第百三十七話 白蓮無双
第百三十七話 白蓮無双
「いや、違くてですね。あれは知的好奇心故の質問であり、決して下心などなかったと言えなくもない事で」
などと。情けない言い訳をほざく残念女子大生その2を無視して探索していく事、約1時間。
途中で出口付近にもマーキングを済ませ、教授に言われていた地点を目指す。
しかし、ここの出口付近に設置された自衛隊の派出所の形は少し変わっていた。
定期的にダンジョンが水に浸かるからか、周囲の壁は高く建物も高床式倉庫みたいな事になっている。
鉄筋コンクリートの柱で支えられた、本来なら1階部分と言える場所にはゲートが存在するはずなのだが、ストアの情報曰く建物内部にあるらしい。
ゲートは硬い物で覆われると付近に転移する。その性質を利用して、どうにか上の方まで移動させた様だ。
閑話休題。それはそれとして、『白蓮』の試運転は順調すぎるほど順調に進んでいる。
* * *
『ジィャァァッ!』
低い雄叫びをあげ弾幕を張る4体のペルーダ。猛スピードで迫る針を左右のステップで回避し、避けきれないと判断した攻撃のみ盾を斜めにして受ける。
正面からそうして距離を詰めた白蓮に、前列の2体が喉を膨らませたかと思えば炎のブレスを吐きかけた。
それに対し、白い騎士は勢いそのまま前方斜め上に跳躍する。
泥の地面を赤い炎が這う中、ペルーダ達を見下ろす白蓮。空中ならば回避不可能と踏んだのか、ここぞとばかりに多数の針が射出された。
だが鎧の各所から風が放出され、三角飛びの様な軌道からのバレルロールにて回避。着地の瞬間に足を下側に向け、後列左側の個体の尾を踏み抜いた。
すかさず右側の個体へと斬りかかり、長剣が尾を切断する。立て続けに2体が絶命し、前列も後ろへ振り返ろうとした。
だが、やはり遅い。鈍重な動きでは白蓮についていく事はできず、すれ違いざまに銀色の光が2閃。
残されたペルーダ達の間を駆け抜けた白蓮が振り返り残心する頃には、全ての個体がその巨体を泥の上へと投げだした所だった。
4つの塩山が出来上がり、エリナさんの頷きも確認してから騎士の元へと歩き出す。
「戦闘終了。今回も白蓮は無傷です」
『ふっ……あまりにも速い動き。私だと見逃しちゃうね……!』
「そうですか」
『エリナくぅん!京ちゃん君が雑だよ~!』
「よしよしパイセン!後で一緒に遊ぼうね!」
『わ~い!』
あやし方が子供に対するやつじゃねぇか。
内心でツッコミをいれるも、イヤリング越しに残念女子大生が『ヘイカモン!』と待ちの構えな気がしたので、口には出さない。
ガンスルーを決め込み、白蓮の肩に触れ魔力を供給した。
「一応色んな動きをする様には言っていますが、同じ相手だと段々ワンパターン化しますね。サナさんの参考になっているんでしょうか?」
『京ちゃん君が本当に冷たい……。オッホン!戦闘の光景が似ていても、全ての動作が同じではないからね。行動パターンの学習としては、役に立っている……はずだ』
「自信なさげですね」
『だってこういうの専門外だからな!私の専門は考古学だし。歴史学や人類学にも手を出したりはするが』
「それもそうですね」
運動とコミュニケーション以外、だいたいの事は出来る人なので何が専門なのか忘れそうになる。
よく考えたら、有栖川教授の研究室にいるのだからその辺りが専門で当たり前だった。
『だが、それなら今度はもっとアクロバットな戦闘を見せてほしいな!白蓮君にも余裕がありそうだし!』
「だ、そうだ。頼めるか、白蓮」
随分とふわっとしたオーダーだが、白い兜は小さく頷く。
まあ、破損の危険があると判断したら自分が突っ込めば良い。このランクならエリナさん達も敵の攻撃を自力で対処できるし、サナさんは『右近・左近』が全力で行う。
全体的に余裕があるのは事実だ。試運転なのだし、『とりあえずやってみる』の精神も大事だろう。
……ないだろうが。流石に、もうないだろうが。
まぁた氾濫に巻き込まれたりしたら、否が応でも無茶をする事になる。その練習と思えば良い。
いや、いくら何でもこれ以上厄介事に巻き込まれるとは、思えないんだけどね?念には念を入れよって、昔の人も言っていたから……。
そんな事を考えていれば、木々を抜け開けた場所に辿り着いた。
「これが……」
遮る物もなく、偽りの陽光を受ける『船』に感嘆の声を漏らす。
