第百三十九話 順調な歩み
第百三十九話 順調な歩み
ゲートを潜った先は、石畳の敷かれたヨーロッパ風の街並みだった。
石を積み上げモルタルで固めた壁の家々が、車数台が走れる広い道路の両脇にずらりと建っている。
曇り空の様に見えるのは、灰色の岩肌が剥き出しの天井。街型のダンジョンの典型とも言える、ドーム状の壁で周囲を覆われていた。
高さ10メートル近い家が建ち並び、あまり遠くは見通せない。しかし、道路に立ったまま見る事ができる位置に、巨大な洞窟があった。
自分達のいる位置から、反対側のドームの壁。その近くに、街を見下ろせる程大きな丘がある。
草1つ生えていない中腹には、ポッカリと穴が開いていた。まるであの丘そのものが巨大な生物の様にも見える。
不気味に感じるあの洞窟へは、足を踏み入れてはならない。何故なら、そこはこのダンジョンのボスモンスターが毎回出現する場所なのだから。
そのうえ、出現しては洞窟の外に出てきて。その辺を歩き回る。このダンジョンには街を縦断する河があるのだが、その傍が主な移動ルートとストアのHPには書いてあった。
周囲を軽く見回し、仲間達の姿も振り返って確認した後、イヤリング越しにアイラさんへ声をかける。
「ダンジョンへ入りました。これより探索を開始します」
『うむ。気を付けてくれたまえよ。そのダンジョンのモンスターは、でかいぞ』
「ええ。勿論です」
鞘から剣を抜き、軽く握る。この柄の感触にも、随分と慣れたものだ。
後ろに目配せしてから、石畳の上を歩き出す。左右の家々は基本的に隙間なく建っているが、時折隙間があり路地となっていた。
だが、このダンジョンで路地を使うのは余程の緊急時のみとされている。
というのも。
「待って、京ちゃん」
そうエリナさんが声を潜めて話しかけてきたのと、ほぼ同時。
───ズン……。
足元が僅かに揺れ、地響きの様なものが聞こえてきた。
「数は1体。前方の丁字路右側から、向かってきているよ」
「了解」
まだ100メートル近く先の、丁字路。その更に向こうにいるだろう怪物の足音が、既に腹の奥底を揺らしていた。
『白蓮』と横に並び、ゆっくりと前進する。足音も次第に大きくなり、遂に異形の影が家の壁に映し出された。
蠢く幾つもの頭をもった、不可思議なシルエット。6つの竜の頭が、角からぬぅっとこちらを覗く。
6体の竜がいる、わけではない。あれで奴らは1体なのだ。
本体が、姿を現した。
6メートルはあろう巨体。丸太を数本束ねた様な2本の足で立ち、分厚い黒の鱗で全身を覆っている。
地面を踏みしめる剛脚にも劣らぬ逞しさの尾が揺れるが、腕や前足とも言うべきものは見当たらない。
代わりとばかりに、その胸部から6つの竜の頭が生えている。
それらの長い首がうねりながらこちらを睨みつけ、上にある巨大な本体の頭が雄叫びを上げた。
『■■■■■■───ッ!!』
『ホロファグス』
ポーランドに伝わる邪竜。『ヴァヴェルの竜』とも呼ばれる怪物にも似たモンスターが、古い街並みの中を我が物顔で闊歩している。
化け物の計7つの口腔が、瞬く間に魔力を収束させた。
くる!
『■■■■■───ッ!』
放たれる7つの光線。一際大きな本体のブレスが真っ直ぐこちらへ向かい、逃げ道を塞ぐ様に他6つが閃いた。
「白蓮!」
「大地よ!」
自分とミーアさんの声が重なった。
高熱を帯びたブレスが、地面を舐めとりながらこちらに迫る。それに対し、白蓮がタワーシールドを構えて受け止めた。
石畳の破片と土砂が辺りに散らばる中、盾と極光が衝突。鉄靴に覆われた足が地面にめり込むも、ブレスは上方向へと大部分が逸れて飛んでいく。
盾の両端から散り散りになった熱線が辺りを抉るが、後衛に届きかねないものは地面からせり上がった石の壁が防いだ。
自分はその間に上へ跳躍し、フリューゲルを使いホロファグス目掛けて飛翔する。
『■■■■……!』
本体がブレスを止め、他6つの頭がこちら目掛けて光線を放ち始めた。
それぞれが別個の生物の様に狙ってくるが、『精霊眼』で全て視えている。思考加速も相まって、この程度避けるのは容易い。
横方向へ急加速からの、直角に急上昇。6つの頭が自分を追いかけて首を動かすが、隙間へと潜り込み右斜め下へ滑る様に降下しながら接近する。
「しぃ……!」
ブレスを中断して直接噛み付きに6本の頭が向かってくるが、バレルロールと空中で前転する様な動きをして回避。
鼻先まできた自分目掛けて本体の速射が放たれるも、斜め下に避けながらすれ違いざまに太い首へと剣を叩き込んだ。
堅牢な鱗を叩き割り、その下の肉を刀身が掻き分ける。通り過ぎた端から炎が焦がし、風が傷口を押し広げた。
火花を散らしてバックリと首が切り裂かれる。だが、ホロファグスは1歩後ずさっただけだった。
硬い上に、分厚い。切っ先も風も、首の骨にまで届かなかった。
緩やかな弧を描いて、再度高度を上げていく自分に6本首が牙を剥いて追いすがる。
だがあいにくと、頭数はこちらも1つではない。
『■■■■───ッ!』
怒りの声をあげて通り過ぎた自分を追おうとする6本首だが、氷の槍と射出された鉤爪が鱗を抉る。
