閑話 激動
閑話 激動
サイド なし
総理大臣が行った記者会見には、多くの記者が押し寄せていた。
ダンジョン関連の重大な事件や災害が、この数カ月間で頻発している。『戦後最悪の厄年』と評する雑誌もあった。
そんな中での『重大発表』とやらに、どのメディアもこぞってカメラを構え一語一句聞き漏らすまいと神経を尖らせている。
重苦しい沈黙の中、総理が告げたのは。
『異世界へ自衛隊を派遣し、ダンジョン増加の原因解明。及びその解決を計画している』
というものだった。
有栖川教授達によって、ダンジョンは元々異世界の産物である事が判明している。
そして、ダンジョン内にある崩落は向こう側の世界の住民が意図してやった事であり、その先には異世界の国々があるはずだ。
その文明に接触するか、そうでなくとも『アトランティス』の遺産を発見できれば、ダンジョンの問題を解決できるかもしれない。
その為に、自衛隊をダンジョンの向こう側へと派遣する事が計画されている。
当然、会見の会場は大混乱となり、数々の質問が総理に投げかけられた。
「ダンジョンを大部隊で踏破する目途が立っているのですか!?」
「自衛隊の詳しい活動内容は国家機密につき、お答えできません」
「ダンジョンの向こう側にも国があるとしたら、これは侵犯行為……自衛隊による侵略ではないでしょうか?」
「これは侵略行為ではなく、あくまで交渉と調査の為の行動です。異世界の方々に出会ったとしても、こちらから武器を向ける事はありえません」
「日本だけでやるつもりですか?海外と足並みを揃えるとはお考えにならないので?」
「現在、ダンジョンが出現しているのは日本のみです。故にこれは日本の問題であり、外国の手を煩わせる事はありません」
「国連にダンジョンや覚醒者の管理を任せる様、署名活動が行われています。その事に関してどう思われますか?」
「貴重なご意見として、参考にはさせていただいております」
「日本は異世界に侵略戦争をしかけるんですか!?」
「いいえ。我が国は決して、侵略目的で他国に武器を向ける事はございません。先ほども申し上げた通り、あくまでも交渉と調査の為の───」
会見は2時間にわたり、ノーカットでお茶の間に流された。
このニュースが駆け巡ったのは日本だけではない。世界中で大きな話題となり、その真偽と道理、そしてメリットとデメリットについて熱く議論が交わされる様になった。
前日にあった『とある組織が参加した文化祭』の話題など、世間から忘れ去られる程度には。
* * *
東京都新宿区。防衛省のとある会議室。
総理による異世界への自衛隊派遣が発表されてから、半日後。
日付を跨ぎ太陽が眩しい中、赤坂雄介ダンジョン庁部長は丸井陸将と門倉海将へ会いに来ていた。
「いやはや。当然だが、どこも自衛隊派遣のニュースで持ち切りだな」
新聞を持ち込んで眺めていた門倉海将が、記事をバサリと机の上に置く。
「まだ実際に派遣されたわけではありませんが、着々と計画は進んでいる……で、よろしいのですね?」
「ああ。『Bランク冒険者』の参入により、動かせる部隊に余裕が出来た。例の海上にあるダンジョンにて、塞がれた出入口の瓦礫除去作業が進められている」
「しっかし、ダンジョンを踏破するには武装が必要……ねぇ。あのダンジョンに限れば、例の水晶だけで事足りるだろうに。総理も久々にタヌキっぷりを見せたじゃねぇか」
ニヤニヤと笑う門倉海将の方がタヌキっぽい顔だが、赤坂部長と丸井陸将は指摘しそうになる自分の口をぐっと押さえた。
「……これも、門倉海将があのゲートを守ってくださったおかげです。ありがとうございます」
「よしてくれ。戦ったのは哨戒艦の乗組員と、協力してくれた『Bランク候補』……いや、今は『Bランク冒険者』か」
