第十六話 強くなる手段は
第十六話 強くなる手段は
『冒険者訓練場』
用途は名前の通りとしか言いようがない。
冒険者制度が出来てすぐの頃、各地の市民体育館や陸上競技場などを国が改装したのだ。覚醒者が武器を振るえる場所が必要だと、ダンジョン庁があちこちと交渉したそうな。まあ、流石に真剣は使えないけど。
その1つに、自分も時折だが通っている。
「ほ、はっ」
貸し出されている木剣で、『ペレ』と呼ばれる的を相手に稽古を行う。
大昔に兵士や傭兵が使っていたという、地面に丸太を刺しただけのシンプルな物だが、予算やら強度の問題でこの訓練場でも採用されたわけだ。
以前ならこんなのに木剣を叩き込もうものなら、すぐに反動で『いったぁ!?』となっていただろう。しかし、今の身体なら問題ない。
むしろ、『魔力変換』まで使うと木剣かペレのどちらかを壊しそうで気を遣わないといけない程だ。
それでもこうして来ているのは、少しでも太刀筋の矯正をする為である。
……もっとも、誰か指導してくれるわけでもないので結局我流なのだが。
やらないよりはマシだと割り切り、ひたすら動画で見た西洋剣術の動きを真似ていく。
自分が使っているのは『片手半剣』。片手剣としても、両手剣としても扱える代わりに、重心の位置などで振るうのに工夫がいる……らしい。
だがそんな細かい事は分からんので、出来そうなのだけ真似ていた。
袈裟懸けに振るい、そのまま剣先を一回転させて再び振り下ろす『風車斬り』。
位置取りを変える事で防御をしづらくする、斜めに歩く動きを使った『蛇行斬り』。
刀身の半場を左手で握る事で防御と、鎧の隙間を狙いやすい『毒蛇の構え』。……防御の方は、イメージトレーニングになってしまうが。それでも動きを覚えておけばその内役立つかもしれない。
それ以外にも剣先の方を握り鈍器代わりにするなど、ネットで仕入れられる知識を模倣し続けた。こういう時、本当にスマホは便利である。
ダンジョンやら覚醒者やらが出て来た事で、剣術や体術を教えるジムが増えた。駅前に『楽しく学ぼう!介者剣術!』という看板が掲げられていた時は、思わず二度見したものである。
かれこれ1時間ほどの訓練を終え、木剣を返却ボックスに入れた。入る時に受け取った券を受付に渡し、使用料を払う。
冒険者免許の提示も忘れない。通常なら1時間1000円だが、免許があれば500円なのだ。
肉体的には疲れていないが、学校帰りという事もあって精神的な疲れがある。軽く伸びをして、帰ろうとしたところ。
「矢川さーん。矢川さん、ちょっといいですかー」
「はい?」
受付のおばちゃんに声をかけられ、疑問符を浮かべながら振り返る。
はて、何か忘れ物でもしただろうか。
そう思ったのだが、おばちゃんが指さす先にはスーツ姿の男性がいた。
「市役所の人がお話したいって」
「……はい?」
* * *
『なるほど、勧誘か』
「滅茶苦茶驚いたし、疲れました……」
夜、『松尾海戦☆イカタコ乱舞』をしながらいつもの3人で念話をする。
『松尾海戦☆イカタコ乱舞』
過去作での活躍により『京都の救世主、スプラッシュ松尾』と呼ばれる飲んだくれの主人公、松尾。彼は国々を回り強者を集めているシャケの誘いにのり、竜宮城で行われている『墨塗合戦』という賭け試合に参加し賞金を狙うというストーリーだ。
バトルステージに相手チームより多く自分達の墨を塗った方が勝ち。そのうえ墨を塗る程画面の下にあるゲージが溜まり、必殺技。『ウルトラ墨ぶしゃー』が使えるのだ。
スプラ●ゥーン?ちょっと何のことかわかんないっす。
話を戻そう。市役所の人が自分に何の用かと思えば、内容は『役所の嘱託職員にならないか』というものだった。
自分はよく知らなかったのだが、各市町村の役場で『お抱え冒険者』的な部署を作り、間引きが不十分な……冒険者があまり立ち寄らない近場のダンジョンへの対応をするという取り組みが始まるとか。
基本的にそういうダンジョンには、『クエスト』としてランクにあった冒険者に依頼が行くものだ。しかしそれでは安定性がないので、市役所で人を確保しとこうと。
そんなわけで、僕なんかにわざわざ勧誘が来たのである。
『そんな京ちゃん!私達とは遊びだったのか!!』
『なんて酷い男なんだ……コミュ障童貞のくせに女心を弄ぶなんて……!』
「遊びなら今してんでしょ。あとアイラさんはセクハラですよ」
ステージに広がる自分達のインクに潜り、裏取りする。よし、不意打ちで1人キル。続けてもう1人……。
あ、狙撃された。
「普通に断りましたよ。リスクは上がるのに報酬が減るなんて、普通に嫌ですし」
悲しきかな。市役所にもお金がないのだ。
今の所ダンジョンはお金を産んでくれないので、その対策はひたすらに出費。当然、嘱託として雇う冒険者への報酬も大変微妙なものである。
アイラさん所の研究室ほどの報酬は貰えないし、組む相手も未定。最悪ソロで突入しないといけない。
