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コミュ障高校生、ダンジョンに行く  作者: たろっぺ
第七章 燃ゆるもの
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第百四十話 嵐の様な

第百四十話 嵐の様な




『■■■■───ッ!!』


 熱線を乱れ撃ちするホロファグスへと、フリューゲルと両足を使って鋭角な軌道を宙に描きながら肉薄。


 牽制の為か本体の口から短いブレスが放たれ、胸元の6本首が自分目掛けて牙を剥いた。


「しぃ……!」


 フックの様に右から迫る1本目を上に避ければ、2本目と3本目が押し潰しにくる。


 それを前方への加速で置き去りにすれば、残る首が全て正面から迎えうちに来た。


 剣を両手に握り、腰を思いっきり捻る。ナイフの様な歯をズラリと並べた3つの大口に向かい、全力の斬撃を叩き込んだ。


 風と炎を纏った刃が、正面の首を纏めて吹き飛ばす。眼前まで迫った本体の胸部。6本首の根本へと、剣を振りぬいた姿勢から強引に刺突を放つ。


 硬質な音と共に刀身の半ばまで突き刺さるが、まだこの怪物は止まらない。


『■■■■……!』


 絶叫をあげる本体とは別に、残った首が背後から襲いくる。


「穿て!」


 しかし、それらは氷の槍に撃墜された。


 振り返る事なく刃を捻り、『炎馬の指輪』へと魔力を流し込む。並行して、フリューゲルが自動的に魔力を吸い上げた。


「おおっ!」


 真上に向かって急上昇しながら、刃も上へと動かす。ライフル弾も通さぬ鱗を溶断し、その奥の分厚い肉を掻き分けながら振りぬいた。


 上空から傷口に残った風と炎が爆ぜるのを見下ろし、ホロファグスがゆっくりと膝をついて塩へと変わるのを見届ける。


 そこへ、アイラさんから警告が飛んできた。


『京ちゃん君、あまり高度をあげるなよ』


「あ、すみません」


 彼女に言われ、慌てて地上に降りる。


 このダンジョン、屋根の上とかにいるとホロファグス達に捕捉されるのだった。ストアの情報を思い出し、小さく謝る。


「京ちゃんお疲れー!」


「うん。被害は?」


「特になし!」


「私もです」


「なら、良かった」



 ───探索開始から、約1時間半。



 既に出口付近へのマーキングは済ませ、討伐も順調。今のでちょうど20体目だ。1体がしぶといので、これでもハイペースと言える。


 魔力込みの強度はファフニールが上回るのだろうが、物理的な面だけならホロファグスの方が頑丈だ。あまり相性が良いとは言えない。


「どうします?そろそろ帰りますか?」


「んー。私はまだ大丈夫だけど」


「私も問題ありませんが、京太君が疲れたのなら帰っても良いかと」


「あ、いえ。僕はまだまだいけますよ。疲れていませんし」


『そこは疲れておきたまえよ。人類なら』


「固有スキルが固有スキルなので」


 肉体的には万全だ。先の戦闘で消費した魔力も既に回復している。


 問題は精神的な疲労だが、そちらもまだ余裕があった。


 ……いや。


「やっぱり、そろそろ帰った方が良さそうですね」


「『まだいける』は『もういけない』だからね!」


 冒険者講習で、耳にタコができるほど聞いたものだ。


「たしか、『帰り道の方が疲れている上に、どうしても気が緩むもの。ドロップ品で鞄も重いのだから、ゲートまでの距離を考えろ』でしたっけ」


「はい。うちはエリナさんのおかげで、その辺は気にしなくて良いんですが」


「エッヘン!」


「それでも、無茶をする状況じゃありませんから」


「確かに。その通りですね」


 というわけで、視線をエリナさんに向ける。


 彼女も小さく頷き、虚空に向かって手を伸ばした。


「ほいじゃ、今から忍法使うから周囲の警戒お願いねー」


「了解」


「わかりました」


 背後をミーアさんに任せ、自分と白蓮は正面方向に意識を向ける。


 ドロップ品は貯蔵に回すので、今回は討伐報酬のみ。『Bランク』に上がっても相変わらず討伐報酬(その辺)はしょっぱいので、稼ぎは期待できないと小さくため息をつく。


 まあ、有栖川教授のおかげで貯金はまだたっぷりだし、焦る必要もない。


 周囲の警戒をしつつ、呑気にそんな事を考えていた時だった。


「ん?……え?」



 大気中の魔力が、()()()



 気持ち悪いぐらい統制されたダンジョンに流れる魔力が、突如として乱れたのだ。穏やかな小川が、嵐の海へと変わったかの様な変化。視界がぶれ、思わずたたらを踏む。


「京太君?」


「警戒を!何かがおかしい!」


「っ!」


 重心を落とし、剣を構える。


 あまりの変化に酔いそうになるが、どうにか順応した。『精霊眼』のピントが合った様な感覚がする。


 おかしい。何が起こっている?