見上げる程の巨大さ。前に自衛隊のお祭りで護衛艦とやらを見た事があるが、あれよりも更に大きい。
泥に4分の1を埋める様にして、横転する船。木製の船体は大半が苔に覆われ、何かに食い破られたかの様な大穴が各所に空いている。
5本あったのだろうマストも1本を除いてへし折れ、帆も朽ち果てていた。どの様な旗が掲げられていたかもわからない。
竜を模した船首も苔で半分以上覆われ、罅割れていた。
かつてはさぞ立派な帆船であったのだろうが、今はただのオブジェと化している。
その威容に感動と若干の寂しさを抱くが、イヤリング越しに聞こえてきた元気な声でそういった感傷は吹き飛んだ。
『うむ!!自衛隊の資料は既にババ様経由で見せてもらっていたが、気になっていた箇所があったからな!研究室で調べるから、バンバン撮ってくれたまえ!』
「了解。エリナさん、白蓮を置いていきますので、索敵をお願いします」
「左近とサナさんもお願いしますね」
「ほいほーい!」
エリナさんからカメラを受け取り、手鏡も取り出して剣帯に装着する。そして、フリューゲルを使って浮き上がった。
そのまま上空からの姿を撮った後、周囲をぐるりと旋回する。
「しかしこれ……ノアの箱舟とかじゃないですよね?」
カメラを船体に向けたまま、アイラさんに問いかける。
『恐らく違う。十中八九、これは戦艦だ。砲は取り外されているが、元々は側面にズラリと並んでいたのだろう。空間魔法で何かしていた可能性もあるから、移住船の可能性を否定しきれんがね』
「はあ。でも、これだけの魔法技術があるのに帆船なんですね」
ダンジョンに遺されている技術だけでも、アトランティス帝国の文明の高さが窺える。
現代文明でも再現できない様な代物を多数残しているのに、なぜ帆船なのか。
『私達の常識で考えてはいけないよ。この戦艦が打ち捨てられる時まで前線にいたとは限らない。もしかしたら、どこかに展示されていた可能性もある』
「あっ」
『それに、彼らの技術体系は地球のそれとは似ている部分はあれど根本が違う。魔法という動力があったのなら、エンジンでスクリューを回す以上の速度を出せたかもしれない』
「言われてみれば……」
確かに、自分達の常識で測れる相手ではない。錬金術が、本当に金と命を生み出す様な文明だ。
それに、この船が博物館にあったのをわざわざ移動してきた可能性もある。
彼女の言う通り、『ただの帆船』と侮る事はできない。
「すみません、浅はかでした」
『構わんよ。君の仕事は私の手足となる事だし、何よりそうして疑問を言葉にする事は大切だ。今後も気になった事があったら、なるべく口に出してくれ』
「ありがとうございます」
『では、そろそろ船内を頼むよ』
「了解しました」
船体に空いた大穴から中に入り、内部を撮影していく。
普通これだけ荒れ果てていれば、中に虫やら何やら溢れていそうなものだが……。ダンジョン全般に言える事だが、そういった存在は見かけない。
これもゲートの効果か、それともダンジョン内の居住者用の術式の影響か。
ボロボロの廊下を踏まない様に浮遊しながら、今しがた気になった事を問いかけようとして。
『敵襲。船首側、ペルーダが5体こっちに向かって来ているよ』
イヤリングから聞こえてきた、エリナさんの鋭い声に思考を切り替える。
「っ、了解。そちらに戻ります。アイラさん、良いですね」
『うむ、致し方ない』
船体の穴から飛び出し、エリナさんのいる場所へ向かう。
上からは木々でよく見えないが、魔力の流れで敵の居場所を把握。
相手にも気づかれた様で、枝葉を撃ち抜き数十の針が飛んでくる。
「おっと」
『のぉ!?』
上体を仰け反らせて1本目を避け、そのまま宙返りする様に体を上下入れ替え急降下。射線から逃れる。
鏡をつけたままだったせいで、アイラさんが呻き声をあげた。慌てて手鏡を掌で覆いながら、ゆっくりと着地する。
あんまり視界を繋げたまま飛ぶと、この人酔ってしまうからな。
手鏡をしまい、エリナさんの隣。白蓮の背後につく。
「状況は」
「あと少しで交戦距離かな」
「では……白蓮」
鉄製の背嚢越しに、騎士の背中へ触れる。
「行ってこい」
───ォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!
