第八章 エピローグ 上
第八章 エピローグ 上
ホロファグスのダンジョンへの、白い竜の襲来。
この事実は、自分達がダンジョンの外へ出てすぐ箝口令が敷かれた。
指や足を骨折していたエリナさんや、ゲートに叩き込まれた時に肩を脱臼したミーアさんの治療がされる中、何やら自衛隊のお偉いさんから直々に他言無用を告げられたのである。
まあ、正確には命令というよりお願いだった様だが。正直、自分はただ力なく頷くぐらいしかできない有り様であった。
その場にはいなかったアイラさんも同様に口止めがされたらしいが、彼女は自分達との念話が聞こえなくなった段階で教授に連絡している。家族にも口外しない様に言われているが、愛花さん、雫さん以外のいつものメンツには喋っても問題ない。
相談できる相手がいる事は、良い事だ。……愚痴に、なってしまうかもしれないけれど。
アイラさん曰く、あの白い竜のステータスは文字通り桁が違ったらしい。それこそ、ファフニールやミノタウロスと比べても、ワンランク分では済まない程の差があったと、彼女は言っていた。
それだけの怪物が襲って来て、死者0名は奇跡と言えるだろう。出口を守っていた自衛隊員にも、負傷者こそ出たが死亡した人はいなかったのだから。
犠牲は、『物的』なもののみ。そこには、ゴーレム達も含まれる。
『右近』、『左近』、そして『白蓮』。
たった3体のゴーレムが犠牲になっただけ。元よりこういう時の捨て駒として作ったのだから、本懐を果たしたと言える。
故に、今自分が抱いている感情は余計な感傷だ。常日頃から、『盾となれ』と命じていた立場の者が、その行いに疑問を抱くなど言語道断である。
その、はずなのに。
何故自分は、白蓮の予備パーツで新しい機体を組み立てている中、指を震わせているのだろうか。
* * *
あの日から2日。白蓮の代わりを予備パーツから作る作業は、思いのほか捗らなかった。
息抜きと情報収集の為、ぼんやりとスマホの画面と見比べながら、リビングにてテレビを眺める。
『ご覧ください!私が今いる場所は、国会議事堂から僅か数キロの場所です。その道路には血痕と破壊の跡が残っており、ここで起きた戦いの激しさを』
『デモ隊による抗議活動が行われていた、すぐ近くで起きた惨劇。残された爪痕は深く、今も市民の不安が』
『東京事変からまだ1カ月程度。戦後最悪の厄年と言われておりますが、それにしてもあまりに短い間隔で起きた事に軍事専門家の』
『確かに見たんだよ!あれは『ウォーカーズ』の山下代表だった!あの人が現場にいたんだ!これは大きな陰謀があるに違いない!』
『山下代表は記者会見にて、ギルドの業務で東京に赴いた際に偶然居合わせただけと述べており、関係性の否定を』
『アレはモンスターじゃない!米軍か、日本政府か、ロシアの作った生物兵器だ!私はアメリカが最有力だと思う!』
どうも、自分達が死にかけていた時、東京でもゴタゴタがあったらしい。
以前にも会った山下代表。彼が国会議事堂近くで、謎の生命体と不審な覚醒者の戦いに巻き込まれたとか。
目撃者が撮影した映像が何故か全て消えていた事もあり、陰謀論じみた話がテレビやネットでは真剣に語られている。
証拠と呼べる物は碌に残っていないが、それでも道路に刻まれた爪痕や鋭い刃物で切り裂かれたガードレール。横転していた車両など、目撃者が見たのは幻の類ではない事は確かだった。
また、山下代表に暗殺の手が伸びたのだろう。正直、その事は特に驚く理由にならない。
だが、彼への救援と、国会議事堂の警備の為だけに『白い竜』への対応は後回しにされたのだろうか?
