第百四十一話 竜の戦場
第百四十一話 竜の戦場
『■■■■───ッ!!』
『GYYYYYYY!!』
「この……!!」
ホロファグスの放つ光線が、ワイバーンの吐き出す火球が、中世ヨーロッパ風の街で乱舞する。整然とした石畳はただの焼け焦げた地面へ変わり、辛うじて原形をとどめていた家屋も吹き飛んだ。
ついでとばかりに自分にも降り注ぐ殺意の雨を速度で突破し、眼前のホロファグスへ肉薄する。
近接戦を仕掛けてきた6本首を避け、本体頭部に接近。勢いそのまま側面へ回り込み、右目へと左腕を突き込んだ。
間髪入れずに熱線を照射。ホロファグスの頭が爆発するが、まだ死んでいない。よろめきながらも本体は足を踏ん張り、6本首が一斉に光線を放ってきた。
回避は間に合わない。フリューゲルを盾代わりにして受け、衝撃を利用し加速する。
だが高度を上げ過ぎた。ワイバーンが雄叫びを上げてこちらに突っ込んでくる。
『GAAA!!』
「邪魔をっ」
繰り出された火球を避けた所へ、すれ違い様に後ろ足の爪を突き立てられた。左の籠手で受けるも、激しい火花を置き去りに吹き飛ばされる。
「おおおおお!?」
視界がグルグルと回転し、屋根を突き破って家屋の中に。
古びた木製の机を背中で潰し、舞い上がった埃を風で蹴散らす。体を強引に起こし、休む間もなく壁へと体当たりをした。
石とモルタルの壁を粉砕して外に出た直後、先ほど墜落した家が真上からの火球で爆発する。
爆風を受けながら飛び上がれば、背後で頭を半分失ったホロファグスがワイバーンに群がられていた。
前方に視線を移せば、3体のホロファグスが1体のワイバーンに凄まじいまでの弾幕を張っていた。
「どこの怪獣映画だ!」
『B級間違いなしだな畜生!』
弾幕を迂回して、建物スレスレを飛んでいく。瞬間、影が映り込んだ。
「ちぃ!」
『■■■■───ッ!?』
右へ体を傾け、風を最大出力で放出。自分が進む予定だった位置に、ホロファグスが倒れ込んできた。
本体の顔面を飛竜の後ろ足で掴まれ、悲鳴をあげている。ウェイト差などないかの様に、ワイバーンは爪を黒い鱗に食い込ませ押し倒していた。
『GYAAA!』
『GA!GAAA!』
『■■、■■■■……!』
あっという間に倒れたホロファグスへと数体のワイバーンが群がり、その肉をついばんでいく。
ぶちぶちと肉が引きちぎられる音を背に、離脱を試みた。
だが、自分は奴らにとってご馳走に見えるらしい。『精霊眼』が5体のワイバーンに突撃される光景を幻視させる。
即座に上体をあげ減速。左側から襲ってきた個体をやり過ごし、続けて屋根を蹴りつけて上昇し右側からの強襲を回避する。
更に真上から3体のワイバーンが火球を連射してきた。編隊でも組んでいるかの様に3体で固まり、互いの場所を入れ替える様に回転している。
ガトリング砲じみた攻撃に対し、こちらからあえて距離を詰めた。左腕で頭を守り、吶喊。
衝撃で骨が軋み、炎で腕全体が泡立つ様な感覚に襲われる。
だが痛みで脳が焼き切れる前に、3体の中心を突破。すれ違い様に剣を振るい、1体の右羽を切断した。
『GAAAA!?』
墜落したワイバーンに、ホロファグスが飛びかかる。
胴体を踏みつけ、本体を含めた全口腔から熱線を発射。顔面への集中攻撃により、爆炎と共に飛竜の頭は四散した。
そして、その薄緑色の足先が白く変化していくのを目撃する。
「塩になった……奴らもダンジョンの」
『考察は後だ!』
「っ、了解!」
地上からホロファグス達の放つ光線にさらされ、即座に上昇。
左斜め上から接近するワイバーンに、左手でナイフの抜き打ちを直撃させる。刀身に宿した風と炎が爆発し、頭部を黒焦げにした。
墜落する薄緑色の巨体は、やはり白く変わり始めている。やはりダンジョン産の存在だ。
わからない事だらけだが、頭の片隅へと強引に追いやる。今は、生き残る事だけを考えろ。
予知により、背後から放たれた2つの火球を横回転しながら回避。振り返らずとも、2体のワイバーンが追いかけてきているのを理解する。
次々と発射される火球は、流れ弾が家屋や地面に当たる度に数メートルの火柱を発生させていた。着弾した石材が赤く変形し、ドロリと崩れる。
幾度も体を左右に傾け避けるが、振り切れない。ならばと上体を起こして減速し、体を捻る。
