第百二十八話 Bランクの初仕事
第百二十八話 Bランクの初仕事
8月の下旬。自分とエリナさん、ミーアさんの3人は県庁までやってきていた。
「これが……」
県庁にあるダンジョン対策課というプレートがついている部屋を背に、先ほど渡された免許を眺める。
『冒険者免許(B):矢川京太』
そう書かれたカード。自分が、新しく出来た冒険者の最高位ランクにいるという証明。
見た目はこれまでの冒険者免許と変わらず、運転免許証の様な簡素なものだ。お役所の物なのだから、当然とも言える。ストアの受付で使えれば良いのだ、使えれば。
正直、自分にはこういうシンプルな方が合っている。以前までと同じ免許証ケースを使えるのもありがたい。
「なんだか、意外と普通の手続きでしたね」
隣でミーアさんが小さく笑う。今日は紺色のワンピース姿で、腰に焦げ茶色のベルトを巻いていた。スタイルの良さもあって、何を着ても絵になる人である。
彼女の言葉に頷き返し、免許証をケースに入れてからポケットにしまった。
「まあ、あんまり派手にされても困りますし」
「東京の国会議事堂前で、大々的にやる予定だったらしいもんね!」
「本当に困る……!」
眉間に皺をよせ、口を『へ』の字にする。なんだその公開処刑。
とりあえず1階まで降りようと、エレベーターに歩き出す。
最初はダンジョン庁が入っている合同庁舎にまた行って……という話だったのが、いつの間にか国会議事堂前で、なんて話になっていた。
そこから各自県庁で受け取る事になって、本当に良かったと胸をなでおろす。いや、コロコロと場所を変えられるのも困るのだが。東京までもう1度行かなくて済んだのは大きい。冒険者活動に関する報告も、メールや電話で済んだし。
『恐らくだが、政治家達が自分の人気取りの一環として『Bランク冒険者』を使いたかったのだろうね。東京事変以降、あの時あの場にいた候補者達は英雄扱いだ』
イヤリング越しに、アイラさんがケラケラと笑う。
『それをダンジョン庁辺りが止めたのだろうね。その理由が冒険者達の個人情報保護の為か、それとも英雄の正体を見せない為かは知らないが』
「アレを全国放送は新手のテロでしょうよ」
「色々と濃かったですから……」
「その時は私達も負けないよう、皆で旗とタスキを装備する予定だったんだけどね。それでも勝てるか心配だったから、ほっとしたよ!」
「別の理由で今ほっとしたわ」
「同じく」
相変わらず大正ロマンな格好で、今日は長い金髪をポニーテールにしたエリナさんが満面の笑みを浮かべる。
うーん、この見た目で騙しきれないトンチキ。
『まあ、候補者達が揃って感謝状の授与式に不参加を表明したのも理由の1つだろうが』
「ネットやテレビだと、『自分達はただ己の正義を全うしただけ』ってコメントが出ていましたけど……」
『実際にそうコメントして受け取らなかった者もいるだろうが、少なくとも君達がダンジョン庁へ送った返答は違ったのだろう?』
「はい」
自分も感謝状の授与式を辞退したが、理由を聞かれた際は『変に目立ってマスコミに追いかけられたくないから』と言ったのを覚えている。
まさか、そんなセリフを言う日がこようとは……4月の頃には、想像もつかなかった。
過去の自分に教えても、『寝言は寝て言え』と真顔で返されたに違いない。
エレベーターが到着したので、それに乗り下へ向かう。
「1階にテレビ局とか雑誌記者とか、待ち構えていないですかね……」
「さー?少なくとも、カメラをこっちに向けている人はいなかったと思うよ?カバンや靴に忍ばせている人もいなかったし」
「……そこまで普段から警戒しているの?」
「忍者だからね!」
自分達以外いないエレベーターで、自称忍者がドヤ顔でサムズアップする。
いやもう、そういう意気込みと技能だけはマジで忍者だなこの人。意地でも『自称』を外す気はないが。
「まあ、もしも不安だったら駅にマーキングしておいたから、そっちに忍法で飛ぶ事もできるよー」
「あー、じゃあお願い。ミーアさんもそれで良いですか?」
「はい。特に寄り道する予定もないですし」
