第百五十六話 百鬼夜行さえ注目する
第百五十六話 百鬼夜行さえ注目する
自作マギバッテリーの試験も済んで、暫く。
まだ10月の上旬と言える頃の、土曜日。自分は再び東京へとやってきていた。
東京駅ではトイレ以外ひたすらエリナさん達の背後をキープする事で、遭難する事を回避。我ながら成長を実感する。
前回や前々回は、人の波に流されいつの間にかはぐれていたからな……。
そんなこんなで、ホテルにチェックインした後霞ヶ関にある中央合同庁舎へ向かう。バスは人が多く乗れなかったので、タクシーにて移動した。
しかし、相変わらず東京は人が多くて目が回りそうである。これでも『覚醒者の日』よりは少ないというのは、本当なのだろうか。
だが意外なのは、『東京事変』後も人がそれほど減っていない事だろう。
というのも、『東京ならいざと言う時強力な覚醒者達が戦ってくれる』という噂が広がっているのだとタクシーの運転手さんが言っていた。
東京事変では当時の『Bランク候補』達が。そしてこの前山下さん達が交戦したという謎のモンスターは、彼らと『通りすがりの凄腕覚醒者』が対処している。
実際にそんな幸運……いや、不幸中の幸いが何度も起きるとは思えないが。せっかく街が賑わっているのに、わざわざ否定する事もあるまい。
適当な愛想笑いと相槌で濁している内に、合同庁舎に到着した。
料金を現金で払い、助手席から外へ降りる。
「ありがとうござい……えっ」
車から出る自分の背中にかけられた運転手さんの言葉が、不自然に止まった。
どうしたのかと振り返ると、彼は目を見開いてこちらを見ている。
「この場所で、その背中……まさかあんた……!」
「送ってくれて、ありがとうございました」
問いかけには答えず、営業スマイルを向けた後に気持ち大股で合同庁舎へ足を動かした。
歩きながら、隣にきたエリナさん達に冷や汗を流しながら小声で尋ねる。
「僕の背中、そんな特徴的ですかね……」
「いえ。ですが、レベルアップのせいか妙な威厳が後ろ姿にあるのかもしれません」
『正面から見ると威厳も何もないのだがな!』
「忍者は背中で語る、だね……!」
「すみません、ボケるならちょっとツッコミを入れる間をください」
「私ボケてないよ!?」
『私も本音だが?』
「なお悪いわ」
そんなアホな会話をしつつ、受け付けを済ませた後エレベーターに乗り込んだ。
メールで指定されたフロアに到着し、降りてすぐの場所にあった案内板に従い進んでいく。前回と同じ部屋の様だ。
両開きの扉を前にして、思わず遠い目をする。
「……他の『Bランク冒険者』達、更生していると思いますか?」
「無理でしょう……彼らはもう、戻れない所にいますから」
『ミーアも大概だがな』
「姉さん?」
イヤリング越しに姉妹で騒ぎ始めたミーアさんを横目に、小さくため息を吐く。
また、あの百鬼夜行を直視せねばならないのか。そう思うだけで気が滅入る。
そして、前回の事を思い出して慌ててエリナさんの方に振り返った。
「どうしたの京ちゃん?私は準備万端だよ!」
フルアーマー馬鹿が、そこにいた。
『私が新時代の忍頭』と書かれたタスキに、『インビジブルニンジャーズ・見参!』と書かれた旗。
手には『里長選挙にて清き一票を』と書かれたビラの束が抱えられ、何故か自分とエリナさんの顔が印刷されている。何やら言った覚えのないキャッチコピーまで書いてあった。なんだ、『僕の風遁に抱かれて昇天しちまいな』って。地獄に落とすぞ。
大正ロマン溢れる装いの金髪美少女が、ちんどん屋でもしない様な格好で目をキラキラとさせている。タスキや旗以外にも、ハチマキにゴム製手裏剣を吊るしていたり、忍者刀……恐らく竹光を腰に佩いていた。
「エリナさん」
「うん!私と京ちゃんの連立政権の為に、頑張ろうね!当選の暁には先輩とパイセン、シーちゃんアーちゃんを幹部と相談役に迎えて、一緒に里の運営をしていこう!」
