第百二十六話 愛のあるスパルタ
第百二十六話 愛のあるスパルタ
───『賢者の心核』の真実。
それを告げた時の皆の反応は、自分が想定していたよりも穏やかだった。
『ほーん。まあそんな気はしていたがね。京ちゃん君は京ちゃん君だし、私としてはどうでも良いさ』
『なるほど……大丈夫です。貴方がもしも良からぬ輩に狙われたら、私も全力で戦います。もう、京太君も家族みたいなものですから!』
『……まずは、感謝を。私の事を、そこまで信用してくれた事に。そして誓います。貴方の許可なく口外する事は決してないと』
『ちょっとコンビニとドラッグストアに行ってくる』
『そうですか。ええ、勿論驚いています。ですが、安心してください。私はこれでも伝手は多い方です。孫同然の貴方に、下手な事はさせません』
『正直、まだ色々頭が追い付いていないけど……』
『それでも、父さん達はお前の味方だからな……!』
『うん、把握!つまり今まで通りだね!一緒に忍の里を作ろうぜ!!』
……友人から拳骨を受けたドワーフや、後半アホな事をほざく自称忍者もいたが。
何だかんだ、自分は人の縁に恵まれている。だからこそ、失いたくない。
身近な誰かの葬式に出るのは、数十年後であってほしいと切に願う。
そのために。
「じゃ、逝きましょうか」
「あれ、おかしいな。ちょっと今私の耳がおかしくなったかもしれない」
場所はダンジョンストア。目的は当然、アイラさんのレベル上げである。
件の人物は、自称忍者により腕をガッチリ組まれていた。逃亡防止である。
それはそうと、エリナさんのお胸様が華奢な腕に押し付けられ、着物越しでもわかるぐらい形を変えていた。正直言って滅茶苦茶羨ましい。その場所変われ、残念女子大生。
「大丈夫だよパイセン!」
「そうだよな、エリナ君。決してあの世逝きとかの『いく』では無かったよな」
「うん!たぶん死にはしないから!死には!」
「誰か、救出チームを送ってくれ。この野蛮人共から、囚われのお姫様を救ってほしい……!」
「貴女はお姫様というよりお暇様でしょう。あと誰が野蛮人か」
「うっさいわーい!私だって暇なわけではない!大学のアレコレとか、研究のアレコレとか、ゲームの周回とか、どうにかして泣き落としでババ様のワインをちょろまかすか計画で忙しいのだぞ!」
「エリナさん」
「うん、ちゃんと録音したよ!」
「証拠を確保。これ、教授には聞かれたくないですよね?」
「お、おのれー!」
まあ、とっくに教授はアイラさんの計画に気づいているし、代償として強制マナー講座の準備をしているのだが。
一緒に、『ためになる地獄』を受けようね……!
人は、道連れを求めるものである。自分とて例外ではない。貴様も『正論の暴力』を味わえぇ……!
