第百五十三話 ミーアの答え
第百五十三話 ミーアの答え
マジシャン・ドールを倒した後、更なる強敵が……などと。その様な事もなく。
残っていたキリングドールも処理し、ミーアさん達と普通に合流した。ドロップ品を回収しようかと一瞬考えたが、今は要救助者の安全確保が第一である。
「周囲の敵は片付けました。後は警察か自衛隊が来るのを待つだけです」
「お疲れ様でした。さ、管理人さん。少し移動しましょう」
「う、うぅ……ほ、本当にもう大丈夫なのかい?」
「ええ。安心してください。我々にかかれば、この程度の敵はお茶の子さいさいです!」
安心させる様に、自信に溢れた笑みを浮かべるミーアさん。
その表情は、姉妹だけあってアイラさんに似て……いや。恐らく、意識して似せているのだろう。自分達の知る中で、1番そういう顔を浮かべるのはあの人なので。
『なにか失礼な事を考えなかったかね、京ちゃん君』
「いえ、別に。それより、救助隊はいつ頃到着しますか?」
『それがな。問い合わせた所、『Cランクモンスター』の目撃情報があった為、軽々に部隊を送っては犠牲者が増えるだけ。なので、準備にもう暫く時間が必要だと言われたよ』
「あー……」
まあ、確かに。これまでの氾濫を思い出すと、このランクでは拳銃弾だと威力不足である。キリングドールは殴った感触からして、木製のくせに鋼並に硬かった。
しかも場所は山の中で、時計の針は午後11時を過ぎている。モンスターなしでも、不用意に人を送れない環境であった。
こういう所が、山や森の中のダンジョンを把握しきれていない最大の原因な気がする。
『正直、いっその事君達が自力で下山した方が相手も助かると思うぞ?建前として、お説教はしなきゃいけないだろうが』
「まあ、はい……そうですね」
『ちなみに、ババ様とエリナ君は山の麓に到着済みだ。現在山を封鎖している警察と交渉し、そちらに向かえないか交渉中だよ。もっとも、2人も今はそれほど焦っていないし、相手側もメンツがあるか通る事はないと思うがね』
「了解。ならもう、自分達で山を下ります」
『そうしたまえ。警察が私を通して君達と連絡を取らない理由は、そういう事だろうしな』
ああ、直接『救助に行くの大変だから、自分で帰ってきて!』と一般人に言うのは外聞が悪いか。
かといって形式上言わねばならない事を言って、こっちが真に受けても困る。だから連絡を取らない、と。
「……僕が言えた立場ではありませんが、それで良いんですかね」
『しらにゃぁぁい。ま、人手不足が深刻だからな。今の警察は』
でしょうねと、頷く。『覚醒の日』前ですら現場に人が足りないと言われていたが、ダンジョンが出来てからは辞表を出す人が増えているとテレビで聞いた。
取材を受けた元お巡りさん達曰く、『あまりにも割に合わない』『凶悪犯と戦う覚悟はあっても、化け物相手は無理』『覚醒したからって最前線送りはあんまりだ』との事。さもありなん。
自分とて、役所からの専属契約の誘いを蹴っている。リスクが増えて、収入が減るのなら嫌だと。彼らを責める事はできない。
閑話休題。どうやら管理人さんも落ち着いた様なので、移動を開始する。
天幕が吹き飛んで換気されたとは言え、ここには嫌な臭いがこびりついていた。人が死んだ時の臭いには、慣れる気がしない。
それでも。立ち去る前に、遺体に対して目を閉じ小さく頭をさげる。彼らの拘束は解かれ、手は膝の上に置かれていた。見開かれていたはずの瞳が閉じられているのは、ミーアさんがやってくれたのだろう。
現場保護の観点からすると、良くない事だ。しかし、どうせ自分が派手に暴れた後である。これぐらいは、お巡りさん達にも大目に見てほしい。
念のため周囲を警戒しながら、先頭を歩く。順番は自分、ミーアさん、管理人さん、『ブラン』だ。
「…………」
『京太君。何かあるんですか?緊張している様子ですが……』
管理人さんに聞こえない様にか、イヤリング越しにミーアさんが小声で話しかけてくる。
「いえ、敵がどうこうじゃないのですが」
『では、なにに警戒を?まさか、戦闘の余波で火災の可能性が?』
