第百三十一話 厨二病オンステージ
第百三十一話 厨二病オンステージ
遂に終幕の時きたれ……。
いや、もう腹くくろう。流石に毎回嘆くのも疲れた。というかもう本番だし。
高校の文化祭。中学の文化祭は、どこかのホールで合唱するだけのものだった。しかし、高校1年目のそれはアニメや漫画で見るのと同じ、華やかなお祭りである。
いや、『アニメと同じ』や『華やか』と言うには粗削りであちこちグダグダな所はあるけれど。それが却って、『ああ、お祭りをしているんだ』という空気を味合わせてくれる。
ならばもう、自分も開き直って楽しもうではないか。高校最初の文化祭。女装の1つや2つがなんだ。ハロウィンに仮装して街へ繰り出す様なもんである。いや、ハロウィンで仮装した事ないけど。
そう、自分に言い聞かせ、思考を切り替えた。
「京太、準備はいいか」
「大丈夫です」
「……じゃあ、まあ、うん。頑張れ」
「はい。そちらも頑張って」
呼びにきてくれた雫さんにそう答え、彼女が捲っているブルーシートの仕切りから外へ出る。
そして、『校庭の一角を占拠する』自分達のイベントテント……パッと見は、サーカスのテントっぽく仕上げた物を迂回する様に正面へ。
歩きにくい靴に、慣れないスカート。面頬で少し呼吸もしづらい。
それでも、これはお祭りだ。盛大に、盛り上げてやろう……!
黒地に白いフリルのゴスロリ衣装。かつて伊藤君達が『お礼に』と持ってきたそれに身を包み、手には少しばかり細工した日傘。
髪をウイッグで腰近くまで伸ばし、左目も前髪で軽く隠す。口元は黒い鬼の面頬で隠し、金色の牙を日の光でキラリと輝かせた。
顔の露出は、実質右目周りのみ。これならば、自分の羞恥心も最低限に抑えられる。
何度も練習した様に、お嬢様みたいな歩き方で日傘をクルクルとさせる。
さあ、出陣!
「はぁい、一列に並んでくださーい」
「整理券をお渡ししますので、どうか落ち着いて」
「ねえ、アレが噂の『インビジブルニンジャーズ』の子じゃない!?」
「え、うそ!でもあんな子いた?確かに黒髪の子はいたけど、胸と背が……」
「すっげぇ美人!誰だあれ!」
「ばっか。顔ぜんぜん見えねぇじゃん。騙されんなって。確かに雰囲気はすげぇあるけどさ」
「この辺に『インビジブルニンジャーズ』の出し物があるって聞いたけど……ここなのか?」
「はぁー……!はぁー……!着てくれたんだ……!俺の、俺達の……!京子ぉ……!」
多くなぁい?
明らかにうちの学校に残っている生徒数より多い。校庭の半分近くが埋め尽くされ、協力を依頼した先生方が必死に列の整理をしている。
エリナさんが職員室に人を貸してほしいと1カ月近く前に行った時は、そこまでいるかと首を傾げたものだった。
どうやら、彼女の判断が正しかったらしい。暇なのか、この辺の住民……。
日傘をさして歩く自分を、容赦なく太陽が照らし出す。まるでスポットライトかの様に光が追いかけてくる気がして、どうにも落ち着かなかった。
白い雲がまばらにあるだけの晴天は喜ばしいのだが、それにしたってこの人数は想定外である。
予定では午前中のみのはずだが……捌ききれるのか?
まあ、自分がやる事に変わりはない。入口に立ち、待機する。
そして、最初のお客さん達を視線で促した。どうやら若いカップルな様で、おずおずと近づいてくる。
『ようこそおいで下さいました。冒険者を志す、勇者様達』
深紅のチョーカーから響いた声に合わせて、エリナさん仕込みのカーテーシーをする。
相手からは見えづらいが、このチョーカーにはアイラさんに頼んで念話用の鏡を取り付けてあった。そこから愛花さんが様子を見つつ、声を出しているのである。
女性にしては背が高すぎる自分に、カップルはポカンとした様子だ。やはりこの格好、変だったのではないか?
そう不安になるも、愛花さんの声は続く。
『これより、我らがご用意した迷宮のレプリカにご案内します。そこの案内板にもありますが、くれぐれも以下の3つをお守りください』
えっと、たしかこのタイミングで脅かす為に魔力を軽く放出するんだっけ?
