第百四十二話 白
第百四十二話 白
白い竜の雄叫びが、ダンジョン全体を揺らす。咆哮1つで土砂が舞い、衝撃波が数キロ先にまで届いた。
爆発じみた破壊をまき散らす怪物の鱗が、その風に乗って散っていく。
舞い上がった土煙で奴周辺の大地が覆われる中に、その鱗も落ちていった。だが、魔力の反応で位置がわかる。
それ程までに強力な魔力を内包した鱗が、ただの鱗であるはずがない。
『GYYYY!』
「邪魔だ……!」
横合いから飛んできた火球を避け、すれ違い様に胴を薙ぐ。そのまま旋回する様な軌道で飛べば、地上から数十の熱線が放たれた。
だが、この際ホロファグスは無視する。白い鎧騎士が盾を背負い、戦斧を両手で構え走っているのだから。
エリナさんの周囲を岩の壁を氷で補強した物が覆い、その外側を『右近と左近』が盾を手に守っている。
ならば、自分がすべきは空の敵を近づけさせない事……!
咆哮を上げながら迫るワイバーンども。飛来する火球の弾幕を、左右へ揺れる様にして回避。最短ルートで間合いを詰め、正面にきた飛竜の顔面に剣を突き立てる。
鍔に鱗がぶつかる程突き刺さり、柄を捻りながら相手の横っ面を蹴りつけて強引に引き抜いた。
直後に上から飛来する連射火球。また3体編成で回転しながら撃ってくる。
脱力したワイバーンの死体を左手で持ち上げ、盾に。投げるには重いが、自分が降下すれば結果的に上への壁となる。
火球が止めとなり塩へと変わっていく飛竜の体。それを突き破って敵編隊に突撃し、3体の中心に飛び込んだ。相対速度も利用して1体の翼を両断し、すぐさま反転してナイフを投擲。もう1体の羽も破壊する。
残ったワイバーンが逃げようというのか軌道を変えるが、上から強襲しその背を踏みつけた。
『GYA!?』
勘で心臓がありそうな箇所に剣を突き刺し、横へ力任せに振りぬく。
鱗に覆われた背中を蹴りつけて高度をあげ、戦場へと視線を走らせた。
風の加速を使い、『白蓮』が勢いのままホロファグスの右足を叩き切り、転倒させる。とどめは不要と次の邪竜へと向かっていき、6本首から降り注ぐ熱線を上手く掻い潜って走りまわっていた。
流れ弾とばかりに飛んでくる熱線や火球が、半球状に作られた岩と氷の壁にぶつかるも貫通はしていない。破損した箇所が直るまでの間、その場所は右近達が盾となっている。
あちらは問題ない。心配なのは、白蓮の燃料ぐらいか。
しかし……───っ!?
魔力のざわめきに、飛んできた火球と熱線を避けながら弾かれた様に視線をその場所へ。
土煙が晴れていく、白い竜の雄叫びで破壊された大地。そこに突き刺さった、墓標を連想させる白い鱗。
それが、形を変えていく。
不定形の、スライムの様に一瞬なったかと思えば、ぬるりと足が生えてきた。それが地面を踏みしめれば、次に腰が、胴が、腕が、頭が出来上がる。
数秒のうちに、鱗は武装した人間の姿になったのだ。
だが、その体は驚くほどに白い。肌だけではない。眼球も口腔も白かった。当然の様に、身に纏う武装さえも。
『WRAAAAAAAA!!』
槍や斧を掲げ、鬨の声をあげる。
アレらは人間ではない。中世よりも、更に少し前の武装を纏った怪物達。奴らは信じられない速度で走り出すと、ホロファグス達へと襲い掛かった。
間違いない。アレらは、白い竜の意思によって動いている!
群がられたホロファグスはあっという間に黒い鱗を叩き割られ、肉を裂かれ、骨を断たれた。
勝負にすらなっていない。邪竜の放つブレスも密集して構えられた盾によって容易く弾かれ、簡単に接近を許している。
まさか、あの白いの1体1体が『Bランク冒険者』と同等か……!
「化け物どもがぁ!」
四方八方から飛んでくる火球を、我武者羅に避ける。
体を上下逆転させ、地上へと加速。左右と後方から追いかけてくる火球を振り返らずにバレルロールで回避し、地面へぶつかる寸前で上体を全力で上げた。
踵で大地に2本線を引く最中、背後で多数の爆音が響く。降り注ぐ土砂に混じり、追撃の火球が襲い掛かった。
だが、狙いさえつけていない弾なぞ!