「そうではなく……その。夜の遊園地って、妙に怖いな……と」
戦闘中は気にならなかったのだが、いざこうして冷静に見ると言い様のない不安感が背筋を冷たくする。
光源は自分のランタンとミーアさんの懐中電灯のみ。この暗闇が、恐怖を助長している様に思えた。
いっそ、掌に炎を生み出してもっと明るくしようか。だが、流石にそんな理由で片手を塞ぐのは、まずい気もする。
『……ぷっ』
「え、今笑いました?」
『いや、だって……!これだけ大暴れした後に……ふふっ……!』
「それとこれとは別でしょう」
小声だが、我ながらむすっとした声で返す。
『あの、レイスとかも怖いんですか?』
「いえ。戦った事はありませんが、特には」
『じゃあ幽霊は?』
「……殴って倒せない場合は、ちょっと」
「っ……!!」
背後から、何かを噛み締める音がする。恐らく、ここで吹き出すのは不謹慎だと気合で堪えたのだ。
はっ倒すぞ残念女子大生その2。
『おいおいおい。良い事を聞けてしまったよ。後でホラー映画を一緒に見ような、京ちゃん君!』
「いや。ホラー映画が苦手という程ではないです。特に最近は」
元々のホラー耐性は普通だったが、覚醒してからどうにもそういう映画を楽しめなくなってしまった。
「今の眼だと、メイクとかCGとかがよくわかってしまうので……」
アニメとかは普通に楽しめるし、アクション映画とかはむしろ動きが目でハッキリ追える分より楽しめる様になったのだが。
特に最近は映画業界にも覚醒者が進出しており、派手なアクションが多い。
『ちっ。せっかく京ちゃん君が泣き叫びながら失禁する映像を撮って、パシリにしようと思ったのに……!』
「陰湿ぅ……」
あと、流石にこの場で言う気はないが、ここ数カ月は死体も散々見てきたのだ。
今更、多少リアルなだけの偽物で怖がる事はできない。ただ嫌なものは思い出すので、気分は悪くなるが。
「っと。柵が見えてきました」
それほど広くない所だったのか、他愛無い話をしている間に端まで到着した。
早速鉄柵を掴み、出口を作る。今度は、最初に開いた時よりも更に鉄棒を横に歪めた。
先に外へ出て、改めて周囲を警戒。キリングドールの生き残りがいる可能性も考えると、あまり油断はできない。
エリナさんがいてくれたら、もう少し気も抜けるのだが……。
そんな思考がよぎり、小さく頭を振る。この雑念こそ気が抜けている証拠だ。
「それで、ここからどうします?」
「管理人さんを背負って下山……というのは、彼女の負担になります。一度キャンプ場に戻り、車で山を下りましょう」
「了解」
ミーアさんの言葉に頷き、行く時につけた目印をランタンで探す。
「ま、待っとくれ。もしかして森の中を突っ切っていく気かい?」
「え?はい。目印を木に刻んであるので、迷う心配はありません」
「もしお辛いようでしたら、私が背負います。麓までの距離は厳しいでしょうが、どうにかここからキャンプ場までの距離は耐えていただきたく……」
「すまないねぇ……どうにも、体が上手く動かないもんで……」
「いえいえ。困った時はお互い様ですから」
「……僕が背負いますか?」
「京太君は周囲の警戒を。索敵と迎撃能力は、貴方の方が圧倒的にありますから」
「わかりました。全力でお守りします」
「ありがとう……2人とも、本当にありがとう……!」
深々と頭を下げてくる管理人さんの手をとり、ミーアさんが優しく微笑んだ。
「いいんです。さあ、もう行きましょう。夜は冷えますから」
彼女の言葉に頷き、剣を手に歩き出した。2人とブランを先導しながら、邪魔になりそうな枝や雑草は切るか踏み鳴らしていく。
守る、と言ったが。どれだけ警戒しても敵の気配は見つからなかった。
虫の声すらなく、夜の森に自分達の足音だけが響く。そうして20分ほどでキャンプ場に到着し、周囲を見回してからほっと息を吐いた。
「敵影無し。あの遊園地にいたのが、全てだったのでしょうか?」
「わかりません。それでも警戒は……っと」
ミーアさんが少し驚いた声を出したので、慌てて振り返る。
体勢からして、どうやら管理人さんがずり落ちそうになった様だ。
