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第百四十四話 恐怖

第百四十四話 恐怖





 アイラさんの言う『キャンプ』。それが意味したのは、


「山の中で未発見ダンジョンの捜索、ですか」


「うむ」


 黒いTシャツに着替えてきたアイラさんが、鷹揚に頷く。


「山寺安志という御仁を、君は覚えているかね?」


「ええ、まあ」


 覚醒修行の研究をしている、やたら自分を風俗に行かせようとした生臭坊主である。


 両親の覚醒修行をしてくれた人なので恩はあるが、それはそれとしてヤベェ爺さんでもあった。


「彼の管理している山の1つで、モンスターらしき目撃情報があってね。京ちゃん君達に調査へ行ってほしいんだ」


「あの、それって自衛隊や警察の仕事では?」


 ダンジョンのゲートを発見、あるいはゲートがありそうな場所に心当たりがある場合、即座に通報する義務がある。


 ゲートの捜索を一般人が行うのは、いらぬ疑いをもたれかねない。それこそ、『プライベートダンジョン』とか。


 ダンジョンを隠していた、なんてなったら、一発で実刑判決もありえる。変に疑われる様な事はしたくない。


「そうだとも。しかし、人手不足はどこも同じでね。通報したら、明確な証拠なしでは捜索は出来ないと返事が来たそうだ」


「はあ……」


「ついでに、彼の知り合いに『Bランク冒険者』がいる事も警察に相談した時に喋った結果、可能ならゲートの捜索もお願いできないかと言われたそうだ。これが警察からのダンジョンゲート捜索許可証」


「おぉう」


 机に置かれたクリアファイルの中には、確かに講習で見た物と同じ許可証が入っていた。


 それで良いのか、お巡りさん。


「警察をあまり責めてやるなよ?彼らの人手不足は自衛隊以上なんて噂もある。特に覚醒者の警察官はね。ゲートの捜索で警察官が負傷した事例も多い。『Bランク冒険者』への伝手があるのなら、縋りたくもなる」


 アイラさんの言葉に、確かにと頷く。


 ゲートは場所を選ばない。住宅地のど真ん中から、山奥の人がほとんど立ち入らない所まで。


 人が住んでいる範囲は最近ある程度ゲートを見つけやすくなったが、山や森はそうもいかない。はげ山にするわけにもいかないのだ。


 結果、あまり人が立ち入らない地にはモンスターが溢れている。……なんて噂も、まことしやかに囁かれていた。


 それら全てに対応しようと思ったら、今の何倍の人員が必要になるのやら。ドローンを飛ばすなり衛星写真なり色々やっているそうだが、人だけじゃなく物にも限りは有るし、やはり直接人間が確かめに行く以上の手段は今の所ない。


「なら、自衛隊は?」


「そっちは、そもそも管轄の問題で出てくるのが難しい。警察がモンスターを発見し、しかるべき書類を作成してそれが審議にかけられ……と。出動まで結構な時間がかかるわけだ」


「なるほど。……山の中でばったりAランクモンスター、とか。ないですよね?」


「そこは何とも。しかし、山寺氏が知り合いの占星術師に調べてもらった結果、魔力濃度的に高ランクでの可能性は低いそうだよ。高くとも『Dランク』だろう。ま、そのランクでも並の冒険者には脅威だが。なんせ、人間並の知能をもつヒグマみたいなものだし」