もしも冒険者試験の前に声をかけられていれば迷ったかもしれないが……現状だと、マジで鞍替えするメリットはなかった。
「しっかし。なんで僕なんですかね?下手な鉄砲的なアレで、市内の冒険者に片っ端から声かけているとか?」
『いや、狙って撃ったんだろうね。君がボスモンスターを倒した事や、県庁で『鑑定』を受けた時の記録。そして試験の成績を考えれば、妥当と言える』
「あー」
言われてみれば、勧誘される理由十分あったわ。
ぶっちゃけ、エリナさんと組んでいるとそこまで自分が強いという意識を持ちづらい。何だかんだ言って、あの人かなり優秀だし。むしろ偶にこっちがへこむ。
容姿端麗で機転が利き、スキルも探索向き。性格も明るく善良と、ステータスとスキル数以外こちらが勝っている所がない。
『しかし、わざわざ1人の時に声をかけたあたり本気で取りに来たようだね』
「かもしれないですね。両親にも話を持って行くつもりだけど、先に本人の意思を聞きたい……とは、職員さんは仰っていましたが」
言っては何だが、丸め込む気だったよなあの市役所の人。たぶん、高校生のガキ1人の方が両親より容易いと考えたのだろう。
相手も仕事だし、市の安全に関わる事だからとやかく言うつもりはない。ただ驚いた。下手したら炎上しそうな事、よくやったなと。
『それだけ君というSSRが魅力的だったという事さ』
『モテモテだな京ちゃん!!対戦相手からもラブレターが来てるぞ!!』
「ラブレターじゃなくて集中攻撃なんだけど。助けて?」
おかしい。僕はプレイ時間3時間の初心者オブ初心者なので、システムが勝手にマルチロックしてくれる松尾の必殺技。『牛糞ミサイル』をただひたすら撃っていただけなのに……。
いや普通に狙われる理由あったな。
『はっはっは!私は今リスキルされたから無理だ』
あ、いつの間にか自陣まで押し込まれている。やばくね?
『私に任せろ!くらえ、必殺のウ●コアタァァアアック!!』
「ウン●言うんじゃありません」
お願いだから『ウルトラ』ってちゃんと言え。
え?ウルトラ●ンコの事かって?いいえ。見ての通り犬の形をしたハンマーを振り下ろす技『ウルトラワンコ』です。
『待っていろ京ちゃん!そっちにウ●コを投げる!!』
「なんかヤダな……」
『お排泄!!』
「それはもうただのウン●だよ」
『待っていろ京ちゃん君!私もすぐにゲージをためてウニに乗る!!』
ウニ?ああ、『ウニタンク』か。ウニみたいに砲門がついている小さい戦車。
なお、狙いがあちこちバラバラな上に威力も装甲も低いので、ネットで発動時間中を『懲役』呼びされている。
「なんで弱い必殺技持って来たんですか?」
『戦車って格好いいだろう?さあ、ライドオン!これからは、私の時間だ、あ。ぁぁぁぁ……』
「ステージから落ちて自滅は格好良いですか?」
戦車に乗り込むモーションをミスったのか、アイラさんのキャラが落下していく。
『ふっ……後は、任せた……!』
「諦めんな、戦え」
『熱くなれよパイセン!!パイセンもウン●使うんだよ!!』
「だから略すな」
この後普通に負けた。4人対戦だったので、1人だけ混じってしまった野良の人ごめんなさい。
『それにしてもさー。京ちゃんって強すぎない?』
「いや。貴女がたがネタ武器使っているだけだから」
『んーん。ゲームじゃなくって、ダンジョンの話』
「はぁ……」
強いと言っても、『Eランク』の中ではだと思うのだが。
ゲームも終えて、スマホで別の冒険者がアップしている動画を眺めつつ念話をしている。
こういうのを見ると参考になるし、何より『格上』の存在を実感できるのだ。
ダンジョンで天狗になった結果、鼻どころか首をへし折られるのは勘弁なので。
『ステータスは確かに高めだけど、それだけでコボルトロードを力ずくで押さえ込めるものなの?』
『良い質問だねエリナ君』
なんだその池●さんみたいな返し。
『その秘密は『魔力変換』にあるのさ』
『あの風がびゅーって出るやつ?』
『そうだとも。まず前提として、アレは常に発動する様なものではない。1回の探索に5回使えたら御の字と言える、決め技の様な自己バフだ』
……そう言えば、そんな話をネットで見た事があるような。
自分のスキルと、同じだったり似た様なのを持っている人の動画や書き込みを探した事がある。
実際、今も『概念干渉』のスキルを持っている冒険者の動画を見ているし。
世の中、手の内をわりと明かしてくれる人が多い様で。ありがたい事だ。この投稿者さんは、収益というより承認欲求目的らしく能力の解説も多い。
『魔力消費が激しいという弱点を、京ちゃん君は『賢者の心核』で打ち消している』
アイラさんには、前に考えておいた『このスキルのおかげで体も魔力もすぐに回復するし、頭もスッキリするんです!』という嘘ではないけど全てではない説明をしてある。
なお、それを聞いて彼女は『やばい薬物みたいだな!』と爆笑していた。笑う所でいいのか……?