膝をたわめ、急停止しながら力をためる。直後、自分自身を打ち上げた。
視界が一瞬赤く染まるのもいとわず、フリューゲルを最大限働かせる。勢いそのまま敵集団の中央へ突撃し、眼前までやってきた個体を剣で貫いた。
短い断末魔の悲鳴と共に散ったワイバーンを地上へ放り捨て、別の個体へ斬りかかる。
当然の様に周囲から火球が飛んできたが、半数近くが味方に当たるのだからすぐに止んだ。
牙を剥いて噛み付きにきた眼前のワイバーンの首へ刃を振るい、骨を叩き割る。
続けて横合いから体当たりをしてきた個体の顎を、左のアッパーで迎撃。続けて回転切りにてこれまた首を裂いた。
急上昇し、上から迫っていた個体とすれ違う。その瞬間、体を捻って刃を進路上に置いた。
勝手に片翼を失った飛竜を置き去りに、更に高度をあげる。
群れの中を抜けた事で、編隊を組み直していたワイバーンどもの動きが僅かに遅れた。
「はぁー……はぁー……!」
『あと1分だ!どうにか耐えてくれ!』
「了、解……!」
天井スレスレにまでたどり着き、沿う様に横へ飛ぶ。下方向から飛来する火球が自分の通った後に突き刺さっていった。
だが、相手もバカではない。偏差射撃により左右や前方でも爆発が起きる。
左手を天井に突き刺せば、凄まじい衝撃に肘と肩から異音が響いた。指が折れた感覚に、小さくうめき声をあげる。
兜の下で涙目になりながら、両足も『概念干渉』を発動。急制動により進路上へ殺到する火球をやり過ごし、間髪入れずに炎と風を左手から打ち出した。
衝撃で弾き飛ばされる体がきりもみ回転しながら、敵集団に飛んでいく。視界もグルグルと入れ替わり続けるが、この『精霊眼』なら!
飛翔というよりほとんど落ちていっている中、風の放出で更に加速。手当たり次第に、右の剣で切り裂き、左手の指先に集中した炎風の爪で抉っていく。
十数体を撃墜し、そのまま緩やかな弧を描いて滑空。体は傷ついた端から治るが、自身の感覚が治ったのに気づかずに痛覚を刺激していた。
脳内麻薬のおかげか、意識を失わずに済んでいる。しかし、きっと自分の顔はあの地上を闊歩する人型の化け物どもの様に真っ白だ。
その集団が、ホロファグス達を蹴散らしながらエリナさん達にまで矛を向けている。
白蓮が戦斧と盾を手に突っ込むが、瞬時に散開して回避。そのまま囲って四方から連続攻撃を仕掛けている。
どうにか白蓮もタワーシールドで凌いでいるが、防ぎきれなかった槍が、斧が、剣が鎧を削っていった。
それだけではない。投擲された槍の雨が、弓なりではなく直線で数百メートル先から飛んでくる。
純白の穂先が岩の盾や壁に突き刺さり、あっという間に右近と左近が中破した。
「それ以上……!」
急降下し、白い兵達の中へと突撃する。
「やらせるかぁ!」
重力をのせた刃が盾ごと白い兵隊を叩き切り、地面を足で抉り飛ばしながら横の個体へ逆袈裟の斬撃を放つ。
勢いで僅かに浮かび上がった体を風で制御し、次の兵の首を刎ねた。
刹那、飛来する3本の槍。即座に左手を掲げ風で防げば、左右から2体が挟み込んでくる。
「ちぃ!」
後ろへ倒れ込む事で挟撃を避け、フリューゲルから最大出力で風を放出。地面と平行になりながら数メートル移動し、体を起こす。
こいつら、やはりただの雑魚ではない……!