「ふむ……」


 正直、希望的観測が多い気もするが、しかしそもそもダンジョンの比率として『Cランク』以上はとても少ない。大半のダンジョンは『D』以下である。


 あの白い竜が出現した時の様な、周辺の魔力が大きく乱れるなんて事態はダンジョンの外では起きない。エリナさんの転移も、問題なく使えるはず。


 アイラさん……というか、たぶん教授が持ってきた依頼だ。信用してもいいだろう。


「僕は良いですが、2人は?」


「私はOKだよ!山の中とか忍者っぽい!」


「私も、きちんと退路を確保しながらの探索なら賛成です」


 満面の笑みでサムズアップするエリナさんに、真剣な面持ちで頷くミーアさん。


 自分達の様子に、アイラさんが満足気に頷いた。


「うむ。君達ならそう言ってくれると信じていたよ」


 そして、彼女は立ち上がり。


「では───『インビジブルニンジャーズ』、出動!!」


 ロボットアニメの司令官みたいに、大仰な仕草で腕を振るった。


 いやどこ向いてんねん。こっち見ろや。


「ビックリする程やる気が萎えました」


「にゃにぃ!?」


「どうしてさ京ちゃん!今最高にテンション上がる場面だったよ!?」


「そうだぞ!どこに不満があったのだね!」


「何もかもだよ」


「あの……もしかして、今から出発なんですか?」


「いや?きちんと準備をして、日程を調整してからだが?」


「グダグダだよ……」


 なお。この後『あれ、アイラさんは行かないの?』という事になり、留守番する気満々だった残念女子大生を連れて行くか行かないかの問答があったが、割愛する。



*    *     *



 土曜日。時折道路のくぼみでガタンと車体が揺れる中、窓から外を眺める。


 のどかな田園風景。田んぼにはチラホラと雑草が生え、果樹園だろう所はまだ緑色の葉を風に揺らしていた。


「まったく……何故私が運転をしなければならんのだ」


「まあまあ。帰りは私が運転しますから」


「よろしくお願いします」


「しまーす!」


 運転席にて、アイラさんが唇を尖らせる。


 彼女の視線の先には、先導している軽トラックが1台。山寺さんとその娘さんが乗っており、案内してくれている。


 電車でこの町まで来て、駅近くの店で借りた車に揺られる事、約30分。どんどん民家や田畑は少なくなり、山の中に。


 落ち葉の目立つ曲がりくねった道路を進んでいき、更にもう30分ほど。小さな鳥居と祠のある場所で、車が止まった。


 山寺さん達が降りたので、自分達も車から出る。何となく背中を軽く伸ばしてから、彼のもとへ向かった。


「すまんのぉ、皆の衆。モンスターの目撃情報があったのは、ここから少し奥へ進んだ所じゃ。この祠は儂が管理しておるから、仮拠点にでもしてくれ。あ、でも祠の中には入ってくれるなよ?」


「はあ……あの、お坊さんが祠の管理ってどういう……?」


「かっかっか!そんな細かい事を気にしていたら、田舎では暮らしていけんぞい」


 細かい事なのか、それって。


 まあ、宗教の事は詳しくないし、近所のお寺にも鳥居とかあった気がする。深く考える事でもないか。


「しかしのぉ。ゲートの探索を頼んどいてなんじゃが、くれぐれも気を付けてな?危ないと思ったら、すぐに撤退するんじゃよ?」


「ご心配ありがとうございます。我々もプロですから、きちんとリスク管理はいたします。どうか大船に乗ったつもりで、吉報をお待ちください」


 ふさふさの白い眉を八の字にする山寺さんに、ミーアさんが営業スマイルで答える。


 おお、ミーアさんがまともだ……いや。平時でも一応まともな時の方が多いか。アレな時の印象が強いだけで。


「まあ、あの有栖川君とこのお孫さん達だ。信用しておるよ。それはそうと、矢川君。ちょっと良いかね」


「はい?」


 山寺さんに手招きされ、他の面々とは少し離れた位置に移動する。


 そして、何やら耳打ちしたそうなので軽く腰を曲げた。


「君、ぶっちゃけあの中なら誰がタイプ?」


「中学生ですか貴方は」


 想像の斜め下の内容だった。


「心はいつでも少年じゃもん。それより、誰か付き合っとるんか?まだフリー?」


「誰とも付き合っていませんよ。全員友人であり、仕事仲間です」


「……衆道?」


「ちげーよ。髭むしんぞ」


「まあ、それならええんじゃけど。しかしアレじゃなぁ。あんなボンキュッボンな美女達の中におったら、溜まるもんもあるじゃろ?」


「そ、それは……」


「恥ずかしがる事はない。大学で教鞭を取っていた事もある儂が保証しよう。それは、生物として当たり前の事じゃ」


「は、はあ」


 ……なんで僕は、休日に田舎の山に来て爺にセクハラされているのか。


「じゃからほら。この仕事が終わったら、報酬とは別にちょっちサービスをしてやろう」


 そう言って、山寺さんがピンク色の名刺を差し出してきた。


「儂の紹介なら、年齢を聞かれる事もない。そこで一発、男になってこい……!」


「ちょ、いけませんよ……!僕、未成年ですよ!?そういうお店は……」


「ほっほっほ。そう言いながら、手は正直じゃのう」


「はっ!?」


 いつの間にか、自分は差し出された名刺をガッツリ指で挟んでいた。


 バカな、新手の魔法攻撃か!?


「いいんじゃよ、矢川君。これぐらいのやんちゃ、誰でもやっとる……!」


「そ、そうでしょうか……」


「そうそう。誇れる事ではないから、コッソリとじゃがな。普通は親とか職場の先輩の紹介かもしれんが、そこはケースバイケース。これもこの仕事を受けてくれた事への礼じゃよぉ」


「し、しかし……!」


「性欲を発散するのも、周囲の為じゃよ?下半身に脳が支配されて過ちを犯してしまう前に、きちんと制御しておかんと。これは彼女らの為でもあるんじゃ……!」


「エリナさん達の……」


「この店に行くのは、間違っていない……!一人前になってこい、矢川京太……!」


生臭坊主(山寺さん)……!」


「ついでに、この精子提供の書類にサインを」


「やっぱそれが狙いかい」


 すっ、と。黒い着物からクリップボードと、それに挟んだ書類を取り出す生臭坊主。


 この爺、まだ諦めていなかったのか……!


