第百二十五話 決意
第百二十五話 決意
週末、自分とエリナさんは大山さんの所を訪れていた。
相変わらず毒島さんも一緒にいる。やはり、この2人はセットの印象が強い。
「とりあえず、こいつが修理と改良をした『フリューゲル』だ。持っていけ」
「ありがとうございます」
いつも通りの三白眼でこちらを見上げながら、大山さんが木製の箱を差し出す。
受け取って中を確認すれば、東京事変で自分を助けてくれたフリューゲルが綺麗な状態で収められていた。
「見た目にわかる変更もない。多少魔力の『回り』が良くなっただけで、まだ試作段階だ。もしも改善点があったら言え。ある程度は対応してやる」
「助かります」
「だが」
ビシリ、と。彼女がこちらを指さす。三白眼が更に細められ、眉間には不機嫌そうな皺がよっていた。
「アタシは航空力学だの何だのはさっぱりだ。空を飛ぶ事なんて想定していない。また仕様外の事をしたら、ぶん殴るからな」
「もう暫く、空を飛ぶのは待ってくださいね?雫さんも、矢川君の求める性能を発揮させるんだって最近その辺りの勉強も必死に」
「うるせぇぞ金床」
「言いましたねドチビ!?」
くわっ、と睨み合う凸凹コンビ。相変わらずの仲良しっぷりである。
「あー……すみません。飛ばない約束は、できないかも」
「……まあ、また氾濫に巻き込まれたとかならアタシも目をつぶるが」
「2度ある事は、どころじゃないですもんね……」
3人揃って若干遠い目をする。
5月に両親がオークの氾濫で死にかけそれを救出に向かい、その次はケンタウロスの氾濫に巻き込まれたミーアさんの援軍。
6月の体育祭ではレッサーデーモンの襲撃があり、そしてアイラさんの特訓に付き合っていたらクエレブレの氾濫。
7月に行った旅行ではミノタウロスの迷宮に迷い込み、8月……というかこの前は東京事変で死にかけた。
こうして振り返ると、色々と濃密すぎる。偶に自分が熟練の古参兵に思えるが、よく考えたらゾンビコボルト相手の初実戦からまだ4カ月ちょっとしか経っていない。なんだ、この月刊命の危機。
流石にこれ以上なにかあるとは思えないが、日頃からいざという時の準備をしていないと落ち着かない体になってしまった。
「私が言うのもなんですが、呪われているんじゃ……?」
「どちらかと言うと、両親の方が……」
自分自身は、救援に向かった回数も多いし。
ちなみに、両親曰く山下さんは4回氾濫に巻き込まれているらしい。『ウォーカーズ』が世間から好評なのは、その度に彼とその仲間達が人命救助に動いているから、というのも理由の1つだろう。
……巻き込まれ過ぎて、『山下さん黒幕説』が出ているが。
流石に荒唐無稽すぎるのでまともに信じている人は少ないが、やっぱり将来『ウォーカーズ』って秘密結社扱いされそうだよな……。
まあ、『インビジブルニンジャーズ』も氾濫時の目撃情報が最近ネット上に上がってきたせいで、人の事を言えなくなってきているが。知名度って、やっぱ怖いね。
そんな事を考えていると、自称忍者が何故かドヤ顔を浮かべて頷く。
「私達がそれだけ忍者してきたって事だね!」
「貴女の考える忍者は、本当に忍者ですか……?」
「なぜ敬語!?」
「心の距離を感じたから、かな」
「じゃあ京ちゃんの考える忍者ってなんなの!答えてよ!」
「忍ぶ者だよ。現代だとスパイとか公安とか」
「京ちゃん……」
やれやれとばかりに、エリナさんが肩をすくめながら首を横に振る。
うーん、この絶妙なうざさ。アイラさんとの血の繋がりを感じさせる。
「そもそも忍者って言うのはね、凄く残念だけど……凄く残念だけど!アニメや漫画に出てくる様な人ばっかりじゃないの」
「2回言うほど重要なの」
「重要なの。夜中にこっそり相手のお城を偵察したり、薬売りや歩き巫女として他所の領地に潜り込んだり、暗殺や暗殺阻止に動く。そういうのを京ちゃんは想像していると思うの」
