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第十九話 途絶える声

第十九話 途絶える声





 雨と血が混ざった地面を、駆ける。


 眼前には数十のオーク。わざわざ数えるのは馬鹿らしく、無意味だ。


 最短最速で、突破する!


『ブォオオオ!!』


 雄叫びをあげ、1体のオークが簡素な槍を構えた。引き絞る様に腰を捩じり、その剛腕から突きを繰り出さんとする。


 だが、遅い。


 左手でナイフを抜くと同時に、投擲。顔面に刃が突き刺さり、悲鳴が上がる。


 怯んだ一瞬の隙に懐へ跳び込み、首を半ばまで引き裂いた。


 足元を濡らす赤が増え、それが白へと変わる前に他のオーク達も動き出す。


『プギャ!プギャアア!』


『ブゴォォ!!』


 斧と槌を持った2体が、自分の頭蓋目掛けて得物を振るってくる。


 それを、前へ跳びこむ様に回避。低い姿勢から、風を放出して横回転。刃が一周し、怪物達の膝を切り裂いた。


『ガ、アア!?』


 悲鳴と共に倒れたオークどもを無視し、更に前進。奥の個体が放つ胴を刈り取る様な斬撃を、跳躍で回避する。


 攻撃してきた個体の首元に剣を突き立て、捻る。


 纏わりつく血肉を風で吹き飛ばし、奴の頭を足蹴にして離れた。


『ブゴオオオオオ!!』


 ここは敵陣のど真ん中。着地した箇所に待ち構えていたオークが、背後から斧を振り下ろしてくる。


 それも、この『眼』には視えていた。


 振り返らずに後ろへ跳び、斧を空振りさせる。背中に密着した分厚い腹に肘鉄をいれ、踵で奴の足を踏み砕いた。


『ガッ』


 呻きながらもそのオークは左腕でこちらの頭を掴もうとするが、屈みながら左足を軸に回転。


 開かれた脇に剣を突き立て、風で傷口を押し開く。


 血飛沫が散る中、視界の端で3体のオークが息を大きく吸い込むのが見えた。


 豚鼻で大量の空気を吸引したかと思えば、妊婦の様に腹が膨れる。直後、『精霊眼』が燃やされる己の姿を幻視させた。


『ボォウ!!』


 奇妙な掛け声と共に、オーク共が口から炎の弾を撃ち出してきた。


 人の頭ほどもある火球が、猛スピードで迫りくる。それらの軌道を捉え、最低限のステップで回避。


 駆け寄りながら、右手に持っていた片手半剣を投擲する。


 中央にいた個体に突き刺さり、胴を穿った。だが分厚い皮と脂肪で致命傷には至らない。


 痛みと衝撃で呻く仲間を無視し、左右のオークが武器を構え迎撃の姿勢をとる。


 だがそれを無視し、強引に吶喊。左の拳を突き刺さった剣の柄頭に叩き込み、刀身を押し込んで心臓を破壊した。


 血反吐を吐くその個体を、勢いそのまま踏みつけ、否、駆け上がる。


 風の助力を得て、自身を射出。十数メートルの大ジャンプを成してみせた。


 だが、生憎と着地までは上手くいかない。


「っ、ぅぅ……!!」


 ガン、と鎧と道路をぶつけ、鈍痛に視界が一瞬くらんだ。


 それでも、すぐに治る。ふらつきながらも立ち上がり、その際に背後を首だけで確認した。


 慌ててこちらを追いかけ様としているオーク達。だが、この距離なら追いつかれない。


 怪物退治なんぞ知った事か。今は、母さん達を……!


