ち取る……そういう計画が、進んでいると言っていた。
無論、彼の言葉を鵜呑みにする気はない。ただの虚言である可能性もある。むしろ、そうであってほしい。
『Bランク冒険者』ともなれば、各々ある程度のコネクションは持っている。説明会の後、皆核攻撃の可能性について調べているはずだ。
赤坂部長も即決には期待しておらず、時間をかけて考えてほしいと締めくくった。
ただし、猶予はそれほど残されていない……という言葉と共に。
* * *
「はぁ……」
宿泊しているホテルでシャワーを浴び、備え付けのタオルで頭を拭きながらベッドに腰かける。
服は持ち込んだシャツとジャージのズボンなのでいつも通りの格好なのだが、この高級感溢れる部屋のせいでどうにも落ち着かない。
エリナさん達と同じホテルに泊まったが……やはり、自分には分不相応に感じる。
スマホを手に取った後、しかしすぐにベッドの上へ放り投げた。今はネットやゲームで遊ぶ気にはなれない。
説明会の後、色々とぼかしてアイラさんに聞いてみた。
『もしも例の白い竜がダンジョンの外に出た時、各国政府は援軍を送ってくれると思いますか?』
その問いかけに、彼女は。
『……ババ様の古い友人や親戚から、英国に帰ってくる様に何度も連絡がきている。元からそういうのはあったが、君達が白い竜と遭遇した日から……倍以上になった』
と、教えてくれた。とても、歯の奥に何か詰まった様な口調で。
赤坂部長の言葉をただの嘘だと、そう断じる事は出来そうにない。日本を見捨てたのは英国だけ、という事はないだろう。最近のニュースを見ていると、あそこはかなり親日な国だ。
外国からの援軍は期待できず、自衛隊だけでは戦力が足りない。それでいて、ダンジョンの増加を防ぐ為にも一刻も早い異世界への自衛隊派遣が必要。
そして、あの2体のドラゴンがこちら側に来たら地脈が侵食され、ゲートが大量出現する事になる。その対処として、竜達が出て来た瞬間核攻撃が行われる可能性が高い。
阻止するには、ダンジョン内であの2体を倒す必要がある。それには少数精鋭での作戦が望ましい。
……うん。理解は、できた。納得は別として。
「ふぅ……」
また、小さくだがため息が出た。
理屈はわかっている。赤坂部長の言う事が、『日本を救う』為に必要だと。
そんな作戦に、冒険者とは言え民間人を巻き込むなとも思う。ただ、核攻撃が行われたらそんな事も言っていられない。
ついでに言えば、核なんて選択をとった諸外国にも強くは批判できなかった。だって、もしも同じ立場なら自分だってそうする。対岸の火事が自宅にまで飛び火しそうになったら、燃えている人の家をハンマーでたたき壊して延焼を防ごうとするのが普通だ。
そのハンマーが、色んな意味で異常だけど。それでも、道理ではある。
……いっそ、海外に逃げてしまおうか。
教授に土下座でも何でもして、自分と身の回りの人だけでもイギリスに避難する。働き先は、覚醒者の肉体があれば意外と何とかなると思いたい。
言葉や文化の壁はあるが、教授のおかげで去年までの自分よりはだいぶマシになっている。現代はアプリでの翻訳でも出来るはずだ。それに、これまた教授頼りで情けないけど、どうにか仕事を斡旋してもらえないかお願いするのも有りかもしれない。
元々、自分はあの人の研究室から依頼を受けてダンジョンに潜っていたのだ。その延長……という形で、頼ってみるのも悪くないだろう。
考えれば考えるほど、案外なんとかなる気がしてきた。世間知らずなガキの妄想かもしれないが、あの白い竜と戦うよりはマシだろう。
───そう、思うのだが。
どうにも、『納得』がいかない。
そう、納得だ。理性的に考えて、この判断は正しい様に思えるのに、納得できないでいる。それは、何故だろうか?
