第百四十九話 キャンプ
第百四十九話 キャンプ
土曜日。日中の平均気温も20度前後にまで落ちてきた中、玄関の前でスマホ片手に待機する。
心地よい風が肌を撫でるが、肩にかけたボストンバッグの紐が悲鳴を上げているのが少し不安だった。
中に『ブラン』を分解していれているのだが、武装無しでも結構な重量である。以前使っていた物は壊れてしまったので、ダンジョンストアで頑丈そうなのを買ったが……また壊れないか、少し心配だ。
そうしていると、目の前に1台の軽トラが停まる。助手席の窓が開き、運転席から少しだけ身を乗り出したミーアさんが声をかけてきた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ。予定の5分前ですので。こっちこそなんかすみません」
エンジンを切り、降りてきたミーアさんが軽トラの荷台にかけてあるシートを一部外す。
「そちらのボストンバッグはこちらに載せてください。重そうですから」
「あ、ありがとうございます」
小さく会釈して、彼女の言葉に甘えブランの入ったボストンバッグを荷台に置いた。
その時、シートの内側が見えて首を傾げる。
「『右近』達は、今日一緒じゃないんですか?」
「流石にあの子達を載せると、他の物が運べないので」
こちらの疑問に、ミーアさんが苦笑を浮かべる。
確かに。ブラン以上のサイズと重量を誇るあの2体は、下手するとそれだけで積載量の8割近くはもっていきそうだ。
そう内心で納得していると、彼女は揶揄う様に笑って。
「それに、今日は貴方がいますから。頼りにしてますよ」
「はあ……善処はします」
何となく恥ずかしくなって、目を逸らす。
改めて見ると、本当に綺麗な人だ。アイラさんやエリナさんがこの場にはいないので、奇行もないし。
今日の彼女は、いつもより動きやすい格好をしている。かと言って、ダンジョン用の服装ではなくきちんとオシャレにも気を使っていた。
黒いハンチング帽に、黄色と白のジャンプスーツ。前のチャックが鳩尾辺りまで開かれ、内側の白いシャツが見えている。
下はジャンプスーツが太腿の3割ぐらいを隠し、そこから先は厚手の黒いタイツが覆っていた。靴は無骨な黒のスニーカーである。
ジャンプスーツは結構体のラインが出るので、スタイル抜群な彼女が着ると中々に目の毒だった。お胸様は相変わらず凄いけど、尻も凄いのである。それなのに腰は細いのだから、やはりこのドスケベ一族は普通じゃない。
「それでは、早速行きましょう。途中パーキングエリアに寄る予定ですが、トイレはきちんと済ませましたか?」
「はい。大丈夫です」
「では、出発しましょうか!楽しいキャンプにしましょう!」
* * *
軽トラの助手席で、窓の外を眺めながら今日のキャンプに誘われた時の事を思い出す。
ただ出かけるだけかと思っていたのだが、なんと一泊二日。しかもテントで、と聞いた時は驚いた。
しかし、今抱えている問題の事を考えると、悪い提案ではない。両親からも許可を貰えたので、了承した。
ただ、自分が遠出するとなると2人が心配である。そう考えていたら、教授の方から両親とは1日話し合うから、ついでに護衛もすると言ってきてくれた。
代わりに、ミーアさんとよく悩み、あの子に寄り添ってやってほしいとも。
エリナさん達は、今日来ない。あの自称忍者は当然行きたがったそうだが、そっちはアイラさんが説得してくれた。
少し意外だったが、何だかんだ優しい人である。ミーアさんと自分が抱えている、『ダンジョンへの不安』について答えが出る一助になればと、協力してくれたのだろう。
爆乳美女と2人きりにされた僕の事は、考えてくれなかった様だがな!!
いや、うん。嬉しいか嬉しくないかで言ったら、凄く嬉しい。
だが同時に気まずいし、何か仕出かさないかと自分で自分が不安である。それほどまでに、ミーアさんは魅力的な女性だ。
今も、運転席側を見れば見事なパイスラがある。というか遂チラ見してしまっているが、バレていないと祈りたい。
オッパイ様が……否。でっっっっっパイ様が降臨している……!
なんという大迫力。その引力に顔が引き寄せられそうだ。母なる惑星……地球は今、この世に3つある……!
だが僕は───耐えた。
彼女が自分を誘ったのも、教授とアイラさんが快く送り出してくれたのも。偏に『信頼』してくれているから。
それを裏切るなど、出来るはずがない。大切な戦友と恩師の思いに応えずして、何が男か……!
