第百三十四話 竜の牙
第百三十四話 竜の牙
『その洞窟の壁や天井からは、ゆっくりと酸性の液体が滲みでている』
イヤリング越しに、アイラさんの声が聞こえてくる。
『直ちに人体への影響はない程の弱い酸で、うっかり口や目に入っても問題はない。その酸で何かを溶かそうと思えば、かなりの時間がかかるだろう』
薄暗い洞窟の中で、彼女の朗々とした声はやけに響いた。
『まるで───長い時間をかけて獲物を消化する怪物の体内。それが、そのダンジョンの特徴だ』
この見えている全てが生物の体内だとしたら、いったいどれ程の大きさなのだろうか。
ごつごつとした岩肌が、微妙にぬめりを帯びて見える。それが、彼女の言葉は嘘ではない証明に思えた。
『っと。ストアのHPにある自衛隊のコメントに書いてあった』
「あ、はい」
『リアクションが薄いなぁ、京ちゃん君』
「わ、わ~!こ、こわいですね~!」
『見たまえ京ちゃん君。空気を読んで必死に怖がるふりをしてくれる、我が妹の姿を……!君はあの大根な演技に何も思わないのか!?哀れみとか!』
「姉さん!?」
「いや、今ダンジョン探索の最中なんで」
そんなタイミングでリアクションを求められても、困る。せめて入る前にやってくれ。
あと棒読み演技するミーアさんに関しては、哀れみよりも可愛いと思った。
暴走していない時は、本当に正統派美人だからな、この人。
『真面目だな、京ちゃん君』
「そういう貴女は不真面目というか……もしかして、暇してます?」
『うん』
「今は我慢してください。帰ったら存分に構い倒すので。主にミーアさんが」
「任せてください!!」
『ふふ……怖い』
「それより、自衛隊のペイントを発見しました。現在『C-4』です」
ランタンの明かりで照らされた黄色の文字を見ながら、アイラさんに告げる。
『うむ。君達より前方に出口があるな。そこからだと、およそ1キロ先だね』
「了解」
「待って」
そう答えて歩き出そうとした瞬間、エリナさんの静かな声が響いた。
反射的に剣を構え直し、重心を少し落とす。
「敵?」
「うん。数は4体。相手もこっちに気づいているっぽい。向かってくるよ」
「わかった。『白蓮』、もう1歩前に出ろ」
「『右近』と『左近』は盾を構えて、私とエリナさんの前で待機」
ゴーレム達の位置を調整した所で、自分にも足音が聞こえ始めた。
ごつり、ごつり、という硬い物同士がぶつかる音。乱れなく、一定の間隔でその音は響いている。
やがて、ライトの光を反射する金色の物体が見えてきた。
それは、黄金の兜。赤いトサカのついた、古代ギリシャで使われていそうなデザインをしている。
その下にあるのは、当然ながら人間の顔ではない。
肉も皮もなく、灰色の骨が剝き出しになっている。一見すればスケルトンだが、骨格が人間のものとは違った。
長く突き出た口。ズラリと並んだ牙。背骨の延長であるかの様に尻尾まで生えている。
それ以外は人に近い骨格をした、トカゲと混ざった様な骨の怪物。
『スパルトイ』
ギリシャ神話にて語られる、竜の牙から作り出された強靭な兵士。それらが今、自分達に向けてギラリと槍の穂先を向けていた。
『カカカカカッ!』
骨を打ち合わせた様な声をあげ、スパルトイ達が加速する。
左手に持った楕円形の盾を構え密集し、右手の槍を振りかぶった体勢。一糸乱れぬ突撃に、白蓮も盾の下側を地面につけて待ち構えた。
衝突の寸前、両者の間で地面に魔力が駆け巡る。
「大地よ!」
瞬間、無骨な岩肌が姿を変え槍衾となる。自らそこに跳びこむ形となったスパルトイ達だが、一切減速する事なく強引に突き進んだ。
『カァッ!』
力強く振り上げられた盾が、岩の槍を打ち砕く。出来上がった隙間に体をねじ込んだスパルトイが、槍を突き出してきた。