迫る2体を正面に捉えれば、相手の速度もあって彼我の距離は1秒で0に。こちらの行動に目を見開く右の個体の開かれた顎へと、刀身を滑り込ませた。
一閃。風と炎の加速で下顎を切り飛ばし、そのまま胴体も浅く切り裂いていく。
通り過ぎる体を避け、斜め下に移動。木製の屋根を踏み砕いて内部に入り、床に足裏がついた直後前方へ跳躍した。
追撃してきたワイバーンが、入っていた家屋を粉砕。地上に降り立った飛竜の顔面へ、粉塵に紛れて斬りかかる。
「せぇい!」
『GA!?』
地面を踏み砕きながら、全身のバネを使い逆袈裟の斬撃を放つ。長い首を両断し、立ち止まらずに助走をつけて飛翔した。
今度は高度をあげず、路地を縫う様に低空飛行。家屋が崩れてきても関係ない。自分1人なら、強引に突破できる。
時速250キロ前後で飛びながら、壁に書かれた黄色のペイントを捉えた。
「『W-24』を通過!続けて前方に『V-19』!」
『2時の方角へ進め!』
「了解!」
眼前に迫った壁を蹴り、方向転換して家屋に侵入。肩で壁を砕き、床を踏み砕きながら疾走する。
腕を交差させ、そのままタックルして進路上の壁を打ち砕きながら進んだ。
数軒ほどそうして踏破すれば、広い道路に出てくる。瞬間、地面を這う様なブレスが襲ってきた。
体を右に傾けながら高度を上げ回避すれば、案の定ホロファグスがこちらに牙を剥いている。
「こっちを狙う暇があるのかよ!」
『■■■■───ッ!!』
怒声の様な咆哮をあげながら、邪竜がブレスを止め6本首を展開させた。
長く伸びた首からの、オールレンジ攻撃。見てから回避しては遅い!ならば視ろ!
「おおおおお!」
体を捻り対角線をなぞる様な2発を回避。左側頭部狙いを屈んで避け、そのまま急加速して他の熱線を置き去りにする。
前方から即座に迎撃が数発飛んでくるが、左右へブレる様に回避。最短ルートへ滑り込み、両手で握った片手半剣をホロファグスの胸へと突き立てた。
そのまま刀身の背で上方向に切り裂き、悲鳴をあげながら顔を上げた本体の額に左腕を叩き込む。
掌を押し当てた状態で、『炎馬の指輪』と風を収束、解放。眩い光の直後、爆発する。
腹に響く轟音と共に邪竜が膝をつき、そのままうつ伏せに倒れ伏した。塩へと変わり始めた死体に、高度を下げて近づく。
出来るなら、ドロップ品を回収して使いたいのだが。
「次から、次へと!」
降ってきた火球のうち、1発目を剣で打ち払い、2発目と3発目を急速後退する事で回避する。
衝撃に内臓がひっくり返りそうだが、今はその加速が頼もしい。頼むぞ、じゃじゃ馬!
『GYYYYYY!!』
「うるせぇ!!」
3体のワイバーンが編隊を組んで接近してくる。そこに自分も正面から突撃を仕掛けた。
『概念干渉』により風を踏みつけ、鋭角な回避軌道を取りながら接近する。勢いそのまま斬りかかるが、ワイバーン達が散開してこれを避けた。
上側が捻り込む様な動きで空を飛び、こちらの背後を取る。そのまま火球を放ってくるが、自分も相手の動きをなぞる様に上昇。より早いタイミングでバレルロールを入れ、敵の背後を取った。
だが、そこへ上下から挟み込んでくる残りの2体。自分へと開かれた顎から、火球が放たれる。
「なめっ」
即座に減速して回避すれば、上側の個体顔面横と、下側の個体の首にお互いの火球が飛来。下側が墜落する。
間髪入れずに残った上側のワイバーンに接近すれば、奴は一瞬で翼を畳み横回転。体の向きをこちらに変え、両翼を再度広げた。
『GAAA!!』
「るなぁ!」
吐き出された火球を下にズレる事で避け、減速せずに接近。第2射を放つ前に顎へアッパーを叩き込み、無防備となった首を斬りつける。
両断とまではいかずとも、骨を断った感触。そのまま通り過ぎれば、真下の家屋を突き破って首を負傷したワイバーンが噛み付きにきた。
「おぉ!」
予知により上昇による回避が間に合うが、次の瞬間もう1体のワイバーンが右側から体当たりを仕掛けてきた。
咄嗟に体を向けるも、対応が間に合わない。
「がっ……!?」
数トンの質量が胸部にぶつかった衝撃に、一瞬意識が飛びかける。息を詰まらせながらも、飛竜の頭に左の鉄拳を振り下ろした。