なので、母さんが出かける前に『男になってこい!!』と渡してきた物はリュックの奥深くにしまい込み封印している。
母さん……もっと息子を信用して。そして思春期の柔らかい部分に棍棒をフルスイングしないでくれ。グレるぞ、マジで。
隣で聞いていた父さんも驚いた顔で二度見するんだったら、止めてくれ。あんたの妻でしょ。数秒悩んだかと思ったら、悟った様な顔でサムズアップしてんじゃねぇよ。
やはり僕の理性はオリハルコンでは?普通の男子高校生だったら、親にこの対応されたらぶちギレすると思うの。
閑話休題。『精霊眼』の広い視界の端に、時折道路の影響で『どったぷん……♡』といった具合に揺れる爆乳が映る事はあったものの。自分達は無事キャンプ場に辿り着いた。
地面が剥き出しの駐車場に軽トラを停め外に出ると、すぐ傍の柵越しに絶景が出迎えてくれる。
「おお……綺麗ですね」
「でしょう?偶には、遠出してみるのも良いものです」
目の前に広がる美しい光景に、自分の貧弱な語彙では碌な感想が出てこなかった。
山なら、この前の探索で見ている。だが、仕事以外でこうして山々を見下ろしたのは小学生以来だったかもしれない。
インドア派な自覚があるが、自然の雄大さをこうして直視すると圧倒される。まだ紅葉のシーズンは迎えておらず、瑞々しい葉が太陽に照らされて山々の美しさを際立たせていた。
少し強めの風が、全身を撫でる。清涼な空気が肺いっぱいに流れ込み、自分の中の邪まなものを洗い流していく様に感じた。
「じゃあ、キャンプ場の管理人さんに挨拶を済ませに行きましょう」
「あ、はい!」
口をあんぐりと開けて景色を眺めていた自分に、ミーアさんが楽しそうにコロコロと笑っている。
それが何だか恥ずかしくて、再び彼女から顔を逸らした。
ミーアさんの少し後ろを歩き、キャンプ場の一角にあるロッジへ。扉を開けると、受付にはお婆さんが1人座っていた。
「あら、いらっしゃい」
「こんにちは。予約していた三好です。本日はよろしくお願いします」
「まあ、これはご丁寧に」
小さく頭を下げるミーアさんに倣って、自分も慌てて会釈する。
そしてテキパキと利用料やらキャンプ場のルール確認などを済ませる彼女の後ろで、自分の分の利用料を払うタイミングを逃してしまった。
聞いていた感じ、彼女が2人分さっと払ってしまったらしい。我ながら、格好悪い。
「そうそう。夜は私も家に帰っちゃうから、何かあったら電話してねぇ」
「はい。わかりました」
「明日の朝には、私もこっちに来るから。最近はモンスターとか言うのが出てくるから、夜は気をつけなきゃって」
「モンスターが出るんですか?」
咄嗟にそう口を挟むと、お婆さんは困った様に手を横に振った。
「いやね。この辺に出た事はないんだけど、もしかしたらって思うとね。老後の蓄えにって数年前持っている山をキャンプ場にしたのに、お客さんもめっきり減っちゃって」
「そ、そうですか」
「予約を受ける時に2人とも凄腕の冒険者?って聞いたから、安心ねぇ。若いのに凄いわぁ」
マイペースなお婆さんに、苦笑を浮かべる。
「ははっ。もしもモンスターが出てきても、こっちの彼が簡単に倒してしまいますよ」
「あらあら。頼りになる彼氏さんねぇ」
「あ、いえ!恋人では、ない……です」
照れた様子で頬を掻くミーアさんに、お婆さんが『あらあらまあまあ』と笑みを深めた。
そして、こちらと何度も見比べてくる。
「……私、明日の朝来る時間は遅らせた方が良いかしら?」
「いえ、結構です!」
そんなこんなで受け付けを済ませ、軽トラまで戻ってくる。
「しかし、本当に他のお客さんいないんですね」
何となく気まずくなって、無駄に周囲を見回してしまう。
「そうですね。『覚醒の日』から1年ぐらいで、一気にキャンプする人も減ってしまった様です」
「まあ、色々ありましたもんね……」
『覚醒の日』から半年ぐらいで最初の氾濫があり、そこから数日間色んな所でモンスターが暴れていた。
トロールに何台ものパトカーが体当たりして押さえ込もうとしていたり、雪崩の様に押し寄せるコボルトの群れに自衛隊が小銃を撃ちまくっていたり。そういう映像を見ない日が、ない時期があった。
その上山や森には未確認のゲートがあるかもという噂が流れ……そして噂から真実に変わったのだから、キャンパーも減るというもの。
現代は家の中で楽しめる娯楽も多い。地球温暖化もあるしで、キャンプ場の経営は自分が思う以上に大変なのだろう。
「さて!折角のキャンプ日和が台無しになってしまう話題はやめて、この貸し切り状態を楽しもうじゃありませんか!」
「あ、はい。そうですね」
自然と周囲への警戒を始めてしまったが、ミーアさんが手を叩いた事で中断する。
「それじゃあ、京太君はテントを荷台から下ろしてください。私もすぐに手伝いにいくので!」