 今度こそ振り返らずに走り出し、左手を鞘にあて武装を再構築していく。


「アイラさん!中学校に到着しました!左ですか!?」


 避難所……だったのかもしれない。だがそこに人はおらず、代わりに数体のオークがたむろしていた。


『大通りを左だ!』


「はい!」


 声に反応し自分を向いた怪物どもを無視し、踵を返す。何やら槍だの石だのが飛んでくるが、当たる未来が視えないので無視した。


 ……体が、驚くほど動いてくれる。


 頭は未だ冷静なのか混乱しているのかも自己分析できない有り様なのに、四肢は思い通りに動き剣は羽の様に軽かった。


 そう言えば、聞いた事がある。『覚醒者は『魔装』を十全に扱える様、覚醒した際に身体を作り変えられたのではないか』と。


 今まで剣も槍も触れた事すらなかった者が、不格好とは言え自分の足を傷つけずに練習が出来る。その段階で、三流程度の腕はあるという事。


 骨が、筋が、神経が。『魔装』という名の『新しい身体の一部』を扱える様に変わった……なんて仮説。


 自分のこれも、そうなのだろう。少しだけ気持ち悪いが、今は好都合だ。


『その大通りを道なりに行けば、駅が見えてくるはずだ。エリナ君も今しがた街に到着し、捜索を開始している』


「はい……!」


 道中でオークに見つかろうが、関係ない。追いつけない者は放置し、立ちはだかる者だけ轢き殺す。


 街に入って10分か、20分か。とにかく駅が見えて来た頃、数体のオークがこちらに気づきベンチやバスの標識、そして持っていた槍を振りかぶった。


 人外の膂力から繰り出される、質量攻撃。大半は明後日の軌道を見せるも、ねじ切られた道路標識は真っすぐに自分へ飛んできていた。


 それを左の籠手で殴り飛ばし、間合いを詰めれば角笛らしき物が吹かれわらわらと怪物達が集まって来る。


 その数は、見える範囲で14体。……やれる。


 こいつらを皆殺しにして、2人を探し出す!!