『『魔力変換』の発動中、京ちゃん君の『筋力』と『敏捷』は実質『+10』されていると言って良い。その上、固有スキルと『精霊眼』も合わさる事で急加速と急制動も使いこなしているのさ』
『おー』
『ゲーム的に言うのなら、他が1ターンに1回行動なのに、彼だけ2回動いている様なものだね』
「アイラさん、本当にゲーム的な例え好きですね……」
『私の趣味はゲームと飲酒だからな!!』
そんな自信満々に言って良いのか、花の女子大生が。
『だが実際、覚醒者やダンジョン関連の話はゲーム脳の方がやり易かったりするぞ?』
『たしかに。探索に前パイセンとやったTRPG?ってやつの知識が役立ったりするもん』
「あー」
言われてみれば、否定もしづらい。
勿論ゲームと現実は違うのだが、『参考になる』というのは本当だ。現代に生きていて、ダンジョンが出来るまではわざわざ『洞窟の中でモンスターと遭遇したら』なんて想定しないし。
『……そこがね、私は疑問なんだよ』
「はい?」
アイラさんの声から、少しだけおちゃらけた雰囲気が抜ける。
『何故、私達が知るコボルトやスケルトンみたいなモンスターが実在しているのか。不思議とは思わんかね』
「……実際のモンスターを見た人が、大昔いたって言いたいんですか?」
『わからない。だが、もしかしたら話はもっと複雑かもしれないよ』
「……?」
『……仮説ばかりでね。これ以上は無意味な話だ。忘れてくれ』
忘れてくれと言われても。そんな意味深に言われたら色々考えてしまうのだが。
『パイセン!間違えていたら恥ずかしいからって、意味深に誤魔化して終わらせるの良くないっす!!』
あ、意味深な終わり方はわざとだったのか。
『黙れエリナ君!私は常に何でも知っていそうなミステリアスお姉さんキャラでいたいんだ!このクールビューティーな雰囲気を損ないたくない!!』
「いや、そんな雰囲気は初対面の時しかなかったですよ」
『そうわよ!わたくしの方が真のクールビューティーですわ!!』
「張り合うな」
『よろしい。ならばどちらが真のクールビューティーか勝負だエリナ君!!』
『望むところでしてよ!!奥歯ガタガタ言わせてやりますわよ!!!』
「すみません、僕はこの辺で失礼します。おやすみなさい」
『待つんだ京ちゃん君!この世紀の戦いの見届け人になる気はないのか!!』
『逃げるな京ちゃん!!お前もクールビューティーになるんだよ!!』
イヤリングを外し、タオルでグルグル巻きにした後机の引き出しにしまう。
そして、スマホで前に調べていた『錬金同好会』のサイトを開いた。
本当に、ネットは便利である。『白蓮』製造の言い訳として『前にスマホで作り方を見つけた』と誤魔化したが、本当に載っているサイトがあるのだから。
どうも『錬金術』のスキル持ち達が、いつの間にか頭に入っていた知識を『そういうもの』と思考停止せず文字にする事で理解を深めようと集まっているらしい。
彼らの書き込みは『魔装』についていた本の内容とも合致するので、間違いなく『本物』だ。偶に見かける『自称錬金術のスキル持ち』が書いた妄想とは違う。
ただまあ、彼らがわざわざ錬金術の知識を深めようとしている理由って……。
『第108回。理想のホムンクルス嫁を作る会議』
80%の性欲と20%の『何でも言う事を聞く最強の護衛欲しさ』なのだが。
20%の方はともかく、8割を占める煩悩に対しても咄嗟に共感してしまった自分が少し情けなかった。
そりゃ欲しいよね。自分に都合のいい美少女ホムンクルス。
流石に自分は作る気ないけど。倫理の問題もあるけど、それ以上に周囲の目が恐いから……!!
スレッドには、実家暮らしながら人間の女性そっくりのゴーレムボディを錬成して親に泣かれた人の話も書いてある。最初は真面目に殺人事件を疑われ、次に息子が家でラブ●ール自作していたと悲しまれたそうな。
……親御さんは、大事にしようね!
読んでいただきありがとうございます。
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