2体の突進は白蓮が止め、残るもう2体を自分が受け持つ。
迫る穂先の内、片方をこちらもまた逆袈裟の斬撃にて切断。もう1つを左の籠手で防いだ。
硬質な音と共に、衝撃波が洞窟を揺らす。吹き飛ばされそうな体を風で強引に固定し、1歩も下がらない。
拮抗はコンマ数秒。腕を跳ね上げて槍を払いのけ、こちらから前へ踏み込んだ。
『カッ!』
穂先を失った槍で、右手側の個体が頭を狙ってくる。純粋な鈍器として振り下ろされた柄に、剣腹を横からぶつけて逸らした。
そのまま柄に這う様に刀身を滑らせ、骨の指を切り落とす。
勢いのまま前へ進む自分を次に出迎えたのは、左のスパルトイが構えた盾だった。金属製の分厚いそれが、壁の様に進路を塞ぐ。
衝突の寸前、風で加速した足で盾を蹴り跳躍。頭上に回り込んだ刹那、体を捻り左の個体の脳天へと剣を振るった。
金色の兜をかち割り、その下の頭蓋骨も打ち砕く。着地をした自分に間髪入れず残った1体の尻尾が振るわれるが、それを1歩下がって回避。
続けて裏拳の要領で繰り出された盾を、速度が乗り切る前に左籠手をぶつけて止める。
ギャリ、と金属同士で火花が散り、腕を捻りながら伸ばして盾の縁を掴んだ。すかさず盾の向きを変えようとするスパルトイだが、それより先にその体を力任せに引き寄せる。
反動もあって互いの位置が入れ替わり、無謀なその後頭部に一閃。兜ごと頭蓋骨を叩き割った。
剣を構え直し、倒れた2体に警戒しつつも視線を白蓮側に任せた方へ向ける。
援護は……必要ないらしい。
片方の個体は、右近と左近に拘束された所を飛来した岩石で頭を砕かれた。
もう1体の方も、白蓮と盾と得物で組み合った瞬間にワイヤーが全身に絡みつき、次の瞬間にはバラバラに解体されている。
交戦から1分も経たず、4体のスパルトイは沈黙。散らばった骨が、全て白い塩へと変化していった。
「周囲に敵の気配なし、だよ!」
「了解。皆お疲れ様」
「お疲れ様です。右近、ドロップ品の回収を」
小さく息を吐き、構えを解く。
チラリと視線を向ければ、右近が塩の中から長さ5センチ程の牙を拾い上げていた。
スパルトイは『竜牙兵』とも呼ばれ、ギリシャ神話では死んだ竜の牙を地面に撒いたら、そこから兵士達が生み出された……という伝説がある。
アトランティスの方でも似た様な神話があったのかは知らないが、色々と似た所が多い。
だが個人的に重要なのは、このドロップ品がゴーレム素材として非常に優秀という事である。
砕いて融合させれば、ゴーレムボディの反応速度が格段に上がるらしい。『Bランク冒険者』からこのドロップ品を購入した『錬金同好会』が言っているので、間違いないだろう。
彼らの技術力と、錬金術への真摯さは本物だ。ゴーレムに関する事で、虚偽を書く事はありえない。
……そうして作ったゴーレムも『理想のホムンクルス嫁』とやらの研究課程の1つというのが、あの団体らしいけど。
気持ちはわかるが、実際にやるか普通。彼らの情熱は底知れない。
閑話休題。意識をダンジョンへと戻す。
「そう言えばアイラさん。結局、このダンジョンは何らかの生物の体内なのですか?」
『ん?なんだ、聞いていたのかね』
「まあ、一応は。もしも重要な事だったら大変ですので」
『なぁに。ただ『そう見えるだけ』だから気にするな。変わった地質ではあるがね。あ、それとあんまり頭に当たるとハゲの原因になるから気を付けたまえよ』
「まあ、兜をしていますし」
「私は頭上に水の膜を作っていますので……」
「当たらなければどうという事はないね!」
「エリナさんの頭上にも作ってあるので、安心してください」
「なんと!」
思い出すな……酸性雨は怖いんだぞと、父さんが育毛剤片手に言っていたっけ……。
