閑話 それぞれの思惑
閑話 それぞれの思惑
サイド なし
時は、ほんの少し巻き戻る。
「大変な事になったわね……」
中国、万里の長城付近。
その近くの森で、3人の少女がキャンプをしていた。
「まさか、『三国志セカンド!やだ、これってば黄巾の乱じゃなぁい?』が開催されるとは……日本1の才女である私の目にも見抜けなかったわ。やるわね、現代版張角。またの名をパリピちょ」
「誰が才女ですかこの日本1のおバカ様!『夏休みが終わる前に旅行へ行きましょう。本場の小籠包とか食べたいわね』と言い出したのは貴女でしょうに!!」
「過去を気にしてもしょうがない。いつだって時計の針は、前に進み続けているのだから……」
テントの設営をしているエルフ耳の少女が、金槌を手に憤怒の形相で吠えた。
しかし怒鳴られた方の灰色髪の少女は一切悪びれた様子もなく、穏やかな顔で彼女を諭す。
「こ、この留年生、どこまで面の皮が厚いのか……!」
「まあまあ。私達全員旅行には賛成だったし、旅行先が中国になったのもダーツの結果なんだしさー。怒ってもしょうがないって」
「うっ……たしかに。すみませんでした」
「わかれば良いのよ。わかれば」
「それはそれとしてむかつく……!」
グルル……!と唸るエルフ耳の少女に苦笑した後、ツーサイドアップの少女は大きなリュックから携帯コンロとペットボトルの水。そして銀色のポットを取り出した。
「コーヒーでも飲んで落ち着こう。飲み終わる頃には、今後の方針も固まっているよ」
「……はあ。そうですね。この人にイラついても、仕方がありません」
「……まあ、悪いとは思っているわよ。一応」
むすっとした様子の2人に、ツーサイドアップの少女は苦笑する。
彼女の持っている銀色のポットは、マキネッタと言う直火式のエスプレッソを作る為の、縦に長いポットだった。
使い慣れているのだろう。少女は手際よくマキネッタを分解し、下部に水を注ぎ中央部にはコーヒー粉を入れて火にかけた。
それからコーヒーが出来上がるまでの間、いがみ合っていた2人が無言ながら息の合った動きでキャンプの準備を進めていく。
ツーサイドアップの少女がコーヒーをカップに淹れる頃には、彼女らも作業を終えて手を濡れタオルで拭った所だった。
「はい、どーぞ。砂糖とミルクはお好みでねー」
「ええ、どうも。……ふっ」
「なによ」
「いえ、別に」
砂糖の小袋を3つ使う灰色髪の少女に勝ち誇った笑みを浮かべ、エルフ耳の少女は何も入れずにコーヒーをチビチビと飲み始める。
「言っとくけど、コーヒーに砂糖を入れるのが本場流よ。お茶に何も入れないって言うのは、緑茶だけにしときなさいよね……!」
「ま、私のコーヒーは本場のとはだいぶ違うけどねー。色々と適当だし」
のほほんとした顔で、ツーサイドアップの少女の自分の分のコーヒーをゆっくりと飲み始めた。
ついでにチョコクッキーの缶も取り出して、それをつまみながら3人はそれぞれ口を動かす。
「さて……それで、今後はどうしよっか?」
「まずはここまでの出来事を纏めましょう。状況を整理したいので」
エルフ耳の少女が、表情を引き締め背筋もピンと伸ばす。
若干強調された豊満な胸に、隣の灰色髪の少女が苦い顔をしたが、それはきっと砂糖が足りなかったからだと全員気にしない事にした。
「色々あってうちの学校の夏休みは『後ろにずれ込み』、現在も一応休み中。1週間後から次の学期です」
「その夏休みが終わる前に、アタシ達3人で旅行に来たわけよね。行き先はダーツで決めて」
「うんうん。小籠包美味しかったよね!」
味を思い出したのか、ツーサイドアップの少女がニコニコと童女の様に笑う。
「かと思ったら、中国で反乱騒ぎ。アタシ達の泊まっていたホテルにも襲撃があったから、適当にあしらってその場を離脱」
「殺すわけにもいかないので、逃げを優先した結果ここまで来ちゃいましたね」
「どうせだから、万里の長城見たかったしね!」
「で、今に至ると……真面目に考えると、日本が邦人救出の為に動いてくれるのを待つというのが正解に思えますね」