「え、ああ、うん」
それが普通の忍者では?……いや普通の忍者ってなんだよ。
彼女の言葉に頷くと、しかし自称忍者は真剣な顔で拳を握りしめた。
「でもね、それは浅い。浅いんだよ京ちゃん……!」
「そうなの?」
「普段旅行しない人がたてた旅行計画ぐらい浅いんだよ……!」
「ごめん、わかりづらい」
「パイセンの社会経験ぐらい浅いんだよ……!」
「なん、だと……!」
「お前らちょくちょくあの人に対して辛辣だよな」
あまりのショックによろめく自分に、大山さんが真顔でそんな事を言ってくる。
だってあの人、尊敬できる面と反面教師にしなきゃいけない面の落差が激しすぎて、もはや『残念女子大生』としか形容できない生き物だし。
いや、好感の持てる人物ではあるんだよ?恩もあるし。それはそれとして残念なだけで。
「そもそも忍者とは、本来『忍ぶ者』と呼ばれてはいなかったんだよ。その本質は傭兵集団。依頼され、報酬次第で戦う相手を選び、戦場では足軽や奇襲部隊なんかをやる。言うなれば荒事に関する何でも屋みたいなものなんだよね。その中に、特定の武将のお抱えになる人達も現れたってだけで」
「な、なるほど」
「そしてこれ、何かに似ていると思わない?」
「……?」
「そう、ファンタジー作品における冒険者に!」
「いや、そうでもなくない?さっき普通に『傭兵』って言っていたし」
確かに傭兵と冒険者が同じって作品はあるけども。でも逆に冒険者は政治に関わっちゃいけないって作品もあるから、どっこいだろう。
「つまり、冒険者な私達は忍者なんだよ!」
「だいぶゴリ押ししたね今」
「な、なんだってー!」
「自分で言ったよこいつ」
満面の笑顔で片手を振り上げたと思ったら、即座に左へ移動してわざとらしく驚いたポーズをするエリナさん。
1人2役やった彼女は、こちらにドヤ顔を向ける。
「今日の忍者講座はここまでだよ!来週も一緒に、レッツ!忍者!」
「そんな毎週やってますって顔すんな。今初めて聞いたよ。そして次はないよ」
「でも冒険者=忍者説は強いと思います!!」
「無理があり過ぎない……?いや、それ以前にさ」
ドヤ顔を続けるエリナさんに、ふと頭に浮かんだ疑問をぶつける。
「『忍者』って言葉は忍者の本質じゃないどうこう言うのなら、『インビジブルニンジャーズ』って名前もおかしくない?思いっきり忍者って言っているし」
「…………」
あ、珍しくエリナさんがダンジョン外で真顔かつ無言になった。
そして、感情をぶわりと目から放出し。
「京ちゃんのバカ!もう知らない!」
そう叫んで、『透明化』のスキルを発動させた。
「おい、追わなくて良いのか?あいつ、アホな理由だけどショック受けていたぞ」
「そうですよ。かなりおバカな理由ですが、傷ついているかも……」
「いえ」
地味に辛辣な女子2名に、小さく首を横に振る。
「大丈夫です。透明化したままムーンウォークで移動しているので。自分達の周りをゆっくり回る様に」
「ポゥ!」
「よし、放置でいいな。あ、作業台と仕事道具に触れたら殺すぞ。あと、アタシの作業スペースより外の工場内でふざけた事した場合も殺す」
「エリナさん、足元にはちゃんと注意してくださいねー」
「はーい」
気の抜けた声で返事をする自称忍者を放置し、再び仕事の話に戻る。
「それで大山さん。事前に電話した事なんですが」
「まあ、受けるには受けるがなぁ……」
懐から出した『炎馬の指輪』を見て、大山さんは赤い頭をガリガリと掻いた。
あれから3回ほどケンタウロスのダンジョンに赴き、ようやくもう1つ指輪を手に入れたのだ。
氾濫の経験で感覚がマヒしているが、本来ボスモンスターは滅多に出現するものではない。短期間で予備が……『実験用』が手に入ったのは、かなりの幸運である。