「無論彼らにも感謝はしていますが、門倉海将の見事な差配のおかげで政治的な大事にせず済みました」
「はっはっは!オッサンに褒められても嬉しかねーよ。この状況で中国と戦端開いたら日本が滅ぶと、必死だっただけだ」
豪快に笑った後、門倉海将の視線が鋭くなる。
それは仲間に向けるものでも、敵に向けるものでもない。ただ、探るような。それでいて軽蔑の混じったものが赤坂部長に向けられる。
「だが……それより気になってんのはよぉ。最近随分と国会の風通しが良くなったみてぇじゃねぇか。単刀直入に聞くぜ。お前、自分の娘を『外道』にしたのか?」
「YESかNOで答えるのなら、YESです」
キッパリと断言した赤坂に、門倉の額にピキリと青筋が浮かぶ。
「俺やお前みたいな大人が手を汚すのは、どうでも良い。自分の判断だ。だがよぉ。ガキにやらせんのは国の為であってもちげぇだろ」
「あの子が望んで、こちら側に踏み込んできました」
「ガキなんざなぁ、その辺の不良を格好いいと勘違いするバカばっかだろうが!間違った判断をしたら、拳骨叩き込んで止めてやるのが大人だろうに!」
「……門倉海将」
小さく深呼吸をしてから、赤坂部長が彼を見つめ返す。
「まず、あの子に殺しはさせていません。直接的にも、間接的にもです」
「なに……?」
「娘にやらせたのは、先生方に接触している『お客様』の炙り出し。そして、密会の証拠集めのみ。以降は全て私と部下がやりましたし、捕らえた『お客様』は全員生きています」
「……本気か?俺が言うのもなんだが、それはかなり」
「ええ、無茶をした自覚はありますし、今捕らえた者達が解放されたらこの国は非常に危うい。相手も後ろ暗い存在なので公的に糾弾は出来ないでしょうが、それでも日本の政治を引っ繰り返せる力はある」
「赤坂部長」
ここまで静かに2人の会話を見守っていた丸井陸将が、視線に冷酷な光を宿して赤坂を睨みつけた。
「そのリスクは、必要なリスクか?」
「無論です。私も娘への情はありますが、それだけで国を危険に晒すほど親バカではない」
常人なら腰を抜かす様な眼光に、しかし彼は一切動揺しなかった。
「あの子の能力は、社会に対して強力過ぎる。殺しを覚えさせてはいけない。倫理観を忘れさせてはいけない。常に、『自分は正義側にいる存在だ』と。『その正義は社会秩序に基づくものだ』と定義させなければいけません」
「…………」
「あの子の力が、今の日本に必要です。だから手放す事はできない。しかし、だからと言って後先考えない運用もできない。ただ、それだけの事です」
「……わかった。君を侮辱した。謝罪する」
「俺は勝手に、『そういう理由で娘を守っている』と解釈しておくよ。突っかかって悪かったな」
「わかりました。それでは、この話はここまでという事で」
丸井陸将と門倉海将は、国を護るという志こそ同じだが、方向性はやや異なっていた。
片や情を捨ててでも為すべき事を為すのだと考え、片や国を護る為には情も必要だと考えている。
どちらが正しいという事ではない。強いて言うのなら、どちらも正しい。
この2人で仲違いなど、今は出来ないという話だ。赤坂部長は内心で安堵しながら、表面上は淡々と話を続ける。
「議題に戻りますが、今後のダンジョン管理に関してです。異世界に派遣されるのは、主に陸自主体という事でよろしいのですね?」
「ああ。隊員達には相変わらず無理をさせるが、それでもようやく光明が見えてきたのだ。もうひと踏ん張りしてもらう」
「そんで、隊員や物資の輸送。及びゲート周辺の警備は海自の仕事だ。あと、陸さんへの隊員と装備の貸し出しも続きそうだな」
「恩に着ます、門倉さん」
「良いって事よ。丸井さん」
無表情に告げる陸将に、海将がニッカリと笑う。
悪い方向に深読みしてしまいそうな2人だが、基本的には仲が良いのだ。胃がキリキリせずに済み、再び赤坂部長はこっそりと胸をなでおろす。
