第百五十四話 説明会再び
第百五十四話 説明会再び
カレンダーをめくり、遂に10月となった。街路樹の葉が僅かに赤や黄に変わり始め、気温もだいぶ落ち着いてくる。天気予報によると、あと2週間もすれば紅葉のシーズンに入るらしい。
キャンプへ行った日から数日。自分は、放課後に1人で雫さんの工房へとやってきていた。
「ほらよ。これが注文されていた外装と、それに合わせた背当だ。背当の方は、元々ある胴鎧を分解して取り付けできる。前に渡した説明書の通りにやれば良い」
「ありがとうございます。報酬は口座に入れておいたので」
「おう。後で確認する」
作業台に置かれた外装と背当を一通り確認し、大型のバックに入れる。
相変わらず良い腕だ。同い年とは思えない。スキルの影響もあるのだろう……と考えてしまうのは、流石に失礼か。
「しかし、今日はお前1人で来たんだな」
「そういう貴女も、今日は愛花さんなしなんですね」
「あいつは塾だよ。つうかずっと一緒にいるわけじゃねぇ」
「まあ、僕もそんな所です」
「……そうかよ」
ジトっと、彼女が三白眼で睨みつけてくる。
それに、苦笑を浮かべながら目を逸らした。
エリナさんと一緒に来なかった理由は、自分が『逃げた』からである。そんな事は、本人以外には丸わかりらしい。
「……別に、あいつはお前の答えに関係なくバカみたいに笑っていると思うぞ。お前の隣でな」
「……そうですね」
官房長官のあの記者会見から、もう1週間以上経っている。
国内外の反発から少し遅れたが、それでも。
───あの会見の通り、『ダンジョンの一般公開』は再開された。
* * *
『酷いよ京ちゃん!私を置いて帰るなんて!?』
「あー、ごめん」
『いいよ!』
家に帰ってすぐ、エリナさんが念話を飛ばしてきた。
『まあまあ。そう怒るなエリナ君』
『ほえ?怒ってないよ?』
『京ちゃん君も男の子……つまり、溜まっていたのだろう……』
「セクハラで訴えんぞ、残念女子大生」
『たまるってなぁに?』
『見たいアニメとかゲームの事だね!で、京ちゃんくぅん?なぁんで私がセクハラで訴えられなきゃいけないのかにゃぁ?私がいつ、セクシャルな事言ったかにゃぁ?エッチな君の脳みそで説明してくれないかにゃぁあ?』
「うっっぜ」
『すみません、今エッチな話していませんでしたか?』
「ミーアさんが釣れた。それが証拠です」
『くっ、ここは分が悪い!私は研究室に戻らせてもらう!』
「最初からそうしろ」
『おや、姉さんは忙しいんですね。ではこの話はまた後で。あ、それと京太君。先ほど警察から連絡がありまして、キャンプ場に置いていったテントや椅子。送ってくれるそうです』
「あ、それは良かったですね。本当に」
『ええ。では、私もまだ講義があるので』
「お前もかブルータス」
この残念姉妹、もう少し学業を大事にしなさいよ。
……まあ、このメンツで1番学業の成績が悪いのは自分なのだが。
地頭の差に加え、今の世の中娯楽に溢れているので。ついついネットやゲームに……反省しよ。いや、ゴーレムの整備やら何やらもあるんだけどね?