受け取った大山さんが、指輪を様々な角度で眺めた後に口を『へ』の字にした。
「やっぱり、かなり難しいぞ。既に完成している魔道具に手を加えるのは、出来上がった彫刻に他人がハンマー振るう様なもんだ」
「ですよね……」
魔道具はその見た目や能力に反し、電子機器みたいに精密な構造をしている。
ある程度雑に扱っても壊れない場合もあるが、それと中身を弄って問題ないかは別の話。
不具合が出て当たり前で、最悪事故の原因になる。
「性能の良い魔道具ほど、『余白』がない。たとえその改造がただシンプルな性能向上だとしても、限度がある。そもそもこういうのはアタシの専門外だ」
「ええ。それは重々承知しています。ですが、他に当てがない。貴女ほど腕が良く、それでいて信用も信頼できる職人なんてそうはいませんから」
『炎馬の指輪』を超える性能の魔道具は、滅多に市場へ出る事がない。普通、そんな魔道具は手に入れた人が自分で使うか、普通の市場へ出る前にどこかの企業か国が回収する。
最近『Bランク』の敵と戦う事が増えたが、そもそも『Cランク』だって普通の冒険者からしたら早々たどり着けるランクではないのだ。つまり、これ以上の魔道具を作れる覚醒者なんて滅多にいない。
フリューゲルという、非常にピーキーながらも異常な性能をもった魔道具を作った大山さんは、とんでもないイレギュラーと言える。
「……買いかぶりだ。お前の素材を使って練習していれば、『覚醒者の職人なら』誰だって腕が良くなる。スキルが馴染んでいくのさ」
「だとしても。僕が知っている職人で、1番命を預けられるのは貴女だ。無理を承知でお願いしたい」
「……たく」
大山さんが小さくため息を吐き、胸の下で腕を組んだ。
待ってほしい。今シリアスな空気なので、無意識だろうとお胸様を強調しないで。小柄な体格に反したロケットオッパイの重力に、『精霊眼』が引き寄せられる……!
我ながら欲求不満だとは思う。でもどうか許してほしい。環境が、環境が悪いんだ……!
「やるだけやってやる。だが、お前も協力しろよ。素材の提供やら、魔道具の試運転やら」
「それは勿論。それと……」
「なんだよ、まだ無茶ぶりする気か」
「いえ。いや、場合によってはそうかも……?」
「どっちだよ」
呆れた様子の大山さんに、苦笑を返す。
これに関しては、本当にケースバイケースとしか言えない。何なら、自分の杞憂である可能性もある。
だが、もしかしたらかなりのリスクを孕んだ行為かもしれない。正直言って、今も躊躇っている。
それでも……きっとこれからも『皆で生き残る』には、必要な事だから。
「これまでと違い……爪や髪の毛以外の素材も、提供するつもりです」
自分がそう告げた瞬間、エリナさんがムーンウォークを中断しこちらを振り返った。
そして、大山さんは目を見開きポケットからコンビニのクーポン券を取り出す。
「しまってください。今シリアスな所だから」
「……ドラッグストアの方か!」
「黙って聞きましょう。カムバック乙女心」
「おう」
毒島さんに肩をガッチリと掴まれ、クーポン券とポイントカードをしまった大山さん。彼女に、握手でも求める様に右腕を差し出した。
8月の、夏の日。それ故に半袖で、前腕が剥き出しとなった状態。
「僕の血を、提供しようと思います」
『賢者の心核』
この固有スキルの事を知られれば、権力者がこぞって自分の心臓を奪いにくるかもしれない。
そしてこの身に流れる血液は、賢者の石の影響を大いに受けている。もしもある程度の知識や腕がある錬金術師や魔道具職人が見れば、心臓の秘密に気づくのは間違いない。
「……良いのか。お前、血を提供するのかなり嫌がっていただろ。何かを隠したいみたいに」
「ええ。ですが、もう僕は、僕たちは冒険者として注目され過ぎた。数多いる覚醒者の中の1人という、隠れ蓑はもう使えない。注目された段階で、この秘密を隠すのは不可能だと考えています」