「しかし、周辺国はなんて言ってんだ?」
「中国政府は現在検討中。その他のアジア圏は反対よりの中立、ロシアは明確に反対の姿勢ですね。日本は戦中の愚かな行為を繰り返している……だそうです」
「ほーん。で、アメさんは」
「アメリカは日本の自衛隊派遣に対して検討中な様子ですが、大統領は好意的な投稿をSNSでしています」
「え、なにそれうさん臭ぁ」
「はい。胡散臭いです」
門倉海将が顔を露骨にしかめ、丸井陸将も眉をひそめた。
赤坂部長も頷き、額に薄っすらと冷や汗を浮かべる。
「彼らがこのまま静観するとは思えない。何らかの介入が予想できます」
「……瓦礫の除去を急がせよう。しかし、モンスターを別の部屋に隔離できるとは言えいなくなったわけではない。間引き作業と並行しながらなので、まだまだ時間がかかりそうだ」
「そっちも『Bランク冒険者』に手伝ってもらう事はできねぇのか」
「流石に難しい。これは自衛隊でやるべき事だ。彼らを信用していないわけではないが、他国に付け入る隙を与えたくない」
「そうかい。んで、ヨーロッパや他の国々はどうよ」
「EUはフランスを中心にダンジョンの国連管理に傾きつつありますが、纏まってはいません。また、イギリスは賛成よりの中立を表明しています。信用はできませんが」
「かーっ!あの国が信用できないのはいつもの事だろうがよー!」
「はっはっは」
威嚇する様に歯を剥き出しにする門倉海将を、赤坂部長が笑って受け流す。
「とにかく、陸自。海自ともに今後とも……」
彼の言葉を遮る様に、スマホの振動音が鳴り響いた。
マナーモードにしてあるので、着信音は響かない。しかし、3人揃って揺れを感じた。
それも当然である。なにせ、全員のスマホが同時に鳴ったのだから。
「失礼」
癖で赤坂は一声言ってからスマホを取り出したが、他2人もただ事ではないとほぼ同時にそれぞれ画面を確認している。
彼らは部下から届いた報告に、一様に目を見開いた。
「おい、冗談だろう。俺の部下がよぉ」
門倉海将が、頬を引きつらせてスマホの画面を他2人に見せた。
「中国で、覚醒者が先導する大規模な反乱が起きたって言ってんだけど」
その言葉に、丸井陸将が冷や汗を流しながら眼鏡を指で押し上げる。
「奇遇ですね。うちの部下からも、『トゥロホースの残党が中国でやらかした』と言ってきています」
両者の視線が、赤坂部長に向けられる。
胃袋以上に、彼の奥歯が大きく音をたてた。
「そこまでやるか……!ファッジ・ヴァレンタイン……!」
日本は、中国で起きた革命への対応を協議しなくてはならなくなった。
現在、この国は他国から無数の借金をしている。『覚醒の日』以降、常に日本はカツカツだった。それでも大多数の国民が『日常』を謳歌できていたのは、その支援による所が大きい。
その1つが中国であり、そこで『日本人主導の反乱』が起きたのだ。『他人事だから後回し』などやったら、それこそ『信用』がなくなる。
信用は担保だ。かつて戦争で敵対した国に対しても、借金を返済しようとした日本だからこそ、多くの投資家が金を出している。
そうでなくとも、お隣の火薬庫に火が付いたのだ。対策しないわけにはいかない。
世界経済を滅茶苦茶にしてでも、彼の国は、ファッジ・ヴァレンタイン大統領は日本の足を止めさせた。
表も裏も、まだまだ戦いがなくなる事はない。
場所や種類を選ばぬのなら、あるいは永遠に。
* * *
アメリカ、ワシントン。ホワイトハウスの大統領執務室。
そこにある革張りの椅子に腰かけた、金髪碧眼の、整った顔立ちをした初老の男。
綺麗に整えられた髭を撫でながら、ヴァレンタイン大統領は机のモニターに笑みを剥ける。
「君が生きていた事を心から嬉しく思うよ、『ジョージ』」
『光栄でさぁ、大統領』