「なんだ。今京ちゃん君から邪な波動を感じたぞ。こう、スケベな感じではない。もっと陰湿なものを……」
「はっはっは。ご冗談を。ほら、さっさと準備してください」
「ねえ本当に冗談?何か盛大な罠が仕掛けられていない?」
「よっしゃ行くよパイセン!レッツ忍者!」
「待ってくれエリナ君。今とんでもない陰謀の香りがだね」
女子更衣室に連行された残念女子大生を良い笑顔で見送った後、自分も男子更衣室に。
手早く支度を終え、トイレで用を済ませた後に更衣室近くの壁に寄りかかって2人を待つ。
少しして出て来た彼女らは、とても対照的な顔をしていた。
「楽しみだね、パイセン!」
「ふっ……とっても帰りたい」
うん、いつも通りだし予想通りだな。
「まあ、アレですよアイラさん。これが終わったら、貴女の好きなゲームに付き合いますから。格ゲーでもレースゲームでも」
「お菓子とジュースも用意するよ!」
「ぬぅ……そこまで言われては仕方がない。私も大人として腹をくくろう」
懐柔手段が明らかに対小学生のものだったが、通じたので良しとする。この人の将来が、若干心配だが。
受け付けを通り、ゲート室に。白い扉の前で『白蓮』を起動し、アイラさんのゴーレムである『レンゲ』共々武器や防具を装備させる。
「しかし、少々感慨深いな……」
「はい?」
アイラさんが、何やら照れた様子で鼻の下を擦る。
「今回、私は遂に『Dランクダンジョン』へ足を踏み入れるわけだ。冒険者の中でも上位の実力者となったわけだ」
「はあ」
彼女はこの前、昇格を認められたばかりである。
元々、レベルは十分にあった。ステータスはそれに見合った数字ではないが、『Eランク』ではまともにレベル上げも出来ない。
『ゴブリンのダンジョン』もレンゲと共に無事に突破できたらしいし、その後の書類やら何やらも特に問題なく済ませて、晴れて『Dランク冒険者』である。
まあ、戦闘はレンゲに全て任せているようだが。元々護身が目的なので、逃げ足と頑丈ささえ手に入るのならOKではあるけども。
「アイラさんでも、昇格が嬉しいんですね」
「無論だとも。私とて、冒険者に憧れはある。それ以上に面倒臭いだけで」
「面倒って……」
この人らしい言葉に、苦笑を浮かべる。
まあ、モチベーションを保ってくれるのなら何でもいい。装備の確認を終え、先頭に立つ。
「では、肩に手を置いてください。ダンジョンに入ります」
「うむ」
「よっしゃぁ!『インビジブルニンジャーズ』、出動!」
『皆さん、くれぐれも気を付けてくださいね!』
「了解。それでは、出発します」
白いゲートの中へと、足を踏み入れた。
瞬間、いつもの不思議な感覚が襲ってくる。それもすぐになくなり、足裏にしっかりと石畳の感触が伝わってきた。
3メートルほどの幅と高さをもった通路。所々が罅割れて僅かに風が流れ、湿気た空気が肌を撫でていく。
壁の上部に取り付けられた自衛隊の照明器具を光源として、内部を視認し周囲に敵がいない事を確認。
そして。
「お゛っ、お゛ぶ……」
「どうぞ、エチケット袋です」
「パイセン、ゆっくり。ゆっくりねー。周囲は私達が警戒しておくから、安心してねー」
『姉さん、お労しや……!』
「お゛ぼろろろろろろ」
腰の剣を抜きながら、白蓮に背後の警戒を指示。自分は彼女らに背を向け、正面を見張る。
アイラさんも1人で行った探索を含めれば5回以上、ゲートを潜っているのだが……。あの感覚は、慣れなさそうである。
正直、そりゃあダンジョンへ入るのも嫌がるよなぁ、と。ちょっとだけ申し訳ない。
だが、これは必要な事である。自分の固有スキル云々を抜きにしても、世の中物騒なのだ。自衛の力は必要である。ここは心を鬼にする時だ。
本当は両親にも色々したいが、今の所は出来そうにない。まずは、アイラさんのレベル上げからやっていこう。
「うぅ……何とか落ち着いてきた」
「はい、パイセン。水だよ。ブクブクしようねー」
「ありがとう……」
アイラさんも復活した様なので、イヤリング越しにミーアさんへ話しかける。
「そろそろ探索を始められそうです。ナビをよろしくお願いします」