魔力を流し込みながら指示を出せば、白蓮の内部から低い駆動音が雄叫びの様に響く。
刹那、白い鉄靴が泥の地面を勢いよく蹴り飛ばす。爆発でもした様に飛び散る泥を風で掻き分ければ、既に騎士の背中は数十メートルも遠くにあった。
盾を構えて突撃する白蓮。そこにペルーダ達の放つ巨大な針が迫る。
……?白蓮のやつ、なんで盾を傾けずに───。
ガゴォン!!
重く響く金属音と共に、タワーシールドの角と針が接触。いくら白蓮の膂力が高いとは言え、衝撃で体が傾く。
バランスを崩したかに見えた白騎士は、そのまま体を横回転。
持っていた盾を、思いっきりぶん投げた。
「は?」
思わず気の抜けた声が出るが、状況は自分などお構いなしに進んでいく。
迎撃が間に合わなかったのか、中央のペルーダに盾が直撃。その最中も走る白蓮へ、他の個体から多数の針が放たれる。
だが薄くなった弾幕の中を、騎士は巧みなステップで進んでいく。長剣を両手で握り、刀身を肩に担ぐような姿勢で突っ込んでいった。
まさかの足捌きのみで針の壁を踏破する白銀のゴーレムへ、4体のペルーダが同時に炎を吐き出す。
瞬く間に全員の姿が深紅に包まれたが、それが晴れたのも一瞬であった。
『概念干渉』で燃え上がる炎を刀身で巻き取り、砲丸投げに似た動きで回転しながら右端のペルーダへと叩き込む白蓮。
分厚い刀身は容易く蛇の首を刎ね飛ばし、止まることなく左前脚を切断した。
バランスを崩したそのペルーダへ、白蓮の蹴りが炸裂する。爪先が倒れかけの胴体へ滑り込み、力技で横転させた。
頭が盾に潰された個体も復帰し、4体が味方ごと仕留めんと針を乱射する。
白蓮はもがく首と足を失ったペルーダの腹に体当たりをしたかと思えば、全身から風を放出。
出力に任せて泥の上を押し出し、他のペルーダ達に接近。肉薄するや否や、回し蹴りでその巨体を射出したのである。
手前の個体が避ける事もできずに潰され、動きを止めた瞬間に白蓮が剣を閃かせた。
1撃で2本の尻尾を切り落とし、折り重なった2体を盾にして回り込む様な軌道で残りに接近する。
慌てて方向転換するが、首無しの個体があっという間に尾を切り飛ばされた。残り2体。
方向転換を終えたペルーダ達が、生えた先から針を射出していく。苦し紛れの猛攻に、白蓮は『S』字を描くように後退。大木を盾にすると、振り返らずに跳躍して幹の高い位置へ足裏をつけた。
瞬間、砲弾の様に自身の体を射出する。即席の盾にしていた眼前の幹をバレルロールで避けたかと思えば、袈裟懸けの斬撃でペルーダの首を切り落とした。
盛大に泥を跳ね上げながら着地すると同時に、返す刀で先の個体の尻尾を切断する。
だが、残る1体が尻尾を泥に埋めながら、強引に方向転換。白蓮を正面に捉え、大口から毒と酸のブレスを吐こうとする。
その寸前で、騎士は持っていた剣を口腔へと投擲。上顎が粉砕され、ブレスは上方向に少しだけ漏れただけだった。
衝撃でふらついた最後の1体をよそに、白蓮は先ほど仕留めた個体の胴に組み付く。
塩へと変わり始めたばかりの、まだ十分に頑丈なその体。2トンはあろう巨体を持ち上げ、残る1体に叩きつけた。
大質量の直撃に、そのペルーダは横転。泥の中に隠していた尻尾が出て来た瞬間、白い籠手が鷲掴みにする。
そのまま、両手の指先をしっかりと食い込ませて固定。背筋を伸ばし、左足の踵を根本へと打ち込んだ。
ぶちり、と。長い尾が引きちぎられる。泥と返り血を浴びた白い鎧の騎士は、持っていた尻尾をぞんざいに放り捨てた。
最後にこびりついた汚れを風で吹き飛ばしながら、濡れた犬の様に体を震わせる。
そんな戦闘風景に唖然としていると、ゴーレムはこちらに顔を向けたままエネルギー切れで動かなくなった。
「え……ええ……?」
「周辺に敵の気配なし!びゃっちゃん大勝利ー!」
開いた口が塞がらない自分の横で、エリナさんが元気に勝利宣言をあげる。
いや、勝ったは勝ったけど……なに、この……なに?
