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閑話 未来への投資

閑話 未来への投資





サイド なし



 埼玉県某所。『トゥロホース』本部跡地。


 彼らの『プライベートダンジョン』を覆うストアから、少し離れた位置にある新設の自衛隊基地。


 そこに、3人の男達が入っていく。


「お忙しい中、突然申し訳ありません」


「構わんよ。君には色々と世話になっている」


 ほんの少し速足で歩く赤坂部長と、丸井陸将。その2人の後ろを、緊張した様子で山下博がついていく。


 地下へ向かう専用のエレベーター前には、自衛隊員が1人見張りとして立っていた。彼は陸将の姿を見てすぐさま敬礼をしたが、扉を自分から開ける気配はない。


 それに返礼し、丸井陸将は懐からカードキーを取り出した。それでエレベーター前の防弾ガラス製の扉を開き、進んでいく。


「げ、厳重ですね」


「これでもまだ足りないぐらいだ。急造だから、穴も多い」


 エレベーターに乗り込み、地下へのボタンを押す陸将。そんな彼に、山下は尻尾を無意識に己の足の間に隠した。


「その……自分みたいな部外者が、入って良い場所なんですか?」


「これから部外者ではなくなってもらう。貴方を、『ウォーカーズ』を私が口説き落とせれば、だがな」


 四角い眼鏡の位置を指で直す丸井陸将に、山下は怪訝そうな顔を浮かべた。


 そんな事を話している内に、エレベーターは目的のフロアに到着する。


 扉が左右へ開いた瞬間、けたたましい金属音と悲鳴が響いた。反射的に山下は『魔装』を展開し、赤坂部長達の前へ出る。


「なにが……!」


「大丈夫だ、山下さん。貴方が警戒する様な事ではない」


 油断なく盾を構える山下の肩を、丸井陸将が軽く叩く。


 彼の視線の先には、顔から床に倒れ込んでいる『金属鎧』があった。その鎧から、人のうめき声が聞こえてくる。


 疑問符を浮かべる山下をよそに、何人もの自衛官が金属鎧の周囲に駆け寄ってきた。


「くそ、また失敗か!」


「おい、大丈夫か!?意識は!?」


「くっ……!問題、ありません……!」


 倒れ込んでいた金属鎧が、床に手をついて立ち上がろうとする。その動作は緩慢で、周りの隊員達が必死にその動きを止めようとしていた。


「ここは……」


 山下が『魔装』を解除し、フロアに視線を巡らせる。


 そこは、コンクリート打ち放しの天井や壁が目立つ空間だった。


 広さは体育館数個分といったところだろう。照明と空調、壁のあちこちに電源ソケットがある以外、碌に設備が揃っていない。


 仕切りの様な物もなく、そんなだだっ広い場所のあちこちで、金属鎧がぎこちなく動いている。足を1歩進めるだけでも3秒ほどかかり、それすら出来ずに転倒して再び盛大な金属音を響かせていた。


