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第十八話 血の道

第十八話 血の道





「じゃあ、2人とも気を付けてね」


「ええ。そっちも火事とか強盗とか気をつけてよ」


「行ってきます」


「うん。行ってらっしゃい」


 そうして、旅行へ向かう両親を見送る。電車で県庁近くの大きな駅まで行って、新幹線で奈良に向かうそうだ。一泊二日の予定である。その為に父さんも溜まっていた有休を使ったそうな。


 2人を見送った後、早速リビングのテレビで録り溜めたアニメを見始める。


 今期一押しのアニメを2話一気に見終わった辺りで、アイラさんからスマホに電話があった。


「はい、もしもし。矢川です」


『やあ、アイラさんだよ!今暇かい?暇だね?ちょっとお姉さん達と遊ばないかい?』


「え、暇じゃないです」


『なにぃ!?馬鹿な……京ちゃん君に予定、だと?ちなみにどんな内容だね』


「録り溜めたアニメ見ながらゴロゴロする予定です」


『私からの誘いはそれ以下なのか!?美人女子大生からのお誘いだぞ?普段の性欲の権化みたいな君はどうしたんだい!?』


「誰が性欲の権化か」


 そりゃあこっちも健全な男子高校生だ。性欲は人並み以上にある。


 が、それはそれとして。


「だって、アイラさんやエリナさんと遊んでいると凄い勢いで体力削られるし……」


『それだけ君が楽しんでいる証拠だね』


 顔を見なくてもドヤ顔をしているのがわかる。否定はしないけども。


 実際、彼女らと遊ぶのは楽しい。相手が美女だから、とか以上に誰かとわいわい騒ぎながらゲームをするというのは良いものだ。


 ああ、中学までが懐かしい。薄情なことに、かつての友人達にSNSでメッセージを送っても碌に返事が来ないのだ。どうも、既に向こうで新しい友達を作っているらしい。


 こうして人間関係は希薄になり、友人から知人に。そして他人に変わっていくのだな……。


 小さくため息を吐き、リモコンを置く。


「わかりましたよ。それで、今日は何をやるんですか?」


『うむうむ。口では何と言おうと身体は正直だな京ちゃん君』


「切りますね」


『冗談だよぉ!?』


「いや念話の方に切り替えるので」


 通話を切り、自室に。引き出しからイヤリングを取り出して耳に装着した。


 先ほどの口ぶりから、どうせエリナさんも参加するのだろう。だったら念話の方が効率的だ。


 そう思い耳たぶに挟む。これにも、随分と慣れたものだ。


『京ちゃん君!京ちゃん君、聞こえるか!!』


 やけにうるさいイヤリングにため息を吐きつつ、ゲーム機を手に取る。


 何だかんだ言って、遊ぶ事に異議はないのだ。素直に楽しむとしよう。


「はいはい。お待たせしました。今ゲーム機を起動す──」


『京ちゃん君。今すぐテレビをつけろ』


「は?」


 やけに真剣な声で遮られ、疑問符を浮かべながらゲーム機片手にリビングへ戻って来た。


 そして、リモコンでテレビの電源をつける。


「何ですか、いったい。僕、テレビとゲーム機を繋げるのやった事ないんですけど」


『落ち着いて、冷静に。ニュースを見るんだ』


「だから何なんですか。そんな──」



『繰り返しお伝えします。現在、3つの箇所でダンジョンの氾濫が発生しています』



「……は?」


 アナウンサーが、真面目くさった顔で原稿を読み上げている。


 画面上部には『緊急ダンジョン警報』と表示され、氾濫の被害にあっている地名が書かれていた。


 そして、その中に……。