「貴女の首を鷲掴みしたまま僕が家まで全力疾走するのと、今すぐそのアホみたいな格好をやめるの。どっちが良い?」
「いやん!京ちゃんのエッチ!こんな所で脱げだなんて破廉恥さんだよ!」
「…………」
「色々しまうからちょっと待ってね!」
無言で指の関節を鳴らした事で、こちらの本気が伝わったらしい。
タスキや旗、ビラや謎の装備一式をアイテムボックスにしまい、不審者から袴姿の美少女に戻ったエリナさん。
彼女は唇を尖らせ、子供みたいに不満を露にする。
「ちぇー。京ちゃんのけちんぼー。勝手に台詞考えたのそんなに怒るなんてー」
「むしろそこ以外に怒る箇所がないと思っていらっしゃる???」
かつて、『エリナさんは常識という鎖に縛られない』と評した事がある。
別方向で縛られなさすぎだろ、この自称忍者。
「もう既に疲れたけど……いい加減、覚悟決めて入りましょうか」
「なんで説明会に参加するだけで、こんな心境にならないといけないんでしょうね」
「楽しみだね!!」
ミーアさんと2人して遠い目をするが、相変わらず自称忍者は元気である。
あれか。この人もあちら側の人間だからか?残念その2に関しては、比較的常識人であろうとしているから辛いのかもしれない。
この場唯一の常識人としては、どうにかこちら側に留まってほしいものである。
「開けますよ……」
一応2人に声をかけてから、扉を開く。
小声で『失礼しまーす』と言いながら入室すれば、やはりというか。カオスとしか言えない空間が広がっていた。
攻めと受けを交互にやっている、ドリルヘアーお嬢様と猫耳男装執事。
何やら筋肉の比べ合いをしている、ビキニアーマーけつ毛おじさんとマッスルサンバ女性。
部屋の隅で何やらロウソク攻めしている、男の娘コンビ。
髪の毛をぶつけ合い、お互いに褒め称えているリーゼントとアフロとモヒカン。
前回は見かけなかった、幼稚園児の様なスモック姿をしたダークエルフの美女。
これまた初見となる、背中に蝶の様な翅を背負った上半身裸のドワーフ男性。
……やだ。もうおうちに帰りたい。
眼前の百鬼夜行に、一昔前に流行った『しわしわピカチュ●』みたいな顔になる。
「おおっ、そこにいるのは『インビジブルニンジャーズ』か!」
「そうです!私達がインビジブルニンジャーズです!!」
エリナさんが元気よく返事をした方向へと、嫌な予感を抱きながらも視線を向けた。
視界一面に、肌色が映る。
正確には、豊かな胸毛とたくましい胸筋。そして綺麗なシックスパックが迫っていた。
「久しいな!息災で何より!」
「うむ。若者は元気が一番だ」
UMA、星条旗ブーメランオヤジ。妖怪、褌イッチョ爺が現れた。
相変わらず暴力的な光景だ。悪い意味で。
「あ、どうも……東京事変の時は、避難する人達の護衛ありがとうございました」
「なぁに。我々はただ己の正義に従ったにすぎん」
「左様。力ある者の責務を、そして大人としての役割を果たしただけだ」
本当に、言動は立派な人達なんだよ。あの時も思ったけど。
その分見た目のインパクトというか、攻撃力が高すぎるだけで。
「ふっ。その時に私はいなかったからね。少し居心地が悪いよ」
「あ、貴女は」
そこへ、白いタキシードにシルクハット、仮面で顔を覆った女性がやってくる。
……まさか、この見た目で『Bランク』の中ではまともな格好に分類されるとは。
「やあ、皆元気そうだね。どうだい?1つバトルでも」
「あ、いえ。もうすぐ説明会も始まるので……」
「そうか……残念だ」
タキシードの前を開き、大量の遊●王デッキを見せてくる白仮面さん。
顔は見えないが、こちらの返答に心の底から悲しんでいるのが伝わってくる。
だけど何故だろう、これっぽっちも罪悪感がわかねぇや。うん、だってこれ僕変質者に絡まれている被害者だし。実際悪くないもんな。
なんで入室から3分で変質者に絡まれてんの?