『わかりました。では姉さん。辛いかもしれませんが、頑張りましょう!』
「うん……がんばりゅ……」
グロッキーなアイラさんを連れ、石畳の床を歩き出そうとした瞬間。
エリナさんが鋭い声をあげる。
「待って、敵が近づいてくるよ。数は1体。正面から」
「了解」
視線を真っすぐ前方に向け、意識を切り替える。
石造りの通路が続く先には、簡素な木製の扉があった。ドアノブもなく、押せば簡単に開くタイプである。
その向こう側に、自分も魔力を感じ取った。もうかなり近い。
「ここのモンスターは五感が鋭いからね!音と臭いに釣られたんじゃないかな!」
「心底屈辱なのだが」
「まあ、鬱憤はこれで晴らしてください」
そう言って剣をアイラさんに預けた後、拳を握り重心を少し落とす。
ちょうどそのタイミングで、扉を開け1体の怪物が姿を現した。
『グルルル……!』
獣の様な唸り声と、赤黒い全身を覆う剛毛。血の様に真っ赤な瞳が、人工の明かりで照らされた通路で一際強く輝く。
熊の様な体躯ながら、2本の足で立ちこちらを睨みつける存在。その顔は比較的体毛が薄く、ゴブリンによく似た顔面が見える様になっていた。
鉄の様な光沢と強度をもつ牙を剥きだしにした、大柄なモンスター。
『ホブゴブリン』
ゴブリン程の知性はなく。しかしゴブリンを遥かに上回る怪力の魔物が、こちら目掛けて走り出した。
『ブア゛ア゛ア゛ッ!!』
唾液をまき散らし、ドスドスと石畳の床を踏みつけるホブゴブリン。
毛皮と筋肉の鎧を纏った巨体が、時速40キロ近くで迫ってくるのは中々の迫力だ。
自分も前に出て、拳を引き絞る様に構える。
『ヴオッ!』
「しぃ!」
大きく振りかぶられたホブゴブリンの右腕と、こちらの左腕が衝突。
見た目なら圧倒的に相手が有利な体格差だが。
『ギャギィッ!?』
それを覆すのが、覚醒者とモンスターである。
ヨトゥン程もあれば別だが、ステータスの差は体格差以上に大きい。左の鉄拳はホブゴブリンの爪をへし折り、その先に合った腕を粉砕した。
仰け反った所に追撃。右腕で相手の左腕を掴み、力ずくで引き寄せる。
組み技の経験なんてないが、そこは腕力でカバー。相手の腕をへし折りながら、背中の体毛を左手でがっつりと掴んだ。
『ガァァッ!ガアアア!!』
必死に暴れるホブゴブリンだが、自分の体を上方向から風で押さえる事で体重差を補う。膂力で圧倒できても、拘束は少し難しい。
足裏で床に小さな罅が入り、固定が完了した。怪物の両腕をへし折られ、胴体も動かせない。蹴りを放とうにも長い腕に反して足は短いし、噛み付きも余程密着しなくては出来ないだろう。
と、いうわけで。
「アイラさん、どうぞ!」
「相変わらず絵面が終わっているな……」
そう言われましても……。
安全第一だし、何より相手はモンスターだ。確かに傍から見れば誉れの欠片もない光景だが、自分は基本そういうのより実利優先である。まあ、特に信念もないから、ケースバイケースだが。
とにかく。人食いの怪物を相手に、こちらが騎士道だの武士道だのを持ってやる道理はない。
「さあ、ざくっと」
「ザクっと!」
「お、おう。流石に罪悪感があるが……うおおお!」
アイラさんが体当たりする様に剣を突き刺せば、ホブゴブリンの毛皮を容易く貫いて胸部を深々と抉った。
……背中を押さえている手の少し上から切っ先が出て来たので、ちょっと怖い。
あの人の膂力と技量では籠手に当たっても問題ないと思うが、自分としてはこっちの絵面の方が引く。
『ヴ、ヴォォ……!』
「む、1撃では死なんか。ならもう1発」
『ガアアアアアアア!』
「ぉぅ……」
今度は指の隙間から切っ先が飛びだし、ちょっと血の気が引く。
少しだけ、魔人に右腕の指を吹き飛ばされたのを思い出した。あの時は脳内麻薬で痛みが誤魔化されていたが、冷静な時だと結構怖い。
掴んでいる体毛が塩になるまでは気を緩めず、ホブゴブリンの息の根が止まるのを待った。
足元で小さな白い山を作った怪物を見下ろし、ドロップ品のコインを拾い上げる。それについた分と一緒に、掌についた塩も風で払い落とした。
「パイセンお疲れー」
