第百三十八話 いつも通りの
第百三十八話 いつも通りの
『白蓮』の試運転も済み、数日。
9月も中旬になり、気温が突然下がり始めた。と言っても、まだまだ日中は暑い日もあるのだが。
そんな中、学校の昼休み。教室にて。
「え、バロメッツの肉ってもう販売開始したんですか?」
「はい。そうらしいですよ」
それぞれの机をくっつけ、2対2で向き合う様にして昼食をとっていたのだが。
意外なニュースが愛花さんからもたらされた。
「各省庁の安全基準をクリアしたとかで、今朝から各地のスーパーで売り出されたそうです」
「はぁ……アレの検査って、どこの庁の担当なんですかね」
「さあ。ただ、5つ以上の省庁が関わっている様でしたよ」
思い出すのは、木になっている状態の山羊の姿。
カニに似た味とは聞いていたが、遂にアレが食卓に並ぶのか……。
「アタシも行く前にニュースで見たぞ。でも、なんか『危ない物食わせんな』って人も多かったが」
爆弾おにぎりを、チビチビと食べながら雫さんが喋る。
「気持ちはわからんでもないが、国が大丈夫って言ったんなら大丈夫とは思うんだがな」
「たしか、実際に農林水産大臣や内閣府特命担当大臣もテレビの前で美味しそうに食べていましたし。安全面は本当に大丈夫なんでしょうね」
「まあ、元々自衛隊の人達が鍋にして食べたって噂もあったぐらいですから」
「なんだその噂……」
「鎧を鉄板や鍋代わりにしたそうです」
「……中世?」
愛花さんと雫さんが真顔で困惑する。そりゃそうだ。やはり、この噂はデマだろう。
「あ、そうだ。ダンジョン内で野菜とか米とか栽培するって話、どうなったんですかね」
「テレビで続報は聞きませんけど、順調に進んでいるってダンジョン庁のHPには書いてありましたよ?」
「マジか。なんでもやってんな、ダンジョン庁」
「……いつ寝ているんですかね、ダンジョン庁の人達」
「……さあ」
官僚はブラックって、本当なんだなぁ……。
しかし、無駄に増えているダンジョンを活用できるというのは、朗報である。
これまでスキルやドロップ品を使った魔道具などで、どうにか経済的な損失を取り返そうという動きは官民であった。
魔道具を使い、発電施設における大規模なコストカットを実現出来ないか、とか。
空間魔法やそれに関する魔道具を使い、物流業界に革命を起こせないか、とか。
人手不足の農家さん達にゴーレムを貸し出して作業効率を上げられないか、とか。
そう言った色んな人の努力のおかげで、自分達はこうして日常を続けられている。
……まあ、最後のは『錬金同好会』が当然と言わんばかりに絡んでいるわけで。
何故か配布された作業用ゴーレムの見た目が、妙齢の美女や美少女だったりで、物議をかもしているけども。
被告人、もとい同好会は『余っていたパーツを組み合わせたらこうなった。他意はない』と弁明している模様。何があれって、創設の理由が理由だから否定しきれないのが……。
人権団体などの様々な団体から抗議の声があがったものの、千葉県にあるという工場以外明確な拠点と呼べる物がない組織である。その工場も、基本的に専用ダイヤル以外は通じないのだとか。
結果。太いパイプがある事で有名な『ウォーカーズ』へ、代わりとばかりに電話が殺到しているらしい。
閑話休題。何か山下さんが死んだ目で奇声を上げている姿が浮かんできたが、ただの幻である。
とにかく。自分の様な一般人からすれば、物価が下がったり物流が良くなるのなら万々歳だ。
しかし、ここまでエリナさんが妙に静かである。
元々口に物が入っている時は絶対に喋らない人だったが、それにしてもおかしい。
疑問に思いながら、視線を隣に向けると。
「皆!近所のスーパーはもう売り切れらしいけど、通販で買う事ができたよ!今度うちで鍋パしようね!鍋パ!!」
「判断が早い」
スマホ片手に、それはもう良い笑顔を浮かべていた。目が照明器具なみにキラキラしている。
* * *
「と、いうわけで。近々夕食をご相伴させていただくかと」
『HAHAHA!ウェルカムだとも京ちゃん君!当然、最初の1口目はゲストの君に譲ろう!』
「言っておきますけど、僕って毒も病気も効かないから毒見役に向いていませんよ」
『はぁぁ、つっかえ』
盛大なため息がイヤリング越しに聞こえてくる。うーん、この残念女子大生。