「あともう少し早かったら、映画館で『高度3万フィートの激闘!改造忍者VSジェットシャーク』がやっていたんだけどなー」
「……逆にサメでやっていない事って、何なんでしょうね」
「さあ……?私もサメは詳しくないので……」
『あの界隈で『詳しい』と言うのはハードル高いぞ。下手なニワカ知識でスレに潜ると、知識量でフルボッコにされるか沼に沈められそうになる。ソースは私』
「何やってんだあんた」
そんな会話をしていれば、1階に到着。
免許証の存在を強く感じながら、帰路についた。
* * *
冒険者免許の更新を終えた、翌日。
自分達は早速『Bランクダンジョン』へと訪れていた。
ただし今回はウトゥックや鵺の出る場所ではなく、また別のダンジョンへ来ている。というのも。
『やあやあやあ。頼むよちみ達ぃ。依頼主として、真面目に働いているかじっくりと見てあげるからねぇ』
「うっっっざ」
『ふっ。その程度の口撃が私に効くとでも?爪楊枝で爪と肉の間を刺された程度の痛みしかないね』
「結構効いてたな……」
この残念女子大生から依頼されて、このダンジョンに来たのである。
「しかし、ここのドロップ品なんて何に使うんですか?」
先に支度を済ませ、更衣室付近でエリナさん達を待ちながらイヤリング越しに問いかける。
ここのモンスターが落とす品は、それほど需要がある物ではない。研究目的にしても、それほど数が必要だとは思えないのだが。
『それはまだ秘密。だがそうだな。昨夜君に付き合ってもらったゲームに関係する、かな?』
「は?あの『近接縛り舐めプ煽り祭り』と関係が?ろくでもない事っぽいので、依頼を辞退させてもらって良いですか?」
『ハハハ!落ち着け京ちゃん君!落ち着こう!というかそこまで『AG』でボコボコにした事を根にもっていたとは……!』
「いえ。別にそちらが近接武器しか使わないのに負けた事は、僕が弱いせいなので怒ってはいません。ただし」
思い出す、昨夜の念話越しに聞こえていたこの残念女子大生の言葉を思い出す。
『おやぁ?手加減してくれているのかにゃぁ?別に本気で来てくれてもいいのだよぉ、京ちゃんくぅん』
『はいどーん!もう1回どーん!動きが緩慢になってきているぞぉ、京ちゃん君。お姉さんの声に、脳みそがとろけちゃったのかなぁ?は~、これだから童貞は。やーい童貞!どーてーぃ!』
『ざーこ♡ざーこ♡弾幕すっかすか♡そんなに蹴られたいのかにゃぁ?しょうがないにゃぁ!ほらほら!蹴ってくれてありがとうございますと言いたまえよぉ!』
というのを、約1時間。煽りながら、沈黙したこちらの機体に死体撃ちするのは当たり前。シンプルにカスなムーブをされ続けたものである。
前に『好きなゲームに付き合ってあげるから』とは言ったけどさぁ。
「3回ぐらい、リアルファイトで前歯へし折ってやろうか迷いましたよ?わりとマジで」
『心の底からごめんなさい』
「許します」
まあ、謝罪をするのなら水に流すが。
それはそれとして、この人が友達いないのってやっぱり性格も影響しているのでは……?少なくともネット上にさえ知人友人がいないのは、こういう所が原因だろう。
むしろ、よく家突されなかったと情報リテラシーの高さだけは褒めたい。
『ま、まあ、なんだ。あの時は酒も入っていたから、ちょっと気が大きくなっていてだね』
「はいはい。もう良いですから。それで、あの対戦に関係となると……なにか、作る予定とかあります?」
『まあ、実際は言葉で説明するのは難しいから、図面を見せながら話そうと思っていてね。君の『魔装』についていた例の本。あれについてと、東京事変で手に入ったドロップ品の購入に関して相談したい』
「……かなり高くつきますけど、大丈夫ですか?僕の分だけなら出世払いで良いですけど、エリナさん達の取り分も必要ってなったらそっちの交渉は自分でしてくださいね?」
『京ちゃん君。君ってゲロ甘って言われない?将来キャバ嬢とかに貢いでやらかしそうだぞ?』
「何言ってるんですか。ゲロ吐いてるのは貴女でしょう」
『貴様ー。乙女心をなんだと心得るー』