 こんな事は初めてだ。ダンジョン全体で、魔力が乱れている。自分が立っている場所の、更にその下を直接揺らされている様だった。


 魔力の変化をミーアさんも感じ取ったのだろう。小さく息を飲む音が聞こえた。


 だが、これは……まさか。



 ダンジョンの術式に、何かが干渉している?



 その可能性が浮かんだ瞬間、背筋にゾクリと悪寒が走った。


「エリナさん、転移は!」


「……ごめん、無理!繋がらない!」


「姉さん、そちらから何かわかりませんか!?それとストアへの連絡を!」


『───、───!────……!!』


「姉さん!?」


 周囲で荒れ狂う魔力のせいで、念話まで通じなくなっている。ギリギリ繋がってはいるが、会話が出来ない。


 思わず舌打ちした後、数歩後退。仲間に背中を近づけながら、しきりに左右へ視線を動かした。


 他に起きた異変を、すぐに察知する為に。その行為は、一応は実を結ぶ。


 問題は。


「なっ……」


 気づけても、『対処しきれない』という事だった。


 ダンジョンを覆うドーム型の壁。ボスモンスターがいる丘の真上の辺りが、赤く染まっている。まるで溶鉱炉の様に、輝きを放ちながら。


 遅れて、『ズン……!』という音と共に横揺れが起きる。


「きゃぁ!?」


「先輩!」


「『白蓮』、2人を守れ!」


 背後で、エリナさんがミーアさんを支えたのだろう。それを気配で感じながら、反射的にポジションを変更。


 数メートル移動し丘の方角へ自分が立ち、更にその後ろで白蓮にエリナさん達を護衛させる。


 揺れが酷くなる度に、岩壁の赤さが金色へと変わっていった。


 数秒ほどで、ぼこり、と。膨大な熱量にさらされた壁が膨らみ、そして。



 ドオオオオオォォォォンン───……ッ!!!



 凄まじい轟音と共に、外壁が()()()()()()


 ダンジョンの外壁を撃ち抜いた純白の極光が、自分達の上を通り過ぎていく。中世の街並みを飛び越えたそれは反対側の外壁にぶつかり、ガリガリとその表面を削っていった。


 遅れてやってくる、立っている事もできない程の衝撃波。周囲の気温が跳ねあがり、建ち並ぶ家々の屋根が捲り上げられる。


 地面に左手をつき、衝撃に耐えようとした。だが、それすらも許されない。


 ぐるり、と。周囲を流れる魔力の流れが再び変わる。


 それは、ゲートを潜る瞬間。あの足元が突然消えた様な感覚がする直前のものそっくりだった。


「まずっ……!」


 精霊眼で危険を察知し、すぐさま振り返ってエリナさん達に手を伸ばす。ミーアさんも察知したのか、彼女の腕もこちらに伸びていた。


 だが、最悪な事に───自分は、彼女らと数メートル離れた位置にいる。何らかの襲撃を警戒して、2人を守りやすい位置についたのが裏目に出た。


 普段なら、いいやたとえ戦闘中でもないに等しい距離。しかし、今この瞬間だけは、果てしなく遠い。


 それでも、間に合う。間に合わせる。


 風で体を強引に押し出せば、まだ……!