しかしその技量は間違いなく、東京で見た猛者どもより拙かった。自分と同程度の太刀筋である。達人ではない。
こちらを脅威と判断したか、明らかに向けられる得物の数が増える。
『あと20秒!エリナ君の近くに!』
「はい!」
エリナさん達は、敵集団の向こう側。敵を引っ張る為とはいえ動き過ぎた。
強引に突破する他ない。逃げる為に、突撃する。
白い兵達が密集し、盾と武器をこちらに向けた。相手側も走り出し、彼我の距離は文字通り瞬く間に縮まる。
『RAAAA!』
「ああああっ!」
姿勢を低く、ひたすらに低く。
前へ転びそうな程身を屈め、繰り出された槍を潜りぬけた。そのまま切っ先で地面を削りながら上へと降りぬき、盾を跳ね上げる。
無防備となった敵の顔面を拳で打ち抜き、吹き飛ばした。すぐさまその後ろにいた兵の剣が迫るも、左肘を剣腹にあてて逸らす。
振り下ろした片手半剣で掲げられた盾を押し込み、そのまま頭蓋を粉砕。膝蹴りで押し込み、更に前へ。
左右から奴らの持つ片手剣が突き出されるが、無視。右わき腹の刺突は胸甲で逸らし、左の攻撃は肩を裂かれたがまだ動く。
3体目が2体目に押しつぶされたのを見て、塩に変わり始めた敵の体を踏み台に跳躍。
『あと10秒!』
滑空しながら、エリナさん達を捉えた。
岩の壁は打ち破られ、ミーアさんが杖を支えに息を荒げながらも立っている。迫りくる白い兵達に、必死に岩の槍衾を作って耐えていた。
瞬間、予知が走り振り返って剣を振るう。飛来した白い槍の数々を風の鉄槌で打ち払い、降下。
地面を蹴り、エリナさん達へ向かう別部隊に横から斬りかかった。
「ぜりゃぁぁあ!」
『NUOOO!?』
最大出力の炎と風を纏わせ、一閃。
十数体を纏めて薙ぎ払った直後、深紅の壁を貫いて幾本もの槍が飛んでくる。
半数以上は打ち払ったが、3本が届いた。首を捻って眉間狙いを避ければ、兜をかすめ衝撃でバランスを崩す。
半瞬遅れてやってきた2投目が兜を叩き割り、3投目が脇腹に突き刺さった。
「ぐ、ぁぁ……!」
倒れ込みそうな体を、大地を踏みつけ支える。今倒れたら、死ぬ!
脇腹の槍を引き抜き、吶喊。少しだけ開けた視界で突き進み、迫る次の投擲の中を掻い潜った。
投げた直後の無防備な白い兵の首を刎ね、返す刀で別個体の胴を袈裟斬りに。
立ち止まる事なく足を動かし、少し離れた白い兵の首に槍を投げつける。そのまま体当たりでまた別の兵隊に食らわせ、体勢を崩した所に横薙ぎ一閃で胴を泣き別れさせた。
『準備完了!合流を!』
「おおおおっ!」
方向転換し、一直線にエリナさん達の所へ。
だが、敵はまだいる。当然の様に立ち塞がる白い兵達を強引に切り払い、走った。
フリューゲルも使っての疾走で、強引に振り切ろうとする。
『G R R R R R R ………ッ!!』
「っ───!」
遥か遠く。しかし、それでもなおハッキリと聞こえる唸り声。
そちらに視線を向けずとも、白い竜がこちらを見ている事がわかった。
その巨大な顎に、魔力が収束していく事も。
「ぅ、そだろ……!」
薙ぎ払った敵兵たちの中に逆鱗でも混ざっていたか。そんなわけない。だが、最悪な事に───自分は、『巣を荒らす敵』として認識された!
ただでさえ青かった顔から更に血の気が引くのを感じながら、足の骨が折れるのも気にせず加速。
痛いなどと言っていられない。逃げなければ、ここから!
「どけぇええ!」
敵兵を蹴散らし、前へ、前へ!
いったいどれだけいるのか。既にホロファグスは全滅し、全ての敵がこちらに来ているのかもしれない。
上空から火球も降ってくる。爆炎の中、ひたすらに足を動かしているのに、まだ辿り着かない。
あと少し、あと少しで……!
無茶をし続けたツケが、このタイミングでやってくる。脳内麻薬が切れたのか、痛みで意識が乱れてきた。
剣を振るう腕が、鉛のように重い。疲れ知らずの体が、悲鳴をあげる。
もがく様に、手足を動かして。しかし、敵の猛攻に前進ができない。押し戻される。
このままでは……!
「右近!左近!」
ミーアさんの声が響く。
2体のゴーレムが関節から唸り声じみた駆動音を響かせ、盾も刺す又も手放し突撃してきた。
あっという間に白い武器がゴーレムをめった刺しにするも、岩で出来た腕が敵を掴む。
各3体を足止めする右近達。礼を言う間もなく、その間を走り抜けた。
眼前にいるのは後数体。切り裂き、殴り飛ばし、打ち払う。
だが、背後にもまだ敵はいるのだ。
予知で飛来する投槍の雨を察知するも、反応が間に合わない。寸前で頭だけは左腕で守るも、右肩、そして左膝裏に槍が突き刺さった。
「ぁ……」
ぐらり、と。体が傾く。必死にこちらへ手を伸ばすエリナさん達の顔が見えるも、これは。
視界の端で、こちらに迫る白い剣を捉える。だめだ、間に合わな、
───ゴォウ!