……これは、あくまでネットの噂レベルの話なのだが。
自分達が遭遇したのとほぼ同じ事が、あの時東京でも起きていたという書き込みがある。
『東京事変』で発覚した、23区外にある『巨人のダンジョン』。ファフニールが出現するあの迷宮を囲うストアが建築中であったのだが、その工事現場の人が自衛隊の話を聞いたのだという。
『赤い竜』が、出入口を塞ぐ崩落個所から出て来た。
そう、ゲートから飛び出してきた自衛隊員が叫んでいたらしい。
この書き込みもすぐに削除されてしまったが、それ以上の速さで拡散されている。
また、ダンジョン庁から出された『自衛隊の異世界派遣に向けて、全国のダンジョン一斉調査を行う為1週間から2週間のストア立ち入り禁止』がこの噂の信憑性を上げていた。
『ダンジョンに、異なるモンスターが出現する』
これは、事実上ランク制度の無意味を告げるものである。
そして、冒険者という職業の危険性を跳ね上げる事でもあった。
基本的に、冒険者とモンスターは同ランクであっても明確に冒険者側が有利である。ボスモンスターが出てこない限り、そのランクでは相手の頭数が多くても対処できる事がダンジョンへ入る事の条件だ。
だが、自分達の様に突然格上が襲ってきたとなっては、生還率に大きな影響が出る。
あの白い竜や、噂に聞く赤い竜の様な存在がイレギュラーなのか。それとも、今後はそう珍しい事でもなくなるのか。
場合によっては、冒険者制度の存続にも影響が出てくる。
現状、日本人の大半は『冒険者がいるから、ダンジョンの間引きがある程度間に合っている』と認識しているのだ。
冒険者制度がなくなった場合……日本は、どうなるのだろう。
そんな不安が、ゆっくりと広がっていた。
テレビでは、リポーターや色んな専門家さん達が議事堂近くの戦闘について熱く語っている。
だが、竜達の話題が出てくる事はなかった。
* * *
「かんぱーい!!」
有栖川邸、リビング。
自分、エリナさん、アイラさん、ミーアさんが集った中で、自称忍者が炭酸ジュースの入ったコップを高々と掲げる。
机の上にはしゃぶしゃぶ用の鍋と、その両隣に置かれた『バロメッツの肉』と野菜が乗った皿。そして、小鉢に入った『マンドレイクのぬか漬け』があった。
ポン酢や醤油、大根おろし等、準備万端な様子である。
「あれ、皆どうしたの?かんぱーい!」
「か、かんぱーい……」
微妙な空気が流れる中、エリナさんに倣ってコップを掲げる。
正直、あまりはしゃげるメンタルではないのだが。
「んもー。皆暗いよ?びゃっちゃん達が壊れちゃったのが、やっぱり残念?それともまだ傷が痛む?」
唇を尖らせるエリナさんに、小さく首を横へ振る。
「いや。白蓮を失った事への喪失感はない……はずだ。そうじゃなきゃいけない。ただ、死にかけた事へのストレスがね……」
「私も右近と左近を失った事は、何とも思っていません。ただ京太君と同じで、あのドラゴンへの恐怖が……」
「思いっきり気にしてるじゃん!んもー、そういう時はさー。1回ぐわー!って発散するか、逆に笑った方が良いんだよ?長くジメジメしていると、余計に暗くなっちゃうから!」
「流石エリナ君だ……私でももうちょっと空気を読むぞ……」
アイラさんは彼女の発言に少し引いているが、自分なりに正面から受け止めてみる。
……たしかに、エリナさんの言う通りかもしれない。
白蓮を失った事に、自分は確かに傷ついている。単純な値段や戦力だけではなく、あのゴーレムに己は愛着を持っていたのだ。それは、否定できない。
だが、ずっと悔やんでいても仕方がないだろう。白蓮がそれを望むはずがない。なんせ、アレは『ホムンクルスもどき』を核としたゴーレムなのだから。何も望まない。
それなのに自分がうじうじしているのは、違うだろう。
何となくミーアさんを見れば、彼女と目があった。どちらからという事もなく、頷く。
そして、コップの中身を一気飲みした。
タン、と。少しだけ大き目の音を立てて空のコップを机に置く。
「ミーアさん、右近と左近の援護。ありがとうございました。お礼を言うのが遅れてしまい、申し訳ありません」
「いいえ。あの2体を失った事に、後悔はありません。京太君も、そうでしょう?」
「はい。白蓮は役目を果たした。それだけです」
自分だけではない。ミーアさんも、冒険者を始めた頃から右近と左近を率いてダンジョンに通っていたと聞く。
ゴーレム隊を失って何か胸の中で渦巻いたのは、彼女も同じなのだ。
だから、2人ともここで吹っ切れておく。感傷からくる涙は、あの1杯と共に飲み干した。
もしも無機物に対しても弔いが必要なのだとしたら、これで十分。そう、自分は信じる。
「エリナさん、ありがとうございました」
「良いってぇ、ことよぉ!」
「それはそれとして」
「んお?」
鼻の下を指でこするドヤ顔の自称忍者に、ニッコリと笑みを向けた。
「あの時、死ぬつもりだったよね?どういう事?」
「……あの時ってどんな時?地球が何周回った時かにゃ!?」
明後日の方向を見ながらしらばっくれる自称忍者。
そっと、パキポキと拳を鳴らす。
「白い竜のブレスが迫った時、僕をワイヤーで絡めとってゲートにぶん投げましたよね?」
「う、うん。ごめんね?乱暴だったよね?でもあの時はそれしか間に合わないと」