『京ちゃん君。1つは君の家から電車で駅を1つ跨いだ辺りだ。そちらまで被害が行く可能性は低いが、ご家族といつでも避難できる準備をしてくれ』


 アイラさんに答える暇もない。


 すぐにスマホで両親に連絡を取ろうとするが、混みあっていて通じない。


 待て、落ち着け。そうだ、確か災害時用の番号が……。


「アイラさん!災害時って、どの番号にかければ良いんでしたっけ!!」


『……伝言ダイヤルなら『171』だ』


「伝言じゃなくって……すぐに、すぐに繋がるのはないんですか!?」


『ない。比較的繋がり易いのはSNS関連だが、今はそちらも不安定だ。もう一度言うぞ、落ち着け』


「落ち着いていられるか!」


 くしゃりと前髪ごと頭を押さえながら、必死に電車の時間を思い出す。


 家から駅まで車で20分から25分で、たしか駅についたらすぐに電車が来るぐらいの時間だから、じゃあ今両親はこの被害区域に……!!


 ただの思い過ごしかもしれない。だが、最悪な事に『精霊眼』がうずいている。


 まるで、最悪な『未来』を映し出す寸前の様に。


「……両親が氾濫の起きた場所にいるかもしれません。僕は今から現場に向かいます」


『わかった。ナビゲートは任せろ。今エリナ君も出た所だ。途中で合流したまえ』


「え……?」


 止められるかと思えば、真逆の言葉が返って来た。


 その上、エリナさんが出た?なぜ?


『迷っている暇があるのかね。問答は走りながらでも出来るだろう』


「は、はい!」


『それと、急いでいても家の鍵は閉めていけよ。最近は物騒だ』


「え、あ、はい」


 どたどたと鍵を取りに行き、スマホだけポケットにねじ込んで玄関を出た。


 ガチャリと玄関を施錠し、鍵もポケットに。すぐに『魔装』を纏う。


 剣とナイフさえ部分的に消せば、途中で警察に咎められる事もあるまい。被害地域に跳びこむのは、怒られるだろうが知った事か。


 車がいない事を確認してから、走りだす。風の助力も得て、自分が今出せる最大出力を放出した。


 一歩、二歩、三歩目にて、トップスピードに到達する。


 少し前に隣の市にある訓練場で出した速度は、直線で時速70キロ前後。ショートカットもするのなら、車より速いはず……!


『大通りに出ると面倒な事になる。人通りが少なく、なおかつ目的地に通じる道を教えよう。耳の穴をかっぽじって聞きたまえ』


「わかりました。でも、なんで……」


『君の家周辺の地理なら、ドッキリを仕掛けようとエリナ君と一緒にリサーチ済みだったのでね』


「そういう事じゃなくって、なんで協力してくれるんですか……!」


『取りあえずそこの信号は右だ』


「はいっ!」


 やけくそ気味に答えながら、方向転換。


 足裏でアスファルトの地面を削りながら、風を斜め方向に放出。電柱に左手を一瞬だけつけ、腕の力もつかい再加速。ほとんど減速せずに曲がり切る。


 車では一台通るのもギリギリの幅。だが自分には関係ない。


 前からやって来た自転車とすれ違い、車を跳び越え、通行人を回避する。


『精霊眼』と『魔力解放』。その2つをフルに使えば、この程度容易い。


 だから、今はもっと速さを……!


『協力する理由、か。……色々と浮かぶが、大きなものは2つだね。あ、このまま小学校まで走ってくれ。たぶんもう見えているから』


「はい」


『1つ目は、打算だ。私も研究室も、君には今後も研究に手伝ってもらいたいと思っている。他の大学や企業が、私達以上の報酬と環境を用意するかもしれないからね。恩を売っておきたい』