「ふっふっふ。刺したら思ったより抵抗なくって、私びっくり……」
『あはは……人間相手ではないのだし、良しとしましょうよ』
アイラさんについた返り血から塩へと変化した物を、床屋さんで使う様な小さな箒でエリナさんが落とす。
塩の付着を放置して、万が一にもスタンピードを起こすわけにはいかない。他の冒険者を巻き込んだら責任なんて取れないし、故意だと判断されたら『Bランク』に内定済みでも一発で免許を取り上げられる。
意図的なスタンピードは、テロ行為と同義とまで最近は言われているのだ。自分の経験的にも、全くその通りである。
「アイラさん、まだ続けられそうですか?」
「ああ。自分がシリアルキラーでない事を祈る程度には大丈夫だとも。前回以来、久々にモンスターを直接殺めたが……恐ろしい程に嫌悪感がないな」
「モンスター相手ですし、ノーカンです」
冒険者に必要なものの1つは、『戦えるか否か』だ。
それは肉体面やスキルもあるが、精神面も含まれる。アイラさんは肉体面こそヘッポコだが、精神は問題なさそうだ。
まあ、あれだけ氾濫やら何やらを目撃していればそうもなる。
「では、今後も同じ流れでレベル上げを行います。事前にご説明した通り、基本は僕が敵を押さえつけます。もしも2体で来た場合は白蓮もホブゴブリンを羽交い絞めにしますので、順番に処理しましょう。焦る必要はありません」
「うむ」
「3体以上の場合は安全の為自分とエリナさんが間引くので、その間は白蓮とレンゲに守られていてください。くれぐれも油断して、前へ出ない様に」
「わかっているとも」
「それじゃあ、『Cランク昇格』を目指して頑張りましょう!」
「……は?」
「さ、探索を再開しましょう。ミーアさん、前進しますので、ペイントを発見したらお願いしますね」
『ええ、任せてください!』
両親にもこの手法でレベル上げをしたかったが……その辺りは、『ウォーカーズ』に任せよう。
あちらの方が様々なノウハウがあるのだ。餅は餅屋。きっと安全かつ効率的に鍛えてくれるに違いない。
「待って。私、昇格、初耳」
「え?だって『Dランク』でもアイラさんのレベルだと、すぐに伸び悩み始めますよ?」
「『Cランク』、冒険者の最上位。私、デスクワーク専門」
「あと数日で『Bランク』が最上位になりますから、安心してください」
「安心要素、どこ。私、か弱い。君達、ゴリラと、違う」
「なんでさっきから片言なんですか?あと誰がゴリラだ」
「ゴリラにも通じる様に工夫しようかと……」
「リンゴ飴の刑に処しますよ?」
「リンゴ飴の刑ってなにぃ!?」
『Cランク』への昇格も込みで、有栖川教授から頼まれているのだ。何なら、噂に聞く『レベル上限』まで目指すのもやぶさかではない。
「頑張ろうね、パイセン!」
『まあ、流石に今回だけでそこまで上がるとは思っていませんから。気長にやりましょうね、姉さん!今度は私も同行しますから!』
「誰か、誰か弁護士を呼んでくれ。私は断固この理不尽に抗議するぞ……!」
「良いから早く行きますよ。まだ移動すらしていないんですから」
白蓮とエリナさんに両脇を抱えられ、連行されるアイラさん。幸いこのダンジョンには罠の類はないし、ホブゴブリンも遠距離攻撃が出来ないモンスターだ。
その分純粋な身体能力はオーク以上だが、狩場としては申し分ない。
「あ、ホブゴブリンの牙と爪には毒があるので注意してくださいね。一応教授から魔法薬は貰っていますが」
「ババ様か!?ババ様が裏にいるな!?おのれババ様ぁ!おーぼーえーてーろー!」
ダンジョン内に、残念女子大生の声が木霊する。
普通の探索なら拳骨案件だが、今回に限っては好都合。放置して叫ばせながら、探索を続行した。
* * *
なお。この後残念女子大生が口八丁で教授からワインを貰おうとして、マナー講座の後のご褒美として自分の隣の席に座らされた。ビックリするほど目が死んでいる。
一緒に、地獄を味わいましょうね……!
読んでいただきありがとうございます。
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