「そこは、良いんですよ。救助方法が手荒だったとしても、命には代えられません。心臓マッサージだって、肋骨を折るつもりでやれと言われています」
「そ、そうだよね!あと、なんで敬語?私、京ちゃんに敬語使われるの嫌だなー!」
「問題は、あの時貴女自身の生存を諦めた事です」
「記憶にございません!」
「叩けば思い出すか……」
「今思い出しましたっ!」
ビシリと敬礼する。着物姿の自称忍者。
その答えに、うんうんと頷く。
「思い出せて良かったです。その上で、もう1回聞きますね?なんで死を受け入れた?」
「だ、だって。あれしか京ちゃんを助ける手段が浮かばなかったし。先輩と自衛隊の人も、あのままじゃ逃げ遅れていたから……」
「どうにかして、自分も逃げ延びる方法を考えてください」
「えー?無理だったよあの状況はー。びゃっちゃんが助けてくれたのは、わりと奇跡だよー?命令する暇もなかったし。予想外の速度でびゃっちゃんが私達を押してくれなかったら、絶対2人まとめて死んでいたもん。むしろ、考えなしって言われるべきはあの時の京ちゃんだと思うなー」
「だとしても。考えてください。抗ってください」
「いや。だから、無理」
「お願いだから」
我ながら、大きなため息を吐きだして。
彼女の瞳を、真っ直ぐに睨みつける。
「貴女に死なれたら、こっちだって嫌なんだよ。次、あんな『死んでもいいや』って顔をしやがったら、地の果てまで追いかけて前歯へし折るからな」
「…………」
何故か、キョトンとした顔でエリナさんがこちらを見つめてきた。
そのリアクションの意味がわからず、眉をひそめる。
「返事は?」
「ほーい!わかったよ京ちゃん!」
「真面目に。ほいじゃなくって」
「はーい!」
「……本当にわかったのか、こいつ」
やたら元気よく返事をする自称忍者に、口を『へ』の字にする。
「よぅし!じゃあいい加減食べよっか!ちゃんとお婆ちゃまの分は、冷蔵庫にとってあるからね!ここにある分は食べちゃって良いよ!」
「それなんだがエリナ君。この量、ちょっと多くないか?」
「うん。本当は、シーちゃんとアーちゃんも来てくれるはずだったんだけどねー。2人には『持病の癪が』とか『家族と食事に行く予定が』って断られちゃったんだよー」
逃げたな?特にあのセクハラドワーフ娘。
愛花さんの方はガチかもしれないが、雫さんの方は確実である。くっ、検査通ったのだし大丈夫だろうって言っておきながら、いざ実食となったら怖気づいたか!
正直僕も躊躇っている!だって見ているから!木に生っている所を!
「ならば仕方ないな!無理強いもよくない!いやぁ、残念だなぁ!!」
滅茶苦茶嬉しそうだな、このコミュ障残念女子大生。
「だよね、パイセン!今度また、2人も呼んで皆でパーティーしようね!」
「あ、結構です」
「!?」
すげぇ、あのアイラさんが真顔かつ敬語を……!
「じゃ、早速」
「お、京ちゃん君。トップバッターか?ここでも切り込み隊長やっちゃうのか?安心しろ、骨は拾ってやるからな!」
「ミーアさん、アイラさんは押さえておくので、食べさせてあげてください」
「知ってたよちくしょう!」
アイラさんが逃げ出そうとしたが、いつの間にか背後へ移動していたエリナさんに頭をがっしりと手で挟まれていた。
続いて、自分もすぐさま移動し彼女の両肩を掴む。少し力を籠めたら折れてしまいそうな細い肩に、不覚にも少しドキリとした。
「さあ、先輩!」
「やっちゃってください!」
「やめろー!死にたくない!死にたくなぁぁああい!」
「ね、姉さんにあーん……!?お、お箸も私のを使えば、これは実質粘膜接触……!?」
「待ってくれ。なんか別の危険を感じたんだが!?」
満面の笑みを浮かべるエリナさん。最初はふざけたリアクションだったが、途中からガチの恐怖に変わったアイラさん。ミーアさんしているミーアさん。
流石に可哀そうになったから拘束を解き、皆それぞれ普通に食べて。喋って。食べ終わって片づけをしたらゲームをして。
そんな、いつもの日常。気が付けば、自分も馬鹿みたいに笑っていた。
───ありがとう、白蓮。
感傷は飲み込み、整理もついた。ついた、はずである。
それでも、感謝するのは自由だ。故に、心の中でそう呟く。
「いやー、本当にカニっぽかったね!そしてマンドレイクのぬか漬けは、なんか普通だったね!!」
「ふっ。私は最初からわかっていたよ。そう大した物ではないと。恐れる必要などまったくなかったと!」
「姉さん、さっき『頭からバロメッツが生えたらどうしよう』って言っていませんでした?涙目で」
「記憶にないな!」
「でも記録にはあるぜ、パイセン!」
「アイエエエ!?いつの間に!?というか何故!?」
「何故なら、そう。忍者だから!」
「自称な」
「京ちゃぁん!?」
遊んで、笑って、エリナさんの『泊っていけば』という冗談を聞き流して。すっかり夜となった街を、歩いていく。
転移で送ってもらうのも、断った。何となく、今日は歩きたい気分だったから。
一際白く輝く星が、流れて落ちる夜空の下。少しだけ冷たい風が、頬を撫でていった。
読んでいただきありがとうございます。
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