 眼の前の道路で、赤信号が輝いている。


 だが隣には歩道橋だ。さび付いた階段を3歩で駆けあがり、勢いそのまま反対側まで跳躍。眼の前に来た階段も一足で飛び降り、地面へと手足を使って着地した。


「っ……!」


 流石に衝撃で関節が痛むが、構わない。すぐに治る。


『小学校の校門が見えたら、正門前の十字路を右に曲がりたまえ」


「了解!」


『さて、2つ目だが……なに。個人的な感傷だよ』


 ギシリ、と。彼女が椅子に身体を預ける音が聞こえる。



『家族は……一緒の方が良い。それは、私とエリナ君の共通見解だ』


「京ちゃん!こっちこっち!」



 右に曲がって少し行った所で、忍者服姿のエリナさんが手を振っていた。


『彼女は隣町の水族館前にマーキングをしている。大幅にショートカットが出来るはずだ。別の地図を今、パソコンで用意した。今後のナビも任せろ』


「ありがとう、ございます……!」


 走るのに集中していて、アイラさんの言っていた事をナビに関する事以外半分ほど聞いていなかった。


 だが──優しさと悲しみの混ざった声が、やけに耳に残っている。



*      *      *



 エリナさんの転移で隣町まで飛び、更に走る。


「京ちゃん!私は良いから、先行って!」


「はい!」


『2手に分かれるのは……いや、良い。エリナ君なら何とかするだろう』


 走って、走って。ひたすらに走って。


『──ちっ……京ちゃん君。良い知らせと悪い知らせだ』


 アイラさんの舌打ちが、聞こえてくる。


 それでも減速はしない。徐々に放置された車が道路に目立つ様になり、様々な音が、声が聞こえ始める。


『良い知らせは、君が今から何をしても警察に止められる事は無いという事』


 そして、惨状が、


『悪い知らせは、ここの対処は後回しにされた。救援が来るのに、時間がかかる』



 地獄が、目の前に広がっていた。


 ───戦いというものを、自分は知っていた気でいた。


 圧倒的なスペック差で勝ってきただけのくせに、命の奪い合いというものを経験したつもりでいたのだ。


 容易く命というものはこぼれ落ちていくものなのだと、悟った気になって。


 なんの覚悟も、信念も抱かずにここへ来てしまった。



 この煙に混じった鉄の様な臭いも。


 聞こえてくる悲鳴も、肌に纏わりつくねっとりした風も。


 視界に広がる血まみれの地面と、そこで倒れている人々の死体も。


 初めて見て、感じる。


「あ、ぁぁ………!」


 気づけば、足が止まっていた。


 急がないといけないのに。探さないといけないのに。爪先が赤い水たまりに触れた途端、縫い付けられた様に立ち尽くしてしまう。


 目が逸らせない。若い男女が、揃って頭を欠けさせて倒れている。腰から下を失った老人が、虚ろな目で空を見上げている。空っぽのベビーカーの横で、女の人が腸を地面に広げている。


「ひっ……」


 喉が引き攣り、言葉が出てこなかった。


 しかし、今自分は何を言おうとしたのだろう。怒声?悲鳴?意味のない奇声?