『それより京ちゃん。シーちゃんの所へ行っていたって事は、やっぱりブーちゃんの装備?』
「うん。外装と、マギバッテリーを取り付ける用の背当をね」
念話をしながら、外装に説明書と睨めっこしながら『中身』を入れている所だ。
自作のマギバッテリー。その見た目を端的に表すのなら、『金属で出来た心臓』と言うのが適しているだろう。
材料はほぼダンジョンに関係ない、地上の品だ。大半は普通の鉄だが、ルビーの原石やら銀やら使っているので、自分で調達に行けない分かなりお高い。
余分な魔力がついていると材料として相応しくないので、錬成して用意できないのが地味に大変である。『錬金同好会』は、錬金術を使っても魔力がつかない技術を持っているのかもしれない。あるいは、魔力を剥がす事が出来るのか。
何にせよ、彼らの作った物を使えない以上自分で用意するしかない。外装に納め、専用の注入口を開けてこれまた自作の魔法薬を流し込む。
『どーお?実戦で使えそう?』
「たぶん……」
蓋を閉じネジを締め、机に置く。魔法薬がこぼれる様子はない。
マギバッテリーと呼ばれてはいるが、電気を使うバッテリーとはまた違う。同好会の資料と、『魔装』の本。そして自分で書いたレシピを何度も見比べて何度も頭を捻ったものだ。
早速、目の前の自作マギバッテリーに魔力を流し込む。きちんと動いてくれると良いが……。
「……よし」
『お、上手くいった!?』
「恐らくは、だけど」
魔力は確かに内部に溜まっている。しかも、結構な量だ。
同好会が作ったものと比べ、このマギバッテリーは対象への魔力供給量が大きい。というか、下手に絞ると壊れる。その分早く燃料切れを起こすが、『ブラン』の全力戦闘を支えるにはこれぐらい必要だ。
ブランも『白蓮』も、自分の足りない腕を補う為に燃費を犠牲に性能を無理矢理高めたピーキーなゴーレムである。そっちを改善せずに燃料の方をどうにかするのは、技術職の人達が聞いたら酷評されそうだが。
それでも、今はこれが自分にできる最善だと信じている。
「後はブラン側のボディを少し調整して、試運転が終われば実戦に出せる。交換用のも2つ用意してあるから、現場でもきちんと取り換えられるか確認しないと」
『ダンジョンに行くの?』
「……いや」
数秒ほど言葉がつまり、どうにか絞り出す。
自分でも、ごく自然に『ダンジョンへ行く』前提で思考していた。
実際に行く事を考えたら、こうして手が止まってしまうくせに。
「もう少しだけ……考えたい」
『うん、良いと思うよ。悩む事は大事って、お婆ちゃまも言っていたから』
「ありがとう……」
一応の完成を迎えたマギバッテリーを撫で、小さくため息を吐いた。
我ながら情けない。ミーアさんも答えを出して、仲間内で未だ尻込みしているのは自分だけだ。
理性ではそれで焦ってはいけないとわかっているのに、心がざわついて───。
『ストップだよ京ちゃん!』
「はい?」
突然エリナさんが大声を出したので、首を傾げる。
ストップ?なにが?
『私でもわかるよ!さてはウジウジモードに入っていたね!』
「うじうじって……まあ否定はしないけども」
『悩むのは良いけど、自分を責めるのはダメ!よし、今から遊ぼう!ゲーム機のスイッチをオンだ!』
「いや、これからブランの調整……」
『あーそーぼーよー!京ちゃんはいつの間にか帰っちゃうし、シーちゃんも仕事って言って先に行っちゃうし、アーちゃんは塾へ直行で私は寂しく帰る事になったんだよー!?』
「転移で帰れば寂しいも何もないのでは……?」
『まあまあまあ!心機一転、遊びに熱中しようぜい!』
「……わかった」
押し負ける形になったが、彼女の言う事は一理ある。
苦笑と共に、頷いてゲーム機を取り出した。
『よっしゃー!どれやる?どれで遊ぶ?』
「じゃあレースで」
『ようし!私の牛車が火を噴くぜぇ!』
「それ事故ってない?」
そんなアホな会話をしながら1時間ぐらい遊んだ後、スマホにメールが届いている事に気づく。
最近やたら迷惑メールが多いのだが、まただろうか。
そう思いつつ確認すると、ダンジョン庁からだった。かたりの可能性もあるが、一応開いて内容を確認する。
「……は?」
表示された文章に、思わず気の抜けた声が出た。
堅苦しい前置きやら何やらを差っ引くと、内容はこの様な感じである。
『Bランク冒険者の皆様へ。新たにAランク冒険者をダンジョン法に加える事を政府は検討しており、昇格についての説明会を行う予定です。日程については以下の通りですので、是非ご参加ください』
……この前Bランクが出来たばかりですけど?
というかこの文面。『検討』と言っているが、十中八九既に確定しているのでは?いや、確定としてしまうとマスコミにバレた時何か言われるからか。
それはそれとして……もしかして、この国って現状マジでやばい?
