第百三十六話 乗船拒否されたモノ
第百三十六話 乗船拒否されたモノ
視覚は天国、理性は地獄なパーティーが、世界的なビッグニュースでお開きになった後。
世間は当然、中国で起きた出来事に騒然となった。
例の『イスティオ』を名乗る集団は、どうも『トゥロホース』とは本当に関係がない様で、何なら日本人でもなかったらしい。
日本の企業で働いていた中国人が、覚醒後に中国へ帰った後の事。つまり、日本はほぼ無関係である。
それが国際的に証明され……ては、まだないが。容疑者達の身元はまだ中国軍で拘束されており、写真以上の証拠はないわけだし。
だがそれでも、日本への風当たりは多少マシになったとアイラさんが言っていた。
だが、1度再熱した『覚醒者危険論』は未だ激しく、海外では反覚醒者運動が盛んになっている。
今回の件は関係なかったが、中東での騒ぎに日本の覚醒者が関与しているのは確かなのだ。噂では、ジェノサイドも行われていると聞く。
自分の周りでは幸い起きていないが、覚醒者による通り魔事件も度々ニュースに出るのだ。
ダンジョンへの対策として必要だからか、日本ではそれほど反覚醒者運動は活発ではないけれど……『トゥロホース』被害者の会を始め、覚醒者に恨みを持つ人は少なくない。それだけの理由は、十分にある。
まだまだ、覚醒者と非覚醒者の溝が消える事はなさそうだ。いや、世界中の人間がどちらかになるまで、なくならないかもしれない。なんせ、人種や宗教での戦争だってまだ続いているのだから。
と、色々と小難しい事を考えても、自分の日常は普段通り進んでいる。
今日は月曜だが、祝日という事もあって再びダンジョンへとやってきていた。
ただしランクは『C』。まだ『Dランク』であるアイラさんのレベル上げというわけでも当然なく、今回は改修した『白蓮』の試運転が主な目的である。
『諸君、用意はできたかね。トイレには行った?忘れ物は?心の準備もOK?』
「OK!!」
「はい、問題ありません」
「同じく、大丈夫です。『水上歩行』の魔法も今かけましたので」
白いゲートの前で、最終チェックを終えてイヤリング越しにアイラさんへ答える。
普段と違うのは、白蓮の専用ボディと『右近・左近』の体に『竜牙の粉』を混ぜ込んである事。
そして。
『サナ君の事もよろしく頼むよ。くれぐれも怪我などさせない様にね』
「はい」
サナさんを連れている事である。
左近は今回刺す又を持たず、盾と鳥籠のみを装備。相変わらずの無表情で、小さな精霊が静かにこちらを見つめている。
「しかし、本当に必要なんですか?」
『わからん。なんせ、例の『保険』は初めてだらけだからな。我々がパイオニアとなる。故に何か役に立ちそうだと思ったら、とりあえずやってみようってだけさ』
「まあ、そういう事でしたら……。サナさん、今日はよろしくお願いします」
そう言って腰を曲げて視線を合わせれば、無口な精霊はコクリと頷いた。
「では、行きましょう。それぞれ肩に触れてください」
自分の肩にエリナさん達が手をのせ、ゴーレム達もそれぞれ繋がる。左近のみ、ミーアさんがもう片方の手で触れる形だ。
深呼吸を1回。ゲートの内側へと、足を踏み入れる。
ブーツ越しに伝わる、舗装された道路でも踏んだ様な感触。しかし、それはミーアさんの魔法の恩恵によるものだ。
実際の地面はぐっちょりと濡れており、所々に水たまりが見えている。
雨が降った後、どころではない。長い時間水に浸かっていた地面であり、その影響か本来ならかなり足をとられる。
ストアの情報には、フル装備の自衛隊員が膝まで地面に埋まってしまった……と、書いてあった。
そんな、湿気が強いダンジョン。周囲を見渡せば、背の高い木がズラリと並ぶ森がある。
マングローブとも違う、不思議な木々。しかし水にも泥にも強いようで、太く立派に育っていた。青々とした葉の隙間から、偽りの太陽光が注ぐ。
晴天を模した偽物の空が、ドーム状に覆ったダンジョン。あのドームの先にも、異世界が続いているのだろうか?