 瞬間。精霊眼の広い視野が、自分達の真上に迫る瓦礫を捉える。


 自分は、多少埋もれた所で苦ではない。だが、彼女らは───。


「こ、のおおおお!!」


 体を急速反転。地面とほぼ平行になりながら、風の鉄槌を降り注ぐ瓦礫に叩き込む。


 コンマ数秒の行動。残された猶予は、それに消費された。


 上も下もない、何もない空間に放り出された様な感覚。だというのに浮遊感はなく、まるで自分以外の全てが消えてしまった様な錯覚さえ覚える。


 だがそれも一瞬の事。すぐに景色が切り替わり、背中が石畳に叩きつけられた。


 先ほど跳んだ勢いが残っていて地面を削るも、後転の要領で上下を入れ替えて足裏を地面につける。


 両の足裏と左手で石畳を削り、どうにか停止。


 すぐさま周囲を見回すも、あったのは煤けた地面と黒焦げになった瓦礫の山だけだった。仲間も、ゴーレム達もいない。


 あちこちに炎が残る中、剣を握り直しつつ立ち上がる。


 恐らく、別のダンジョンに移動したわけではない。ダンジョン内で『位置がずれた』だけだ。


 ダンジョンに刻まれた術式が、再起動した……と考えて良いだろう。魔力の流れが落ち着き始めている。


 冷や汗を頬に伝わせながら、極光が放たれた方向に視線を向けた。いったい、何が……。


「なんだ、アレ……」


 巨大な穴が、開いていた。


 自分が飛ばされた先は、ボスモンスターのいる丘から100メートル程らしい。ストアの情報では、本来この区域に降りてしまう事はないはず。


 だが、そんな疑問すら吹き飛ぶ光景が広がっていた。


 ドロリとした溶岩を垂れ流しながら、ポッカリと口をあける直径30メートルはあろう大穴。分厚過ぎる外壁故に、その向こう側がどうなっているのかはわからない。


 だが、逆を言えば。そんな壁をぶち抜いた『何か』がいるという事。


 ボスモンスターがいたはずの丘も上半分がゴッソリ抉り取られ、残された下半分も赤く染まっている。この距離でも、空気が揺らめいているのがわかった。自分に纏わりつく空気もまた、妙に暑い。