「儂は研究ができる。君は性欲を解消できる。良い話ではないか……!安心せい、相手の嬢には話を通してある。その娘には儂から金を払うから、誰も損をせん。そう、これは皆が幸せになる────」



「お言葉ながら」



「ひぇ」


「ほげぇ!?」


 小さく悲鳴をあげる自分と、こちら越しに『彼女』を見てしまったのだろう。盛大に悲鳴をあげる山寺さん。


 壊れたブリキ人形の様にぎこちなく振り返れば、そこには濃い緑色のセーターに、ジーンズとブーツ。そしてこげ茶色の上着を羽織った笑顔のエリナさんがいた。


 いつもの天真爛漫な笑みではなく、お嬢様モードである。ゆらり、と。今日はツインテールではなく後ろに流している長い金髪が、風もないのに揺れた気がした。


「山寺先生。京太君は未成年です。そういったお店を紹介するのは、些か時期尚早かと」


「ま、まあ聞いてくれんか。林崎ちゃん。男は生物学的にどうしてもたまって」


「ええ。それは勿論理解しています。しかし、未成年がそういったお店に通い、身を持ち崩してしまう場合もあると。時折ニュースで見ます。大切な仲間が、その様な事になるのは避けたい。この考えは、間違っているのでしょうか?」


「じゃ、じゃがね?これはちゃんと安全なお店で」


「そのお店は、確かに安全なのかもしれません。私共も山寺先生の事は信用しています。ですが、彼の年齢を考えると1度道を踏み外せば、そのまま坂を転がり落ちる様にどっぷりと浸かってしまう可能性もあるのです。先生が紹介してくださったお店以外にも通い、そのまま……なんて」


 緩く弧を描くように、その瞳を細めて。


「責任、取れないでしょう?山寺先生」


 氷の様に冷たい視線で、山寺さんを射抜いた。


「……はぁい」


 思いっきり目を逸らしながら、小さく頷く生臭坊主。


 するりと先ほどの名刺を引っ込め、彼はクリップボードごと懐にしまった。


「あー。この話を、矢川君はきちんと断っていた。儂が強引に勧めていただけじゃから、責めないでやっておくれ」


「勿論です。私は、私達は彼を信じています」


 ニッコリとこちらに笑いかけるエリナさんに、ぶんぶんと全力で顔を上下に動かした。


 あの自称忍者の正義感を刺激してしまったのか、あるいは教授からの指示があったのか。


 今のエリナさんは、凄く怖い……!


「すまんかったの、矢川君」


「い、いえ……」


「ま、皆がんばってくれ!それだけが言いたかったんじゃよ!儂は!」


 勢いよく、山寺さんがこちらの尻を叩く。


 その瞬間、ポケットに何かが入れられた気がした。


 この、この坊さん……!


「じゃ、儂は退散するかのう。さらばじゃー!」


 そそくさと娘さんが運転する車に乗り込み、去っていく生臭坊主。ガラス越しに、彼の髭が思いっきり引っ張られていた気がするが、きっと見間違いだろう。


 彼らの車を見送っていると、突然エリナさんに尻を叩かれた。


 ビクリ、と。自分の背が伸びる。


「まあまあ気落ちしないでよ京ちゃん!そういうお店は、二十歳になっても彼女さんがいなかったら、ね!」


「う、うっす」


「この仕事が終わったらさ。私とパイセン、先輩とシーちゃんアーちゃんと一緒に、お菓子とかジュースでパーティーしようね!」


「うっす」


「ようし、張り切っていこー!!」


「うっす……!」


 尻のポケットに入れられていた紙切れが、なくなった気がする。


 しかし、それを言及する蛮勇は僕になかった……!すみません、腐れ生臭坊主。たぶん後で教授から鬼電行くと思うけど、自業自得という事で成仏してくださいね……!


 ……あれ。そう言えばアイラさんとミーアさんは何を?


「うおおおお!だから山は嫌いなんだ!9月のくせに蚊が多すぎるんじゃボケエエエエ!!」


「姉さん!落ち着いてください!高位覚醒者の肌は、蚊の針なんて通しませんし痒くもなりません!」


「だとしても!虫!嫌い!去ねえええええええ!!」


「ちょ、虫よけを撒きすぎです!落ち着いて!」


 うーん、いつもの。


 まさか、アイラさんが残念している光景に安心する日がこようとは。


 美女がしちゃいけない顔で虫よけスプレーを二刀流で振り回す残念女子大生に、不思議と心が温まった。冷えていた肝が解凍されていく気がする。


 それはそうと、今から仕事なんですけど。どうすんの、この空気。


 ここからシリアスな雰囲気にする方法……ある?





読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.

山寺さん

「彼女でもないのに!男の性欲発散を妨害するのはいかがなものか!」

A.

エリナさん

「その前に法律を破るのはよくないと思うな!ばれたらお店にお巡りさんが来るよ!!」


まさに!正論!!



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― 新着の感想 ―
エリナはヤンデレ!!!!
もし仮にお店に行ったとしても自慢の(?)コミュ障を発揮して楽しめなさそう
やはりエリナさんが一番愛が深い(ヤンデレ)と言う事で間違いないでしょうね。 うっかりその手のお店に行こうとしたら、店の前で待っているまで幻視える。 行先も告げていないのにそういうムーブしそう。 という…
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