風に変換してしまわぬ様気を付けて、それでいて非覚醒者でもわかるが、害はない程度に……。
自分から流れ出る魔力を『精霊眼』で確認し、細かく調整する。こういうの、やっぱり苦手だ。
『1つ。私の背から離れぬこと。進み過ぎても、立ち止まってもいけません。2つ。気分が悪くなった際には、すぐに申し出てください。その時点で迷宮体験ツアーは終了とします。3つ。壁にはあまり触れない様に。もしも触れてしまったら……どうなるのでしょうね?』
ここだ!ここでエリナさんからは『笑え』と言われている。顔が隠れていようが、目は口程に物を言うのだ。表情は、伝わる!
さあ、練習した通りに!
───にちゃぁ。
……面頬、しといてよかった。
スン、と自分の内心が冷めるのを自覚しながら、営業スマイルに切り替える。
ああ、お客さんもなんか青ざめているよ。きっと自分の顔がキモかったからに違いない。
『沈黙は同意とみなします。さあ、お2人とも……迷宮の深淵を、どうぞお楽しみくださいませ』
あとやっぱ愛花さんって厨二じゃない?この台本、彼女が考えたはずだし。
ヒラリとスカートを翻し、紫色の薄いカーテンを潜り入っていく。少し慌てて追いかけてきたカップルが、内部を見て息を飲んだ。
「こ、これって……」
「マジかよ……」
どうやら、満足のいく出来栄えだったらしい。
足元はグラウンドの砂のままだが、左右には薄黄色の石を積み上げた壁。幅は3メートルほどで、天井も同じぐらい。
その天井はと言えば、真っ黒に塗りつぶされその上から不気味な赤い文様が描かれている。
内部に満ちる、不可思議な魔力の渦。非覚醒であろうとも肌で感じる違和感が、非日常を入場者に味合わせた。
まあ、張りぼてなのだけれど。
この壁は薄い板きれやブルーシートに、ホームセンターで買ってきたレンガブロックを錬金術で崩して貼り付けただけである。
それだけだと迫力がないから、雫さんがパッと見だけでも騙せる様に手直しをしたのだ。
そして天井も布製であり、見た目はこけおどし。しかし、こちらは壁と違いただの演出だけではない。
『さあ、私の後に』
ゆっくりと歩き出した自分の後ろを、カップルがついてくる。
まるでお化け屋敷にでも来たみたいに、身を寄せ合う2人。けぇ!見せつけやがってよぉ!
そうして歩き出して、数秒後、イヤリングから小声で愛花さんの声がした。
『京太君。お願いします』
言葉では答えず、代わりに立ち止まる。
急に止まった自分に驚いた2人を背に、ゆったりと日傘をレイピアの様に構えた。
『お下がりください。どうやら、迎えが到着したようです』
「え?」
2人の困惑をよそに、壁の隙間から雫さんがそっと出した『石で覆ったヤカン頭』に足先で魔力を流し込む。
ゴーレム作りは何度もやってきた。もはや、カンペなしでも錬成は容易である。裏側に刻んだ錬成陣を意識しながら、壁の向こう側に用意した素材にも魔力の線をつなげた。
みるみるうちに、土くれで出来た巨体が出来上がる。それはまるで、地面から生えて来たかの様だった。
「う、うわぁ!?」
「なに!なんなの!?」
『慌てる必要はございません。そうですね、これは言うなれば……』
のそり、と体を起こし、土くれの巨腕を振り上げるゴーレム。
その拳が、まるでプロボクサーの様な速度でこちらに迫った。
『ただの雑魚です』
土くれの拳を、日傘の先端で受け止める。
特に力を入れる必要はない。というか、力むと傘が壊れる。
容易く巨体から繰り出された拳を受け止めた自分に、カップルが再び驚きの声をあげた。
いいお客さんだな、この人達。
そのまま日傘の先端でゴーレムの巨椀を軽く跳ね上げ、1歩踏み込んで胴体に突きを放った。
薄紙でも破く様に日傘は貫通し、軽く横へ振るうだけで土くれの巨体は崩れ去る。
天井で妖しく輝く紋様だけが光源の少し薄暗い中。軽やかに日傘を肩に少し乗せながらクルクルとさせた。
お客さんの視線が上方向に向いた隙に、ヤカン頭が紐で引っ張られ壁の向こうに回収される。
『お怪我はありませんか、勇者様方。ええ……これはただの体験ツアー。怪我1つ、させませんとも』
はい、ここでまた笑顔!今度は間違えない。渾身の営業スマイル!
……なんか余計にひかれてなぁい?
