閑話 歯車は止まらない
閑話 歯車は止まらない
サイド なし
東京霞ヶ関、中央合同庁舎。
とあるフロアにダンジョン庁が入るその建物は、今日も慌ただしく様々な職種の人間が走り回っていた。
だがその周囲は、現在輪をかけて忙しない様子である。
『東京事変』による死者行方不明者は、約30万人。多くの命が奪われ、行方不明者の捜索は未だ続けられていた。
そしてその被害は、人的なものだけではない。
「おーい!通るぞ、道開けてくれ!」
「は?今は無理だ!迂回してくれ!」
「こっちの資材足りてねーぞ、どうなってんだ!」
「西の方で鉄骨が余っているそうです。そっちに運ばれたのかも」
「オーラーイ!オーラーイ!」
「あっちぃ……おい、水分補給忘れんなよ!」
道路、建物、水道管などのインフラ設備。街を動かす上で必要な物が散々に壊されていた。
東京は日本1の都市。その復旧は急務であり、複数の会社に依頼が出されたのは当たり前である。
しかしいくら大きな会社がまとめ役をするとは言え、ここまで大規模になれば連携に支障が出るのも道理だった。書類の提出洩れや情報伝達の不備が、あちこちで発生している。
これにより、工事日程は遅れる事に───かに思われた。
「魔力、回復しました!地面の敷きならしに戻ります!」
「先輩、念写結果出ました!水道管の破裂位置は」
「どっこいしょぉ……!この鉄骨、どっちに運べばいいっすか?」
「うおおおお!俺は人間冷風機だぁああ!!」
「念話でイメージを送りますので、それに合わせた作業を」
土木関係の会社で働いていた覚醒者達が、大いに活躍したのである。
通常の会社では、覚醒者はその力ゆえに同僚から敬遠され易く離職者が多い。無論、上手くいっている所もあるし、むしろ覚醒者を積極的に雇用する企業もある。
だが、大半の会社は覚醒者を持て余していた。効率を考えれば起用する所を、他社員の心情的に採用を見送るケースも多い。
また、ハローワーク等でも覚醒者の就労支援は『冒険者』を勧める事が多く、普通の会社への窓口はあまり多くなかった。
そんな中、土木関係ではどの企業も前のめりに覚醒者の採用を行っていたのである。
レベルさえ上がれば人間重機になり得る上に、スキル次第では大幅な作業効率の向上も狙えるのだ。
そうして多くの覚醒者を雇用していた会社ほど、氾濫後の復興で大いに活躍している。そうなれば当然後を追う会社も増えていき、今や覚醒者の就職先として土木関係の会社が他の職種に大差をつけて1位となっていた。
なお、この流れに1番喜んだのはダンジョン庁である。氾濫後の後始末も業務の内であり、覚醒者が就職すればその分スキルを使った犯罪も減少するのだから。
最近は各企業と協力し、兼業冒険者として働ける様に支援すらしている。
閑話休題。予定が遅れるどころか、むしろ『覚醒の日』以前と比べて圧倒的な速度で復興が進んでいた。
だが、そんな中で土木関係の会社以上に活躍していたのは。
「『同好会』が通るぞ!道をあけてやれ」
「うお、相変わらずすげーゴーレムの数……なんでタヌキなんだ?」
「すみませーん。今から錬成するので、脇の方まで移動してくださーい」
「へ?え、こんな広範囲を!?」
「……直接頼んだら、エロゴーレム融通してくんねぇかな」
『錬金同好会』と、そのサポートに動いている『ウォーカーズ』である。
8月の暑い時期に黒頭巾と黒のローブですっぽりと体を覆った、不審な集団。近づくと『ブォオオ……』とファンの回転音が聞こえてくる同好会のメンバー達が、次々と錬金術を行使し作業の短縮を行っていた。
しかも並みの覚醒者と並ぶ身体能力のゴーレム達がのしのしと資材を運ぶ為、トラックが通れない場所にもスムーズに物を持っていける。
そんな非常に有難い存在の同好会だが、彼らは基本的に他者と話さない。その仲介役に、『ウォーカーズ』の非覚醒メンバーが多く駆り出されていた。
この実質ギルドと呼べるクランは、他のクランと違って非覚醒者の割合が多い。代表である山下の方針が『覚醒者と非覚醒者の融和』というのもあるが、単純に事務作業では覚醒の有無など関係ないからであった。
『覚醒の日』以降、ダンジョン関連が理由で職を失ったり就職に難儀しているのは覚醒者だけではない。むしろ、非覚醒者の方が多いぐらいである。
そういった者達の受け皿にも、『ウォーカーズ』はなっていた。
その『ウォーカーズ』の覚醒者メンバーは、大半が行方不明者の捜索に協力している。特に本部の人員はほとんど出ており、創設メンバーも活動に参加していた。