体が僅かに浮き上がる程の風を纏った戦斧が、白い兵の体に食い込んだ。
白蓮は柄から手を放し、自分の腕を掴みエリナさん達の元へと跳ぶ。ミーアさんの手がこちらの左手を掴んだ瞬間、転移の時特有の感覚がやってきた。
それと、ほぼ同時。
白い極光が自分達のいた場所に突き刺さる。
転移先の場所から、白い竜が莫大な魔力の奔流を吐き出しているのを目撃した。鱗の兵もワイバーン達もいただろうに、お構いなしの破壊が大地を穿つ。
衝撃波と土煙が巻き起こる中、銃声も周囲から響いてきた。
「君達!急いでこっちに!」
視線を向ければ、3人の覚醒者がそれぞれ『魔装』を纏い、近づいてくる白い兵達に銃弾をばら撒いていた。
重機関銃を腕1本につき1つ抱え、ひたすらに弾幕を張っている。
そんな中、白蓮が突き刺さっていた槍を抜いてくれた。激痛に歯を食いしばり、再生が始まるのを実感する。
「我々も脱出する!すぐにゲートを」
「おい、アレ!」
自衛官と思しき者達の1人が叫び、重機関銃を放り捨てた。
彼が指さす先は、先ほど自分達がいた方角。
「ブレスが、こっちに!!」
「退避ぃぃ!」
見ずとも、それだけであの竜がブレスを放ったまま首を動かしている事がわかった。ありえない、奴は、自分達を追尾しているのか?それとも、ゲートの位置を知っていた?
派出所の様な建物も、既に半壊している。弾かれた様に、そこへ自分達も駆けこもうとした。
だが。
「っ!」
弾幕が途切れた途端、飛来する槍の雨。それが皆に降り注ぐ寸前、風の槌にて薙ぎ払う。
しかし、その分動き出しが遅れた。
「君!」
「京太君!」
最後に残った自衛隊員と、ミーアさんの声がする。
すぐにそちらへ走り出したが、1体の白い兵が飛びかかってきた。武器も持たずに、両腕を伸ばしてくる。
「このぉ!」
胴を一刀両断するも、上半身だけで頭を組み付きにきた。
それも強引に振り払った頃には、すぐ後ろへ薙ぎ払う様なブレスが迫っている。
膨大な熱量と衝撃波の中、目を見開く。
嘘、これ、死ぬ───。
「京ちゃん!」
ワイヤーが腰に絡みつき、引っ張った。殿の自衛隊員とミーアさんに叩きつけられる様に、振るわれた自分の体。
2人がゲートの向こうに放り込まれるのを背に、エリナさんが地面へ杭の様に足を打ち付けていた事に気づく。
「エリナさん!」
手を伸ばすが、彼女はただ笑うだけだった。
自分を投げ飛ばす為に、片足を潰してまで地面を踏みつけたのだろう。そんな状態で、走れるわけがない。
彼女の手が、鉤爪から離れた。その指は、限界を超えた動きにへし折れている。
このままでは、彼女だけが帰れない。
───ゲート間際で踏みとどまり、エリナさんの元へと走った。
ふざけるな!そんな格好つけて、死なせるものか!
間に合うか!?『心核』で加速した思考の中、コマ落ちでもした様に極光が迫って来るのを目撃する。
2人とも死ぬか、生きるか。このままでは間に合わない。諸共死ぬ。
そう結論が出ているのに、速度が足りない。彼女を抱え反転するも、きっと竜が首をほんの少し巡らせる方が速いだろう。
コンマ1秒が何秒にも感じる中、自分の背を押す存在を捉えた。
「────っ」
白蓮。
ボロボロの騎士甲冑を纏ったゴーレムが、体当たりする様に自分達の背を押して。
自身は、極光に向けて盾を構えていた。
防げるはずがない。いや、そもそも自分は『自己保存を放棄しろ』などという命令はまだしていない。
何故。何故。何故。
それを問いかける間も、答えを出す猶予もなく。
エリナさんともつれる様にゲートへと吸い込まれ、白い背中が光の中に飲み込まれるのを見た。
次の瞬間、コンクリートの床に背中から叩きつけられる。
沈黙が支配する中、誰もが白い扉を見つめていた。
そこから、敵の追撃がくる事はない。そして。
白い騎士が、出てくる事もなかった。
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