あるいは、ここは地下深くであったり、深海であったりする可能性もある。そう考えると、少しだけゾッとした。
そんな不安を振り払い、剣を抜いてアイラさんへ念話する。
「ダンジョン内に入りました。これより探索を開始します」
『うむ。気を付けたまえよ』
「了解」
白蓮、自分、エリナさんとミーアさん、そして左近。最後尾に右近の並びで歩き出す。
木々の間隔は広く、ギリギリだが車がすれ違える程だ。枝の位置も地面から5メートルはあるので、剣がぶつかる心配はない。
今回、白蓮の装備はタワーシールドと長剣である。前におまけとして貰った剣だが、中々の名剣だ。切れ味も強度も問題ない。
常人なら両手で使う様な剣と盾だが、白蓮は軽々と同時に携えている。機械的に歩くその背中を横目に、左右へ視線を巡らせた。
エリナさんがいるとは言え、今回の敵は遠距離からの攻撃手段を持っている。サナさんがいる以上、油断はできない。
そうして進む事、約30秒。木の幹に巻き付けられた布と、そこに書かれた文字を発見する。
「アイラさん。自衛隊のペイントを発見しました。『G-5』、太陽っぽいやつの位置は、自分達から見て4時の方角です」
『うむうむ。ちょっと待ってくれよ……。あった。そこからだと、10時の方向に進んでみてくれ。『H-9』というペイントがあるはずだ』
「わかりました。10時の方向へ移動します」
そうして足を言われた方向へ向け、更に20秒ほど。
エリナさんが鋭い声をあげる。
「敵だよ。数は3体。正面……ううん、少しだけ右斜め前から接近中」
「了解。白蓮、手はず通りに」
こちらの言葉に、白い兜が小さく頷く。
今回は、基本的に白蓮のみで戦う予定だ。危険と判断したら自分も動くが、このランクなら魔力切れ以外は問題ないはず。
さて。『錬金同好会』の言っていた『ゴーレムの反応速度の向上』。どれほどのものか。
立ち止まって木々の向こう側に目を凝らしていれば、遂に敵の姿が見えてくる。
距離はおよそ60メートル。普通ならまだ遠い。
だが、既に敵の射程距離に自分達はいる。
───バシュッ!
空気が勢いよく抜けた様な音がしたかと思えば、高速でこちらに迫る幾つもの槍……否、『針』。
人の腕ほどもある長さと、親指と同等の太さをもったそれらが、時速300キロ以上で飛来する。
それに対し、白蓮も前進。盾を斜めに構え、飛んできた針を受け流す。
自分達への直撃コースがない事を確認し、敵の観察に移った。
ずんぐりとした太く、皮の厚い足。体格はサイやカバ程もある。魔力を足場にせねば、すぐに泥の中へ沈んでしまう程の巨体。
緑色の皮膚で覆われた四肢と、胴体のシルエットは亀に近い。だが胴を覆うのは甲羅だけではなく、その上からライオンの様な体毛が生えていた。
それを掻き分ける様に、長く鋭い棘がハリネズミの様に生えている。あれこそが、飛んできた針の正体だ。
重厚な肉体から伸びる、しなやかな首と尻尾。蛇のそれを彷彿させ、ぎょろりと黄色の目を輝かせる頭がこちらを……より正確には、背後のエリナさん達を睨みつけている。
『ペルーダ』
ノアの箱舟に乗船拒否されながら、かの大洪水を生き残った竜。
しかしその最期はそこらの青年によって、恋人を守る為に殺されたという伝説が残っている。
その怪物に酷似したモンスターが、このダンジョンを根城にしていた。
『ペルーダは穢れなき乙女を好んで食べるらしい。3人とも気を付けたまえよ。いや、サナ君も含めて4人か?いやぁ、私はその場にいなくて良かった』
「私達処女だもんね!」
「エリナさん、もっと慎みを……!」
「戦闘に集中してください」
あとナチュラルに人を『乙女』に含めたあの残念女子大生は、後で絶対にしばく。