3本が肉も骨も引きちぎられ、もう3本も動きを止められた。ワイヤーの先では、エリナさんが『右近・左近』に支えられて首どもを引っ張っている。
『■■■■……!?』
かすれた様な声を漏らすホロファグス本体の頭。そこへ再度上方向から接近すれば、無茶苦茶に本体がブレスを放ってきた。
直撃すればただでは済まないだろうが、そんな狙いでは当たらない。
減速する事なく潜りぬけ、傷口に左腕を突き込んだ。そのまま、掌を開き『炎馬の指輪』に魔力を流し込む。
「ぶち抜け……!」
放出された熱線が肉を炭化させ骨を溶断し、後ろへと抜ける。
すぐさま鱗を蹴りつけ、ホロファグスから距離をとった。大口を開けたまま硬直していた邪竜は、黒かった巨体を白く染めていく。
やがて、同質量の塩へと変わり地面へと崩れ落ちていった。
その光景に小さく息を吐きながら、仲間達の近くに着地する。
「お疲れー!他に敵の気配は近くにないよー」
「了解。そっちもお疲れ」
「お疲れ様でした。右近、回収を」
ドスドスと岩の戦士が塩の山へと向かって行く。
それを横目に、白蓮へ魔力を流しながらイヤリングへ声をかけた。
「アイラさん。戦闘終了しました」
『うむ。どうやら無事な様だな。わかっていると思うが、探索中はあまり路地へ入るなよ』
「ええ、生き埋めはもう懲り懲りなので」
そう、ホロファグスこそ路地へ入ってはならない理由だ。
あいつら、あの6本首を上に伸ばして屋根越しに敵を視認すると、進路上に建物があろうとお構いなしに突っ込んでくるのだ。鱗の強度と巨体を頼りに、平然とぶち抜いてくる。
更にはブレスも連射するので、路地を不用意に通るとあっという間に生き埋めだ。
『ああ。そう言えば京ちゃん君は無様にも体育祭で埋もれていたな。無様にも』
「なんで無様って2回言ったよ残念オブ残念」
『今残念って2回言った!?』
「2回というか、強調しました」
『なお悪いわバーカバーカ!』
「子供か」
『あたち、アイラちゃん3歳!』
「姉さん!そのオッパイで3歳は無理です!」
「もっと他にツッコムべき所あったでしょう」
「じゃあ4歳!」
「乗るな刻むな自称忍者」
『なんの、ならば5歳だ!』
「オークションじゃねぇんだよ」
アホな会話の内に、右近がドロップ品である金色の靴を持ってきてくれた。
ゴーレムが1番の真面目なパーティーって……。
『ほう、それが例の』
「はい。前に教授がくれた、『蹄鉄型魔道具』の上位互換……らしいものです」
例の蹄鉄は安定して手に入る物ではない上に、今の自分達の魔力量だとかなり気を使わないと即壊してしまう。
それに比べ、この魔道具は頑丈だ。
他に靴を履いた状態でも、足を入れればその上から吸着。非常に薄いからか、重なった状態でも違和感がないらしい。
ただし、例のごとく使い捨てである。
「色々と物騒なので、逃げ足用に確保しておきたかったんですよ。ちょうど良いダンジョンがあって助かりました」
『駅3つ分の距離に『Bランクダンジョン』があって丁度良いは、ちょっとどうかと思うな……』
「あ……すみません、不謹慎でした」
ダンジョンが出来たら周辺住民は避難しないといけないし、氾濫が起きて近所にまで被害が出るかもしれない。
今の発言は流石にまずかったと反省する。
『いや、君達も随分強くなったと思っただけさ。責めているわけではないよ』
「そうだね!今の私達は駆け出しの頃より53万倍強いよ!」
「それはない」
どっから出て来たその数字。すしざ〇まいみたいなポーズすんな、自称忍者。どこの宇宙の帝王だ貴様。
しかし彼女の表現は言い過ぎだが、実際かなり強くなったものである。
かつて見た、戦闘機2機でも倒せなかったドラゴン。あれを仮想敵として、勝てなくともせめて逃げるぐらいは……と。レベル上げを頑張ってきた甲斐があった。
まあ……レベルアップの理由って、大半が氾濫に巻き込まれた結果だけど。
「2人が駆け出しだった頃ですか。私と会った頃はもう『Dランクボス』を圧倒していたので、あんまり想像できませんね」
「いや、あの頃もわりと駆け出しで───」
「最初の頃は色々と苦労したよね、京ちゃん!2人で合体忍法を編み出そうと、修行にあけくれたっけ……」
「なんか知らない回想始めてます?」
自称忍者が、ご立派なお胸様の下で腕を組んで遠い目をする。
ねえから。そんな記憶。あとお胸様を強調するな。周囲の警戒をしているのに、意識が吸い寄せられる。
『くっ、どうして僕はチャクラを上手く練れないんだ!』
「おい、セリフを捏造すんな。あと声真似下手すぎんだろ」
「そんな事ないよ京ちゃん!」
「そんな事あるよバカ野郎」
「頑張れば京ちゃんもチャクラを練れる!」
「あ、違うこいつも過去に行ってた。存在しない記憶に浸るんじゃないよ。今ダンジョンだぞ」
「そ、そんな過去が……?」
「信じてないのに相槌を打たなくても良いんですよ、ミーアさん。打つのはバカどもの頭にしましょう」
「いったーい!?」
エリナさんの額にデコピンし、力技で正気に戻す。
『あー!京ちゃん君がエリナ君を泣かしたー!』
「シークシクシク!シークシクシクシク!」
「嘘泣きすんじゃ……嘘泣きの癖強くない?」
季節外れのセミかな?