蛮族?
「あれか……『もっとアクロバット』ってオーダーのせいで」
『なんだね。何が起きたんだ?右近君は今到着した所だから、さっぱりなんだが』
「お待たせしました!って、もう戦いは終わった様ですけど」
船から出て来たミーアさんと右近が合流する。
「と、とりあえずドロップ品の回収と、白蓮の補給をしてきます」
「そうですね。右近、頼みます」
どこであんな動きを覚えたのかと疑問に思いながら、白銀の肩に触れて魔力を流し込む。
再起動した白蓮と、ドロップ品の大きな金貨を掌に載せた右近を連れて彼女らの元へ戻った。
「なんだったんだ、さっきの動き……」
「たぶん京ちゃんの真似だね!」
「えっ」
ご立派なお胸様の下で腕を組みながら、自称忍者がしたり顔で頷く。
「いやいや!僕あそこまで物投げまくったり、足癖悪くないはずですけど!?」
「そこは東京事変の時に見かけた、『Bランク候補』達の戦い方を参考にしたんだろうね!」
「じゃあ、最後モンスターをぶん投げたのも……」
「いや、あれは京ちゃんだね」
「僕そんな事したっけ!?」
「偶にやるよ」
「偶にやりますね」
『たしかやった気がする』
「あれぇ」
そんな『頭うんばば』な事したっけ……?
……たまーに、したかも?
「ま、まあ。それはともかく。今後はもっと普通に戦うように」
こちらの言葉に、白蓮が鎧を鳴らしながら頷いた。
回収した盾と剣をミーアさんの水氷魔法で洗ってもらい、再び白銀の腕に持たせる。
今の戦いは、参考にさせて良いものだったのだろうか……。
一抹の不安を覚えながらサナさんを見れば、相変わらずの無表情が出迎えた。
心なしか視線の圧が強く感じたので、指先に魔力を集めながら鳥籠の隙間に差し込む。すると、すぐにそこから魔力を吸い始めた。
……この子、前より食い意地はってない?
白蓮に何度も大量の魔力を与えるのを見ていたからか、サナさんが『もっと魔力を要求して良いな』と判断した気がする。
「……色々と、悪い参考になっていたりしません?今回の探索」
『さっぱりわからん!まあ、どんなデータも使い様だ。実験に無駄など存在しないのだよ!』
もっともらしい事を言うアイラさんに、頬を引きつらせる。
サナさんのこのがっつき様だと、有栖川邸に通う頻度を増やさないといけない気がしてきた。
それから30分ほどかけて船の内と外を撮影し、エリナさんの転移で帰還。
報酬的にも、白蓮の試運転としても満足のいく探索であったが、サナさんの教育に良いものだったのかは不明である。
あと、『そちらに伺う頻度が上がるかもしれないので、サナさんを家で預かりましょうか』と教授に提案したが、凄く良い笑顔で『遠慮せずに有栖川邸へ来てください。なんなら、泊まってくれても構いませんよ』と言われた。
……紳士だと信頼されているのか、術者として信用されていないのか。
その疑問を口に出したところ、『私にもわからん』と残念女子大生に決め顔で言われた。
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