自分達がアホな会話をしている間に、戦闘は進んでいく。
針が1秒に1発のペースで3体の怪物から放たれる中、白蓮は突進。盾の頑丈さを活かし、強引に距離を詰めていった。
30メートルを超えた辺りで、1体が針を飛ばすのを止め蛇の様な口を大きく開く。
瞬間、そこから大量の炎が吐き出された。
深紅の猛火は鉄すら溶かす。それに対し、盾に組み込まれた『魔力変換』が発動。風で炎を逸らしながら、白蓮は剣を振りかぶった。
『概念干渉』により炎が刀身に纏わりつく。強引に間合いをつめた騎士が、丸太の様に太いペルーダの首を切り落とした。
左端の個体が頭を失うも、なんとその状態で体当たりを繰り出す。白蓮はそれを盾で受け止めると、全身から風を放出。残っていた炎や迫っていた針を吹き飛ばし、強引にペルーダの体をひっくり返した。
泥の中に轟音をあげて倒れた怪物の尻尾へ、容赦なく白い鉄靴の踵が振り下ろされる。
緑色の鱗が割れ、尻尾の根本が踏み潰された。
あのペルーダという怪物は、頭を潰されたり心臓を抉り出されても止まらない。だが、尻尾を破壊されると死ぬ。
こうして魔力の流れを視れば、尻尾を基点にして魔力が全身を巡っているのがわかった。それでも、納得のいき難い謎の生物である。
1体目を倒した白蓮へ、残る2体が方向転換し体を向けようとした。だが、遅い。
ペルーダは硬い上に攻撃力も高い怪物だ。しかし、その動きはこのランクにしては鈍重である。
体を捻る様にして横回転し飛来する針を避け、弧を描くような軌道で疾走する白蓮。旋回速度が間に合わず、2体目のペルーダが尻尾を切断された。
だが、流石の生命力といった所か。倒れながらもその個体が口から大量の毒霧を吐く。
強力な酸でもあるそれは、周囲の木々をあっという間に侵食。幹が削られ、ミシミシという音と共に大木が2、3本へし折れた。
一瞬だけペルーダと白蓮の姿が緑色の毒霧に覆われるも、疾風が内側から吹き荒れる。
開けた視界の中、最後の1体が猛然と牙を剥き白蓮へと噛み付きにいくのが見えた。
だが長く鋭い牙はシールドバッシュにより打ち砕かれ、間髪入れずに長剣の切っ先が左前脚の関節を貫く。
バランスを崩しながらも、ペルーダは針を発射。だが跳躍した白蓮を捉える事はできず、空を切った。
数メートル跳び上がった白い巨体が、風の放出で急降下。泥が高々と舞い上がる中、白銀の刃が振り下ろされる。
剛腕から繰り出された一刀は、銃弾すら弾く鱗を容易く切り裂いた。蛇の様な尻尾が泥の上をのたうち、すぐに動かなくなる。残された胴体もまた、力を失ってどちゃりと倒れ伏した。
「交戦終了。エリナさん、他に敵は」
「近くにはいないよー」
「了解。では白蓮の所へ向かいます」
一応周囲を警戒しながら進めば、泥の上にはこんもりと塩の山が3つ出来上がっていた。
そして白蓮はと言うと。
「……魔力切れ寸前、か」
性能を少しでも上げようとした結果、白蓮は燃費がすこぶる悪い。
そこに『魔力変換』も加わって、1回の戦闘で残存魔力は3割を切っていた。
だが、これでもマシな方である。肩に手を置いて、魔力を補充した。
『いやぁ、右近君の鏡から見させてもらったが……全っ然目で追えんな!』
「ええ。同好会の情報は確かだったようです。ただ、やはり『Cランク』だとテストになっているか微妙ですね」
『マジかね』
「マジです」
一挙手一投足が、間違いなく速くはなっている。だが、それが最大どこまで上がったのかが今の戦闘ではわからなかった。
白蓮の性能は、元々『Bランク』でも普通に通じていたのである。やはり『Cランク』での試運転は、安全を優先し過ぎたか?