そう言って画面越しに敬礼するのは、人相の悪い黒髪の男。
かつて『ドクター・テスラ』が日本で使っていた研究所で、最奥の警備を任せられていた人物である。
「しかし、体は大丈夫かね。酷い怪我だと聞いたが」
『おかげ様で完治しやしたよ。吹き飛んだ内臓も元通りです。いやぁ、魔法ってのはすげぇもんだ』
彼はドクター・テスラ奪還、あるいは口封じの為に『東京事変』の際中央合同庁舎へ侵入を試みたものの、とある3人組によって部隊を壊滅させられている。
彼自身も無事ではなく、両腕の欠損。及び肺の片方とその他内臓を複数潰されていた。非覚醒どころか、大抵の覚醒者は死ぬ様な重傷である。
『これぐらいしなければ捕らえられない』と考え彼女らも攻撃したが、それでもなおこの男は逃げ延びた。
『送ってくださった覚醒者と、魔法薬のおかげです。これで俺はまだまだ戦えやす』
「それは良かった。君の部下達は残念だったが、代わりの人員を送る。有効に使ってくれたまえ」
『ええ、そいつは構いやせんが……何をするので?』
「無論、米国の為に働いてもらう」
太く頑丈そうな指を組み、大統領は続ける。
「アカサカの陰謀により、我々は多くの命を失った。日本の友人達と共に……。そのケジメをつけさせなければならない。復讐ではなく、今後この様な被害が出ない為に」
『へえ。そいつぁ……ごもっともですなぁ』
男、ジョージが彼の言葉に真面目そうな顔をして深く頷く。
「そして、彼らがもつドクターと『遺産』を回収、あるいは破壊してほしい。君のおかげで、あの死体が彼本人のものではないとわかった。その嗅覚と……『蛮性』を存分に振るってほしい」
『ええ、大統領』
ニタリ、と。ジョージが笑う。
犬歯を剥き出しにした、飢えた肉食獣の様な顔。これこそが、彼の本性である。
戦う為なら、殺しの為なら、大義なんぞどうでも良い。中東で暴れる傭兵となった覚醒者達ともまた違う方向で、彼も血を求めていた。
そんなジョージにとって、この大統領は最高のクライアントである。
たとえ最後には使い捨てられるとわかっていても、立ち止まる気はさらさらなかった。
『このジョージ・T・ダコタ。身命を賭して任務を遂行いたしやす』
「ああ、頼んだぞ。友よ」
通信を終え、大統領は椅子に深く体を預けた。
そして、視線を机越しにCIA長官へと向ける。
「そちらはどうなっている」
「ええ。予定通り、『壊れた車輪』は上手く動いてくれています」
「そうか……」
作戦は順調だが、ファッジ・ヴァレンタイン大統領の顔は晴れない。
「また、無用な血が流れるな……。どうして、アカサカはこうも争いを好むのか。外務省にいた頃の彼は、平和を愛する男だったのに。何が、彼を変えてしまったのか」
「お言葉ながら大統領。奴は今も昔も変わっておりません。国の為ならどんな事でもする。それこそ、必要ならコンマ1秒で顔から出すもん全部出す様な男ですよ」
「そうか……そういうタイプの狂人か……」
目元をそっと手で押さえた後、大統領は椅子から立ち上がった。
「その様な者に、これ以上世界を滅茶苦茶にはさせない。必ずやアメリカがフロンティアを手に入れ、その力でもって世に平穏をもたらすのだ。力を貸してくれるな、長官」
「勿論です、大統領」
姿勢を正すCIA長官の背中に、ぬるりとした汗が流れる。
胃がキリキリと音をたてたが、それは気のせいだと長官は自分に言い聞かせた。
「正義は我々にある。絶対に、『テスラ計画』を成し遂げるのだ!」
力強く宣言するファッジ・ヴァレンタイン大統領を止められる者など、この場には誰もいなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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