短い悲鳴をあげて離れるワイバーン。それをフォローする様に首を負傷した個体が、後ろ足の爪を光らせて飛びかかって来る。
獲物を狙う猛禽類の様な動きに、上昇しながら膝蹴りを顎に叩き込んだ。お互いに衝撃でバランスを崩しながら、焼け焦げた首に剣を投擲する。
刀身に纏わせた炎と風が爆発。その爆炎の中を突っ切って、残る1体が突撃してきた。
『GAAAAA!』
至近距離から放たれたブレス。数千度の熱量を誇る火球に、右の裏拳を叩き込んだ。
『概念干渉』
「らぁ!」
籠手が少し溶け、右腕に刺す様な痛みが走る。だが、それを認識するより先に振るったその手を前へと突き出した。
掌でワイバーンの鼻先を受け止める。衝撃で骨と筋がビキリと音をたてるが、相手からも骨が折れる音がした。
一瞬だけ脱力した巨体を下に押し、左の鉄拳を上から叩き込む。打ち込む先は、先ほど殴りつけて割れた鱗。
頭蓋骨をかち割り、脳に届いた拳。念のため炎と風を叩き込み、爆発させる。
「はぁー……はぁー……!」
治ったはずの心臓が、肺が、骨が、腕が痛い。
とりあえず高度を下げて路地に隠れながら、剣とナイフ、続いて壊れた籠手と胸甲を再構築する。
「アイラさん……!たしか、僕らが入ってきたのは『D-13』でしたよね……!そこまで、後どのくらいで」
『いや、そこには向かっていない』
「は?エリナさん達は、入ってきた所近くに」
『君の大まかな位置は予測済みでね』
次の瞬間、背後で建物の壁が打ち砕かれた。
反射的に剣を抜くが、すぐに切っ先を下げる。壁を叩き割ったのは、白い鎧の騎士であった。
その後ろから、見知った顔が出てくる。
「お待たせぇ!京ちゃん!」
「エリナさん、ミーアさんも……」
魔道具を使って移動して来たらしく、彼女らの足に金色の粒子が薄っすらと渦巻いている。かなり急いで来てくれたらしい。
安堵の息を吐きながら、肩の力が抜けるのを抑えられなかった。
剣を杖にして、座り込みそうな体を押しとどめる。
『わっはっは!君達の位置は丸っとお見通しだとも!』
「貴女の事が、世紀の大天才に思えてきました……」
『そうだが?え、普段はなんだと思ってるの?』
「エリナさん、転移を頼めますか」
「OK!今なら大丈夫!」
『無視?』
「姉さん、今真面目な話をしているので」
『はい……』
エリナさんが虚空に腕を掲げ、詠唱を始めた。
だが、それを即座に中断して顔を勢いよく上げる。同時に、自分の方も『予知』が発動した。
「上と横!」
「了解!」
「まさか!?」
跳び上がり、降ってきた火球を切り払う。
続けて、家屋を薙ぎ払うブレスを『白蓮』の盾とミーアさんの岩壁が防いだ。
バサバサという羽音と、ズシリ、ズシリと響く足音。
ワイバーンとホロファグス達が乱戦を繰り広げる中、双方の1部がこちらに視線を向けていた。
あっという間に焼野原となった街中で、隠れられる場所は遠くに見えるまだ無事な家々ぐらい。
宙に浮きながら、剣を握る腕に力を籠め直す。
「エリナさん、詠唱にどのくらいかかりますか」
『これだけ周囲の魔力流動が激しいと、5分はかかるよ』
「わかりました」
イヤリング越しに会話しながら、高度を少し上げた。
ワイバーンどものこちらへ向ける目が、確実に増えたのを感じる。
「守り抜きます。だから」
『任せんしゃい!』
いつも通りの返事に苦笑を浮かべ、剣を構える。
脱出の光明は見えた。ならば、後は耐えるのみ。
見渡す限り怪物どもが暴れる地獄絵図。『Bランク』どもの百鬼夜行と、どちらが恐ろしいか。
そこら中で上がる火の手で熱せられた空気を吸い込み、雄叫びをあげる。竜達の上げる咆哮には遠く及ばないながらも、少しでも自分へ敵の視線を集めるために。
四方八方から殺意が向けられる中、精霊眼の広い視野が『ある存在』を捉える。
この場において、決して無視できないモノ。視線を合わせてはならない、絶対強者。
自分のこの眼が捉えたのは。
白い竜が、食事を終えた瞬間だった。
矮小な人の身など歯牙にもかけず、災禍の化身が無造作に顔を上げる。
『G G G G Y Y Y Y Y Y Y Y Y ────ッッ!!!』
読んでいただきありがとうございます。
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