こういった理由で、復興は非常に順調である。忙しい様子ながら、現場には活気があった。
逆に、中央合同庁舎の中はと言うと……。
* * *
「ダンジョン法の改正案についてまとめました。確認お願いします」
「『Bランク候補』への過度な取材について、警視庁の方にも話を通してきました」
「例の巨人のダンジョン。ようやくストアの建設が終わったみたいです。今陸自の丸井陸将が現地の視察に向かったそうですよ」
死んだ目で職員たちが会議を開いていた。
無理もない。3徹、4徹が当たり前。最後に家へ帰ったのはいつかと指折り数えると、いつの間にか両手の指では足りなくなっている職員ばかりである。
その筆頭で『そろそろこの人過労死するんじゃね?』と言われているのに、むしろ目力が増している赤坂部長が手元の資料を確認した。
「ご苦労、あとで確認しておく。おおむね問題ないから、簡単な手直しだけこちらでしておこう」
「冴島君がいないから、警察との連携は少し面倒かもしれないな。私の同期に警視庁で高い椅子に座っている奴がいる。嫌味な奴だが、そっちにも声をかけておこう」
「丸井陸将が……わかった。私も『色々』と調整しておこう」
部下が『この人覚醒者だっけ?』『やばい魔法薬とか飲んでないよね』『わー、瞳孔ひらいてるー』と心配する中、彼もギリギリで踏ん張っていた。
全員が必死である。そうして会議が進む中、赤坂部長が若干渋い顔をした。
「それと、これは全員に情報を共有しておきたい。中露が共同で、日本を国連の管理下にするべきだと近々公式に発表する。国連で通る事はないだろうが、かなり大きな動きがあるはずだ。各員注意してくれ」
「うわー、マジっすか」
部長の言葉に、タブレットを抱えた男性職員が苦笑を浮かべた。
「確か今、アメリカは明確に反対なんでしたっけ?」
「そうだ。イギリスは消極的な反対の姿勢。フランスは中立だ」
「しかし、他の常任理事国が反対しても中露が独自で動きそうですね」
「だな。あちらの要求はどんなのがあるんです?」
「纏めた物を皆の端末に送ってある。相手もこれが全て通るとは思っていないだろうが……」
「……うぅわ。日本国内に軍の基地建てる気満々じゃないっすか」
「しかもこれ、港まで押さえにきているぞ」
「火事場泥棒する気か、こんな時に……!」
「国連へ全覚醒者のリスト提出と、対ダンジョンへの参加を強制する様に日本が動けって……」
「相手さんも、これ全てが通るとは思っていないだろう。最初に無理難題を言うのは交渉の基本だ」
「部長、上はなんと?」
一様に不満と不安をあらわにする部下達に、赤坂部長が小さく頷く。
「ああ。流石に先生方も難色を示している。だが、『お友達』があっちに多い人は既に動き出している様だ」
「……これ、日本だけだと断れないかもですね」
「我が国は周辺国からの支援にかなり助けられている。それを返済するまでは、かなり厳しい」
「せめて、ダンジョンやスキルを使っての食糧生産が確立しないと厳しいかと」
「中国の方からは、日本の覚醒者がマフィアと組んで治安を乱していると外交筋から苦情が入っているのも問題ですよね」
「中東の件もあがっているぞ。それ以外にも、海外に渡った覚醒者との軋轢も問題視されている。嫌な事に、否定しきれない部分も多い」
「事実関係の調査が急務だな。今はアメリカが盾になってくれているが、いつまでもそれに期待するわけにはいかない」
「あの国はあの国で、かなりきな臭いですもんねー。例の覚醒支援センターとか」
「外交なんてそんなもんでしょう。自国の利益を優先するのが普通ですから」
「……私からは以上だ。皆、仕事に戻ってくれ」
「はい!」
清掃のおばちゃんが大量のカップ麵やコーヒーの空容器が入ったごみ袋を回収する中、彼らはまた動き出した。
相変わらず目が死んでいるが、現在の合同庁舎では珍しい光景ではない。深夜になっても明かりが消えないのは、どの省庁も同じだった。
清掃のおばちゃんと赤坂部長がすれ違い、彼もデスクに戻り席につく。そしてポケットからスマホを取り出すふりをして、今しがた渡された紙切れを確認した。
「……ふむ」
何事もなかったかの様に、彼は机にあったぬるいコーヒーを飲みほした。
そして空の容器に蓋をしながら、伝言が書かれた紙切れを中にいれる。
「すみません、これも捨ててもらえますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。ああ、プラスチックの蓋はこちらで分けておきますね」
「申し訳ない。お言葉に甘えさせていただきます」
