第七章 エピローグ 下
第七章 エピローグ 下
サイド なし
白い竜、赤い竜の出現した日。
東京の中心で起きたとある事件も、人知れず幕を閉じていた。
「ふぅぅ……!」
乱れた呼吸。足跡の形に血が地面にべったりと張り付き、抉られた胸部を押さえてノロノロと歩く男が1人。
眠らぬ街とされる東京でさえ、暗く僅かな光しか届かぬ路地を、彼は進む。
ジョージ。元グリーンベレーとして輝かしい戦功を上げてきた男は、空き缶やたばこの吸い殻が転がる狭い道の上で死にかけていた。
いかに高位の覚醒者とは言え、心臓を完全に破壊されても生きていられるのはほんの一握り。その中に、彼は入っていない。
人のいない方へ方へと進むジョージは一度だけ周囲を見回した後、懐から掌大の衛星電話を取り出した。
慣れた手つきで番号を入力し、電話をかける。2コールで、相手と繋がった。
「どうも……大統領。電話が遅れちまい、申し訳ありやせん」
『ジョージ!無事なのか!?今どこにいる?盗聴の可能性は?』
アメリカ大統領。ファッジ・ヴァレンタイン。
心の底から心配している様な声に、ジョージは苦笑を浮かべる。
「無事じゃぁ、ありませんが。盗聴の心配はないでしょうな。CIA長官殿を信じるなら……ですが」
『そうか。彼の仕事ぶりは私も信用している。だが、無事じゃないと言ったな。怪我をしているのか?呼吸も少し変だぞ』
「胸を刺されましてね……放っておけば、近いうちに死ぬでしょう……」
『そんな、ジョージ!死んではダメだ!』
「ですが……今すぐ治療をすれば。魔法の力を使えば、あるいは……」
弱々しい、助けを求める声。
表情も哀れみを誘うものに変え、ジョージは電話越しに懇願する。
「大統領。おれぁまだあんたのお役に立てる……!次は必ず、赤坂の野郎を殺してみせる……!だから、日本に潜伏している米国の」
『すまない、ジョージ』
慈しみに溢れた声で、大統領は告げた。
『君への救助チームは送れない。すまないが、出来るだけ証拠を消してから死んでくれ……!』
押し黙るジョージに、彼は涙ながらに続けた。
『本当にすまない……!おのれアカサカ!必ず、必ず君の仇はとる!だから、どうか天国から私達を見守っていてくれ、友よ……!』
「……大統領」
死ね、と。そう命じられた男は。救いを求める手を、無慈悲に跳ね除けられた男は。
「あんた、やっぱり人でなしだよ……!」
限界にまで口角を上げ、瞳に喜悦を浮かべていた。
『そう言われるのも仕方がない……!恨んでくれ。こんな、無力な私を……!』
「いいえ、大統領。おれぁ、今いぃい気分なんだ……。死にたくねぇ、あんたの作る世界が見てぇ。だが、それでもあんたが生きて、これからも走り続けてくれるのなら満足さ……」
『ジョージ……!ああ!君の期待に、必ずや応えてみせる!』
「だから大統領……。最期に……ごふっ……!俺からあんたに、歴史に名を遺す男へ伝えさせてほしい。この言葉を、忘れないでほしい……」
『もちろんだ。君の我らが合衆国への忠言、胸に刻みつけよう!』
「大統領……あんた、『もっと狂って良い』んだぜ?」
『──────』
ジョージの言葉を一言一句聞き逃すまいと、涙を流して耳を傾けていたファッジ・ヴァレンタイン大統領。
彼が、数秒ほど無言となる。当然ジョージからその顔は見えていないが、それでも手に取る様に彼の表情がわかった。
『すまない、それはどういう意味なんだ……?』
「取り繕わないでくれ……!あんたの、あんたの『思い』を、世界にぶちまけてくれ……!新たなる開拓地だの、資源や土地問題の解決じゃぁない。本音で、動いてくれ……!」
『待ってくれ、ジョージ。私は常に本音で喋っているし、全力で行動している。いったい何を』
「答えは、とっくに出ているはずだ。後は、それを直視すればいい」
死にいく者とは思えぬ、力強い語気。