 そんな崩壊した住処から、耳をつんざく雄叫びが轟く。



『■゛■゛■゛■゛■゛■゛───ッ!!』



『スモク・ヴァヴェルスキ』



 崩れかけの丘を吹き飛ばし、現れたのはホロファグスとそっくりの邪竜だった。自分と同じ大きさの岩が、すぐ傍に落下して盛大な土煙をあげる。


 頭の数も、色も、全体のシルエットも同じ。だが、比べるまでもなくこの怪物の方が大きかった。


 およそ20メートルの巨体。本体の首が上げる咆哮は、もう少し近くで聞けばその衝撃波だけで人間の体など吹き飛ばせるだろう。


 ある意味、ヴァヴェルの竜としては『正式名称』とも言える名を持つ怪物は、激情のまま口端から炎を溢れさせていた。


 その視線が、背後に。スモク・ヴァヴェルスキすら簡単に潜れる大穴に向いた瞬間。


『■゛■゛■゛■゛───!?』


 ぬるりと。未だ赤熱する穴の中から突き出された、『白い前足』が本体の首を鷲掴みにした。


 まるで新雪の様に白い鱗。スモクの全長に匹敵する前足が、乱暴に邪竜を地面へと叩きつけた。


 それだけで、地震が起きた様な衝撃。呆気にとられてその光景を見ていたが、慌てて踵を返し走り出す。


 状況は不明。現在地も不明。どこへ向かえば良いかも不明。だが、アレがやばい事だけは明白だった。


 ちらりと。全力で足を動かしながら首だけ振り返る。


『■゛■゛■゛■゛■゛■゛……!』


 うめき声をあげながら、スモクが胸部の6本首から熱線を放つ。それらは奴を押さえつける存在に、確かに直撃した。


 だが、相手は身じろぎもせずその鱗で受け止める。


 それは、あまりにも美しく、そして恐ろしい……『ドラゴン』だった。


 1枚1枚が白亜の城壁かと見紛う程の存在感を放つ鱗。それに覆われた巨体は、誰もが思い描く竜の姿をしている。


 爬虫類を彷彿とさせる頭に、太く長い首。しなやかな胴体に、強靭な四肢。そして、頭から胴にかけてと同じ長さの尾と、巨大なコウモリの様な翼が生えていた。


 強い知性を感じさせる赤い瞳を輝かせたその竜は、頭の位置が地上から50メートル近くある様に見える。あの大穴すら、身を縮ませて進まねばならぬ程の体躯。


 右の前足で掴んだスモクを軽く持ち上げた白い竜は、その顎を開き。


『GYYY……!』


 無造作に、本体の頭を食い千切った。


 モンスターが、モンスターを襲った?何故?複数種のモンスターが遭遇しても、争う事はないはず。


 そして、精霊眼は確かに捉えた。今も『捕食』されるスモクの体から、あの竜へと何かが流れていく様を。


 あれは、経験値?いや、覚醒者のレベルアップとは、殺めた相手の魂……高純度の魔力を奪う事で、器を広げる事だ。


 アレは恐らく、『燃料の補給』。しかし、どうにもそれだけとは思えない。


 疑問はあるが、考察している暇はなさそうだ。必死に足を動かし、風の加速も使って崩壊した街を逃げる。


 とにかく奴から距離を取らなければ。そう思い走っていると、耳元で聞きなれた声がする。


『───君!京ちゃん君!矢川京太!!』


「アイラさん!」


『よし、通じた!今どこにいる!?エリナ君達とゴーレムは最初君達がそのダンジョンに入った所から、数十メートル離れた位置だ!』


「こちらはボスモンスターがいる、いや、()()丘の近くです!現在そこから全力で距離をとっています!」


『わかった!幸い全員別のダンジョンに飛ばされたわけではないし、エリナ君のマーキングも残っている。転移は可能だそうだ。どうにか合流しろ!ナビをする。詳しい現在地は!?』


「不明です。見渡す限り瓦礫だらけだ!」


 瓦礫を蹴散らしながら進むという手もあるが、下手に暴れてあの白い竜に目を付けられたくない。飛行しないのも、同じ理由だ。


 本能でわかる。アレは……!


『言うまでもないが言っておく。絶対にあのドラゴンと戦うな』


 イヤリング越しに聞こえる声が、少し震えている。



『『Aランク以上』。君が戦ってきたどのモンスターよりも、強い』



 エリナさんが鏡を奴に向けて、アイラさんが鑑定したのだろう。


 確信をもって放たれた言葉を聞き、だろうな、と。顔を歪めた。


「出来るだけ交戦を避けて、エリナさん達の所へ向かいます。自衛隊への救援要請は」


『既にしてある。だが、あまり期待するな。またというか、最悪な事に東京でも何かあったらしい』


「何かって」


『何かは何かだ!私にもわからん!』


 ほとんど悲鳴の様な怒声から、彼女の焦りを否応なしに感じ取る。


 だが、確かに今はその事を聞いている暇はない。と、いうより。


「すみません」


『っ、いや。すまない。私の方こそ取り乱して』


「いえ、それがですね」


 石畳の地面を蹴りつける足を止め、勢いで浮き上がった体を風の放出で減速。


 地面に足裏で2本線を引きながら停止し、重心を少し落とす。


「交戦を避けるの、無理そうです」


『■■■■■■……ッ!!』


 崩壊した街を踏みつけ、蹴散らし、続々と姿を現すホロファグス達。


 殺意のこもった視線を自分に、そして『頭上』に向ける。



『GYYYYYYYAAAAA!!』



 奇怪な雄叫びをあげる存在が、灰色の天井近くを飛んでいた。


 曇り空を模した偽りの空を駆るのは、これまた竜の群れ。


 色鮮やかな新緑の鱗で覆われた体は、胴体だけでも2メートル前後。頭から尻尾の先まで測れば、6メートルを超えるだろう。


 やや短めだが太く頑丈そうな後ろ足に、前足と融合した翼。トカゲとも蛇ともとれる、長く先端が細くなった頭。


『ワイバーン』


 ある意味こちらもまた、『ドラゴンらしいドラゴン』と言える。それが、何十体も飛んでいた。


 視線を一瞬だけ背後に向ければ、白い竜が開けた大穴から続々と入って来ている。


『■■■■───ッ!!』


『GYYYYAAA!!』


 邪竜と飛竜が真っ向から睨み合い、咆哮を上げる。


 あり得ない事だらけの状況は、笑えてきそうな程絶望的だった。


 それでも。


「まだ、死ねるか……!」


 剣を両手で握り、フリューゲルをはためかせた。


「絶対に、生き延びてやる……!」



 諦めてなど、やるものか。





読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
シチュエーション少し変えただけでほぼほぼ同じ事の繰り返しでなぁ 日常回も同じ事の繰り返しで進展無いしう~んって感じ
流石にそろそろ 避けたいけど回避不可能な格上と死闘頑張って倒して章区切りのパターンにはマンネリ感が 状況とか変えて多少バリエーション出してはいるけど あ、200話到達おめでとうございます
ギャグパートとの温度差でかぜひきそう。 現実の昼と夜の温度差も激しくてかぜひきそう。
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