 違う。『否定』だ。この状況に、この現実に、これは夢だと言おうとしたのだ。


 そんなわけないって。これは実際に起きている事だって。


 五感の全てが、告げているのに。


『すぅぅぅ………わっ!!』


「っ!」


 耳元で響いた大声に、肩を震わせて我に返った。


 いつの間にか呼吸が止まっていたのか、少しせき込む。


『聞こえるかね京ちゃん君。あまり無視をしてくれるな。泣きたくなる』


「すみ、ません……」


『引き返すというのなら、止めはしない。むしろ、私は年長者として今すぐ帰れと言わなければならない立場だ。ババ様に知られたら、拳骨では済まないね』


「……ごめんなさい。帰れません」


『そうかい。ではナビを続けよう。取りあえず駅の方に向かおうか。エリナ君にも、そう指示する』


「はい!……ありがとう、ございます」


『お礼は必要ない。言っただろう。これは打算と、ただの感傷だ』


「それでも、ありがとうございます」


 血に濡れた地面を踏みしめ、駆ける。


 ……どうか、この行動が無意味でありますように。


 両親はこの街にいなくて、安全な場所にいる。彼女らには申し訳ないけれど、己の行動はただの取り越し苦労であってほしい。


 周囲に見える民家は玄関や窓が割られ、あちこちに血痕がついていた。人の死体がそこら中で無造作に打ち捨てられ、電柱に衝突した車が煙を上げている。


 こんな場所に……両親がいるなんて思いたくなかった。


「ひ、あああああああ!?」


 そう遠くない場所から、悲鳴が聞こえてくる。


 上ずった声は、男性のものという事しかわからず個人を特定できない。


 すぐさま声が聞こえて来た方向に駆け、跳躍。ブロック塀を越え、民家の屋根も踏みつけて更に跳んだ。


 降り立った先。そこでは、座り込んだ男性を前にモンスターが血濡れた武器を持って立っている。


 ───あの人は、父さんじゃない。知らない人だ。


 座り込む男性を観察する自分に気づいたのか、視線を向けて来たモンスター。


『ブゴォ……!』


 醜悪な豚面に、脂肪のつまった腹。それに反して手足は筋骨隆々であり、厚そうな肌は灰色をしていた。


 腰布一枚だけを纏い、手には粗悪な斧。刃こぼれだらけだが、人を殺すには十分すぎる。怪物が持っているのなら尚の事。


 2メートルを超える体躯に、100キロを軽く上回る重量。筋肉と脂肪を鎧にし、人と豚を混ぜた様な怪人。



『オーク』



 ランク『D』のモンスターが、街中に突っ立っていた。


『ブォオオオオオオッ!!』


 雄叫びをあげて、オークがこちらに殺意を向ける。


 だが、


「ふぅぅぅ……!」


 だからどうした。


 息を吐き出すと共に全力で踏み込んで、アスファルトの地面を蹴り『敵』目掛けて突撃する。


 片手で振り下ろされる斧の軌道を『精霊眼』で予知。腰の捻りも加え、両手で握る剣を逆袈裟に振るい刀身をぶつけた。


 素の膂力で負けていようが、風の力で強引に弾く。勢いそのまま踏み込み、腕ごと斧を上に押し上げられたオークの首に刃を振り抜いた。


 一刀両断。首を刎ねられた怪物が、背後で地面に転がる。


 振り返らずに、男性に問いかける。



「大丈夫ですか」


「へ、ひ、あ、ああ……」


「なら、逃げてください」


 それだけ言い残し、再び走り出す。今は他人を安全圏まで送り届けている余裕がない。


 脚を動かしながら、付近に目印となる物がないか目だけで探す。


「アイラさん。右斜め前方に学校があります」


『……恐らく中学校だ。よろしい。一旦そこへ向かった後、大通りを左に曲がって真っすぐだ』


「わかりました」


 ぽつり、と。兜に水滴が当たる。


 雨だ。曇天から、小さな雨粒がまばらに落ちてくる。


 それが身体に当たるたび、身体に流れる血が冷えていく様だった。


 やらないといけない事が、胸にストンと嵌る。気合を入れねば動かなかった手足が、今は自然に動いた。


 しかし……それでも。


『ブゴ、ブゴ……』


『ブァアアア!』


 赤黒く汚れた道。止められた車両が脇を飾るそこで、怪物達が楽し気に『肉』を食らっていた。


 血が、冷える様な感覚があるはずなのに。この光景を見て、


「そこを」


 声が、喉が震える。


 脳の奥底が煮える様な錯覚をしながら、自分でも理解しきれない感情のまま行動に移る。


「どぉけえええええええええ!!」


 それは怒りからか、恐怖を誤魔化す為かもわからないまま。


 ただひたすら、指示されたルートに立ちはだかる『敵』へと剣を振るった。






読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。創作の原動力にさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。



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― 新着の感想 ―
> ……どうか、この行動が無意味でありますように。 そうか、「間に合いますように」じゃないですね、確かに。
本当に冗談以外全部高いクオリティでまとまってて面白い
ダンジョン氾濫の頻度が高すぎじゃないです・・? こんな頻度で氾濫が起きてる上で、ドラゴンでは死者2千人(未討伐)、今回も百人単位とかで死者が出てたら、超越者は生かさず殺さず、みたいな感じじゃなくて、世…
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