「君の様な有名人を沼に沈めれば、より多く布教できると思ったのだが……この後時間ない?」
「すみません、先約があるので……有名人?」
この後エリナさんに色んなお店を連れまわされる予定なので、嘘ではない。
しかし、有名人呼ばわりには引っかかった。
「そんな僕の背中って目立つんですか……?」
「別に背中限定ではないよ。そもそも、高位の覚醒者は生物としての『規格』が違う。ただ立っているだけで、人々の注目を集めるものさ」
「はぁ」
つまりあれか。無意識に漏れ出ている魔力に、本能的に反応してしまうと。
……もっと、魔力制御を鍛えた方が良いかもしれない。
「その上、東京では君に関する商品も幾つか出ているからね」
「なんて?」
「インビジブルニンジャーズ饅頭。インビジブルニンジャーズ煎餅。矢島京子写真集。矢島京子戦記。矢島京子愛用の紅茶ショップ……」
「待って。いや本当に待って」
咄嗟に第一容疑者である自称忍者に視線を向けるが、即座に首が横に振られた。
この人がやるとしたら『良かれと思って』なので、嘘ではないのだろう。であれば、知らない人が勝手にやっているという事だ。
「そんなものを出した覚えはないのですが……というか、誰ですか『矢島京子』って」
「君の変身した姿ではないのか?なら、やはり噂の通り『インビジブルニンジャーズ幻の4人目』……?」
「存在しねぇよそんなもん」
白仮面さんが、スマホの画面を見せてくる。
そこには、よりにもよって文化祭で女装した自分の姿が映っていた。彼女の手袋に包まれた指が画面をスライドすると、体育祭のメイド姿も表示される。
……なるほど。
「エリナさん」
「お婆ちゃまに電話したよ!弁護士さんは任せて!」
「恩に着ます」
「いいって事よぉ!」
商魂たくましいのは良い事だが、限度はある。
堪忍袋の緒が切れちまったよ……。
「おお、怖い怖い。ま、これも有名税というやつだ」
「だから目立つのは嫌なんですよ……!」
「忍者だからね。ショックだよね」
「忍者ではない」
「!?」
僕だって承認欲求はある。だが、有名人になって『商品』にはされたくない。自称批評家に好き勝手言われ、ネットで玩具にされるのはごめんだ。
そんな会話をしていると、もうそろそろ説明会の開始時間だ。
変態どもの対応を自分に丸投げして壁の花になっていたミーアさんに抗議の視線を送った後、手近なパイプ椅子に座る。
しかし、白仮面さんの言う通り自分はわりと目立っているらしい。
軽く室内を見回しただけで、結構な数……少なくとも、東京事変にいた面子とは目が合った。
「やはり里長選挙では、京ちゃんがメインになりそうだね……!」
まあ、自分が目立っているというより、隣の自称忍者に注目が集まっている可能性もあるが。
なんせ顔が良く、それでいてこの百鬼夜行でも埋もれない個性もちなので。ド級変質者の一員とも言う。
だが、自分達よりも注目を集める存在が部屋に入ってきた。
先頭を行く、小柄ながら出る所が出たスタイルの、長い黒髪をツーサイドアップにした少女。
その左右を固める、エルフ耳に抜群のスタイルを誇る美少女に、灰色の髪をポニーテールにしたスレンダー美少女。
タイプの違うその3人組にも、白仮面さんが話しかけに行く。そして、室内全ての視線が数秒、彼女らに集まった。自分も例外ではない。
存在感と言うのなら、あの3人組が頭一つ抜けている。
純粋な魔力量の話ではない。生来の『オーラ』と言うべきか。もしもこの世界が漫画だったら、彼女らこそがメインキャラなのだろう。
彼女らの事を扱う番組を、何度か見かけた事があった。ネット上ではほとんど常にスレッドがたっている。それも、好意的な内容のものばかり。溢れ出るカリスマと強者の風格が、多くの人を虜にしているのだろう。
時代が違っていたら、王様にでもなっていたのではないか。そう感じさせる少女達の入室に、この場に集った猛者達の意識が引き寄せられている間に。
1人の男が、静かに別の扉から入って来る。
「皆さん、お待たせしました」
艶のある黒髪を綺麗にセットし、高そうなスーツを違和感なく着こなす30代ぐらいの男性。
舞台俳優でもしていそうな顔立ちに、人のよさそうな笑みを浮かべて部屋の上座に立っている。
赤坂雄介。ダンジョン庁部長にして、この面々を集めた張本人。
そして、あの3人組を見事に制御している『怖い人』であった。
「それでは───説明会を、始めさせていただきます」
『Aランク冒険者制度』の説明会が、始まる。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.矢島京子って名前に体育祭や文化祭の写真……やりやがったな、伊藤とその仲間達!
A.いいえ。彼らは許可なくそういう事をしないので、全くの無関係です。情報社会ですからね。SNSに上がった京子ちゃんの写真が、回りまわって……。
なお、本筋とはマジで関係ないので矢島京子が今後話題に出るかは不明。