愛国心がないわけではないが、自分は『お国の為に死ね』と言われたら迷わず逃げるタイプである。命を懸けられる程の愛着はない。
海を越えて逃げる事を、恥と思っているのか?一切恥を感じないわけではないが、プライドと命なら命を取る。たとえ相手が気に入らない奴だとしても、自分や家族の命の為なら靴だろうと舐めるつもりだ。
だからこそ、謎である。自己分析をすればするほど、首を傾げざるを得ない。
「………」
無意識に、手がスマホに伸びていた。
電話帳を開き、目当ての人物の名前をタップする。2コールで、相手は出た。
『もしもし~?どったの京ちゃん。あ、これから遊ぶ!?』
いつも通りの彼女に苦笑をし、スマホ越しながら首を横に振った。
「いや、そうじゃなくって。少し、相談したい事があったから」
『ほうほう。相談とな?よかろう!忍者マスターたる私になんでも聞くがよい!まずは印の結び方だね!』
「あ、そういうのは結構です」
『!?』
自称忍者が劇画風の顔面になっている気がするが、無視して言葉を続ける。
「その……エリナさんは、白い竜の件。どうするつもりですか?」
『勿論、ぶっ殺しに行くに決まってんじゃぁん!やろう、『インビジブルニンジャーズ』にガンくれやがったんだからよぉ!!』
「まあ、そう言うと思ったよ」
『何より国家の存亡をかけて巨大な敵に挑むとか、凄く忍者っぽい!』
「それも、言うと思った」
予想通り過ぎて、思わず笑ってしまう。
電話の向こうの彼女も、いつも通りの笑顔を浮かべているのがわかった。
『先輩は勿論戦うつもりだし、パイセンも付き合ってくれるって!』
「アイラさんが?というか、事情を話したんですか?」
『うん!お婆ちゃま経由で聞いたから、問題なしだって!』
「なるほど……」
自衛隊派遣の件を考えると、ほとんど同じタイミングで教授にも説明がいったと考えるのが自然か。
アイラさんは……まあ、色々優秀な人だし、孫というより助手扱いで教授から教えられたのだろう。たぶん、自分が説明会後に電話した少し後ぐらいに。
『だからさ、安心してね京ちゃん!』
「え?」
いつもの口調で、しかし妙に力がこもった言葉で。エリナさんが告げる。
きっと、あの太陽の様な笑顔のまま。
『びゃっちゃんの仇も、京ちゃんの不安も、この忍頭エリナさんがまるっと解決してあげるんだよ!!』
「───……ああ」
彼女の言葉で、ストン、と。
胸の中で、何かが納まった気がした。
スマホを耳にあてたまま、染み1つない天井を眺めて。そして、顔を正面に向ける。
電話越しに、この自称忍者の能天気な顔を思い浮かべながら。
「エリナさん」
『なぁに?あ、もしもイギリスに行くんだったらね、確か向こうでは不人気だけど日本人的にはわりと好物件な』
「そのツインテール掴んでぶん投げるぞたわけ」
『TAWAKE!?』
色々と悩んでいたのが、馬鹿らしくなってきた。
エリナさんは、確固たる己をもつ故に。
アイラさんは、家族を思う故に。
ミーアさんは、誰かの特別でありたいという意思故に。
雫さんは、家族の工場。愛花さんは、友情故に。
皆が強い『1つ』の思いで戦う覚悟を、この地に残る覚悟を決めていたから。自分もそうしなきゃと思い込んでいた。
たった1つの理由に、命を懸けられる方が珍しい。自分の周りには、随分と強い人が集まったものだ。
平々凡々なこの身には、真似できない事である。
だから、自分は自分なりの答えで良い。
「僕も、戦うよ。逃げはしない」
『……いいの?私が戦うって言っちゃったから?京ちゃんは、合わせる必要ないんだよ?』
「まあ、ぶっちゃけると。それもある」
『やっぱり。それなら』
「でも、それだけじゃない」
『……?』
確固たる『1』ではない。手放せない多くの為に。
「僕は、貴女と離れたくありません」
『───』
「貴女と共に戦う権利を、一時的にならともかくずっと手放すなんて嫌だ」
『うぇ?あ、うん?』