「だけど、日本の大使館は無事かしら。あいつら、ほとんど統制が取れていなかったけど」
「まあ、反乱ってそんなもんだよねー」
のんびりと、3人はコーヒーの香りが漂う中で徐々に血生臭い話をしていく。
「いっそ、空港辺りの反乱軍?的な奴を全員半殺しにする?」
「数が多すぎるので、うっかり殺しかねないのが怖いですね……」
「それに、もしかしたら私達より強い人も混ざっているかもしれないよね。ほら、あの『トゥロホース』の残党を名乗っている人達とか」
「……あいつら、本当にそこまで強いのかしら」
灰色髪の少女が、眉を寄せながら疑問符を浮かべる。
「ほえ?でも、元幹部って名乗っていた人もいたし、強いんじゃない?」
「あの時の戦いも、城の崩壊で運よく敵幹部達の大半が行動不能になってくれましたが……正面から戦うのは、骨が折れますよ」
「それなんだけど、あいつら全員顔を覆面で隠していたでしょ?案外、偽物なんじゃない?」
「……そこまで言うって事は、なにか根拠が?」
「あるわ。アタシの勘よ」
自信満々に薄い胸を張る灰色髪の少女に、一瞬だけ2人はキョトンとして。
「うん。なら信じられる!」
「強い弱いに関して、この人の勘が外れた事はないですからね……」
迷いなく頷いて、彼女らはコーヒーをすする。
「じゃあさ、各国の救出部隊が動きやすい様にしてあげよっか」
「と、言いますと」
「どこの国もさー。怖いと思うんだよね。既存の戦術が通用しない、『戦える覚醒者の集団』が」
まるで夕食の献立でも語る様に、ツーサイドアップの少女は続ける。
「だから、その人達を排除してあげれば救出作戦も進んで、私達も夏休みが終わる前に帰る事ができるんじゃないかな?」
「……なるほど」
エルフ耳の少女が、最後の1口を飲み終えて。
「名案ですね」
「のったわ」
灰色髪の少女もコーヒーを飲み終え、ツーサイドアップの少女が自分のカップを傾け喉に流し込み。
「決まりだね」
今後の社会情勢に、漬物石サイズの石を投げ込む事が決定された。
* * *
そして、時計の針は元の位置に戻る。
「どういう事だ、赤坂君……」
「説明しろよな、赤坂ぁ……」
東京都新宿区。防衛省のとある会議室。
今回もいつものメンバーが集まり、1人のオッサンを2人のオッサンが挟んでメンチをきっていた。
具体的に言うと庁の部長職を、自衛隊の将2人が挟んでいた。
「いや……それが私にも詳しい状況はわかっておらず」
「お前の子飼いのはずだろう。例の3人は」
「ちゃんとリードは持っていたのかぁ?おぉん?」
「……アレらは、首輪を繋げられる存在ではありません」
「なぁにぃ?開き直ってんじゃ」
「ある意味『Bランク冒険者』の代表の様な存在ですので」
「じゃあしょうがねぇわ。睨んで悪かった。お前は悪くない」
「苦労しているな、赤坂君……!」
先ほどまでの剣幕から一転、丸井陸将と門倉海将が労う様に。あるいは慰める様に赤坂部長の肩を叩いた。
それを、部長は沈痛な面持ちで受け入れる。
「あのランクで、素直に……曲解も謎の独自解釈も『良かれと思って』をしないのも、『インビジブルニンジャーズ』だけです……!」
「本当に、奴らが『教授』の手駒でさえなけりゃぁなぁ」
「むしろ、『教授』だからこそ手綱を上手く握れている可能性もある」
深く頷いた3人は、それぞれ椅子に腰かけ思考を切り替えた。
「で、どうするよ。一応海自は日本海の警戒を強めつつ、陸さんと協力していつでも邦人救助に向かえる様にしているが」
「……だが、国会の方は相変わらず腰が重い。国際情勢を考えれば、無理もないがな」
「現状、他国が向かった際に日本人も一緒に助けてもらうルートになるかと。その分、金や物資で返す事になりますが」
「異世界派遣の予算から削られそうだな、おい」
「それも問題だが、今は他国の救助任せとなると……」
「ええ。例の3人を、この機会に狙う国が出る可能性があります」
彼らの頬を、一様に冷たい汗が伝う。
「国際問題になるな……」
「あいつら、絶対にタダで捕まるタマじゃねぇだろ」
「たとえ無関係の一般人を人質に取られても、平然と殴りにいく精神をしていますからね……」