 一見すれば、ふざけた空間。しかし、彼らは至極真剣である。


 エレベーター近くで転倒した金属鎧。黒いレーシングスーツに、プロテクターとも違う金属装甲を張り付けた様なそれから、装着者の荒い息が漏れていた。


「無理すんな!お前、前にそれで骨が折れていただろ!」


「まだ、やれます……!」


「うるせぇ!怪我した状態でデータとれるか!」


「脱がせます!そっち持ってください!」


 自衛隊員達と、『黒い頭巾姿の男』がドライバーで手早く奇妙な鎧を外していく。


 スーツを脱がせれば、中から短く刈り上げた黒髪に鍛え上げられた肉体の、若い男性自衛官が出てきた。


 身に着けているのは薄手のシャツとボクサーパンツのみ。彼は全身から大量の汗を流し、右膝が赤黒く腫れていた。


「医務室に連れて行く。左足でなら立てるか?」


「はい……うっ」


「無理そうだな。待っていろ、今ストレッチャーを」


「魔法薬は、まだありますよね……それで治療したら、すぐ……!」


「……わかりました」


 黒い頭巾の男が小瓶を取り出し、中の軟膏の様な物を指で掬う。


 そのまま自衛官の腫れあがった右膝に塗っていけば、彼の口から小さく苦悶の声があがった。


「これで、数分もしたらまた動く様になります。ですが短時間にこれ以上の魔法薬の使用は危険だ。今日はこれで最後です」


「ありがとうございます……!実験の、続きを……!」


「だから、数分待てっての!その間にスーツの調整を行う!」


 隊員の1人が肩を貸し、右足を引きずる男性隊員を近くのパイプ椅子に座らせる。


 それを横目に、他の隊員達や黒い頭巾の人物はパソコンと脱ぎ捨てられたスーツを何度も見比べ始めた。


 似た様な光景が、この空間のあちこちで見られる。転倒や不自然に動きが止まった金属鎧から負傷した自衛官が出てきては、治療されていた。


 最も異様なのは、負傷者側の方がやる気に満ち溢れ無理にでも『実験』を続行しようとしている所だろう。彼らの目は、危うさすら感じる程に輝いていた。


「これが、『新型パワードスーツ』の実験場ですか」


「ああ。ようやく政府から許可が下りてな。急ピッチで作った」


 淡々とした赤坂部長と丸井陸将の言葉に、山下が振り返る。


「え。パワードスーツって、あのアニメとか映画で見る……」


「その認識で構わないですよ、山下さん。ただし、我々が求めているのは少し特殊ですけどね」


 赤坂部長がそう言って、エレベーターから降りる。彼に続いて他2人もコンクリの床に足をつけ、そのまま壁沿いに移動を開始した。


「元々、パワードスーツの軍事利用は世界中で研究されていました。日本では、あくまで人間と重機を組み合わせる方向に、ですけど」


「しかしここで研究しているのは、明確に戦闘を想定したものである。対人ではなく、対モンスターのな」


「……噂では聞いた事があります。『ゴーレムを自衛隊が着こんで戦う』、みたいな」


「そう、ゴーレムだ」


 丸井陸将が頷き、視線を少し離れた位置の金属鎧に向けた。


 そこには、4メートル程の背丈のゴーレムが鎧を着て正座している。その背中から這い出てきた自衛官が、疲労困憊という様子で水分補給をしていた。


「ダンジョンに入れるのは覚醒者のみ。だが覚醒者だけでは足りない。異世界への自衛隊派遣どころか、日本にあるダンジョンの管理すらままならない程に不足している」


「そこで、どうにか非覚醒の自衛隊員でもダンジョン内で活動できる様にしようというのが、この研究の目的です」


「最も、まともに予算が下りたのはつい最近の事だけどね」


「まあ、予算が下りたらすぐに実現できるという物ではないがな」


 歩いてきた白衣に黒い頭巾という珍妙な出で立ちの人物に、山下が思わず二度見する。


 だが、臭いと声音から誰かわかりすぐにげんなりとした顔になった。


「ああ、会長。何ですか、その変な格好。流石に頭巾脱いでくださいよ」


「断固拒否する。素顔の私と会った事がある者も基地内にはいるのだ。絶対に脱がん……!」


 語気を強める会長に、赤坂部長が苦笑を浮かべる。


「視界不良で事故は起こさないでくださいね、会長」


「安心してくれ。この頭巾は特別性だ。内側からなら視界を一切遮らない上に、いざと言う時は毒ガス対策にもなる。欠点は夏場だと凄く蒸れる事ぐらいだ」


「そうですか」


「いや見た目に欠点しかありませんけど」


 真顔でツッコミをいれる山下をスルーし、会長は丸井陸将に体を向ける。


「頭巾を被ったままな事はお詫びします。それと、ご期待に応えられなかった事も」


「いいえ。貴方達の協力がなければ、形にすらならなかった。どうか今後もよろしくお願いします」


 そして、彼らの目がフロア内で行われている実験に向く。


 再び、金属音と悲鳴が響いた。


「現在、3種の形体を主に試しています。特殊なスーツを着込む『鎧型』。ゴーレムを大型化し乗り込む『搭乗型』。後ろからゴーレムが覆いかぶさる様な『二人羽織型』」


「それぞれの特徴と進捗は?」


「鎧型は比較的生産コストが低く、場所も取らないですね。ただし、搭載している『ホムンクルスもどき』や『ホムンクルス』との連携が上手くいかず、現在は装着者の関節を破壊しまくっています」