「ああああああああああ!!」


 雄叫びを上げながら、剣を肩に担ぐようにして突撃。こちらを囲む様に陣形を組もうとするオーク達の中へ、遮二無二跳びこんだ。


『ブォオオ!』


 正面にいる個体が、慌てた様子ながらも槍を突き出してくる。


 頭狙いの穂先を、首を傾けるだけで避ける。勢いそのまま袈裟懸けに怪物の肉を引き裂き、臓物まで破り捨てた。


『よく見えんが、数が多い!足を止めるなよ!』


 言われるまでもない。バス停にある屋根を支える柱を蹴り、強引に方向転換。こちらに振り向いた斧持ちへと、切っ先を向け体当たりをしかけた。


 押し倒す様に心臓を貫き、風を放出しながら横薙ぎに振り抜く。でっぷりとした腹を蹴り、その反動で側頭部を狙った槍を避けた。


 やはり、この眼は視野が広い。サーリットのバイザーが下りているのに、周りがよく見えた。


『ブァアアアア!!』


 咆哮をあげ迫りくるオーク共に、こちらからも踏み込む。瞬く間に彼我の距離は縮まり、相手が得物を振り下ろすより先に駆け抜け腹を裂いた。


 そのまま斜め前にいる敵へと斬りかかり、火球を放とうとする喉へナイフを投擲。傷口から炎を吹きだすそのオークを、他の敵めがけて蹴り飛ばした。


 火だるまになって転がる仲間を避けた個体に、一閃。視線がこちらから切れた刹那に首を落とす。


 いつの間にか、レベルが上がっていたらしい。身体が更に軽くなっている。


 襲い来るオーク達に、囲ませはしない。常に2体以下が間合いにいる状態を意識する。それ以上は、捌けない。


 速度はこちらが圧倒している。振り下ろされた斧が、槍が、槌がアスファルトの地面を砕き、雨粒と細かな破片を散らした。


 集団の端から、削っていく。駆け抜け様に腹を裂き、喉を貫き、心臓を破壊していく。


 出来得る限り前傾姿勢となり、加速。怪物どもの目がこちらを追うが、全てが遅い。


 このまま、すり潰す。


 斬って、斬って斬って斬って、最後の1体を袈裟懸けに斬り裂き、跪いた所で首を刎ねた。


「ふぅぅぅぅ……」


 血だまりが白い塩に変わり、大きく息を吐きだす。


 肉体的に疲れは無い。だが、張り詰めている神経に脳の奥がチリチリする。


『……凄まじいな。この鏡では見づらいが、何体斬ったのかね』


「覚えていません。それより、2人を探さなきゃ……!」


 駅構内に入ると、雨の臭いではかき消せない鉄臭さに顔をしかめた。


 嫌な予感がする。それでも奥へと歩を進めれば、すぐに倒れ伏した遺体を見る事になった。


 休日という事もあり、歳の頃がバラバラの男女があちこちで転がっている。中には自分の半分も生きていないだろう小さな亡骸が、コンクリの地面で眠っていた。


 ギシリと音が鳴って、ようやく己が歯を食いしばっていたのだと気づく。そうしないと、吐いてしまいそうだったのだ。


 頭を振りすぐに周囲へ視線を巡らせ、両親の姿がないか探す。いいや、この中にはあって欲しくない。


 喉まで来た胃液を強引に飲み下し、声を張り上げた。


「父さん!母さん!京太だよ!いる!?いたら返事して!」


 死体を踏まないようにしながら、駅のホームを進み駅員室も覗く。


 だが、それらしい姿は見えない。安心すれば良いのか、頭を抱えれば良いのかもわからなかった。


「そんな……どこに……!」


 大股で駅から出て、バス停にて途方にくれる。


 雨の勢いが増し、視界は悪くなる一方だった。


 見知らぬ街で、両親を探し出す。それが、こうも難しいなんて。


『冷静さを捨てるなよ、京ちゃん君。ここにいないという事は、そもそもこの街にいないかどこかへ生きて避難したという事だ。悪い事じゃない。冷静に……なに!?』


「っ、どうしたんですか」


 突然耳元で大声を出され、咄嗟に剣を抜いて臨戦態勢をとる。


『朗報だ。エリナ君が君のご両親を見つけた。契約の時に顔を合わせた私が言うのだ、間違いない』


「は……ぁぁぁ……!」


 思わず気が抜けて、座り込みそうになり剣を杖代わりにして体を支えた。


 見つかった……両親が。そう理解が追い付くと、目頭が熱くなるのを自覚する。


「よかった……本当に……!」


『今エリナ君と君の鏡を繋げる。中継するから、直接本人に聞きたまえ』


「ありがとうございます」


 今更になって心臓がどくどくと五月蠅くなり出したので、軽く深呼吸して息を整える。


 こんな時に、浮かれてしまうのは不謹慎なのかもしれない。だが、頬が緩むのを抑えられなかった。


『やっほ京ちゃん!ご両親を見つけたよ!褒めろぉ!』


「うん。本当にありがとう……!なんてお礼を言ったらいいか……」


『ふふん!見かけた人を手当たり次第パイセンに見て貰った甲斐があったね!あ、今2人にかわるよ。鏡越しだけど、感動のさいか──』



 ──ガァン!!



 何か、大きな音が響いた。


「エリナさん?エリナさん!?」


 呼びかけるが、返事がない。


 血の気が引くのを感じながら、どうにか苦笑を浮かべる。


「こんな時に悪ふざけはやめてくださいよ。流石に笑えないですって」


『京ちゃん君、今すぐ指定した場所に向かうんだ』


「っ、はい!」


 アイラさんの冷たい声に、反射的に頷いた。


『駅を出て、右に向かえ。全速力だ。そう遠くない』


「あの、何が……」


 走りながら、問いかける。


 引っ込んだはずの、喉元に迫っていた酸っぱいものが。また、せり上がってくる。


 エリナさんが、鏡を落としてしまったのか。それとも両親が転んで鏡を割ってしまったのか。


 そう思いたい。そうであってくれ。



『エリナ君達が何者かに攻撃を受けた。一瞬だけ、大きな影が槍を振り上げる姿が見えた』



「………っ!」


 走る足に、更なる力を籠めようとする。だが、既に風を含めて最大出力だ。


 1秒が、1メートルが、やけに長く感じる中。ゆったりとカーブを描く道路を曲がり道なりに進んで。


「ぁ……」


 見覚えのある鞄を、見つけた。


 大きくひしゃげたガードレールの傍。赤いものが混ざった水たまりに転がるそれを、拾い上げた。


 間違いない。母さんが外出する時に使うバッグだ。


 どくどくと、心音が五月蠅い。左手にそれを持ったまま、必死に首を動かす。


「母さん!父さん!エリナさん!どこだ!どこに!?」


『エリナ君と通信が繋がらない。探せ、探すんだ!あの子が死ぬはずがない!』


 アイラさんが声を荒らげて叫んでくるが、気にしていられない。


 迷子の様に彷徨い、呼びかけて。


 ガシャリ、と。近くの店から何かが姿を現した。


「は……?」


 割れた窓ガラスを素足で踏みつけ、のそのそと姿を見せた大きな影。


 右手には巨体に見合う槍を握り、左手は細く白い『人間の腕』をつまんでいる。


 ガジガジと腕の肉を食っていたかと思えば、こちらに気づいて投げ捨てた。


 その腕がつけている籠手に、見覚えがある。


『───じゃ、帰ろうか!京ちゃん!!』


 迷宮から出る時に、いつも握ってくれる手。それと、あまりにも似ていて。


 左手に持つバッグが、するりと指から落ちて行った。


「お前が……」


『ブゴォ……』


『京ちゃん君、何か見つけたのか。状況を───』


 返り血に濡れた、焦げ茶色の巨体。3メートルはあろう身長に、これまでのオークを上回る横と奥行きの厚み。


 身体に何か黒い文様を刻み、紺と灰色で彩った胴鎧と腰布を身に着けたオーク。



『オークチャンピオン』



 オーク達の、ボス。


「お前、がぁぁああああ!!」


 頭の奥で、何かが切れた。


 オークチャンピオンが、こちらの怒声に動揺一つ見せずゆったりと槍を構える。


 理性すら感じさせる眼光を、真っすぐに睨み返しながら。


 剣を手に飛び掛かった。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつもありがとうございます。創作の励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします


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