赤坂部長の脳裏に、実際『反覚醒者団体』によって仕掛けられた爆弾テロを、3人娘が未遂で終わらせた一件が浮かんでくる。
あの時、犯人は最後やけになって近くの女子小学生を人質に取ったのだが。
『テロリストと交渉はするなってばっちゃが言ってた!』
『なんと卑劣な……!お嬢さん、お墓参りには毎年行きますからね……!』
『人質が死ぬより先に、あいつボコれば良いんでしょ?』
……結果的に、死者ゼロ。テレビでこの事件が報道される事もなく、穏便に……比較的、『穏便』に終わった。
そっと、赤坂部長が額を押さえる。
「間違いなく、何かしらやらかす……!」
「だろうな」
「やはり、自衛隊で救助に向かうしかないか……!」
誰も3人娘の方を心配していなかった。現地の武装集団の主力を生け捕りにし、顔写真を全員分撮ってネットにアップしているのだから当然である。
3人のオッサンは知る由もないが、現在件の3人娘は暴徒に襲われていた村を助け、そこで飲めや騒げやの祭りに興じていた。
きちんと酒は断っている辺り、謎の遵法精神である。
「……まあ、その辺りを決めるのは政治家と官僚の仕事だ。俺達はあくまで、声がかかったらすぐに動ける様にしておくさ」
「お願いします」
「では、異世界への部隊派遣はどうする?一応崩落個所の撤去作業は続いているが、それも中断して人員を回すか」
「そうした方が良いかもしれねぇな。念のため、海の警戒はしておかねぇと」
「……警戒は勿論ですが、どうにか瓦礫や土砂の撤去作業は続けていただきたい。ダンジョン庁でも、冒険者に依頼を出して陸自への負担を減らすよう努力しますので」
「あん?」
赤坂部長の言葉に、門倉海将が首を傾げる。
彼は髭の生えた己の顎を撫でながら、赤坂部長を見つめた。
「どういうこった。まさか、まだ異世界への派遣を諦めてねぇのか」
「無論です」
キッパリと、陸将と海将の視線を受け止めながら赤坂部長が頷く。
「『インビジブルニンジャーズ』によって入手した、『ドクター・テスラの研究資料』。これを使えば……上手くいけば、ダンジョンの増加を止められる」
今でも、ダンジョンの数は増加傾向にある。その解決は急務であったが、その方法は見当がつかない。
否、見当がつかなかった。
ドクター・テスラ。彼は頭のおかしいマッドサイエンティストだが、その熱意は本物だった。
彼の最期の資料には、この状況に対する解決の一手が残されていたのである。
* * *
彼が携わっていた『本来のテスラ計画』は、『テレポーテーションの実現』である。
荒唐無稽の絵空事にしか思えないそれは、しかし、かつて部分的にだが成功していた。
1943年、『フィラデルフィア計画』。
今では都市伝説として語られるそれは、しかし実際に行われていたのである。
船体を特殊な磁場で包む事により、レーダーに感知されず移動する事を目的としたこの計画は、テレポーテーションという予想外の結果を引き起こした。
当時の発案者すら予想だにしなかった事だが、しかし既に起きた事象は覆らない。実験に使用された駆逐艦は突如その場から姿を消した後、装置を停止すると再び姿を現した。
ステルス能力を軍艦に付与する実験は、軍事的により大きな成果を出したのである。
だが、犠牲もまた大きかった。戻ってきた駆逐艦の乗組員の内約9割が死亡。残り1割も船体と肉体が融合するなど、悲惨な光景が艦内には広がっていたのである。
死傷者多数により、当時のアメリカ海軍は実験の中止を決意。大統領にも秘匿されていた研究であった為、この実験に関する資料は全て闇に葬られた。
そして、その資料は激化する世界大戦と米ソ冷戦によるごたごたで、建前ではなく本当に『誰も知らないもの』になってしまったのである。
それを、『二コラ・テスラの後継者』を自称する老人が呼び起こしてしまったのである。
彼はその計画を米軍に持ち込み、大統領の承認を受け秘密裏に日本で実行した。
日本を選んだのは、単純に環境の問題である。
自国で行うにはリスキーであり、かと言って中東などでは電力や物資等を揃えるのが難しい。
そこで、先進国かつ米軍基地が複数ある日本に白羽の矢が立った。