「はあ」
正直キャンプの事はさっぱりなので、彼女の言葉に従い駐車場に戻り荷台のシートを外す。
テント本体やポールを取り出していると、ミーアさんがやってきた。
「お待たせしました。テントを張る場所の石取りが終わったので、私も運びますね」
「いえ、これぐらい僕が」
「まあまあ。テントの設営もキャンプのだいご味ですから」
むふんと、鼻から息を出して笑うミーアさん。その笑い方がエリナさんやアイラさんに似ていたので、血の繋がりを強く感じた。
ならばと2人でそれぞれ使うテントを抱えて歩いていくと、キャンプ場の端。木の影になる場所が、他と比べて綺麗になっている事に気づく。
他は雑草や大き目の石がチラホラ見えているのに、あの一角だけ不自然なほど何もない。
綺麗に整えられた地面に少し驚いていると、ミーアさんがいたずらっ子の様に笑いかけてきた。
「これも土木魔法の力です。キャンプは不便さを楽しむものですが、魔法を使って楽をするのも何だか新鮮ですよ?」
「たしかに。日常生活だとあんまり魔法って使いませんもんね」
ダンジョンの中ならともかく、普通に暮らしていると現代文明の方が魔法より便利な事が多い。
錬金術で火をおこしたり物を凍らせるより、コンロや冷凍庫を使った方が簡単である。
個人で出来る事の幅は当然魔法や錬金術の方が多いが、文明の利器の方が勝っている点も多い。
だからこそ、こうして自然の中で魔法を戦い以外に使うのは、なんだか新鮮だった。
テント本体を彼女が整地してくれた所に敷き、杭を手に取る。
「先端が内側を向くよう、斜めに打ってくださいね。深く入る様に、おもいき……」
彼女の分のテントスペースでトンカチと杭を持ったミーアさんが、自分が持っているトンカチを見て冷や汗を掻いている。
「……思いっきり叩いたり、しないでくださいね?」
「ほどほどの力で打ち込みます」
「はい。花丸です!」
サムズアップしてくるミーアさんに、やはりというか、違和感を覚えてしまう。
何というか。もしかしてだけど。
「ミーアさんって、かなりキャンプが好きだったり……?」
明らかにハイテンションだ。アイラさん関連で荒ぶっている時とも違う、健全なはしゃぎっぷりである。
こちらの言葉にトンカチで杭を地面に刺しながら、彼女は小さく笑った。
「そうですね。覚醒した辺りから、頭がぐちゃぐちゃになるとキャンプに来ていました。最近は、ちょっとご無沙汰でしたけど」
「女性が1人でって、危ない気がしますが……」
「ナチュラルにボッチ扱いしてきますね」
「あ、すみません。つい」
「まあ、実際1人だったので否定はしませんけど。覚醒者になって力も強くなりましたし、テントの周りをゴーレムでガードしていましたからね。それに、そういう不埒な輩はキャンプ場に来ない時期でしたし」
「あー……」
「何なら、今日みたいに貸し切り状態な時も多かったですよ。偶に、女性のグループを見かける事はありましたが」
「そうなんですか」
「ええ。あ、そっちは打ち終わりましたか?」
「すみません、ちょっと待ってください」
話している間にミーアさんは杭を刺し終わった様で、自分も慌てて杭をトンカチで叩く。
「では骨組みを。きちんとこの突起が下側にくるようにしてですね」
子供の様に瞳を輝かせる彼女に頷きながら、テントを建てていく。
入口部分を地面に杭で止め、骨組みに張り網?とかいうロープを撒きこちらも地面に打ち込み完成となった。
「うん、京太君のも大丈夫そうですね!本当にテントを張ったのは初めてですか?凄く上手です!」
「い、いやぁ、そんな……」
手放しで褒められて照れてしまうが、そんなこちらはお構いなしにミーアさんは止まらない。
「では今度は焚火の準備です!キャンプと言えば焚火、焚火と言えばキャンプ!人類の歴史は焚火と共にあり!です!」
「あ、はい」
すごい。小学校の頃、家族でキャンプに行ってやたら張り切っていた父さんを思い出す。
父さん、焚火で前髪焦がして以来キャンプ嫌いになってしまったが。
思えば、父の前線が後退を始めたのはあの頃からかもしれない……いや、覚醒して結構戻ってきたが。
「荷台に薪があるので、お願いしますね!私は魔法でかまどを用意したら、キッチンテーブルを取りに向かいますので!」
「うっす!」
張り切りまくりなミーアさんに頷いて、言われるままに軽トラへ向かった。
なんだか、こちらまで彼女の笑顔につられて頬がほころぶ。童心にかえった様、と言うには。まだ早いだろうか。
視界の端で『とう!』と無駄に掛け声をあげて魔法を発動するミーアさんに苦笑し、自然と大股で駐車場へ向かった。
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