1言告げる度に風穴の開いた胸から流れる血が、増していく。足元に赤い水たまりを作った狂人は、楽しそうに笑っていた。
「俺からはそんだけだ、大統領。あんたの下で働けて、幸せだったよ。じゃあな」
『まっ』
通話を終え、懐に衛星電話をしまい。
「……よぉ。噂には聞いていたが、マジで生きていたんだな。クリス元大使」
「幸運と友人に恵まれてな。日頃の行いが良いんだろう」
暗い路地の反対側から、足音もなく大柄な男が現れた。
仕事帰りのビジネスマンの様なスーツ姿と、黒縁の伊達メガネ。しかし、それで隠しきれぬ精悍な顔つきと引き締まった肉体。
クリス・マッケンジー元駐日大使。彼が、銃をジョージへ向け立っていた。
「随分とボロボロじゃないか。誰にやられたんだ?」
「あんたのお友達……と、言えれば面白かったんだがな。よくわからねぇ野良犬と、自分から首輪を求める酔狂な猫に噛まれちまった」
「そうか、それは災難だったな」
「ああ、日頃の行いが悪いせいだろう」
自力で立っている事もできず、ジョージはコンクリートの冷たい壁に寄りかかった。
懐に手を入れたままの彼に、クリスは10メートル程の距離で油断なく銃を構えている。
「珍しいもん持ってんじゃねぇか。高かっただろう?」
「ああ。しかし、拳銃サイズでライフル弾が撃てるのは便利だよ」
クリスが握る中折れ式の単発銃を見て、ジョージがニヤリと笑った。
「あんたがここにいるって事は、部下達も逝ったか……」
「ああ。君が囮になっている隙に、私が雄介から預かっている『ドクター・テスラ』のデータを破壊する。随分と思いっきりの良い事だ。そんな君に、提案がある」
銃を持つ手とは逆の手で、クリスが1枚の契約書を取り出した。
「この契約書に血判を押してくれれば、私が責任をもって君を助けよう。特注の魔法薬がある。生き延びる事ができるぞ」
「はっ!そいつぁ魅力的な提案だな……ああ、くそ。小粋なジョークも、出てこねぇ……瞼が重い……」
真っ青な顔で大量の汗を掻くジョージに、クリスは淡々と問いかけた。
「その苦しみから解放してやれる。だが下手な事は考えるな。薬を奪おうとすれば、私は躊躇なく君を撃つ。こいつには対覚醒者用の特殊弾頭が入っている。今の君なら、確実に殺せるぞ」
「マジで高いやつじゃねぇか……あーあ。そんな金あるなら、ハワイで豪遊でもしてろよ……」
「ほう。それなら一緒にハワイへ遊びに行くか?奢るぞ」
「……嫌だね。あそこは、クソ親父の生まれた場所だ」
ボコリ、と。
ジョージの顔の一部が泡立った。
「っ!?」
「交渉なら、今日の朝にしておくんだったな……。もう、片道切符を購入済みさ」
「まさか……!」
ジョージが、懐に入れていた右手をノロノロと出す。
そこには、空の薬瓶があった。
「事前に飲んでおいて、正解だったぜ……!」
「貴様……!あの男は、ファッジは星条旗を汚す怪物だ!そんな奴に、命すら捧げるのか!」
「あたぼうよ。俺は、あの人が作る未来の為なら死ねる……!」
「くっ……!」
ジョージの皮膚が泡立ち、緑色のガスが体の所々から漏れ出していく。
それを吸わない様に腕で口元を覆い、クリスは全力で走り去った。
彼の背中を見送り、ジョージは力なく地面に膝をつく。そのまま顔面からアスファルトにぶつかるが、彼は笑顔のままだった。
「おれ、みたいな……こうてんてき、じゃない……うまれながらの……『本物』……!」
それは決して、安らかな笑みではない。死を受け入れた、あるいは諦めた者の顔ではない。
「本物の、狂人が……!アメリカ大統領に、世界1の権力者になった……!こんなチャンス、もう、あるわけがない……!」
ドロドロに彼の体が溶けていく。それだけではなく、身に着けていた服や所持品も全て形を崩していった。
「じご、く……みてぃ……。これから、く……こんとん、を……たのしぃ……せ、か……」
数秒ほどで、彼と言う存在は消え失せた。