だが実験は、またも予想外の結果をもたらす。
『異世界とのゲートが出現』。テレポーテーションどころではない。これに対し、大統領は実験の失敗に落胆するどころか喝采をあげた。
まだ、地球人が誰も足を踏み入れていないフロンティアがある。その事実が、実験の続行を決定づけた。
そうして、日本が大混乱に陥っている中。ドクター・テスラはある仮説をたてたのである。
本来あの白いゲートが繋がっていた先。現在は『アトランティス帝国』と判明した国と、日本が誤認されているという可能性を彼は考えた。
ダンジョン内の地脈と、日本の地脈は酷似している。これはゲートで繋がった影響ではなく、似ているからこそゲートの接続先として選ばれたのだと。
計画されていた中東での実験では、現地の地脈を『聖杯』の固有スキル持ちの力で変異。日本に近い状態へと変え、再度ゲートの出現を狙ったものである。
だが中東の実験は諸事情により中止。日本で地脈を部分的かつ一時的に流れを変え、再び特殊なテスラコイルを使用した。
そして、彼の仮説を証明するかのようにゲートの出現はせず、実験室が装置の起動中消えるだけという結果になったのである。
ただ、地脈の流れを変える方の装置が故障し、条件が揃ったせいで『巨人のダンジョン』が接続。『東京事変』は、この様な理由で発生した。
これにより、研究所は崩壊。職員の大半が死亡し、実験の継続はできなくなる。
だが、ドクター・テスラは『その先』も既に考え研究ノートに今後の実験予定を書き記していた。
彼は、自分の仮説を最初から疑っていなかった。調べる前から、それが『事実』だと考えていたのである。
それは科学者失格とも言える傲慢な視野狭窄か、それとも何かの天啓か。今となってはわからない。
しかし、だからこそ彼は『ゲートをどこへでも、自由に出現させる手段』についても研究を進めていた。
地球の地脈は強固であり、操る事は難しい。
しかし、異世界側の……アトランティスがあった場所の地脈は、ゲートが日本に繋がった事からわかる様に、元の形を失っている。
完成品の中身を弄るのは難しい。だが、1度壊れたモノを弄るのは簡単だ。
* * *
「旧アトランティス帝国の地脈を、一瞬でも日本と同じものに変える。そうすれば、現在出現しているゲートはともかく、新しく繋がろうとするゲートはそちらに回るはずです」
ドクターは、旧アトランティスの地脈を一時的に元の状態にする事でゲートの繋ぎ先に設定。そこから、再び地脈を変える事で任意の土地にゲートを出現させる事を考えていた。
その計画を利用する。それが、赤坂の考えだった。
「……今の話だが、『聖杯』とやらのあてはあんのか」
「ええ」
赤坂部長が、胸のスマートフォンに触れる。
「うちの娘が、未来への一手を繋いでくれました」
雷を操るウミウシの様な巨獣が、遠い異国の地で雄叫びをあげる。
その姿を見上げて、とある男が静かに立っていた。
* * *
米国、ワシントン。ホワイトハウス大統領執務室。
「狂人の発想は読めんな。あるいは、狂気を宿した天才と考えるべきか」
机に設置されたモニターに映るのは、『元トゥロホース』の『イスティオ』を名乗っていた男達の写真である。
ネット上に公開されたそれらと、『アリアンロッド』は残っていた団員名簿と照合。名簿に彼らの顔写真や名前がなかった事で、すぐに『トゥロホース』との関係を全面否定した。
実際、『イスティオ』は『トゥロホース』ではない。何なら、日本人でもない。日本で働いていた中国人達が、覚醒者となっただけである。覚醒後は、中国政府に様々な事へ『協力』させられていた。
「彼らの身元が公表されるのも時間の問題だ。長官、きちんと資料の整理はしてあるな?」
「勿論です、大統領。彼らは米国とまったく関係のない、ただのテロリストです。本人達も、自分達のスポンサーなど知りませんし、その思想も自ら見出したものだと考えています」
「結構。素晴らしい仕事ぶりだ」
執務室には、大統領とCIA長官の2人のみ。
胃が異音を発するも、長官は一切表面に出さず直立不動を維持する。