『わーるいんだ、わるいんだ!せーんせーに言ってやろっ!』
「そうですね。後で教授に報告しましょうか」
『さあ、諸君!真面目に!真面目に探索を続けようか!』
「オッス、パイセン!!」
「こいつらさぁ……」
「まあまあ」
思わず拳を握る自分に、ミーアさんが苦笑を浮かべながら『どうどう』とジェスチャーしてくる。
まあ、実際に殴る事は出来ないのだが。中学時代の男友達ならともかく、女子相手に鉄拳は流石に気が引ける。
バカとアホが落ち着いたので、いい加減探索を再開。先ほどホロファグスが出て来た丁字路に、早速ペイントを発見した。
「アイラさん。現在『D-13』です。例の洞窟が正面方向にある丁字路です。今は、家が邪魔で見えませんが」
『ふむふむ。よろしい、把握した。ではそこを右に曲がった後、2つ目の十字路を左に。そこから暫く真っすぐだ。突き当りにぶつかったら、教えてくれ』
「了解。右ですね」
丁字路を右に曲がり、言われた通り前進。500メートル程行った所で、2つ目の十字路を左に進む。
このダンジョンは広い。あの丘も、あるいは山と表現するべきかもしれない。大きすぎて距離感がバグるレベルだ。
「そう言えば京ちゃん。びゃっちゃんってそんなに燃費悪いの?」
「そうだけど、どうしたの突然」
「ストアの掲示板でね、戦闘用ゴーレムについても説明があったから」
「ああ、なるほど」
歩きながら、小さく頷く。
「白蓮の場合、出力を上げる為に燃費を犠牲にしているから。僕はスキルとして錬金術が使えるわけじゃないから、求める性能を実現するには多少ピーキーにする必要があったんだよ」
「なるへそ~」
「ただ、最近はどうにか着脱式のマギバッテリーを作れないかとは思っているよ」
『ほう?それは『錬金同好会』のHPにも載っていなかったな』
「そりゃあ、内蔵できるのなら着脱式にする必要なんてほとんどないですし」
チャージするにしても、同好会製のゴーレムはソケットから簡単に魔力を補給できる。予備のバッテリーを持ち歩くより簡単だ。
補給用のマギバッテリー……というか、『マギタンク』とでも呼ぶべき魔道具でチャージできると聞く。人間相手には対応していないらしいが、それでも凄まじい技術力だ。
これで目的さえまともな組織だったらなぁ……。
「僕がマギバッテリーを自作する場合、『心核』の力を使う事になります。大っぴらにしたくはないので、ダンジョンに入ってから取り付け、出る時に取り外すって形にしたいんですよ」
『なるほど。……あれ、もしかして例の保険。かなり無茶な注文した?』
「必要な物だと理解していますし、アレを使う時は秘密とか言っていられない時なので構いません」
アイラさんから注文を受けた物も『心核』の力を使わないといけない部分が多いが、今言った通り『アレ』が必要になった時点でそんな事を言っている余裕はない。
たとえ人体実験とかするマッドに狙われるリスクより、自分や身内の命が大事である。
「っと。敵が近くにいるっぽい。10時の方向、だいたい300メートル先。立ち止まったから、相手もこっちに気づいたかも」
「了解。相変わらず凄い耳だな……」
「ふふん!エッヘンである!」
胸を揺らし……もとい。胸を張るエリナさんから気合で視線を逸らし、意識を戦闘に切り替える。
彼女の予想通り、耳をつんざく轟音が聞こえ始めた。恐らく、ホロファグスが進路上の家を破壊しているのだろう。
路地を粉塵が埋め尽くし、自分達の前方に土煙が立ち込めた。崩れ去った家の残骸が、通路に広がる。
それらを踏みつけ、邪竜は7つの首から雄叫びをあげた
『■■■■■■■■───ッ!!』
白蓮が盾を構えて前に立つ中、地面を強く蹴って飛び上がった。
読んでいただきありがとうございます。
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