道に残っていた血痕も、アスファルトを汚すただの黒い染みへと変わり、所持品も原形をとどめていない。
惨めに散ったはずの狂人は、最期まで獣の様な笑みを浮かべていた。
* * *
時計の針は、事件の2日後へと戻ってくる。
夕日で赤く染まった海が一望できる崖の上。そこで、2人の男が墓前に立っていた。
「さらばだ……我らが娘よ……」
黒い頭巾で顔を覆った不審者が、くぐもった声で告げる。
「酔った勢いでお前を作ったあげく、『これじゃ抜けねぇわ』と、笑ったものだ」
「カプセルの中身を見た後、スカスカになった倉庫を見てもう1度笑いましたな。2度と手に入らぬ、貴重な品まで使っていたのだから……」
隣に立つもう1人の不審者が、頭巾の下で鼻をすすった。
「それでも、生まれたお前を私達は愛していたよ……!」
「どうか、どうか安らかに眠っておくれ……!」
墓前に花束を置き、2人は踵を返す。
「いずれ、天国で会おう……!」
「再会した時は、存分に土産話をしてやるからな……!」
「今から地獄に送ってやろうか?マジで」
そんな2人の前に立ちはだかる、猫耳の青年が1人。
現在3徹目の山下博である。彼はゴミを見るような目で、『錬金同好会』の会長と副会長を睨みつけていた。
「ふっ……今は冗談に付き合う気分ではないんだ、山下君」
「君も、この子の墓に手を合わせてやってくれないか……?」
「遺言はそれで良いんだな?」
「待って待って待って」
「じょーだん!じょーだんだから!!」
『魔装』を部分展開しメイスを握る彼に、会長達が全力で顔を横に振りながら手を前に突き出した。
後に、彼らは語る。『あの目はガチだった』、と。
「まあ、そう言わずに……ちょうど良いロケーションなわけだし……」
「崖際に何か偏見を持っていないかね!?別に崖=火サスではないのだよ!?」
「落ち着こう!話せばわかる!話せばわかる!」
メイスを片手にゆらゆらと近づく山下に、会長と副会長がひしと抱き合った。
1歩1歩と距離を詰める山下の肩を誰かが掴み、彼の歩みを止める。
「まあ待ってください。山下代表」
それは、赤坂雄介ダンジョン庁部長であった。
穏やかな笑みを浮かべる彼だが、その顔は半分ほどが包帯で見えなくなっている。
更には着ているスーツの左腕もダラリとしており、中身がない事が見て取れた。
「赤坂さん……」
「副会長もおっしゃった通り、話し合いは大事ですよ。暴力の前に、言葉を重ねなければ」
「そ、その通り!流石赤坂部長!」
「よ、10年後には総理大臣になる男!」
「いやぁ、どうもどうも。それでは」
笑みを崩すことなく、赤坂は不審者2人に顔を向けた。
「じっくりとお話ししましょうか。本田警視長」
「なっ」
「それと、最高裁判所判事。十文字さん」
「……」
赤坂部長の言葉に、抱き合っていた2人はそっと互いから体を離した。
「……誤魔化しは、通じなさそうだな」
「ええ。今までずっと調べていましたが、今回の一件でようやく辿り着きました」
「なるほど。流石『国狂いの赤坂』と褒めてやりたい所だ。だが」
ずるり、と。
会長と副会長の纏うローブから、無機質な腕が何本も伸びていく。
「君は、知り過ぎた」
「好奇心は猫を殺す。よく聞く言葉じゃないかね」
それらの腕の先にある、鋏の様な指が硬い音と共に開閉される。
「なに、殺しはしない」
「代わりに、これより24時間の性癖布教を行う……!貴様らも我らの同士になるのだ……!」
「なにそれおぞましい」
真顔で引く山下と、笑顔のまま内心で宇宙猫になる赤坂。
彼らに、ジリジリと会長達がにじり寄る。
「ふっふっふ。さあ、貴様らもブ■リーでしか興奮できない体になるのだ!嫁に土下座する準備をしておくんだな!」
「山下君……ケモ要素のある君が、真のケモナーになる。素晴らしい話じゃないか。君こそ、新時代のケモとなるのだよ……!」
「こいつら最低だ……」