……いや。この考えはあまりにも傲慢である。
石橋は叩くに越した事はない。ダンジョンでしか試せない事に関しては、慎重過ぎるぐらいが丁度良いと思わねば。
『というか、ほぼ動きは見えなかったのだが……もしかして、白蓮君って京ちゃん君よりも太刀筋が綺麗だったりするのかね?』
「はい。僕の太刀筋が滅茶苦茶というのもありますが、白蓮も何だかんだ歴戦ですので」
自分の『当たれば何でも良いんだよ殺法』とは違い、白蓮の動きは理にかなったものが多い。その分、立ち回りは大雑把だが。
本体である『ホムンクルスもどき』に大した思考能力はないが、しかし幾度も強敵と戦ってきたのだ。嫌でも学習する。
「きっと、自衛隊や同好会でもここまで戦歴のあるゴーレムはいませんよ」
『なるほど……是非参考にしたいが、サナ君は私と違って目で追えていただろうか……』
「ああ、それなら大丈夫です。サナさんも『精霊眼』があるので」
そう視線を向ければ、小さな精霊はコクンと頷いた。
ついでに、何だかんだサナさんは基礎スペックが高い。筋力などは子供ぐらいだが、体格を考えたらそれでも十分強いぐらいである。
たぶん、見えて触れても『LV:1』の頃のアイラさんよりは強い。何なら、今でも殴り合いで彼女を圧倒できるのではなかろうか。
『ふっふっふ。何か失礼な事を考えていないかね、京ちゃん君』
「さっき、僕の事まで穢れなき女性とカウントしてきた事を思い出していました」
『めーんご☆京子ちゃん君!』
「段ボールの刑とヘアブラシの刑、どっちが良いですか?」
『どっちも何をされるかわからなくて嫌だなぁ!?』
……まあ、うん。
エリナさんの口から『私達処女』という言葉でちょっとドキリとしたので、不問にしても良いが。
身近な異性からそういう言葉が出ると、心臓が飛び跳ねる。思春期あるあるだと、声を大にして言いたい……!キモいから言わないけども……!
「ドロップ品の回収終わったよー!」
「あ、はい。じゃあ、探索を再開します」
『うむ。頑張ってくれたまえ。……それとさっきの刑ってマジで何なんだ……?ちょっと本当に怖いので教えてほしいのだが……』
「え、両方受けたいんですか?」
『嫌だが!?絶対に嫌だが!?わかんないけど!というかわからないのが一番怖い!』
「まあ、それはさておき」
『さておかないでくれまいか!?』
「マーキングを済ませたら、教授から依頼のあった地点に向かいます。この分なら、そっちにも行けると思うので。ナビをお願いします」
『う、うむぅ。私の刑が執行されない事を祈りながら、案内しようじゃないか』
「お願いします」
そうして、再び泥の上だと言うのにコツリ、コツリと足音をたてて。
奇妙な森の中を、進み始めた。
「京太君」
「はい?」
しかし、ミーアさんに呼びかけられて一旦足を止める。
振り返れば、彼女はとても真剣な顔をしていた。いったい何事かと、小さく息を飲む。
桜色の唇が、重々しく言葉を発した。
「さっきの刑、どっちの方がエッチですか……!?」
「真面目に探索しますよ。残念2号」
真剣に聞こうと思った自分がバカだった。
読んでいただきありがとうございます。
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