「しかし、やはりアカサカは危険な男です。まさか、あらかじめ虎の子の覚醒者部隊を送り込んでいるとは。現在、どこから情報が漏れたのか調査中です」
「ああ。どこに奴の魔の手が伸びているかもわからん。『楔』を誘拐した手腕も、覚醒者を送り込んで来たとしか思えんからな。今回も同じ手が使われたのかもしれない」
「恐れながら、そちらの対応は既に済んでいます。同じ手はもう我らに通じません。彼の手が回っていたのだとしたら、恐らくまた別の手段かと」
「そうか……化け物め。人の道理が通じん奴は、何をするかわからんから予想ができない」
ファッジ・ヴァレンタイン大統領は忌々し気にそう呟いた直後、小さく笑った。
「だが、奴も焦っていたらしいな」
「ええ。その様です」
「例の3人、まだ中国国内にいるのだな?」
「はい。衛星の映像から、現在は反乱軍に襲われていた村で逗留中の様です」
「『ウォーカーズ』と『錬金同好会』は?」
「東京事変の復興作業も終わり、それぞれ地元へと戻っています。東京にはほとんど残っておりません。溜まっている通常業務に追われています」
「『インビジブルニンジャーズ』はどうしている」
「『プロフェッサー』が現在日本各地を飛び回っており、東京からは離れています。また、実働部隊と思われる者達も地元から遠出している様子はありません。学校に通っています」
「自衛隊の、『ドラゴンキラー隊』だったか?彼らは?」
「1人を千葉県に残し、他のダンジョンへの対応に動いています。それぞれ青森、京都、熊本にて間引き作業中だと情報が入っております。また、他の自衛隊の部隊も各地の間引きと中国での反乱への対応。そしてダンジョン内の瓦礫除去に人員が回されています」
「で、あるならば」
大統領が、コツリ、と。
その無骨な指先で、机を叩く。
「奴を守れる者は、今───誰も、いない」
彼の唇が弧を描く。
死神の鎌の様に、その口角がつり上げられた。
* * *
東京都、某所。
書類上はとある会社の地下貯蔵庫となっている空間を、黒ずくめの男が2人。歩いている。
彼らは厳重に守られた扉を、懐から取り出した1対の鍵を左右で同時に使う事で開いた。
「ここが東京事変で壊れなかったのは、幸運だった」
「ええ。他のメンバーにも伝えていない、我らだけが知る秘密の実験場ですからな」
『錬金同好会』の2トップが、護衛もなしに訪れた場所。副会長が小さなスイッチを押せば、雑多に物が置かれた空間が照らし出される。
幾つもの計器に繋がれた、巨大なカプセル。培養液の中で、胎児の様に丸まる巨体があった。
それは、人と呼ぶにはあまりにも異形である。
身の丈は3メートルほど。獣と人を混ぜた様な骨格だが、体毛どころか皮膚もない。ただ、ドロリとした粘液が体表にこびりついているのみ。
その怪物を、2人は頭巾越しにじっと眺めた。
「これは、本来忌むべきものなのでしょうな」
「しかしこれも人の性か。たとえ認めがたい存在であっても、この手で生み出した以上愛着がわく」
他の同好会メンバーも知らない、知られてはいけない。彼らが犯した過ち。
それは。
「酔った勢いで、2人の性癖を混ぜたゴーレム作ろうぜ!っと、つい色んな素材をぶちこんでしまいましたなぁ」
「いやぁ。自作の密造酒で酔ったあげく、地下にこんな物を作ったとか、他人には絶対に言えませんなぁ!」
覚醒者は普通の酒では酔わない。しかし、錬金術や魔法薬学で作り出した『魔法の酒』は別である。
オッサンと爺さんがやらかした結果が、目の前のコレであった。
「しかしこれ、どうしましょうね」
「うぅむ。下手な覚醒者より強くしてしまったからな……」
「いっそ、山下君を巻き込みますか?」
「しかし、彼はこういう事に厳しいからなぁ」
ピシリ、と。
ガラスに罅が入った音に、呑気に喋っている2人は、まだ気づいていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みになっております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。