日本で確認されている覚醒者は、およそ400万人。ダンジョン庁に登録されているデータは、尋常な数ではない。
そこから『固有スキル持ち』に絞ったとしても、何万人もいる。その数のスキル内容を精査するなど、専門の機関を作るにしてもかなりの時間が必要なはずだ。なんせ、覚醒者側も嘘をつけるのだし。
実際、自分は周囲に『賢者になったみたいに頭がスッキリして、それでいて信じられないぐらい気力と魔力がわいてくるスキル』と説明している。嘘は言っていないが、本当の事も言っていない。わざと誤解される様な言い回しもしている。
しかし……『Bランク候補』となった段階で、この防壁は機能を失った。たった数十人の中の1人となってしまったのだから。
「今僕がこうして普通に過ごせているのは、きっと有栖川家や林崎家のおかげです。それと、皮肉な事に冒険者として力がある故に」
自惚れかもしれないが、今の自分は戦艦だろうと正面から沈められる。……と、思う。
そんな奴を捕獲しようとするなら、かなりの準備が必要だ。両親を人質にとるにしても、そもそも自分が2人の為なら研究所の地下に入る性格かを調べる必要がある。更に、拘束しておける準備も必要だ。
我ながら、薄氷の上にいる気がする。だからこそ、腹をくくる必要があると思った。
「信頼できる人には、真実を明かそうと思っています。後日、仲間や友人。そして両親と教授には全てを伝えます」
力が必要だ。ただ純粋な暴力だけではない。色んな力が。
「だから、お願いします。生きる為に、貴女の腕を貸してください」
そう言って差し出した腕を、大山さんが目を皿のように見開いて見つめている。隣にいる毒島さんも、驚いた様子で固まっていた。
数秒の沈黙が流れたかと思えば、エリナさんが彼女の手と自分の手をとって強引に重ね合わせる。
更に毒島さんの手も上にのせ、最後に彼女自身の手も置いた。まるで、試合前に円陣でも組んだみたいである。
「モチのロンだぜ、京ちゃん!」
「……たく。アタシはまだ答えてねぇってのに。しょうがねぇなぁ」
「良いじゃないですか。雫さんも、最初から頷くつもりだったでしょう?」
「知らん」
「ありがとうございます……本当に……!」
4人で手を重ねたまま、頭を下げる。
そんな自分に、エリナさんがジト目を向けてきた。
「でも京ちゃん、不用心だよ?シーちゃんの家の人達も信じるにしても、もっと人気のない所で言うべきだと思うな」
大山さんの作業スペースを囲う厚いカーテンの向こう側は、今日は静かだ。休みの日で誰も来ていない。
だが彼女のご両親や、道具の確認に来た工員さんが通るかもしれないと、エリナさんは言いたいのだろう。
しかし。
「他に耳があったら、貴女が教えてくれるでしょう?」
「───……それもそうだね!」
何を当たり前の事をと首を傾げたら、彼女は一瞬だけ目を瞬かせた後に大きく頷いた。
どうしたのかと思っていたら、毒島さんと大山さんが自分達を見比べてニヤニヤと笑っている。
「あの、何か……?」
「うるせぇよ、誑し」
「そうですね。今のは珍しく誑しでした」
「誑し……?」
この彼女いない歴=年齢の純朴な少年を捕まえて、何を言うのか。泣くぞ。
「そうだ京太。いい加減アタシの事は名前で呼べ。ついでに愛花も」
「確かに。秘密の共有をするのなら、それぐらいやって然るべきですよね。京太君」
「えっ。いや、まだ緊張しますし……」
「それが良いよ京ちゃん!皆、仲良し!」
「えぇ……」
ガッチリと手を掴まれており、逃げ道がない。
観念して彼女らの名前を呼んだのは、すぐ後の事であった。
読んでいただきありがとうございます。
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