 会長の視線が、エレベーター前で転んでいた機体に向けられる。


 その機体は再び顔面から床に倒れ込み、周囲の隊員や同好会が慌てて駆け寄っていた。


「次に搭乗型。場所を取るうえにコストもかかりますが、成功すれば巨体を活かしたパワーと防御力を発揮できます。ま、現在はそもそもまともに動く事すらできませんが。なんせ、デカすぎて疑似神経が定着しません」


 彼の視線が、先ほど3人が見ていた3メートル程のゴーレムに向く。搭乗者が乗り込み起動した様だが、立ち上がる事すら出来ずに四つん這いになった。


「『ホムンクルス』も『ホムンクルスもどき』も、動かせるのは作り手である人間にある程度近い大きさと形状に限りますからね」


「その通り。最後に二人羽織型。鎧型と搭乗型の中間の様な機体で、今の所1番安定しています。ですが、あくまで他の2種と比べてというだけ。ハッキリ言って五十歩百歩ですな」


 彼が視線を向けた先。そこでは、ペンギンの様な歩き方をする鎧の姿があった。


 鎧型と似たスーツを着た自衛官に、後ろから覆いかぶさるゴーレム。人間の背中とゴーレムの腹部が接続している状態にある。


 ゴーレムの手足が人間の手足の外側にあり、腕の先端や足の先端を覆い隠していた。


 転んでこそいないが、その動きは非常に遅い。設置されている鉄パイプを持とうとしているが、距離感を間違えたのか指先が空を切る。


「ハッキリ言って、どれも実戦に出せるレベルではない。鉄の棺桶ですな」


「それでも、希望が見えた。それだけでもありがたい事です」


 会長の言葉に、丸井陸将が眼鏡の位置を直す。


「希望、ですか。確かにテスト協力してくれる隊員達のやる気は異様に高いですが……」


「今も隊に残っている様なのは、他に行き場のない者以外『覚悟』を決めた者だけです」


 淡々と、しかし拳に力を込めながら陸将は語る。


「だからこそ、ダンジョンへ向かう仲間や民間人を見送る度に歯を食いしばってきた。守る為に銃を取ったはずなのに、戦う権利すらもらえない。それが悔しかった」


 彼の拳から、ギチギチという音が僅かに聞こえてきた。山下が心配そうに、拳と丸井陸将の顔を交互に見る。


「私も、あと10歳若ければ実験に立候補していました。魔法薬で傷が治るのなら、何度だって骨を折る」


「……魔法薬は、そこまで万能ではないのですがね」


 会長が小さく肩をすくめた後、背筋を伸ばす。


「貴方がたの覚悟はわかりました。ですが、やはり一朝一夕で完成するものではない。時間はもうないのでしょう?であれば、これは将来への投資と割り切って別の作戦を立てるべきだ」


「時間……?」


 山下が首を傾げたのに対し、会長が赤坂部長へと視線を向ける。


「まだ話していないのかね。マイフレンド」


「ええ。これから伝える所です」


「あの、どういう……」


「山下さん」


 赤坂部長が、真剣な面持ちで山下に向き直る。


「今首相官邸では、官房長官がダンジョン閉鎖の原因と今後の対応について、『表向き』の発表を行っています」


「え、ええ。うちの幹部達もテレビで見ているはずですし、録画もしていますが……」


「色々と細かい説明は資料に書いてあるので省きますが」


 そう言って、赤坂部長はUSBを山下に渡し。



「このままだと、日本は滅びます」



 あまりにもあっさりと、国の終わりを告げた。


「……マジですか」


「はい」


 冷や汗を頬に伝わせる山下に、会長が問いかける。


「なんだ、思ったより動揺しないじゃないか。山下君」


「そりゃあ、まあ。最近のダンジョン情勢を見ていたらそう思いますよ」


「事はダンジョンだけが理由ではないですが……そちらは後で話しましょう。その滅びを回避する為、自衛隊は一刻も早く『赤い竜と白い竜の排除』及び『異世界への派遣』を完遂しなければならない」