「なら、何故このダンジョンはこんな1本道に?」
『文章の類は一切残っていなかったので、単なる仮説になるが?』
「話半分に聞くので、大丈夫です」
『そこは真剣に聞いてくれよぉん』
うるせぇ、こっちは探索中なんだよ。
会話中も、完全に気を抜く事はできない。剣を手に、周囲に意識を向けている。
「探索に必要な事かどうかだけ、教えてください。事前に調べた時、そういった話は見つからなかったので」
『探索とは関係ないと思うよ。そこは兵士……兵器と言うべきか。スパルトイを生産し、戦場へ送り出す為の工場だと私達は予想している』
「なるほど」
右近がドロップ品についていた塩を丁寧に払い落し、エリナさんのアイテムボックスに入れ終わる。
それを確認し、刀身を肩に担いだ。
「ありがとうございます。それでは、探索を再開します」
『うむ。気を付けたまえよー』
しかし、スパルトイを兵士として送り出す……か。
まるで神話の出来事である。無尽蔵にこれ程の戦力を供給できるのであれば、アトランティス帝国とやらが世界征服目前までいったのも納得だ。
あるいは、『Bランクモンスター』すら主戦力足り得なかった可能性すらある。
こう言っては何だが、その帝国が滅んでくれて良かった。異世界にまで手を伸ばそうとしていたらしいのだから、笑えない。
* * *
ダンジョン内を2時間ほど探索し、帰還する。
手に入った牙は約60本。かなりの収穫である。1人20本の分配だが、買うとなったらかなりの値段だ。エリナさんは『大車輪丸』の修理、及び改造費用に回すとか。
東京事変で両親を守る為に無茶をさせてしまったので、自分も半分お金を出す予定である。
壊れた原因が原因なので、全額出そうかと提案したが、『半分こが良い』と拒否された。
彼女なりに、自分の仕事道具への愛着と責任感があるのだろう。何だかんだ、そういう所はしっかりした人だ。
その後に『インビジブルニンジャーズの象徴みたいな武器だからね!!』と言っていたが、そっちに関しては聞かなかった事にする。粉砕したくなるので。
なお、このダンジョンはボスモンスターの所在がハッキリしているのだが、戦う理由がないので当然近寄っていない。
ドロップ品もスパルトイより大きな牙を落とすだけだし、免許の取り上げや降格のリスク有りで挑むメリットは皆無だった。
いや、そもそもメリットがあろうとボスモンスターに自分から挑むのはいけないのだが。
邪な思考を振り払い、帰路につく。さて、これを使えば、どこまで白蓮の性能が向上するか……。
『ああ、そうそう』
エリナさんに転移で家の前まで送ってもらい、別れを告げて玄関の前に立ったタイミングで、アイラさんが何かを思い出した様に呟く。
『京ちゃん君。エリナ君に何やらお仕置きをしたいらしいが……うちにあるコスプレ衣装、貸してやっても良いが?』
念話越しでも、『にちゃぁ』とした笑いが伝わってくる。
やれやれ。この人はまったく……他者をからかう時だけ、こんなにもイキイキとするのだから。ハッキリ言って碌な大人ではない。
ここは1つ、友人として苦言の1つもくれてやろう。
「よろしくお願いします!できれば3人分!!」
『その言葉が聞きたかった……!!』
自分も碌な人間ではなかった。
邪な思いは……強い!!
読んでいただきありがとうございます。
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ボスモンスターことカドメイア・ドラゴンさん
「ずっと、洞窟の奥の泉でスタンバっていました」
現地の自衛隊員
「定期的に泉へ向かって爆弾をシューッ!超、エキサイティン!!」
Q.酸が滲み出る洞窟とか、呼吸大丈夫?
A.アトランティスの空調魔法を信じて!