振り返って笑う自分に、まるで化け物を見たという顔で警戒するカップル。
いや、違うんすよ。あのゴーレム強そうに見えるけど、実際は人がぶつかっても大丈夫なよう、内側はほぼ空洞で……。
力技で貫通した様に見えた傘も、実際は先端に錬成陣が刻んであり、ゴーレムの即席ボディを錬金術で分解しただけである。
そう説明したいが、そんな事をしたらせっかくの雰囲気がぶち壊しだ。
笑顔を崩さずに小さく一礼した後、また堂々とお嬢様歩きを再開する。普段使わない筋肉が悲鳴を上げている気がするが、そこは根性でカバー。
それから5分ほど進んだ所で、カップルの女性側が疑問の声をあげた。
「ね、ねえ……内側、広すぎない?外から見た感じと違いすぎだって……」
「だよな……あ、あのぉ。お姉さん?これは、いったい……?」
『…………』
…………あ、お姉さんって僕か。
大学生っぽいカップルにそう呼ばれ、すぐには自分の事だと理解できなかった。
慌ててバッと振り返る。
『あははははははは!!』
「!?」
どうしたの愛花さん!?エリナさんが何かしたか!?
突然哄笑をあげる彼女の声に、カップルが小さく悲鳴をあげた。
『あぁ……失礼。ええ、ええ。ご心配は無用です。ここは迷宮。我らが作った偽りの迷宮。だったら、くくく……空間の1つや2つ捻じ曲げないと、おもてなしには足りないじゃぁないですかぁ』
いかん、愛花さんの厨二ソウルが爆発していらっしゃる。
まあ嘘は言っていないのだが。それにしても言い回しが、こう……『銀髪黒コート眼帯包帯チェーン巻き巻き』が最高に格好良いと思っていた時期っぽ過ぎる。
女装の覚悟は決めたが、まさかこっち方向の責め苦が待っていようとは。アドリブが辛い。
とりあえず、嫌々ながら厨二っぽいポーズをして雰囲気を合わせる。
「く、空間を……!?」
しかしこのカップルさん。これに対して顔を青くして慄くという、完璧なリアクションをしてくれた。
やべぇ。僕、この2人好きになっちゃいそう。
『ふふ。まあ、そう深く考える必要はございません。私の後ろにいる限り、絶対に外へ帰してあげますからね。だからどうか……傍を、離れないで』
最後だけほんのりと寂しさを混ぜて、そう告げた。やだ……演技派……!
まるで己の力に溺れ、しかしその力に怯えずにいてくれる誰かを求める幼子の様な声音。毒島愛花……恐ろしい子!
それに面白いぐらい引っかかったのか、カップルは神妙な面持ちで自分を見てくる。この人たち、サクラじゃないよね?マジで理想的なリアクションしかしねぇんだけど?
『では参りましょう。体験ツアーは、まだ始まったばかりですので』
優雅に踵を返し、歩き出す自分とそれについてくるカップル。
ちなみに、空間を捻じ曲げているのはエリナさんである。あの天井に描かれた紋様を介し、『空間魔法』で内部の広さを5倍ぐらいに変えているのだ。
当然ながら、かなり高度かつ繊細な魔法である。内側で下手に魔力を暴れさせたら簡単に解除されるし、発動中本人は動けない。だからこそ、入念な準備をした上で午前中のみとしておいた。
そうして。予定通りに1組目のお客さんは10分ほどで無事迷宮体験ツアーを終え、出口に到着した。
「終わった……のか?」
「私達、生きているの……?」
なんか僕、この人達の感受性の強さに不安すら抱いているんだけど?
まるで決死の脱出劇を終えたばかりといった様子で、互いの手を強く握るカップル。あの、これ作り物ですからね?
マジで命の危機とかない様に作ったから、あんまり『危ない催しでした』って感出すのやめて?後で怒られるから。
『体験ツアーへのご参加、誠にありがとうございました。ここへの入場はお1人様1回まで。あなた方がこの地を訪れる事は、もうないでしょう』
優雅に一礼して見送る体勢の自分に、カップルが弾かれた様に振り返った。
「君は……一緒に行かないのか?」
いや行くわけねーですけど?ここから逆走して次のお客さんの所へ向かいますが?
『私には役目がございますので。どうぞお気になさらずに。───あなた方は、どうか平穏な日常を謳歌してくださいませ』
そして愛花さんもなんか意味深な事を言っている……。
あれか?この流れにのれない自分が悪いのか……?