「……まさか、同時にとか言いませんよね」


「言います。ほぼ平行して進めないと間に合いません。何なら竜の討伐に関しては、冒険者達に協力を依頼する事になるでしょう」


 きっぱりと断言した赤坂部長に、今度こそ山下が狼狽した。


「ちょ、無理でしょそれは!?いくら何でも……!」


「やらねば、日本は終わりますから」


「正直、私としては海外にとんずらこきたいのだがね……」


 頭巾の下でため息を吐く会長に、赤坂部長が満面の笑みを浮かべる。


 ストレスだらけの彼にしては珍しい、それはもう綺麗な笑顔だった。


「そう言いながらも私と運命を共にしてくれるのだから、会長も副会長も良い人達ですよね!本当にお2人の『友情』に感謝しています!」


「そうだね。友情だねマイフレンド……!」


 肩をわなわなと震わせる、『錬金同好会』会長こと本田警視長。


 一瞬哀れに思った山下だったが、すぐに『自業自得だったな』と見捨てた。


「おっほん!私と赤坂部長との友情は別としてだね。やはりこの、『ゴーレムを纏ってダンジョンに入る』というのは難しいぞ」


「しかし、『通常の魔道具を纏った状態ではゲートを素通りする』。ダンジョンに入る事が出来たのも、その中で活動できたのもゴーレムで覆われている場合のみだ」


 丸井陸将が、眉間に深い皺を寄せる。


 ダンジョン内は高濃度の魔力が流れており、非覚醒者が入れば運が良ければ覚醒。悪ければ死ぬ。そして、基本的に後者の確率の方が高いと多くの専門家や覚醒者が口を揃えて言っていた。


「それはそうでしょう。ゴーレムは『ホムンクルス』にとっての体。腹の中に入った物をダンジョンが拒絶するのなら、覚醒者は毎回体内の微生物やら何やらをゲート前に置いていく事になる。アトランティスとやらの魔法使い達は、その辺り上手く設定した様ですね」