「眠ってしまった様です。無理もありません。魔力を一度に失い過ぎましたから」
「そうですね。出来るだけ慎重に……」
昼間見た時は60代半ばから後半といった風だったが、今の管理人さんは80越えに見える。
魔力の自然回復量も、覚醒者と非覚醒者では大きな差があると、前に冒険者講習で聞いた。あの劇場へ突入するのが後10分も遅れていたら、取り返しのつかない事になっていたかもしれない。
管理人さんを軽トラの助手席に乗せ、ミーアさんが運転席に。自分は荷台に乗る。ブランも待機状態にして荷台に載せた。
「テントや椅子は、後で警察の人達にお願いしますか」
「入山許可が出たら、自分達で取りに行けるんですがね」
『呑気な、と言えないのが残酷なまでの実力差だな……』
アイラさんのやや呆れた声に苦笑を返し、軽トラが発進した。
荷台の上に立ち、片手を屋根にのせた。剣こそ鞘にしまっているが、いつでも抜ける様に右手は柄にかけてある。
帰り道こそ恐ろしい。これも講習で聞いた事だ。
『京太君』
「はい。なんでしょう」
『今、言う事ではないと思うんですが……それでも、溢れてきてしまったので』
『トイレか?』
『姉さん、今真面目な話をしているので』
『ごめん』
ゆっくりと走る軽トラの上で、彼女の言葉を待つ。
『私、やっぱりこれからも冒険者を続けます』
そう、ミーアさんは囁く様な小声で。しかし、朗らかな声音で告げた。
己の、答えを。
『現金な話なんですが……私、管理人さんに『ありがとう』と言ってもらえて、凄く嬉しかったんです』
「……それが理由、ですか?」
『はい。私は元々、誰かに認めてもらいたくて冒険者になりました。その誰かでいてほしいのは、姉さんや京太君、ババ様やエリナさんですけど……それ以外の人達にも、私を見てもらいたかったから』
「……それは、冒険者でなくとも出来る事でしょう?」
『ええ。でも、私はこの道が良いんです。これが、1番嬉しかったんです』
たしかに、彼女の理由は俗なものだ。
感謝されるのは気持ちがいい。承認欲求が満たされるのは、幸福な事だ。
だが、俗だから悪などという事は、絶対にない。そもそも、己の意思で命を懸けるのに、善悪などあるのか。自分のたった15年の人生経験では、わからない。
ゆえに、彼女の出した答えに……僕は、こう答えた。
「良いと思いますよ。貴女が、そう選んだのなら」
我ながらそっけない、突き放した様な言葉だ。
しかし、まぎれもなく本心である。横からこの人の選択にアレコレ言うのは、フェアじゃない。いや、そもそも……。
ミーアさんらしい。そう、思えたから。
『はい。京太君なら、認めてくれるって思っていました。ああ、でも。姉さんの嫌いな、他人に選択を委ねる様な答えかも……』
『ミーア。私をあまり侮ってくれるな。そこまで狭量でも、浅慮でもない』
イヤリング越しに、アイラさんがいつになく優しい声で語りかける。
『私の顔色をうかがって出した答えの方が、よほど好みではない。承認欲求結構。自己の肯定おおいに結構。それに命を懸けられると言うのなら。他人からの感謝の言葉で走る事が出来るのなら……君の人生は、きっと彩りに満ちたものだ。それを祝福しない姉は、いないよ』
『姉さん……!』
『ああ、だがしかし』
声音から、アイラさんがいたずらっ子の様な顔になった事を察する。
『あれだけ姉さん姉さんと言っていたのに、私だけでは満足できないのか。悲しいなぁ。これが姉離れというやつか……』
『え!?私は絶対にもう姉さんと離れませんよ……?証明した方が良いでしょうか?』
『あ、結構です』
『そう言わずに』
『大丈夫です』
『どうして敬語なんですか?』
『お構いなく』
「残念姉妹。あまり騒ぐと管理人さんが起きますよ。あと、運転に集中してください」
『残念!?』
『私は残念じゃありまっ……。ありません……!』
大声を出しかけて、ミーアさんが慌てて小声で否定してくる。アイラさんの方は、構わず大音量で吠えていたが。
しかし、『冒険者になった理由』か……。
自分は、どういう理由で冒険者になったのだろう。