見下げはてた変態どもに、山下が冷や汗を流す。
しかし逃げ出す事もなく、彼は2人の背後を指さした。
「あー、そこの変態2人。後ろ後ろ」
「なんだね、その『あ、UFO!』なみに古典的な手は」
「だが良かろう。今の我らは一時的だが『Cランク冒険者』なみ。のってやろうではないか」
余裕綽々な様子で、会長達は振り返り。
「あ、どうも」
「「 」」
影で構成された様な、黒塗りの巨大な鳥。その背に乗った、4人の少女と目が合った。
「いやぁ、奇遇ですなー!こんな所で!」
「性癖の押し付けは良くないわよ?」
「問題はそこですか?まあ、興味ありませんけど」
「コロスコロスコロスコロスコロスコロス」
溌溂とした笑みと共に片手を上げた、ツーサイドアップの少女。
眠そうに眼を細める灰色髪の少女と、呆れた様子のエルフ耳の少女。
そして、明らかに殺意が隠せていない赤坂部長の娘。
「……ふっ」
ガシャガシャと機械の腕をローブの下に戻した会長達が、山下達に向き直り。
「勘弁してください……!妻と子がいるんです……!」
「孫のぉ!孫の結婚式が来月に控えていましてぇ!!」
それは、とても綺麗な土下座だった。
「まあまあ。顔をあげてください、お2人とも。結果的にではありますが、あのゴーレム……らしき存在のおかげで、命拾いしたのですから」
「たしかに!これはそう、ウィンウィンというやつですな!」
「然り!私達は友達!親友!魂の兄弟!隠し事とか貸し借りとか、ないですものね!!」
「まあ、左目を潰したのはあの槍使いでしたが、左腕を引き千切ったのは貴方達のゴーレムですけどね。ついでに内臓も幾つか潰されましたし。固形物が食べられません」
「コロス」
「すみませんでしたぁあああああ!!」
「命だけは!物理的な命と社会的な命だけはご勘弁を!」
再びの土下座。黒い頭巾とローブに包まれたオッサンと老人が、ガタガタと震えている。
それを見ながら、エルフ耳の少女が隣の灰色髪の少女へと小声で話しかけた。
「あの人、今すぐにでも私が治せるのに、この為にあのままでいたんですね……」
「方向性が違うだけで、あの娘にしてあの親ありよね……」
「コロスゥ……!」
「どうどうどう!」
人語の大半を失った赤坂勇音を、ツーサイドアップの少女がしがみついて押さえる。
「しかし、良い事を聞けました」
赤坂部長が会長達に歩み寄り、土で汚れる事もいとわず膝をつく。
そして、それはもうストレスを感じさせない満面の笑顔で。
「私達は親友であり、隠し事も貸し借りもない。ええ。本当にその通りの関係ですよね?ご両人」
「へ、へえ!その通りでごぜぇます!」
「く、靴でもお舐めしますかい、旦那ぁ……」
「へつらい方が山賊……」
ドン引きする山下をよそに、揉み手をする会長達へ赤坂部長は右手を差し出した。
「では、この件は水に流すという事で。諸々の事務処理は私の方でやっておきましょう。それと。私は許しますが、部下達への治療と謝罪はお願いしますね?」
「も、もちろんでゲス!」
「当たり前でゲス!」
「語尾まで?」
「はっはっは。そんな下手に出ないでくださいよ。ねぇ?だって我々は」
赤坂が、顔をあげた会長達を纏めて抱いた。左腕は肘までしかないが、それでも構う事なく彼らの肩に手を回す。
「親友、ですものね?」
その顔を正面から見る事になった3人組と勇音の表情を見て。
山下が更にドン引きしたのは、言うまでもなかった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
※以下、若干の下ネタ注意!
Q.あの性癖で会長と副会長って子供がいるの!?
A.会長は奥さんが身長164センチ体重56キロのプライド高めな人なので、某シーンを思い出した結果ですね。
副会長の方は、奥さんに土下座して特注の着ぐるみを暗い部屋で着てもらいました。奥さんは墓まで夫の性癖を持っていってくれた良妻です。