「前に生きた蛇を丸のみにした自衛隊員がダンジョンに入った時も、蛇は外に放り出されなかった。彼らも同じ経験をしたのでしょうか……」


「……初耳ですよ、そんな実験をしていたというのは」


「残念ながら実験ではなく、その自衛官が素でやった事です」


 自衛隊最強の覚醒者部隊にいる『とある隊員』の顔を思い浮かべ、隣で聞いていた赤坂部長は遠い目をした。


「とにかく、作戦の決行に間に合う可能性は万に1つもない。『錬金同好会』の会長として、我々は魔法薬などの支援に専念した方が良いと意見させてもらいましょう」


「お待ちください、会長」


 そう断言した会長に、赤坂部長が不敵な笑みで待ったをかける。


「なんだね、赤坂部長。言っておくが、私とて悔しいのだ。プライドを大きく傷つけられている。錬金術の素人が出せる様な案は、粗方試したぞ」


「ええ。私は錬金術の素人だ。ハッキリ言って、どういう原理で何が起きているのかもわかっていない」


「ならば」


「ですが」


 頭巾の下で顔を盛大にしかめているのが雰囲気でもわかる本田会長に、赤坂部長の笑みは崩れない。


「コピー、撮影、書き写し。その他魔法関連の複製や持ち出し等も禁止という条件で、とある資料を貴方達に見てもらいたい」


「なんだね。ダンジョンから何か回収できたのか?」


「出所はまだ不明ですが、持ち込んだ人物の名を聞けば貴方も無視できない資料です」


「なに?……まさか」


「ええ」


 赤坂部長の言う人物の名前に、彼の話を聞いていた者全員が目を見開いた。



「有栖川エヴァ教授。『プロフェッサー』からのプレゼントです」



*    *     *



「なんだこれ……なんだこれ……!」


「ざっけんな!ここ、ここの理論の言語化に、俺達がどれだけ……!」


「すげぇ……めっちゃ分かり易い。この理論、会長と副会長しかきちんと理解できていなかったのに……」


「おい、ページ戻せ!読むのが速いんだよ!」


「会長、副会長が興奮しすぎて倒れました!」


「魔法薬ぶっかけろ!叩き起こせ!」


「おい、カメラは出すな!『契約書』が発動して燃えちまう!」



 基地にある会議室にて、同好会のメンバーが机に広げられた紙束に群がって騒いでいる。


 その光景を、山下と赤坂部長。そして丸井陸将が数歩分距離を取って眺めていた。


「まさか、彼らがここまで驚く様な代物を持っているなんて……どういう組織なんですか、『インビジブルニンジャーズ』は」


「さてね。彼らのエースである矢川京太の固有スキルに関係しているかもしれないが……深堀りすれば強力な呪いが発動する。詮索はしない方が良い」


「……やっぱおっかないですね、『プロフェッサー』は」


 山下が冷や汗を掻き、尻尾を足の間に隠す。


 彼らは知らない。この資料はあくまで『魔装』の本の一部を、京太が『ゴーレムに関わる事』だけ抜粋した物だという事を。


 そして、教授はただ単に『そろそろゴーレム関連で国が同好会と組んで何かするだろうなー』という。経験から基づく直感でこの話を赤坂に持ち掛けてみたら、凄い勢いで食いついてきて驚いた事を。


「この際、教授の思惑などどうでも良い。この資料があれば、国が救える。その可能性だけが重要だ」


「言いたい事はわかりますが、陸将が言うのはどうかと」


「分業だと思ってくれ、赤坂君。政治だの陰謀だのは、一旦君や政治家達に任せる。私は、戦う者達と国民が無為に死ぬ事のない状況づくりに専念したい」


 士気の跳ね上がる同好会の面々に瞳をギラつかせる丸井陸将に、赤坂部長が肩をすくめた。


「あの……今更な質問なんですが」


「なんでしょう、山下さん」


 山下が、赤坂部長に小声で問いかける。


「事ここに至っては、もう海外への借りとか考えずに助けを求めた方が良いんじゃ……?日本だけじゃ、対応しきれませんって」


「助け合いが大事なのはごもっとも。ですが、それが出来ない理由が2つあります」


「はあ……」


「1つは、お金です」


「金」


 あまりに俗っぽい言葉が出てきて、山下は思わず聞き返す。


「既に日本は他国に莫大な借金をしています。『覚醒の日』以前の、何倍もね。どうにかして『異世界へ最初に行った国』というアドバンテージを作らねば、今後の交渉は不可能。借金のかたに、国が切り分けられかねないのです」


「そ、そこまでですか……」


「今はダンジョン問題で『火中の栗』扱いですから、誰も包丁を入れていないだけ。彼らは日本を見て、いつが食べ頃かと皿の前で待っています。誰に拾わせるかの検討をしながらね」


 赤坂部長は、『ま、それも仕方ないぐらいに負債があるんですよ。あまり海外を責められません』と言った後。


 その瞳を、鋭く細める。


「何より……そう言った動きとは別に、米国大統領が『フットボールの誘い』を各国へ内密にしています。スタジアムは無論、日本ですよ」


「は?……はあ!?」


 一瞬どういう意味かと首を傾げた山下だが、理解が追い付いて大きな声をあげた。


 フットボール───核ミサイル発射の為に必要な物が入ったカバンを、アメリカ政府はそう呼んでいる。


 山下の大声を、同好会は興奮で耳に入っていない。丸井陸将は2人に背を向け、聞こえないふりをしていた。


「それって……なんで……!」


「元々そういう話はありましたが、突然ファッジ・ヴァレンタイン大統領がそちら方向に舵を切った。これまで『フロンティア』にお熱だった彼が、まるで別人の様に……」


 赤坂部長の眉間に、皺が寄っていく。


「これまでは、利害で交渉が出来ると思っていました。日本が大きく損をする形になったとしても、アメリカの助力は得られると。これまでの事も水に流せると。ですが彼は……」