家計の為……というのは、ただの方便だった。全くの嘘ではなかったが、両親を説得する為という部分が大きい。
自衛の為というのは、後から出てきた理由である。千葉での氾濫でドラゴンが出現し、火の海を作る光景を見たからだが、その時既に自分は冒険者だった。
なら、どうして冒険者になろうと思ったのか。それは───。
『おい京ちゃん君!訂正を求めるぞ!?私は残念ではない。少なくともゲームの周回をやめて、妹が男と一緒に出掛けた先で起きたトラブルの解決に付き合う度量がある!夜中だというのにな!』
『お、男と一緒にって……破廉恥ですよ姉さん……!』
『で、どこまでいった?Aかね。Bかね。まさかCまでいってしまったのかね……!?誰にも言わないから、お姉さんに話してみなさい。ほんと、誰にも言わないから!!』
『それ、絶対に言いふらすやつですよね……!』
「この残念姉妹がよぉ……」
答えにつながるものは、朧気だけど浮かんできた。
しかし、だからと言ってすぐに決められる事ではない。誇張ではなく、人生を懸けた決断である。
そもそも、ミーアさんと自分ではスタートで背負っていたものの重さが違うのだ。
彼女は特殊な家庭環境で育ち、自身にも十分才覚がありながらより『上』のものを見て屈折した状態でも歩き続けていた。
自分は、ごく普通の家に産まれごく普通に暮らしていただけの凡人である。その幸福を最近は実感する様になったが、それは今関係ない。
ようは、ミーアさんと僕は全くの別人なのだから。同じアプローチで答えを出すのに些か疑問がある。
納得が、しづらい。今後も命を張るか否かの決断だ。納得できるか否かは、最優先である。
小さく、ため息がこぼれた。
残念姉妹がアホな会話をしている間も、周囲の警戒は続けている。そろそろ屋根をぶち破ってミーアさんの頭に拳骨を落とすべきか迷うが、段々と麓の明かりも見えてきた。恐らく、道を封鎖している警察だろう。
今日は、これぐらいで答えを考えるのを終える事にした。キャンプも、ミーアさんの出した答えも。自分を見つめ直す良い切っ掛けになったと言える。
「ミーアさん」
『は、はい。なんでしょうか』
「今日は、ありがとうございました」
『はあ……?どう、いたしまして?』
なお、この後。
状況的に仕方がなかった面もあったとは言え、民間人の身でありながら独断で救出作戦に乗り出した事についてお巡りさんから軽く怒られたのは良いとして。
夜なのに車を飛ばしてきた教授から、ありがたいお言葉を浴びせられたのはまた別の話である。いや、本当に。ご心配をおかけしました。
他人の命より自分の命を大事にしろとか。夜の山を舐めるなとか。敵の戦力を甘く見積もるなとか。それはもう正論過ぎて、なにも言い返せん。
だが、最後には自分達の頭を優しく撫でて『よく頑張りました』と褒めてくれたのだから、やはりこの人は中々の『誑し』だと思う。絶対、大学でこの教授に心奪われた人が結構な数いるぞ。
お説教の後。アイマスクと鼻ちょうちんという『私、眠っていますがなにか?』というスタイルのエリナさんが乗る車へ戻る前に、教授がこちらに耳打ちしてきた。
ふわりと石鹸の香りを漂わせて、美貌の教育者は小声で問いかけてくる。
「もしかしてですが……ミーアと男女の関係になったのですか?」
もしかしてですが、僕って全然信用されていなかったりします?
乙女が恋バナでもするみたいに聞いてくる教授に、チベットスナギツネみたいな顔になった自分を誰が責められようか。
アイラさんは揶揄うつもり全開だったが、こっちは花も恥じらう女学生みたいなノリで聞いてくる。
それでも質問の内容が似ているのだから、あの人はお爺さん似とは言えやはり血の繋がりを強く感じた。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q,覚醒者って、ガチの幽霊には無力なの?
A.いえ。世界観的に幽霊=魂の残滓で、魂は魔力の塊だから覚醒者なら殴って倒せます。モンスターだと思って倒した後、塩にならない事に気づいて血の気が引く冒険者もいた……かも?