まだ何か言いたげな彼氏さんを、彼女さんが肩に触れて小さく首を振る。そして、2人はこちらにお辞儀をした。
「どうか、お元気で……!」
「いつか、また……!」
『ええ……出来るのなら、争いとは無縁の地にて』
そうして去っていったカップルを見送り、自分も入口へ向かおうとスカートを翻した。
……うん。どうすんの、これ。
「愛花さん」
『ふふふ……なんでしょうか、我が写し身。まだこの饗宴は始まったばかり。存分に、踊り狂いましょう……!』
「……うっす」
もはや何も言うまい。
それはそれとして、偶に壁の隙間から顔を出す雫さんが凄い顔をしているのだが。
口を真一文字にして、笑いを堪えているのか小刻みに震えている。
これは……後で愛花さんの絶叫が響きそうだなぁ。
* * *
それから、恙なく迷宮体験ツアーと銘打った自分達の催しは回転し続けた。
数が数なので、当然アクシデントは発生する。しかし、だいたいは想定の範囲内。
半狂乱で逃げ出しそうになった青年を、自分が即座に先回りして優しく受け止め宥めすかし。
泣きじゃくりながらゴーレムに殴り掛かった少年を、笑いながら抱き止め頭を撫でてあやし。
躓いたふりをして抱き着きにきた野郎を、軽く避けたり。……勢い余って転びかけたから、お姫様抱っこみたいに受け止める事にはなったが。
『インビジブルニンジャーズ』に入団したいとか世迷言をほざいた若者達を、魔力の放出で黙らせ。
冷やかしにきた残念姉妹や、様子を見に来た両親、大山夫妻や教授などの身内も営業スマイルでやり過ごして。
伊藤君やら例の女装男子ズが写真を一緒にと言ってきたので、嫌々ながらも撮影し。
本人の名誉の為に名前は伏せるが、とある女子生徒がゴーレムと自分の殺陣を見て失禁してしまった事もあったがすぐにエリナさんがカバー。彼女が保護してくれたので問題ない。
トラウマが刺激されたのか、件の女子生徒が絶叫をあげたが問題ないったら問題ない。
そうして、細かなアクシデントこそあったものの無事に自分達の催し物は終わったのである。
かなり疲れた。肉体的な疲労はないが、精神的に辛い。
本来は12時に閉じる予定だったのに、客の流れが止まらず結果2時間も終了がずれ込む事になった。
そのうえ、1組ずつ案内できたのは最初の1時間のみ。以降は4組から6組ぐらい同時である。『心核』の思考加速がなければ、間違いなく処理落ちしていた。後ろの方でパニックが起きたら空中を蹴って回り込む必要もあり、かなり神経を使う。
途中ゼリー飲料で腹ごしらえをしただけで、トイレも人を避けての全力疾走での往復。自惚れ承知で言うが、『Bランク』でも同じ事をやれる人はたぶんいないぞ。
自分の想定が外れエリナさんの考えが正しかったかと思ったが、蓋を開けれみればどちらも甘かったと言わざるを得ない。
クローズドの看板を入口にたて、やっと終わったとイベントテントの裏手で4人集まる。
「おちゅかれ~……たいへぇんだったにぇ……」
「いや、本当にお疲れ様……!」
溶けたアイスみたいな事になっているエリナさんに、力強く頷く。
彼女はずっと裏手で魔法を維持していたわけだが、流石に疲労困憊といった様子だ。魔力の消費は少な目になる様工夫したが、それでも半日は長かった様である。まさに縁の下の力持ち。某女子生徒を保護した時ぐらいか、魔法を解除していたのは。
そんなエリナさんの横で、雫さんがニヤニヤと笑い自分達を見てくる。
「しっかし。随分と楽しそうだったな、京太と愛花」
「まあ、途中から開き直ったので」
「忘れて……忘れてください……!」
痴女改め厨二女子高生が、顔を手で覆いプルプルと震えている。長い黒髪から覗く耳が真っ赤に染まっていた。
「あっ。アイラさんも中継ありがとうございました」
『なに。面白いものを見る事が出来たからな。私も満足だよ』
念話越しに、残念女子大生のニヤケ面が浮かぶ。これは、暫く女装の件を弄られそうだな。
「そう言えば、パイセン達はまだこっちにいるの?合流する?」
『は?なんで私が、高校生の無駄にキャピキャピした空間に長居しなければならん。君達の催しを見たら、そっこうで帰ったわ』
「キャピキャピて」
『私も姉さんと一緒に……すみません。ダンジョンで忙しい分、こういう時に勉強しないといけないもので』
「いえいえ。見に来ていただけて嬉しかったですよ。恥ずかしくもありましたが」
『なんか私と対応違くない?』
残念女子大生その1は無視し、小さく伸びをする。
普段使わない筋肉を酷使して、どうにも倦怠感が全身にあった。何より、いい加減女装姿から男子の制服に戻りたい。
「じゃ、僕は着替えてきますので。3人は」
「愛花!」
自分の声を遮り、イベントテントの裏手に1組の男女がやってきた。
身なりの良い中年の夫婦らしき人達で、笑顔でこちらに近づいてくる。
何となくその正体を察しつつも、愛花さんに視線を向ければ。
「私の、両親です……」
困惑と苛立ちが滲んだ、苦々しい顔を彼女はしていた。
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