「……海外に逃げたいっていう会長の言葉が、今ならわかります」


「まあ、そう言わずに」


 部長は笑顔を浮かべ、同好会が見ているのとは別の紙束を山下に手渡した。


「え、これは……素材のリスト?」


「現在、この基地で行われているゴーレム実験に必要な物と、恐らく今後必要になるであろう物です」


「……不人気なドロップ品ばかりですね」


「ええ。ですから、市場に必要な数が出ていない」


「それに凄い量です。まさかとは思いますが」


「はい。『ウォーカーズ』には是非とも、そのリストにある物を集めてほしいのです」


「……報酬のほどは?」


「相場通りに」


「いやいやいやいや」


 山下が頬を引きつらせながら、全力で首を横に振る。


「この量、この素材を相場通りの値段とか、とんでもない赤字ですって。冗談はやめてくださいよ、赤坂さん。不人気なドロップ品は、不人気な理由があるんですって!」


「まあまあまあ」


「まあまあまあまあ」


 がっちりと、赤坂部長と丸井陸将が山下の肩を左右から掴む。


 彼は『戦える覚醒者』だ。振りほどくのは物理的な意味で余裕だが、社会的な意味で難しい。


「今後も我々と『友達』でいた方が、貴方達にも得ですよ?」


「自衛隊は、この件に協力してくれたのなら『ウォーカーズ』にとても感謝をする。どういう形でお礼をするか、明言は出来ないが」


「は、ははははっ……い、嫌だなぁ。2人とも。幾らなんでもこれは」


「お願いしますよ山下さん。この国を救う為に、ね?ね?……真面目な話、このままいくと、覚醒者の人権がアメリカ主導で国連のものになりますよ?日本、必要でしょ?」


「海外の覚醒者差別はどんどん悪化しているそうだぞ、山下代表。覚醒者と非覚醒者の架け橋となるには、まず日本からが良いと思う」


「だ、だとしてもですね。他のメンバーの了承とか」


「交渉が必要なら私も協力しますから!皆さんが納得できる様、調整してみせますよ!」


「同好会との交渉も赤坂君がどうにかしてくれた。会長と副会長以外は最初自衛隊との連携に否定的だったが、今は全員が納得してくれている」


「……その交渉技術を自分に使わないのって、暗に『共犯になれ』って意味ですか?」


「……まあまあ」


「まあまあまあ」


「ふ、ふざけるなぁ!俺は屈しないぞ!!」


 ふしゃーっ!と。山下がオッサン2名の手を振りほどき威嚇した。組織の長として、この様な取引には頷けないと。


 なお、この数日後。ハイライトの消えた目の山下と満面の笑みを浮かべた赤坂の2人が、『ウォーカーズ』の幹部や支部長達と面談する事になるが、それは割愛する。








読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.けちけちすんな!例の本全部見せてやれ!というかコピー許可しろ!

A.それをやると今は良いですが、数十年後大変な事に……。具体的な説明は、今章の設定でするかも?



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― 新着の感想 ―
ゴーレムだけじゃなくって錬金術全般だったらそりゃあ生身のホムンクルス作るよね。 俺だってそうする。 とくにえっちな目的のためだったら余計に。 数十年後に大事になるというのは、今以上の少子化だったり? …
副会長(この理論なら理想のホムンクルス嫁が完成する!!!!????)絶頂
いまだに覚醒者の人権がアメリカ主導で国連の管理下に置かれないのはかなり凄いこと。 現実だと連日連夜テレビで覚醒者のネガティブキャンペーンをして、それに対抗する為に声をあげたらテロリスト扱いでネガキャン…
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