「それに、アイラさんやミーアさんとも離れたくない。雫さんや、愛花さんとも。勿論、家族とも。皆、大切な人だから」
『……うん。そうだね』
「ついでに……白蓮を消し炭にしやがったあのクソトカゲの脳天を叩き割らずに逃げるのは、我慢ならない」
『その通り!』
「だから」
これを言ったら、きっと自分は後戻りできない。
それが、何となくわかる。わかっていても、止まれない。止まる気がおきない。
「竜殺しをします。一緒に戦ってください」
『応とも!ぶちかましてやろうぜ、相棒!!』
電話越しに笑い合う。
このやり取りが、呪いとなるか。呪いとなるか。それは、これから次第になるだろう。
だが、今は。この瞬間は。とても、心地よかった。
……しかし、自分を相棒と呼んでくれる彼女に対し、まだ言えていない理由があった。
通話を終え、スマホをベッドの上に置いて。そっと両手で顔を覆う。
「言えるわけねぇ……」
───貴女の事が好きだから、一緒にいたいんです。
「こんなタイミングで一方的に告白とか、絶対キモい奴じゃん……!」
エリナさんは誰にでも優しいし、友情に厚い人である。きっと、自分の様に勘違いしたバカは星の数ほどいたに違いない。
それをあの天真爛漫な笑顔で、あるいは困った様な笑顔で一刀両断してきたのだろうな。
やばい。今ぶった切られたら、絶対立ち直れない。『錬金同好会』みたいにホムンクルス嫁に逃げる。
いや、もしもだよ?もしも、ワンチャン、エリナさんと両想いだったとしてもだよ。
「しかもアイラさんやミーアさん、雫さんや愛花さんも好きかもなんて、不誠実通りこしてカスだよ……!!」
えぇ、僕ってこんなダメ男だっけ?マジで?ちょっと死にたくなってきた。
ちゃうねん。男子高校生なんてさぁ、周りに美少女がいたら全員とお付き合いしたくなるもんなんだよ!何ならお突き合いもしたくなるんだよ!
だとしてもさぁ!思考が!全部!下半身じゃん!
そこに愛はあるのかって?あるよ!あるから余計に困ってんだYO!
あ゛~……教授の授業で、『一夫多妻の文化について』『ハーレムのメリットデメリット』『はたして、合法な場合一夫多妻は悪なのか』とか度々話題に出ていたから、影響されたのかな?
いや、人のせいにするのは良くない。そもそも、教育者の鏡である教授にその様な意図があろうはずがないのだ。反省しろ、僕。
つまり、この節操無しな発想は自分の内から出てきた……てこと!?
もしや、死んだ方が良いのでは?嘘じゃん。生存欲求を恥が上回りそう。
切腹しようかな……いやそのぐらいじゃ死なないけど。苦しいだけで。
「はぁ……いっそ、日本が一夫多妻制になって、全員僕に惚れていたらなー。……どこのエロゲだよ」
自分で言っていて悲しくなる。空しい。我ながら童貞を拗らせすぎである。
もう寝よう。信じられないぐらいフカフカのベッドに身を任せ、諸々の悩みは明日の自分へ丸投げするのだ。
とりあえずあのクソトカゲは殺す。だいたいあいつが悪い。
無駄にデカい首を叩き切ってやる。竜殺しを目指す理由が、また1つ増えた。
スマホを充電器につないで、トイレで用を済ませた後にベッドの中へ。
リモコンで明かりを消し、目を閉じる。
ベッドが良かったからか。はたまた、別の理由か。
今日は、よく眠れる気がした。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.核ミサイルで赤と白のドラゴン倒せるの?
A.
ファッジ・ヴァレンタイン大統領
「日本のコミックに良い台詞がある。100発でダメながら、1000発叩き込めば良い」
まあ、実際は1000発も叩き込まないでしょうが、それでも『1体につき複数発同時にぶっぱすれば』、相手が迎撃しても近距離での爆発で十分殺せます。ドラゴンには魔力が宿っていない武器への高性能レーダーなんてないので、アンブッシュも不可能ではありません。
なお、鼬の最後っ屁ということわざが……。