「少なくとも、貴女には搭載されていないものだと考えています」
『なんだとぅ。私の様な深窓の令嬢を捕まえてその様な事を言うとは……!まっ、金の心配はするな。これまで貯めたお小遣いと、研究協力の給料。そして作ろうとしている物が物なので、一部はババ様も出してくれる予定だ』
「教授が?」
有栖川教授は何だかんだ言って身内に甘いところがあるが、締める時は締める人だ。となると、ただの道楽で何かを作るわけではないのだろう。
恐らく用途は……。
「教授も、となると、作るのは『いざという時の為の保険』ですか」
念話越しに、クククッと笑い声が聞こえる。
『あまり根掘り葉掘り聞かないでくれたまえよ。楽しみは後にとっておくものだぞ?』
「はいはい。こちらも今から仕事ですので、これ以上は聞きませんよ」
女子更衣室の扉が開いて見知った顔が出て来たので、話を終える。
「お待たせー!京ちゃん、何話してたのー?」
「アイラさんの性格が終わっている事とか」
『京ちゃん君!?やっぱり昨日の事を根にもっているよね、京ちゃん君!?』
「やめろよ京ちゃん!パイセンにだって良い所はあるんだぞ!」
『そうだ言ってやれエリナ君!』
「ダメな所がそれ以上に多いだけで!」
『くそぅ!敵しかいねぇ!』
「大丈夫です、姉さん」
『ミーア!そうだ、私には妹がいた!』
「姉さんがどれだけ人として残念でも……私が傍にいますから……!」
『悲壮な覚悟決めながら言われるほどかぁ!そっかぁ!よぅし、お姉さん今から泣きわめくぞぅ!』
「面倒なので後にしてください」
『ピエン』
イヤリング越しに吠えまくる残念女子大生を放置し、受付を通ってゲート室に。
そこで『魔装』を展開し、ゴーレム達を起動。準備を整え、最終確認を済ませる。
「アイラさん。それではこれよりダンジョンに入ります。ナビの用意は大丈夫ですか?」
『うむ……涙で目の前がかすんでいる事以外、大丈夫だとも……!』
「そうですか。ちゃんと涙拭いといてくださいね」
『えーん!エリナ君、京ちゃん君が冷たいよー!』
「パイセン」
『うん?』
「切り替えようね?」
『はい』
笑顔でイヤリング越しに告げるエリナさんの圧に押されてか、残念女子大生が静かになる。
やはりというか、あの残念女子大生の家庭内ヒエラルキーって……。
「大丈夫です、姉さん。帰ったら姉さんの涙は私がなめ……拭いますから!」
『はい泣き止んだ!私は切り替えたぞ!心配しないでくれ!』
「了解。ではゲートを潜りますので、2人とも肩に手を」
片やいつも通りの笑顔で、片や残念そうな顔をしながら、こちらの肩に手を置く仲間達。
ゴーレム達も繋がっているのを目視で確認した後、白い扉の向こうへと足を踏み出す。
冒険者ランクが上がったところで、このダンジョンへ入る際の違和感に慣れる事はない。
その違和感もすぐに終わり、ブーツ越しに硬い床の感触が伝わってくる。腰に下げたランタン型のLEDライトが、自分達の周囲を照らし出した。
石を積み上げて作った壁と天井。湿った、それでいて鉄臭い風がその隙間から緩く流れてくる。
ゴーレム達に取り付けられたライトと自分のランタンで、2車線分はある通路の両端もしっかりと見て取れた。
等間隔で作られた、牢屋。僅かに錆びているが頑丈そうな鉄格子があり、その向こう側には簡素なベッドと壊れた桶だけがある6畳ほどの部屋。
ここは、監獄だ。それも、恐らく現代日本では違法とされるような、無慈悲な罰が処される血生臭い場所だったのだろう。
牢屋の奥の壁に刻まれた、人間の爪痕だろうものから目を逸らし、自身のイヤリングに触れた。
「アイラさん。ダンジョンに入りました」
『うむ。依頼しておいてなんだが、本当に気を付けてくれよ。安全第一でな』
「了解」
深呼吸を1回。腰の剣を抜き、フリューゲルを揺らして歩き出す。
自分達の足音が妙に響く通路を、ゆっくりと進みだした。
読んでいただきありがとうございます。
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