「いえいえ。頑張ってくださいね、この国の為に」
「はい。全力を尽くします。貴女達の協力を、無駄にしない為にも」
お互いに営業スマイルを浮かべた後、部長はデスクに向かいながら思考する。
───手札は揃った。後は、どう使うかのみ。
寝不足でぼやけそうになる頭を小さく振って、赤坂部長は小さくため息を吐いた。
「……どこかで休んでからじゃないと、無理だな。これは」
「部長、同好会の会長さんからお電話です」
「わかった。すぐに出る」
とりあえず、帰ってきた部下と協力者には申し訳ないが早速働いてもらおう。
そう決意しながら、彼は受話器を手に取った。
* * *
海上。『ミノタウロスの迷宮』付近。
そこを航行する海自の哨戒艦。ブリッジにて、坊主頭をした全体的に丸い男が立っていた。
「いやぁ、すまんな。本来君たちに助力を頼むべきではないのだが」
「なんの。困った時はお互い様。先に助けていただいたのはこちらですからな」
「然り。遠泳でうっかり遭難しかけた我らを拾ってくれた恩、ここで返しましょう」
「海で遭難者を助けるのは当たり前だし、それが自国民ならなおさらなんで。そこまで畏まらなくても良いんだがなぁ。ま、そういう事なら遠慮なく頼らせてもらおう」
「お任せを」
丸めの目を細めて笑う門倉海将に、褌と星条旗ブーメランの2人が力強く頷く。
『Bランク候補』である彼らがこうしてこの場に来たのは、全くの偶然であった。運が良いのか悪いのかと、海将は自分の坊主頭をジョリジョリと撫でる。
そんな彼らを横目に、偶然ではなく必然でこの場にいる『Bランク候補』。帰国早々赤坂部長の依頼でやってきた白タキシード姿の女性、桜庭桜子がニヒルに笑った。
「やれやれ。船乗りと言えばカードゲームと思い意気揚々と乗り込めば……。普段現場に出るとは思えない階級の貴方がいるとは、どんな厄介事がこの後待ち受けているので?」
「それがなぁ。どうにもこのダンジョンの事が、『パンダの国』に嗅ぎつけられた様でなぁ。相手がこっそり来ちゃうかもしれんのよ」
アッサリと言う門倉海将だが、彼以外の隊員の表情は硬い。
もしかしたら、これから実戦になるかもしれないと、誰もが冷や汗を浮かべている。
「陸さんは最近大変だし、うちからもだいぶ人も金も持っていかれてなぁ。すぐに動かせるのがこの船しかなかったのよ、政治的にも。そんで、万が一お偉いさん同士の話し合いがあったらって事で俺が来たわけよ」
「なら、私達は貴方の護衛が仕事ですかな?」
「それもある。ただまあ、どちらかと言うと」
「レーダーに感あり!」
ブリッジに鋭い声が響き、門倉海将がそっと桜庭に青い布がついた双眼鏡を差し出した。
彼女は無言でそれを受け取ると、クルー達が告げる方向を覗き込む。
「おやおや」
彼女が双眼鏡で見た先には、1隻の船がこちらに向かって来ていた。
国旗も何も、所属を示す物は一切ない。代わりに、これ以上ないほど『相手の意思』を主張している旗が風でたなびいている。
「海賊旗を掲げた帆船とは。中々に浪漫がわかっているじゃないか」
数メートル先を見通す事すら難しい濃霧を引き連れて、ガレオン船が真っすぐ海自の哨戒艦に近づいてきている。
撃たれても構わない。むしろ撃ってこいとさえ言っている様な姿に、同じく双眼鏡を構えていた門倉海将が小さく肩をすくめた。
「見た目はアレだが、最初の対応は普段通りで頼むぞ。艦長」
「ええ、勿論です」
無線とスピーカーで接近してくるガレオン船に停止を呼びかけるが、当然減速はせずむしろ『魔力で帆を押して』加速さえし始める。
門倉海将がスーツの襟を正すかの様に、救命胴衣の襟に触れた。
「さあ、悪いね民間人の皆さん。出来るだけ穏便に済ませてくれるかい?」
「それは相手次第ですね。ですがええ、少なくとも笑顔で対応しようじゃありませんか」
「全力でぶつかりましょう。なに、言われずとも殺しはいたしませぬ」
「応とも。この星条旗にかけて、正義の鉄槌をくだしてくれる」
3人が頷き、それぞれ『魔装』を展開してブリッジを後にした。
歴史には残らない、後に門倉海将が『日本の、そして向こう側の世界の命運を分けた』と丸井陸将に告げた戦が───幕を開ける。
彼らが何を成し、そして何を失うのか。それはまだ、誰にもわからない。
※なお、ここから始まる海戦は丸々カットです。ダンジョンもモンスターも関係ないからね!しょうがないね!
読んでいただきありがとうございます。
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