「大人しく1口目どころか1匹目をどうぞ」
『くっ、こんなか弱い私にそんな事を……いや匹は多くないかなぁ!?あれ可食部は普通の山羊と同じぐらいだったよねぇ!?』
「ちっ……」
『ナチュラルに人の胃袋を破裂させようとするんじゃない……!そしてツッコミ役を私に押し付けるな。君の仕事だろう』
「仕事ではありませんが?」
ダンジョンストアにて、エリナさん達を待ちながらアイラさんとだべる。
暇つぶしに近くの掲示板を眺めているのだが、バロメッツの肉や『マンドレイクのぬか漬け』なんかのチラシが貼ってあった。
……マンドレイクって、ぬか漬けにして食べられるんだ。
「あと、たぶん雫さん達も行くので覚悟しておいてください」
『ふっ……その日は腹痛になる予定だから、君達だけで楽しんでくれたまえ』
「安心してください。胃袋が丸ごと消し飛ぶ様な重傷でも治してみせます」
『くっそ、無駄に出来る事が多い奴だな!』
「恐縮です」
『褒めてぬぁい!!』
もう『心核』の事はぶっちゃけているので、周囲にさえ聞かれなければ普通にこういう事も言える。
いやはや。隠し事が減るのは気分が良い。
「お待たせー!なんの話してたのー?」
「アイラさんがバロメッツの肉とマンドレイクのぬか漬けを食べるって話」
『マンドレイク?え、待ってマンドレイクのぬか漬け?……マンドレイクって、ぬか漬けで食べられる物だったんだ……?』
「おー!流石っすパイセン!マジリスペクトっす!!」
『そ、そうかな?そうだな!なんせ私だからな!!』
「よ、大統領!末は社長か県知事か!」
『ハーッハッハッハ!事実とは言えそう褒めてくれるなよ!』
「いや降格していってません?」
本人が嬉しそうだから良いけども。
「バロメッツ……カニ……海鮮……姉さんの女体盛り!?」
「落ち着いてくださいバカ」
「はっ、すいません。つい……今バカって言いませんでした?」
「気のせいです」
発想の飛躍が激しい残念女子大生その2の視線を受け流し、ゲート室に目を向ける。
「じゃ、行きましょうか」
「待って!先にマンドレイクのぬか漬けも注文しとくから!」
『いや、冷静に考えて何故私がそんな謎の物を食わないといけないのだ!?』
「吐いた唾は飲み込めませんよ、アイラさん」
「姉さんの……唾……!?」
「中学生かこの残念女子大生その2」
目を見開く可哀そうな生き物に、頭が痛くなってくる。
どうして……この人はどうして、こうなってしまったのだろうか。
母親の裏切りや、家族との心の距離。そういった環境が、この悲しき怪物を作ってしまったのかもしれない。
姉が姉なので、ナチュラルボーン残念の可能性はあるが。
「よし、予約できた!楽しみにしててね、パイセン!」
『すぅぅ……その日はアテクシ、塾のお勉強がありましてよ!ごめんあそばせ!』
「は?姉さんが塾に通う様な人なら、私はここまで拗らせていませんけど?」
『え、なんかごめん……』
拗らせている自覚はあったのか……。
一瞬でガチトーンになったミーアさんから目を逸らしつつ、今度こそゲート室に足を向ける。
「なんか、探索前から疲れた気がしてきた」
「どうしたの京ちゃん。寝不足?」
『なんだ京ちゃん君。夜遅くまで発電作業でもしていたのかね?このへんたーい』
「塾の話、教授にお伝えしますね」
『待って!?』
「京太君の、こっそり発電……!?」
「節操ねぇのかこの残念」
「ほえ?京ちゃん、電気出せるの?」
「え、いや……出そうと思えば」
「凄いね京ちゃん!人間発電機だ!」
エリナさんの純粋な目が痛い……!
自分はなんて汚れた生物なのだろう。この残念姉妹ほどではないが、恥ずかしい存在に思えてきた。
そんな事を思いながら、受け付けを通り白いゲートの前に立つ。
いい加減ミーアさん達も切り替えた様で、いつも通りに準備を進めた。
そう、いつも通りだったのだ。
いつも通り、学校へ行って。いつも通り、友人達とたわいのない話をして。
いつも通り、仲間達とバカな話をして。いつも通り、ダンジョン探索を開始して。
いつも通り、『未来』の約束をしたのだ。
───この日、あんな事が起きるなんて。
白い扉を踏み越えた瞬間は、思ってもみなかった。
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