政治や経済に疎い自分でも、このタイミングで『Aランク冒険者』を新たに作る事への世論の反応は予想できる。それなのに実行するという事は、もはやなりふり構っていられない事の現れではないか。
眉間に皺をよせながら、目を閉じて上を向く。そして、まだつけたままだったイヤリングに魔力を流し込んだ。
これは、どう考えても1人で考える話じゃない。
* * *
『これはネットの海にて度々『政府の回し者さん乙!』と言われるアイラさんでも、こう言わざるを得ない……グッダグダだな!日本政府!しかも崖っぷちと見た!』
エリナさん達にも同様のメールが来ており、ダンジョン庁に直接電話して確認した所。偽メールではない事が確定した。
その結果、アイラさんが笑い交じりに叫んだのである。
『いやはや。これは赤坂氏の考えではないか……彼自身が、相当焦っているな?なんか両方の気がしてきたぞぅ』
「そうなんですか?」
『ま、実際の所はまだわからんがね。しかし、『Aランク冒険者』が新設されるのはほぼ確定だろう。ただし、ある程度は間を開けるだろうね。代わりに『Aランク候補』という形でダンジョンに放り込むのだろうが』
「ですよねー」
『Bランク候補』の時と同じである。
なお、メールには最後の方に『出来るだけ関係者以外への口外はご遠慮ください』とあったが、アイラさんは自分達の仕事仲間。問題ないな、ヨシ!
『で、どうするのだね君達。行くのかい?』
『私は行くよ!忍者だからね!』
『私も行こうかと。Aランクに上がるかどうかは、説明会を聞いてから考えます』
『先輩も忍者だからね!』
『忍者ではないですね』
『!?』
『京ちゃん君は?』
「……行きます」
少しだけ迷った後、頷いた。
「冒険者を続けるかどうかも悩んでいる途中ですが、聞くだけ損はない。それに……この施策を出そうと思った理由も知りたいので」
『そうかね。ま、もしも『聞いたからにはこの契約書にサインしてもらおうかぁ!』ってなったら、ゴリラパワーで脱出すると良い』
「誰がゴリラか」
『忍者だね!』
「忍者ではない」
『!!??』
『え、えっと……全身スケベ人間?』
「無理に乗っからないで良いんですよ、残念その2」
『残念じゃないですよ!?少なくとも私は!』
『ミーア?京ちゃん君?』
全身スケベなのはお前じゃいというツッコミはぐっと堪え、『私はクールビューティーなんだが?残念じゃないんだが?』と寝言をほざく残念その1はスルーする。
アイラさん、可哀そうに。念話に使い過ぎて、鏡の本来の用途を忘れてしまうなんて……。
それはさておき。改めてスマホでメールの内容を確認する。
「……まあ、不満があるとしたらですね」
我ながら、口が『へ』の字になるのを自覚する。
「どうしてこう、毎回集まる場所が東京なんですか。もっと全国4カ所ぐらいにわけてやってもらえません?」
『どうしたカッペ野郎君。怖いか……?東京駅が……!』
「うるせぇ残念その1。迷子になったらお願いします」
『承った』
『それもまた……忍者だね!』
「いやだよ駅で迷子になる忍者とか」
ワンチャン、東京駅には人を迷わせて食い殺す魔物でも潜んでいるんじゃないかとも思うけども。
『覚醒の日』以前から迷宮と呼ばれる新宿駅や大阪駅は、はたしてどれ程の魔境なのか……。
特別方向音痴ではないはずだが、背筋に冷たい汗が伝う。
僕は、ダンジョンへ挑む前に東京駅と言う名の迷宮へ挑まねばならないのか……。
『ははん。さては京ちゃん君が内心でボケにボケまくっているな?』
「こっちは真剣に悩んでいるんですよ、ちくしょう」
『そんな京ちゃんに朗報どぅえす!この忍者セットを購入し、エリナちゃん直伝の忍者修行を受ければどんな場所でも迷いませぇん!なぁんと今なら0円!やっすぅい!』
「詐欺の文章じゃねぇか騙されんぞ」
『京太君が迷子……京太君が幼児……は、破廉恥ですよ!?』
「黙ってろ変態」
『へんたい!?』
すみません。もう少しシリアスに考える時間をくれませんか?この残念ドスケベ一族。
東京駅の地図をスマホで検索しつつ、また新幹線のチケットを買わねばとため息を吐いた。
もういっそ、オンラインでやってくれないかな、説明会。……機密だとか何とかで、ダメなのだろうなぁ。あるいは、『そういう決まりだから』とか言われそうである。
お役所めと再びため息を吐いて、コンビニへ地図の印刷に向かった。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.主人公いつまで悩んでんねん!?
A.もうすぐ答えが出るので、どうか今しばらくお待ちください。